ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第40話 強襲

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 仁豪町、葦が丘地区の南東にあるボロ屋。元々は商業施設として栄えていたのだが、治安の悪化と娯楽分野における競合相手との勝負に敗した結果、見事に買い手すらつかずに廃墟と化している場所であった。錆と埃にまみれた看板が虚しく飾られているこの場所だが、誰一人として頂こうとしない理由は他でもない風巡組である。

 無断で棲み付き、勝手に電気を引き、家具を持ち込み、縄張りとして知らず知らずの内に占拠してしまったのである。警察などいる筈がないせいで咎める者はおらず、苦言を呈したオーナーは今となってはゴミの廃棄場に埋められているのだ。やりたい放題という言葉はこの惨状のためにあると言っても過言ではない。

「いいなあ、兼智さん。今頃ヤリまくってんのかな」

 割れた天窓から風が入り込み、空気が冷え込んでしまっている中で鴉天狗の一人が羨ましそうにぼやいた。全治とは言えないまでも、兼智が怪我から復帰をしたという事で酒盛りの真っただ中なのだ。しかし縄張りである以上、見張りを立てなければいけないため、こうして寂しい雰囲気を纏う夜の廃屋を巡回する羽目になっている。

「しょうがないだろ、俺達くじ引きで負けたんだからよ」
「あーあ…今から行っても混ぜてもらえねえかな」
「やめとけ、あの人ゴム無しな主義だぞ。変な病気移されるって」
「お前殺されるぞ」

 三階建ての吹き抜けになっている内部。二階部分の歩道に備えられている手すりに寄り掛かって、階下を見下ろしながら相方と二人で駄弁った。電灯を灯しているとはいえ、ここは仁豪町の郊外。それも更に隅の一角である。異変に気付かれる事もほとんど無ければ、物好きな侵入者など猶更来るわけもない。

 階下では新入りの鴉天狗が数名ほど、暇を持て余すように歩きながら見張りをしており、時折物思いにがら空きとなっているテナントを眺めていた。全く来たことのない場所ではあるが、使われなくなった店舗の薄汚れたインテリアや内装は、ある種のノスタルジーを感じさせる。子供の頃にモールが現役であったなら、きっと毎日のように家族へ連れてきてもらう事をねだっていたに違いない。

「おっと」

 がらんとしたレストランコーナーを見て微笑ましさを抱いた直後、視界が極端に暗くなった。電灯が消えたのだ。

「なんだよもう、こないだ修理したばっかだろ~」
「たぶんブレーカーだ。監視カメラなんか入れようとするからこうなんだよ…」
「でも数台だけじゃねえかよ。それも自分が使う部屋の周りばっか」

 上の階で他の見張り達が愚痴を零している。話しぶりを見るに、余計な設備を導入したお陰で、老朽化している施設側が耐えられなくなっているらしかった。姿が見えない場所にいた方が良さそうだと新入りが思った矢先、上の階から案の定こちらを呼び止めてきた。

「おーい、ちょっとバックヤード行って確かめてくれねえか ? 工具箱も配電盤の近くに置いてあるから、やべえ時はそれ使え」
「え~、俺っスか ?」
「後で五百ミリ缶のビール買ってやるからよ。十分以内に復旧出来たら、好きな酒もう一本付けてやる。柿ピーもセット」
「りょーかい…はぁ、めんどくさ」

 新入りは断りたかったが、魅力的な報酬に逆らえなかった。やがてのそのそとバックヤードへ向かう新入りを観察し、何分で戻ってこれるのかを仲間達は賭け事の様に予想し始める。

 進展があったのは、それから五分後の事だった。トランシーバーに様子を見に行った新入りから連絡があったのだ。

「あの~…ちょっとマズいかも」

 何やらおどおどした、不安げな声調だった。

「どうした ?」
「ブレーカー…落ちてないんスよ」
「落ちてないって言っても、電気戻ってないぞ」
「でも本当なんス。何度付け直しても全然ダメで…」
「そうなるとお前、電線が悪いってのか ? 新調したばかりだぞ」

 そしてこの会話の直後、ほんの僅かだが新入りの様子がおかしくなった。息遣いを少し荒くして服が擦れるような音を立てる。生唾を飲み込むような音も聞こえた。無線越しなので詳細は分からないが、何か周囲に異変を察知して緊張をしているかのようだ。

「今…一瞬思ったんですけど」

 気持ちを落ち着けたのか、それとも警戒しているのか、先程よりも小さい声で喋っていた。

「これもしかして、誰かに電線を切ら――」

 切られたのではないか。そう言おうとしたのが分かった。だが、それを言い終える前に何かが鉄板にぶつかる様な音と、呻き声が聞こえて無線が途切れる。一瞬ではあるが、確かに聞き取れた。新入りの声だ。

「お前らここで待機しろ ! 俺達が見て来る !」

 他の仲間達に急いで叫び、新入りを使いに行かせた二人の鴉天狗が翼をはためかせた。そのまま一階に着地すると、新入りが通ったルートと同じ道順でバックヤードへ急ぐ。すぐに兼智へ報せる事も出来たが、自分達のせいで後輩が危機に瀕しているという事実に対し、彼らなりに責任を感じていたが故に焦っていた。勿論、間抜けな警備体制を叱咤されるのが怖かったというのもあるが。

 やがて暗闇に包まれたバックヤードへ到達し、拳銃もしくは散弾銃を構えたまま二人は配電盤が設置されている電気室へと向かう。ドアは開けっぴろげになっており、入る前に二人が懐中電灯で内部を照らすと、既に手遅れであるのが見て取れた。新入りが仰向けになって倒れていたからである。

 辺りに流れている血は彼の頭部から出ている。それも目からだった。信じられないが、左目部分にペンライトが突き刺さっており、それを左手で握ったまま死んでいる。配電盤の点検をするために、ペンライトを持ったままチェックをしていたのだろう。そして自分達と話をしながら配電盤の様子を見ていた時、背後から何者かに頭を配電盤に叩きつけられ、その拍子にペンライトが彼の眼底と脳を破壊したのだ。配電盤に出来ていた大きな凹みもあってか、二人はそう判断するしかなかった。

 すぐに戻って仲間達に知らせなければならない。そう思った二人だが、それすら自分達は出来なさそうだと悟った。再び懐中電灯の光を死体に当てて哀れむように眺めた後、改めて配電盤に光を向けた時、彼らはようやく分かったのだ。懐中電灯に照らされた配電盤に影が出来ている。自分達二人、そしてその間に立つようにもう一つ細身のシルエットがあった。背後である。振り向いた先には、黒いトレンチコートに身を包んでいる佐那が立っていた。そして彼女の手には、刀が握られていたのだ。
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