ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第43話 へんげ

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「これは ?」

 自前の黒い皮製の手袋を装着し、佐那は林作を見た。

「それが…俺達もよく分かってないっていうか。功影派に倣って”果実”って呼んでます。それだけです」

 林作の説明を耳で流しつつ、佐那はゆっくりと木箱の中へ手を入れる。手袋越しに指で少しだけつついてみたが、特に何も起こらない。危険性は無いようだった。目に入った内の一個を恐る恐る掴み、感触を確かめながら持ち上げてみる。競技用に使われる、軽めの砲丸程度の質量があった。しかし表面は柔らかく、まだ青い段階のトマトに近い柔らかさである。そして黒光っていた。何も知らない人間に見せれば、黒曜石か何かだと勘違いしてしまうだろう。だがよく目を凝らしてみると、軟性の物質が流動的に蠢いている。ロイコクロリディウムを思い出す動きである。

「こんな物が稼ぎ頭 ?」

 佐那の態度は、少し落胆したようにも見える物であった。凶悪な兵器、放置しておけば全世界規模で厄災を撒き散らす病原菌、別次元或いは外宇宙によってもたらされた均衡を崩しかねない知識や技術…そういった最悪の事態を想定していたが故に、肩透かしを食らってしまっていたのだ。しかし、金になる以上は何かしらの恩恵をもたらす代物である事は間違いない。

「果実と言っていたわね。何のために使うの ?」
「それは、その…」
「これを見て思いつく限りの使用用途を、片っ端からあなた達で試してもいいのよ」
「く、食わせるんですよ ! 幽霊でも妖怪でも人間でも ! 暗逢者に無理やり変化させて売り飛ばすんです !」

 果実と言うからには食せるのではないか。そんな浅はかな予測自体はあったが、まさか本当にそうだとは思わなかった。佐那は少し黙り、考え込むようにしながら木箱の中に”果実”を戻した。これらについては颯真か、嵐鳳財閥に調べてもらう必要があるだろう。

「なあ、俺からも質問していいか ?」

 少し馴れ馴れしくなった林作が唐突に切り出す。

「俺達の仕入れていた情報じゃ、アンタは渓殲同盟の本部にいる筈だろ。何でここにいるんだ ?」
「答える筋合いは無い」

 こちらの手札をひけらかすマネをするわけがないというのに、そんな事も分からないオツムをしているから貴様はチンピラ止まりなのだ。佐那はそう考えながら冷たくあしらった。正直、自慢げにするようなものでもない。龍人が以前使っていた肉分虫の技術を応用し、自身の分身となる肉体を複製した。その肉体に自身の霊糸を織り込み、感覚を共有させて自身と同じ性格、口調、行動を真似させる。霊糸を使った高度な術こそ出来ないが、基本的な格闘戦程度ならば寸分の違いなく行ってくれる。渓殲同名の本部には、その分身を送り込んでいた。

「ところで…随分と情報通なお友達がいるのね」

 佐那のこの指摘に、林作はしまったといった具合に不愉快そうな顔をする。疑惑を向けられることは覚悟の上での質問だったが、やはり簡単に答えてくれるわけがなかった。

「功影派だよ。連中とはそれなりに付き合いが長いし、あいつらも嗅ぎつけられると色々困るみたいだから。いつも何かあれば、情報をすぐに回してくれる…まあ今回は意味なかったけど」
「当然ね。下手に騒ぎを起こして、次期当主へのお墨付きを頂けなくなったら困るでしょうから」
「し、知ってるんですか…」
「ええ。そしてもう一つ良いかしら ?」
「…はい」
「さっきの扉から、何を解放する気だったの ?」

 心臓にナイフが刺さる様な緊張感が一気に走った。林作と兼智がすっとぼけようとしたが、霊糸で二人は絡め取られて引き寄せられると、頭を掴まれて床に叩き抑えられる。

「匂いで分かったけど、あの扉の札に蜜を染み込ませていたわね。”妖生蟲”を操るための釣り餌…安価で手に入る事を考えると蛍火の可能性が高いでしょうけど、封印用の札と結界を焼き払うつもりだった。違うかしら ?」

 二人を押さえつけていた佐那だったが、彼女の言葉はすぐに途切れた。自分の吐息が白くなっている。更に肌が少しづつ冷たくなっていた。冷気があたりに漂っているのだ。その異変を感じ取り、二人を押さえつけていた腕を離して佐那は立ち上がる。その際、こっそりと隠し持っていた肉分虫を兼智の首筋に擦り付けておいた。

 そのまま振り返り、自分達が入って来た入口の方を睨む。僅かだが物音が聞こえ、やがて吹き飛ばしてしまうのではないかという勢いで扉が一気に開いた。凍てつくような風と、あられ雪が一気に吹き込んで来る。床や、壁にも霜が降り始めていた。

「非常口から逃げなさい。どの道そのつもりだったでしょう ? 急いで」

 一か八かの賭けさえ読まれていた事に愕然としていた兼智達だったが、今はそんな場合ではない。二人は痛みで重くなった体を引きずるようにしてその場を去り、それを見送った佐那は木箱の間をすり抜け、劇場の真ん中へ立った。あの二人を殺す事も出来たが、もう少し泳がせた方が賢明だと判断したのだ。

「雪女… ? いや、それにしても…」

 このような現象を引き起こせる妖怪について心当たりはある。だが、彼女が知るものよりも遥かに凶暴な気配であった。やがて戦闘のために印を結び始めた直後、足元に白い冷気が漂い出す。靄のようになっていたそれは佐那の周りを囲い始め、瞬く間に氷へと実体化した。そのまま氷が蛇の様に足元から順に体へ巻き付いていき、次第に正体が露になって行く。

 彼女の体に巻き付いてきたのは白く、巨大な蛇の下半身を持つ化け物であった。上半身こそ人型を保っているが、その目は輝きを失い、目玉が無いのかと勘違いしてしまう程の漆黒に染まっていた。両腕も胴体も枯れ枝の要に細く、手の先にはツララで出来た爪を持っている。蛇の下半身で巻き付いてきた化け物は、白い髪を乱れさせながら襲い掛かるが、間一髪で刀を錬成した佐那が刃を振るうと、再び白い靄のようになって姿を消す。

「成程…」

 刀を構えながら佐那が呟く。顔や毛髪の特徴からして、正体が雪女だという彼女の見立ては間違っていない。だが本来の雪女は比較的大人しく、会話による意思疎通も可能な種族である。これが”果実”を食わされた者の末路だとすぐに理解した。
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