ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第34話 次から次へと

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「霧島龍人は、どいつや」

 先頭の、一番テーブルの近くにいた化け猫が尋ねてきた。回答に困った龍人だが、連れの顔色を窺った上で、一つ目小僧の方へ指をさす。

「こいつが霧島龍人」
「え」

 淀むことなく自分を差し出そうとする龍人の姿に、一つ目小僧は戸惑いを露にした。だが化け猫は溜息をつき、テーブルに手をついてから龍人の顔を覗き込む。

「もうちょい、嘘つく練習した方がええで。誤魔化せると思ったんか、お ?」
「ハハハハ…分かってんなら最初から聞くなよ。効率悪いぞオッサン」

 やはりバレた。というよりは自分が目当てだった。それが確認できた龍人は回りくどさを鼻で笑うが、当の化け猫たちは殺気立っている。それなりに気合を入れてきたつもりだったというのに、標的は逃げ出したり狼狽えるどころかジョッキを片手にへらへらと笑っているのだ。痛快さなどある筈も無い。

「どうせ誰かに頼まれて来たんだろ、アンタら。風巡組か ? それとも別の誰か ? 俺の名前と顔知ってる奴なんて、だいぶ限られる」
「答える必要は無い。ただ…殺さん程度にシバきあげて連れてこいって言われただけや」

 そう言ってテーブルから距離を取り、化け猫が両腕をだらりと下げた次の瞬間だった。黒い煙が彼の腕を包み込む。やがて煙が消え失せる頃には、鉄の爪が彼の腕に取り付けられていた。他の化け猫達も同じように得物を身に着けだしている。

「うわ嘘だろ…」

 煙の正体が黒擁塵の一種であり、その特性を使って別の空間に得物を隠し持っていたのだとすぐに颯真は気づいた。黒擁塵自体は闇取引でもかなりの量が流通している代物である。そしてこのような使い方をする者達については、彼なりに心当たりがあった。

「へえ、そうかい…」

 龍人の声を最後に、両者の間に沈黙が張り詰める。レモンサワーを飲み干したジョッキを龍人が少し揺らすと、氷同士がぶつかり合って軽やかな音を立てた。颯真はテーブルの下で、自分の義翼に対して緊急支援用のコードを入力して送信している。お膳立ては着々と進んでいた。

「俺ならさ」

 ジョッキを龍人はテーブルへ置いた。勿論、取っ手は握ったままである。

「今の間に仕掛けたけどな」
「…それがなんや」
「いや何も。ただ、嘗められてるんだなって。お前如きいつでも殺せるってアピールしたいのか知らないけど、そんな悠長にしてられるのかね。入り口の方、見てみろ」

 龍人の声に化け猫たちは振り返るが、外には何も無い。せわしなく歩く通行人や、物珍しそうに中をのぞいている野次馬がチラホラといた程度である。只の吹かしか。そう思った直後、何かが背中に当たった。続いて足元でガラスが割れる音も響く。龍人がジョッキを投げたのだ。軽く、怪我をしない程度に労わってあげた様な威力で。

「真に受ける奴があるかよバ~カ。下手したら今死んでたぞ…絶対仕事できないタイプだなあんた」
「何やねんコイツ…」
「文句あんならやり返してみろよ。チ〇ポみたいにぶら下げてるだけか ? その武器は」

 椅子をきしませながら嘲笑う龍人の態度は、今まで出会ってきた者達の中でも指折りな程に癪に障る。化け猫達は仕事をこなさなければならないという使命感よりも、矜持を侮辱された事への苛立ちを危うく優先しかける。だがすぐに平静さを取り戻す。殺さない程度に痛めつける…それが依頼主の注文である事を忘れてはならない。

「ああ、それと今度はマジなんだが…後ろ見てみろ」
「そんなんが二度も―――」
「ぎゃああああ!!」

 龍人が懲りずに同じ戯言を吐いたと思った刹那、颯真によって操作された義翼が現れて店のドアが破られた。近くで突っ立っていた化け猫の刺客たちを二名ほど、ついでに羽で切り刻んで暴れ出す。呆気にとられた他の者達が義翼の方へ集中している隙に、龍人は先程まで自分を脅していた刺客を蹴り飛ばし、すぐさま印を結んで開醒を行う。迎撃の準備が出来た。

「おい隠れてろ !」

 颯真がテーブルをバリケードの如く床に倒すと、その陰へ一つ目小僧を隠れさせる。更にジャケットの内側に隠していたホルスターから拳銃を取り出し、義翼と共に店内で暴れる龍人の援護に回った。

 悲鳴と共に逃げ出す客、狼狽える店員、立ち向かっては殴り倒される刺客たち、そして血みどろになりながら暴れる龍人と義翼。文字通りの阿鼻叫喚であった。テーブルや割れた食器などで相手の不意をつき、積極的に躊躇わず急所を狙う。または反撃を覚悟でしがみ付いて引き摺り倒したうえで追い打ちをかける。どうも喧嘩殺法的な手段が目立っていた。佐那から武術の手ほどきをある程度受けさせてもらえるとはいえ、やはり実戦では体に染み込ませた我流に頼ってしまうのだ。

「うぉっ!!」

 時折、颯真の義翼が自分を敵と誤認して攻撃してくる時があったが、その都度躱して敵を身代わりにする。そうして切り裂かれた体を他の刺客たちにぶつけて怯ませ、隙を作って攻撃をする。

「邪魔だこのポンコツ !」

 この誤認があまらにも鬱陶しかったのか、三回ほど間違えて攻撃してきた辺りで龍人はキレた。まず隙を見て義翼を蹴り飛ばし、壁に突き刺さらせる。そして飛び掛かって来た刺客の一人を掴み、これまた義翼の方向へと殴り飛ばした。義翼によって串刺しにされた刺客で最後だったらしく、辺りは死体と辛うじて生きてはいる刺客達が転がっていた。先程までの騒乱が嘘のように静まり返る。

「ハァ…ハァ…ふぅ、店出るぞ」
「それは分かったが、お前今さ、俺の義翼の事ポンコツって言ったよな ? なあ ? おい ?」
「ポンコツにポンコツって言って何が悪いんだ。殺されかけてんだぞこっちは」

 一息ついて口喧嘩交じりに店を出た龍人だが、すぐに立ち止まって絶句する。義翼の装着を行った後、遅れて出てきた颯真と一つ目小僧もすぐさま同じような反応を示した。刺客達と同じ仮面をつけた化け猫たちが、集まり出している。車を乱暴に止めて降りて来る者、徒歩でこちらへやって来る者、店や建物の上から飛び降りて来る者。二十人どころではない。さらに数が増えそうな気さえした。

「…サービスが良いな」

 呼吸を整えながら龍人は呟いた。
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