ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第52話 来なきゃよかった

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 夕方、龍人は”チャット仲間”に指定された土地へと赴く。招良河地区の東部にある典型的なシャッター街であり、まばらに灯りがついている店は僅かである。瀕死という単語が、脳裏によぎる程度には活気もクソも無い場所であった。

 その一角のシャッターが閉まった店の前に龍人は立つ。薄汚い錆が蝕んでいるシャッターは、それらを隠すように負けず劣らずの汚らしいスプレーの落書きが施されており、少し素手で触るのを躊躇ってしまった。ホームレスだった頃に比べ、恐ろしいほど綺麗好きになってしまったものである。

 ふうと一息入れてシャッターを開けるが、中はもぬけの殻である。一応掃除はされているようだが、埃と外から入り込んだらしい砂利がまばらに床に散らばっている。だが一方でそれは、外部からの侵入者が定期的にいる事を示していた。奥に備えられた、不自然に綺麗な金属の扉も同様である。辺りが汚れまみれだというのに、取っ手も含めて妙に小綺麗で使い込まれているのだ。

「これか…」

 龍人は呟き、扉を拳で強めに三回叩いた。目だしに部分が開き、猫特有の鋭い眼光が二つこちらを睨んでいる。

「なんや」
「渓村レイ、いるだろ、霧島龍人が会いに来たって言えばたぶん分かる」
「…ちょい待てや」

 見張りらしきその人物は扉の向こうに引っ込む。かなり厚手な出入り口なのか、向こうでに何が起こっているかは全く聞こえない。長丁場になるのだろうか。そう思った龍人がパズルゲームでもしようかとスマホを開きかけた時、引き摺る様な音と共に扉が開いた。中々にいかつい体をしているオスの化け猫がいる。口から顎にかけて大きな切り傷があった。

「妙なマネすんなや」
「出来るわけねーじゃん、手ぶらなのに」

 全くのデタラメをほざき、龍人が狭い廊下を進んでいく。熱気が凄い。やがて広い空間に出た時には、思わず息を吐いた。鍛冶場だ。そのだだっ広い部屋は取ってつけた様なドア付きの壁で二つの区画として仕切られており、仕事をしている二人の化け猫と、もう片側では生活感溢れる炊事場と、小汚いテーブルが置かれた休憩所になっている様だった。申し訳程度に何世代前のものかと驚愕してしまうような古い冷房が備わっているが、まあ無いよりはマシだったかもしれない。鉄格子付きの窓が一応はあるが、曇りガラスで外が見えない様になっている。外部からも同様に中が見えないだろう。

「レイ~、お客さん来たよ~」

 見張りが出て行った後に龍人が休憩室の方へ入ると、テーブルでコーラを飲んでいた化け猫の一人が言った。白い毛並が良く整っている女性である。だが関西弁では無かった。

「ちょい待ちや、もうちょっとで出来るわ」

 炊事場にて、特盛のカップ焼きそばからお湯を流していたレイが言った。ちょうど温め終わった頃だったらしい。やがて蓋を剥がしてソースを投入し、和えた後にこれまた血の気が引くような量のマヨネーズを入れる。何本かウインナーが入ってるのも見えた。恐らくお湯をカップに入れる時に一緒に入れておいたのだろう。ずぼらな奴である。

「マヨネーズ付きの焼きそばっていうより、マヨネーズに焼きそばが添えられてるって感じだな。デブるぞお前」

 気分が悪そうに龍人が伝える。

「痩せ体質やねんウチ。羨ましいやろ…あーっ、美味いわホンマ ! 」

 レイは料理をぐちゃぐちゃにかき混ぜ、元がどんな料理かさえ分からなくなるほど白濁とした焼きそばを啜り、ついでにマヨネーズのたっぷりついたウインナーも齧る。大喜びする姿は子供の様であった。テーブルには彼女の他に若いオスの化け猫もいた。

「姐さん、話に言うとったのってコイツか ?」
「せやで佐藤。こいつが霧島龍人。あの玄招院佐那の愛弟子にして秘蔵っ子や」
「本当かな~ ? いやまあ、かわいい顔はしてるけどもさ」

 若いオスの化け猫に対し、レイが龍人を紹介する。だが白毛の化け猫は揶揄うように疑問を呈し、龍人に近づいて舐め回すように彼を見ている。怪しんでいる…といった具合の嫌悪感は纏っておらず、印象自体は悪くなさそうであった。それにしたって距離は近い気がするが。

「そいつに誘惑は聞かんで森田。どこぞの姉妹はあんな上玉やっちゅうんに、ソイツにボコボコにやられた挙句鼻柱まで折られとるからな」
「きゃ~怖~。でも、強いヤツってタイプだよ私。刺激的じゃん ?」
「死なん程度ならな…てかホンマ見ない内に垢抜けたなアンタ。下手すると訛り忘れたんとちゃう」

 この媚びているのか馬鹿にしているのか分からない態度を取って来る白毛は森田というらしい。龍人は頭の中で何度か復唱して記憶すると、タンクトップ姿の彼女の肩を軽く触ってどかす。そしてテーブルへと座った。

「霧島さん、麦茶でええか  ? それともコーラ ? サイダー ?」

 佐藤がペットボトルを何本か冷蔵庫から持ってきてくれた。自分と比べれば、ずいぶん気の利く性分をしている。

「麦茶が良いや…それで、何だよ話って」

 用意されたコップに飲み物を注ぎながら龍人がレイを見る。つまらん理由ならば帰りたいところだが、こちらは完全にアウェーである。恐らくだが話を聞くだけでは済まないだろう。

「レイ~、オトンが仕事終わったから来いって言うとる~」

 そのタイミングでドアが再び開き、作業をしていたウチの化け猫が一人現れる。ツナギを来た若いメスであった。

「おっ、ホンマか」

 丁度ゲテモノを完食したレイが意気揚々と休憩室を飛び出し、作業場の方へ向かう。老齢の化け猫が背伸びをしており、レイに気付くと新品の鉄の爪を渡して来た。

「それでええか ? 刀とナイフはしばらく我慢せいや。全く…無茶言いよってからに」
「ホンマありがとな坂田のおっちゃん!!ひとまず、こいつだけは無いと落ち着かんわっ」
「まあ、幸せなら何よりや…いつも・・・の後払いやろ ? どうせ。勿論やけど、断ったらあのばあさんにお前が来たことチクるで」

 それを両手に装着し、指先を動かしながらレイは感激していた。その一方で坂田と言う名の職人らしき化け猫が、何やら不穏な支払方法を告げる。龍人は何か嫌な予感がした。

「おうっ、それでええわ。すぐに稼いで来たる」
「俺ちょっと用事思い出したから帰るわ」
「死にたいんかお前、話するからこっち来いや」

 鉄の爪を黒擁塵の中に仕舞い込んだレイは、危険を察知した龍人の服を後ろから掴み、引っ張るようにして休憩室へ戻る。服を破かれるのも困る上に、この場で敵対する理由も無い。渋々龍人は一方的な誘いに応じる羽目になった。

「っちゅうわけで、一山当てるの手伝ってな。元はと言えばアンタとり合って幾つか武器ダメにしたんが原因やし」
「知らねえよ自業自得だろ…てか、あいつら誘えばいいじゃん。美穂音と綾三」
「ダメや、あいつら今夜は土方のバイトあるから無理って言うてたし」
「思ってたより真面目タイプか…」
「おらっ、御託はええからさっさと行くで」

 話の流れを見て上手い事煙に巻くつもりだったが、レイはそれを許してくれない。そのまま引っ張られて外に出ると、ガレージに停めていたミニバンに乗せられる。型落ちのハイブリッド式ではあるが、座り心地は悪くない。

「上手く行けば功影派にも接触できるんや。アンタも見逃せん筈やで」

 お面を被りながらレイが言った。化け猫の癖に狐の面とは何ともミスマッチ感があるが、指摘するのも野暮だろう。

「会った所で金になるのか ?」
「あいつら、仁豪町の色んな連中集めて定期的にシャブに酒にオメコと夜通しで遊び倒すんや。連中の背後にいるでっかいケツモチが仕切っとる賭場でな。暗逢者の取引もそこでやっとるし、金目のもんもぎょうさんある」
「俺が知りたがっている情報も、お小遣いも両方頂けるって事か」
「正解や。な ? 悪ない話やろ」
「おう。気に入った」

 渡された目出し帽を被り、龍人も笑う。懐かしい感覚を呼び起こした一方で、少しだけ会話の中で気になる点があった。でっかいケツモチと言っていたが、功影派にとってのという事だろうか。以前に出くわし、戦った経験があるから分かる。彼らを従えさせるのはそう容易い事ではない。たとえ金の力であってもだ。

「なあ、ケツモチってスポンサーの事だよな ? 誰なんだ ? 功影派のスポンサーってのは ?」

 助手席に座っていた森田は音楽を流し始めていたが、その質問が放たれると運転席にいる佐藤と共に硬直した。レイだけはニヤリと笑い、龍人を見つめている。

「裂田亜弐香。鋼翠連合直系組織、冥豪会の若頭にして…鋼翠連合の次期トップや」
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