ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第46話 ジャック・イン・ザ・ボックス

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 四方を団地に囲まれた中庭、少しばかり雑草が蔓延っている空間にはテーブルや遊び事に使う道具の数々、更に小腹が空いた時のために備蓄されたスナック菓子やジュース、アルコール類をしまっている段ボールが置かれている。雨が降っていないときは、こうして空の下で飲み食いに明け暮れ、賭け事でもして暇をつぶすのがレイと苦羅雲の日課であった。

「姐さん、マジでアイツ放っとくん ?」

 テーブルを囲い、ババ抜きをしていた部下の一人が言った。残り二枚となったカードをレイに向けている。

「まあ、見張りおるしええやろ。話に聞いてた玄招院のガキがどんなもんか見とこうや。うわっ最悪、やらかした」

 レイは答えながらカードを引くが、案の定ババであったせいで顔を歪める。

「やめた方が良い気がするんスけどねえ。ただでさえ功影派と揉めてるんスから、もっと穏便に行きましょうや」
「そんなんしたらナメられるやん。うちらみたいなモンは、黙ったやつから順に食いもんにされるんや。大人しく開放しましたじゃカッコつかんやろ。アイツが生きてここまで来て、態度次第でどうすっか決めれば…ああ、もうウチの負けでええ。埒アカン」
「よっしゃ決まり~。お~い、みんな~。次のビール、姐さんの奢りやって~」

 部下の一人が周りに呼びかけてる中、ババ抜きに負けたレイはビール瓶を手に取って呷り、胸元のネックレスを指先で小さく弄り出す。小さなハート型の飾りがあしらわれており、微笑ましそうにそれを眺めていた時だった。団地の内部から音が聞こえる。

 心の中にあったスイッチが入り、殺しをする覚悟をレイが持って立ち上がる。その直後、見張りをしていたらしい化け猫が目の前の部屋の窓を破壊し、外へと投げ出された。窓ガラスを割りながら自分の方へ吹き飛んできたその部下を、レイはバク宙で躱す。再び着地し、正面へ向き直った時には破壊された窓を通って、龍人が団地の部屋から姿を現してきた。

「お客様を地下に監禁はねーんじゃねーの?」

 棒を肩に担いだ龍人が言った。背後からムジナも現れるが、薬の効能が切れたのかたちまち体が縮んでしまい、慌てて逃げ出す。見捨てたわけでは無く、マズそうなら逃げても構わないと龍人から指示を受けていたためである。

「お客様扱いされたいんなら、相応の振る舞いせんといかんのやで。マナーって知らんか?クソガキ」
「マナーも何も、吹っ掛けてきたのそっちだろ。俺は苦羅雲のお偉いさんと話がしたいだけなんだよ。因みに今のは正当防衛だからノーカン」
「……へぇ」

 龍人のこの言葉を聞き、レイの動きが少し止まった。やがて周りで身構えているか、吹き飛ばされて倒れている仲間の介抱に当たっている部下達を一通り見まわし、面倒くさそうに頭を爪で掻く。

「どうしたもんやろーか」

 屈伸運動を行い、背伸びを行い、彼女は悩むように龍人を見て、にっこり笑う。

「確かに、ウチ的にも別に恨みないしなァ。でもこんだけ暴れて、ウチの馴染みの店ぶっ壊して迷惑かけてるガキをみすみす逃がすんも負けた気して胸糞悪なるし…ああいや。そうなると割とあるなァ、理由」

 ストレッチが終わり、テーブルを雑にどかしてから龍人の方へ歩く。その途中、黒擁塵を出現させてその中から鉄の爪を召喚し、自身の両腕に装着していた。あっという間の出来事であり、瞬きをしている合間にと言っても過言ではない。何より武器を出して来たという時点で、彼女の意図はとっくに分かり切っていた。というより、ウキウキでストレッチを始めた時点で察しがついていた。

「ごめん、やっぱろうや」
「だと思ったよ」

 笑顔になっているレイの誘いを前に、龍人は拒否をしなかった。このような事態になる事は想定しており、事によっては血みどろの交渉になっても構わないという心構えもあった。ここで負傷させることで更に恨みを買う羽目になるのか、そもそも自分を殺さずに拘束していた理由は何なのか。考えたい事はいくらでもあるが、どうやら生き延びる事が現時点での最優先事項である。

 レイが仕掛けたのは、龍人が余計な考えに思いを巡らせていた時であった。油断をしているつもりはなかったが、ここまでの過程における疑問点を考えている間、敵である彼女に対して僅かな意識の途切れがあった。レイもそれを分かっており、だからこそ音もたてず、素早く攻撃を行った。音を立てればそれに反応し、意識がこちらへ向いてしまうからである。

 右手側の鉄の爪による突きが放たれ、体感的には一瞬で我に返った龍人が棒でそれを弾く。すぐさまもう片方の爪によって追撃が来るが、そちらは腕の方を掴んで止めた。両手と素早いフットワークに気を付ければいい。初手の段階ではそう学んだ龍人だが、すぐにその知識を上書きしなければならない事態が発生する。

 彼女の長い尻尾が動いた。最初は動物的な生理現象のような物かと思ったのだが、素早く鞭のようにしなってこちらへ襲い掛かって来る。その時、”マズい”という直感が電流の如く龍人に走った。見てしまったのだ。尻尾が黒擁塵を纏い、やがて鉄の鎧の様な物で武装した瞬間を。しかも装甲の表面には、太い釘にも似た大量の棘が備わっている。

「チッ」

 龍人は咄嗟に攻撃を防ぐために使っていた棒を立て、横っ腹目がけて振り抜かれた尻尾を止める。だが棒に尻尾を絡められて引っ張られてしまい、僅かに体勢が崩れた。そのタイミングでレイが飛び上がり、空中から龍人の側頭部へ回し蹴りを放つ。辛うじて防ぐが、大きく吹き飛ばされ地面を少し転がされる。急いで態勢を整え、膝を突く形でレイの方を見ると笑っていた。体の四肢を始め、ありとあらゆる箇所から黒擁塵と思わしき靄が発生している。あの中に武器が隠れているのだ。どれ程の数なのかも、どこからいつ、どのような方法で出て来るかも分からない。

「まあ、頑張りぃや」

 満面の笑みを浮かべたレイの顔を見て、龍人の背筋が寒くなる。交渉の決裂どころではなく、そもそも話を聞くつもりが無さそうなタイプだとは思わなかった。
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