ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第32話 毒を以て毒を制す

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 龍人、颯真、佐那の三人は見舞いを済ませた後に昼食として回転寿司屋へ向かった。うどんやハンバーガーは飽きたと龍人がゴネ出した事が原因であり、佐那が支払いをすると分かった途端に提案をし出したからタチが悪い。

「……で、来たは良いんだが」

 テーブルに座っている颯真は、目の前で皿を取る龍人を呆れたように見ていた。なぜかハンバーグやコーンをしょっちゅう頼んでいる。寿司にも多様性が求められる時代とはいえ、これでは魚介類達も浮かばれないだろう。

「お前そればっか頼むの何でだ ? カツオとかマグロとか食わないの ?」

 コハダの乗った皿を掴みながら颯真が尋ねる。

「だって安いだろ」
「何で寿司屋が良いって言ったんだよお前…」
「ガキの頃の三か月に一回の楽しみだったんだよ、これが。店員から凄い気味悪がられてたけど」

 ハンバーグ寿司とコーン軍艦を食べる間は、龍人にとって童心に帰る瞬間であった。ホームレスの縄張りでバレない様に空き缶を拾い、自販機の下を探って小銭を拾って食費を稼ぐ。ホームレスに見つかって殺されかける事もあったが、その時はスリで盗んでおいた財布を渡してその場を凌いだ。金だけは抜き取っておくが、盗む相手が見栄っ張りな不良やヤクザ連中だけあってブランド物が多い。そのため高値が付くぞとホームレス達は喜んでくれた。彼らがその後にどうなったとしても知らんぷりを決め込むのだ。

 そして足跡を辿られないようにするために服を脱ぎ捨てては新しい物に着替えつつ、残った金で回転寿司屋へ行く。三か月に一回、それもハンバーグとコーンを二皿ずつだけ食べて店を出る。そしてまた別の街へ徒歩で、人気の少ない道や山を通りながら向かう。そんな調子で今まで生きてきた。過去を懐かしむため、そしてこれからも油断をしてはならないという戒めのために時折こうして回転寿司屋に行きたくなる事がある。

「あの~……これ~……誰のです~…… ?」

 通路から地響きを立てながら、アルバイトらしい妖怪がやってくる。ぬりかべと呼ばれるその妖怪は、狭そうに横歩きでやって来てからのんびりとした口調で皿に乗った商品を見せる。中トロが乗っていた。

「…その子の目の前に置いててください。ありがとうございます」

 いたたまれなくなったのか、それともひもじい姿を大衆の目に触れさせるのは保護者としての面子が許さなかったのか、佐那が勝手に龍人の前へ自分が頼んだ中トロを置かせた。数量限定品だったため少し残念ではあったが。

「え、いいの ?」
「年寄りだからもう食べられない。それより龍人、これから何をするつもりなのか聞かせなさい。苦羅雲に会いに行くと言っていたわね」
「ああ。だから紹良河地区に行くんだ。連中に会うために」

 頬張りながら龍人が計画を伝えるが、佐那は指で小さく頭を掻いてからレーンで回っているカッパ巻きを手に取った。

「随分と危険な賭けね」
「だけどやる価値はあるでしょ。上手く行けば財閥と俺達は、ほとんど余計な労力を割かずに問題を解決できる」
「その代わり、あなた達が危ない。第一、どうやって会う気なの ? 苦羅雲と話を付けるなんて言っても、彼らは基本危害を加えてこない限り表には出ないし、そこらの下っ端なんかと話をしても意味がないわよ。それともまさか…危害を加えるとか言って犯罪でもする気かしら ?」

 龍人が良からぬことを企んでいるのではないかと厳しい態度になりかけた佐那だが、龍人が手で彼女を制止するとすぐに緊張を解いた。

「焦らない焦らない。そこについては俺にいい考えがある。老師はその間、情報をもう少し集めて欲しいんだ。特に風巡組。奴らが暗逢者をどんな奴らに融通してるのか…とかさ」
「全く。私も暇じゃないのよ ? 努力はするけど期待はしないで頂戴…だけど、スマホでいつでも連絡が取れるようにだけはしておいて」
「よしっ決まり。善は急げだぜ」
「言うほど善かしらこれって…」

 佐那からの協力を得られて気分が良くなった龍人は店を出るために立ち上がり、颯真と共に後へ続きながら佐那は呆れたように財布の準備をした。



 ――――そして食事が終わった後に佐那と別れた龍人達は、スマホを弄りながらとあるスーパーマーケットへ向かう。

「なあ龍人、本当にここで合ってるのか ?」
「ああ間違いない。こいつ、この店で生配信やるんだと」

 颯真に尋ねられた龍人がスマホの画面を見せると、いかにも頭の悪そうな一つ目小僧の妖怪が、店の中でダンスによるゲリラパフォーマンスを見せるなどと息巻いている姿が映し出されていた。

「これ店に許可取ってんのかな」
「取らねえだろこの手の馬鹿は。しかしよく見つけてくれたな颯真」
「ちょろいちょろい。招良河地区で配信してて苦羅雲に殺されかけた間抜けな配信者なんて、少し前に話題になってたからな。簡単にアカウントも探せた」

 二人がガラス越しに眺めている先では、自分で用意したのであろう小型のカメラの前で、一つ目小僧の妖怪がブレイクダンスやストリートダンスを披露し始めていた。しかも店内でである。陳列棚のある通路が塞がれて迷惑そうに迂回する客、時折足や手が当たって床に落ちる商品といったものには一切気にも留めない。究極の自己満足と言って差し支えない光景だった。

「だが、あいつを利用するってマジか ?」
「おう。殺されかけて病院送りって事は、次見かけられた時はもっと地獄みたいな目に遭うって事だろ。苦羅雲が警戒してないとは思えねえし、あのアホがノコノコとやって来たら間違いなく姿を現すはずだ。だから俺達の招良河ツアーへ、あの配信者も一緒に来てもらう。さあ、行くぞ――」
「おうおう待て。もう少し様子を見ようぜ」
「あ ? 何でだよ」

 意気揚々と入店しかけた龍人だが颯真がすぐに彼を引き留める。理由が分からない龍人は不機嫌そうにしていた。

「こういう時は大衆を味方に付ける事が大事なんだ。もう少し被害が大きくなりそうなタイミングで止めに行けば、俺達はたちまちヒーローってわけだし、アイツをどうしようが誰も気にしない…おっ、見ろよ。早速だぜ」

 颯真が指さした方向を見ると、案の定店員らしき幽霊が一つ目小僧へ接近して注意を始めていた。だが全く懲りる様子も無く店員へ詰め寄っている。好機と見た二人は目を合わせて相槌を打ち、店へと入って行った。

「酔うと踊りたくなる気分だから踊ってただけですけど~ ? おっさんみたいに馬鹿真面目で退屈な社会に俺、縛られたくないんで。惨めだから」

 じゃらじゃらとネックレスの音を立てながら、パーカーを被った状態で一つ目小僧が挑発するような態度を見せる。

「ていうか誰かの作ったルールの中で生きるとかまっぴらごめんだし~。文句あんならタイマン上等っスよ俺。ほら、殴って見ろよ真面目ちゃん。どうせ出来ねえだろ腰抜けアンチどもと同じで」
「ルールの中で生きたくないって事は、何されても文句言わないって事か ?」

 一つ目小僧は息巻いていたが、やがて店員が自分の後方に視線を送っている事に気付いた。直後に背後から声がした事で嫌な予感がしたのか、先程までの態度を委縮させたまま恐る恐る振り返る。爽やかな笑顔を浮かべた龍人が立っていたのだ。

「どうも腰抜けアンチです。タイマン上等って言うから直接会いに来ました」

 自分より体格が優れている龍人からの誘いを受け止められる程、一つ目小僧は強くなかった。店員を押しのけてすぐに逃げ出そうとするが、颯真が姿を出して通路の反対方向を塞ぐ。

「おいおいおい酷いなあ、アンタが喧嘩したがってるからせっかく誘いに乗ろうとしたのに」

 颯真も笑っていた。間もなく無理やり龍人に振り向かせられた挙句、一発殴られて転倒させられると、襟首を掴まれてから連行され始めた。

「ゴメン店員さん、こいつちょっと借りるな。後で弁償させっから」
「助けて ! 誰か助けて ! 何かヤバいってこいつら !」

 一応詫びを入れる龍人の傍らで、鼻血を出しながら一つ目小僧は助けを乞う。だが、その場にいる者達は誰一人としてその声に耳を傾けようとはしなかった。秩序に対して唾を吐きかけた代償の重さを、自分はこれから味わう羽目になる。言葉では言い表せない不安が彼を襲った。
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