ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第48話 直感

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”背中を一突きで来る”

 直感がそう判断した。龍人は脱力し、素早く体を右横に逸らしながら上半身を捻る。そして床に倒れながら、後方へいたレイに向かって刀で突きを放った。躱される事自体は織り込み済みであり、何なら続けて追い打ちをかけてやろうと思っていたが、回避の最中であろうと反撃をしてくる龍人の執念にレイは驚き、顔を少し動かしてスレスレで刀を躱す。

「ふぃ~…こっわ」

 すぐさま後方へ跳び、動揺を鎮めるために呼吸を整えながらレイが呟く。龍人も床に体を打ち付けていたものの、急いで態勢を整えて刀の切っ先を彼女に向けている。まただった。自分の窮地になるといつもこうなるのだ。第六感とも違う。ましてや、スポーツや格闘技の世界で唱えられるゾーンもとい、フロー現象とも明らかに異なる心理状態だった。

 孤児院に住んでいた頃、真夜中に始まった暗逢者の襲撃に出くわした時、「すぐに逃げろ」と頭の中で囁きが聞こえたのが始まりだったかもしれない。就寝の時間だと引き留めようとする善人面した大人や、普段は構いもしない癖に異変があった時だけ自分の事を心配している風を装って来る他の孤児達を振り払って外に飛び出した。直後に響き渡る物音、悲鳴、呻き、人ならざる怪物達の咆哮を背に浴びながら、必死に夜の闇の中を走り続けた。

 自分の体に備わっている霊糸が光っている事にも同時に気付き、それ以降は霊糸とその頭の中の囁きのお陰もあってか、幾度となく危機を乗り越える事が出来たのである。自分に危機が迫っている時、必ずその声が道しるべを用意してくれた。

「びっくりしたろ ? 俺もびっくりしてる」

 レイに龍人が笑いかける。

「うん…ちょい見くびってたわ」

 レイも笑う。真正面からの攻撃を防げるのは当たり前であるが、不意打ちを躱せるのはまぐれであっても楽しませてくれる。それがまぐれではなく、明確な意思と判断力によってなされた業だというならば猶更であった。常在戦場の心得を持つ武士もののふ的素質があるとみていい。戦っていて一番楽しい相手である。

 再び狭い団地の中で近接戦が始まった。鉄の爪で仕掛けて来るレイの連撃を、龍人は刀での凌ぎながら家具の間を移動して立ち回って行く。家具を蹴り飛ばして視界を塞ぎ、死角から斬りかかって行くがレイもその程度は読んでいた。爪で受け止められてしまい、そこから腹に蹴りを食らわせられた龍人は壁に背中を打つ。怯んだ拍子に目を一瞬つむってしまったが、視界が開けた頃にはレイの膝蹴りが顔に迫っていた。

 壁を破壊しながら別の部屋へと雪崩れ込んだ龍人は、すぐに立ち上がって壁に空いた穴から侵入してくるレイを睨む。

「なんばしようとね」

 自分の左手側で、年老いた化け猫が話しかけてきた。柔らかそうな座布団を敷いた椅子に腰を掛けており、呑気に編み物をしている。気が付かなかったが別の住人の部屋に入ってしまっていた様だった。レイも部屋に入り込んで来たは良いが、このままでは巻き込んでしまうと分かってバツが悪そうにしていた。やがて人差し指を上げて「少し待て」と龍人に合図を出し、窓の方へと歩いていく。

「おい、運べや」

 そして外にいた部下達を呼ぶと、彼らをベランダから部屋に入れさせる。二人の部下は老婆と揺り椅子を運び出し、一礼だけして外へと出て行った。

「おわ~、なんすると ?」
「後で弁償するさかい、ひとまずカンニンやおばあちゃん」

 痴呆が入ってるゆえか、どうも状況を理解していない老婆と部下が外で駄弁る間、レイは再び龍人へ攻撃を仕掛ける。龍人も負けじと応戦し、やがて互いの服や顔にいくつもの傷が出来上がっていた。

「アンタ意外と優しいのな」

 爪に触れないよう腕の方を掴んで動きを封じ、龍人が声をかける。

「お世辞言うても無駄やで」
「お世辞じゃねえさ。そんなアンタを見込んで頼みがあるんだけどさ、”苦羅雲”のボスに会わせてくんない ? 礼は弾む」
「いやウチやし」
「えっ」

 想定より早くお目当ての人物に行きついた。龍人がその事実に驚いた隙を狙って、レイが跳んで回し蹴りを顔に放つ。だが、流石に彼女の癖が分かって来たのか、龍人はそのはしたない足技を受け止め、一本背負いの要領で床へ叩きつけた。固いフローリングへ頭から叩きつけられ、汚い呻きをレイがあげる。

「やっぱ近距離で掴めるんなら柔道に限るね」

 龍人はそう言って、破壊しつくされた部屋の瓦礫を蹴ってどかし、やがて近くに倒れていた本棚の上に腰を下ろす。追い打ちをかける気など毛頭ない。レイもすぐに起き上がって、額を擦りながら龍人の方を見る。大して効いてはいないようだった。

「チャンスやったんに今」
「やっぱ元気そうだな。手ごたえが妙に無かったし、追い打ち掛けなくて正解だった。それに…もう何度も言ってるが、別に殺し合いがしたいわけじゃない。用件があって来ただけだ」
「つまり、殺し合う気なら勝てるんか ? ウチに」
「うん。見せてない奥の手ってやつ、メチャクチャあるぞ」
「奇遇やな。ウチもや」

 ひとしきりイキり合った後、二人はそのバカバカしさに笑う。

「クク…はぁ。用件ってなんや ?」

 毒気を抜かれ、ひとしきり体を動かして気分が落ち着いたのだろうか。レイは爽やかな様子で龍人を見た。そんな二人の様子を遠くから狙撃中のスコープ越しに颯真は観察する。

「一件落着でいいのか ? …ようやく見つけたのによ…」

 華麗に助太刀を決めようとしていたにも拘らず、なぜか勝手に決着がついている事に対して、彼は不満と困惑を露にしていた。
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