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弐ノ章:生きる意味
第30話 KY
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「いや~、しかし手遅れになる前で良かったわね」
木で出来ている古臭さを感じる床の上を歩き、夏奈が使っているベッドの傍にコウジが近づいた。ご機嫌な様子で花を飾っている。オレンジ色のガーベラだった。
「ガーベラっていいのよ。我慢強さの象徴って言われてるの。安静にして、じっと我慢していればすぐに怪我も良くなるわ」
「あ、ありがとうございます。私なんかのためにここまで…」
夏奈は申し訳なさそうに頭を少し掻く。もう片方の手には枕木が添えられた上で包帯が巻かれていた。夏奈のベッドを挟むようにしてコウジとは反対側にいたルミは、椅子に座りながらトランプをシャッフルしている。
「な~に言ってんの ? 実質ダチっしょウチら。気にしない気にしない。それよりポーカーしね ?」
「いや、今は流石に…それよりお金、どうすればいいですか ? 私手持ちが…」
「あ~、まあ…ママにお任せ ! って感じでいんじゃね ? 何とかするっしょあの人なら」
とにかく助けなければと勢いに任せてしまったせいか、ルミも今になって治療費という生々しい問題が残っている事に気付く。が、アンディに縋ればきっと何とかしてくれるという変な確信があった。自分より頭が良く、経営や金の管理も遥かに上手い。きっと十万か二十万、下手をすれば五十万くらいならすぐに用意してくれるだろう。
とにかく会ったらすぐに相談しなければ。そう思っていた矢先、軽い音を立てながら扉がノックされ、やがてチャック柄のシャツを着たアンディが小さめのクーラーボックスを携えて現れた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン…なんてね。弓田先生はまだ来ていないのかな ?」
「…後ろにいるぞ」
部屋を見回しながらアンディは入室したが、間もなく彼の背後から白衣を身に纏った狐が現れた。妖狐ではあるが尻尾は二つ程度にしか別れておらず、毛並はあまりきれいでは無かった。かなりずぼらな性格だというのが窺える。
「急患だとか言って診療所開けさせるからこっちは貴重な休暇が全部パァだ。まさかとは思うがタダ働きじゃないよな」
「慌てない慌てない。あ、そうだ昼御飯いる ? 好きでしょこれ」
アンディがクーラーボックスから取り出したのは弁当であった。稲荷ずしがギッシリと詰められている。赤酢を混ぜ込んだ酢飯を甘く煮つけた油揚げで包んでおり、色合いを良くするためか黒ゴマを振って綺麗に盛り付けていた。別のタッパにガリまで用意しているというおまけ付きである。
「昼御飯って…まさかとは思うがこれで手打ちにする気じゃないだろうな」
「え~、ダメなの ? じゃあ体で払うとか無理 ?」
「うわっ、勘弁してくれ。俺にそっちの趣味は無い…まあとりあえず、昼飯だけはもらっとく。ちゃんと早めに用意しろよ金を」
「まいど~」
渋々ながら弁当を受け取った弓田だが、背を向けたと思いきやなぜかまた振り返って来た。用事があった事を思い出したのだ。
「そうだ忘れていたよ。夏奈さん、あなたのご両親を名乗る方が受付に来ているんだが、通しても大丈夫かね ?」
「えっ」
弓田の言葉を聞いた夏奈が強張り、僅かに怯えるかの如く顔の筋肉をひきつらせた。だが、そんな彼女の返答を聞くより前に足音が廊下から響いてくる。やがて二人組の河童が姿を現した。男女ではあるが、どちらも少々老け込んでいる。気の強そう…というよりは態度がデカいメスの河童と気弱そうなオスの河童の二人組であった。
「な…夏奈。無事だったか」
「父さん…それに母さんも」
オスの河童は安堵していた様だが、夏奈は狼狽えていた。一方でメスの河童は夏奈に近づき、暫し無言を貫いた後に溜息を吐く。
「どこまで手を掛けさせるの ?」
その声調は、我が子との再会とは思えない程に威圧に満ちていた。遅れてやって来て彼らを止められなかった事を謝ろうとした受付担当の看護師も、その異様な空気を前に押し黙ってしまう。
「えっと…」
「えっとじゃないでしょ。私にまず言う事は ?」
「…ご、ごめんなさい」
「…あなたに使った金と時間を返して欲しい気分」
夏奈は完全に委縮していた。父親の方はというと、娘を睨みつけている母親の隣でたじろぐばかりで止めに入ろうともしない。典型的な尻に敷かれているタイプである。
「自分の娘相手にえらく冷たいわねえ」
「それな~言い方にトゲある感じ~」
見かねたコウジとルミが横槍を入れるが、そんな彼らにも夏奈の母親は不愉快そうな視線を送った。会話に割り込まれる事そのものは決して褒められた行為ではないが、娘をねちっこく責める自分の醜悪な姿を客観的に見ようとしていない証拠でもある。
「外野は黙ってて頂戴」
「ところが奥様、そうも行きません。彼女は怪我人です。療養をしなければならない立場である以上、過度にストレスを与えようとするあなたの言動は――」
「いつあなたの意見を聞いたのかしら。医者なら黙って治療を続けなさい」
「つまり奥様が、その分の治療費と入院費をお支払いになる…という事でよろしいですかな」
患者の健康に害を及ぼす様なら止めさせなければ。医者としての最低限のプライドは持っているのか、弓田もすかさず夏奈の母親を宥めにかかる。だが彼女は高飛車且つ傲慢な性根を隠そうともしない。そんな険悪の雰囲気を扉の陰から見守っていた看護師だが、その背後には龍人と颯真、そして佐那が立っていた。受付に誰もいないので勝手に入ってしまったのだ。
「あの~…」
「ひゃっ !」
「うおっ、すんません驚かせて…あの、夏奈ちゃんって子、病室どこか知りませんか ? 今日会いに行くって約束したんで」
「えっと…ここですけど、今は入らない方が…って、ああ ! ちょっと !」
居場所を聞き出した龍人は問答無用で病室に突っ込んでいく。看護師はまたもや止められなかった。
「夏奈ちゃん、やっほ~…ってあらら」
だが入るや否や、怯えている彼女の姿とそんな彼女に詰め寄っている母親の姿が目に入る。そして困っているかのようにこちらへ顔を向ける一同の姿があった。ちゃんと忠告を聞き入れておくべきだったと、龍人は少しだけ後悔した。
木で出来ている古臭さを感じる床の上を歩き、夏奈が使っているベッドの傍にコウジが近づいた。ご機嫌な様子で花を飾っている。オレンジ色のガーベラだった。
「ガーベラっていいのよ。我慢強さの象徴って言われてるの。安静にして、じっと我慢していればすぐに怪我も良くなるわ」
「あ、ありがとうございます。私なんかのためにここまで…」
夏奈は申し訳なさそうに頭を少し掻く。もう片方の手には枕木が添えられた上で包帯が巻かれていた。夏奈のベッドを挟むようにしてコウジとは反対側にいたルミは、椅子に座りながらトランプをシャッフルしている。
「な~に言ってんの ? 実質ダチっしょウチら。気にしない気にしない。それよりポーカーしね ?」
「いや、今は流石に…それよりお金、どうすればいいですか ? 私手持ちが…」
「あ~、まあ…ママにお任せ ! って感じでいんじゃね ? 何とかするっしょあの人なら」
とにかく助けなければと勢いに任せてしまったせいか、ルミも今になって治療費という生々しい問題が残っている事に気付く。が、アンディに縋ればきっと何とかしてくれるという変な確信があった。自分より頭が良く、経営や金の管理も遥かに上手い。きっと十万か二十万、下手をすれば五十万くらいならすぐに用意してくれるだろう。
とにかく会ったらすぐに相談しなければ。そう思っていた矢先、軽い音を立てながら扉がノックされ、やがてチャック柄のシャツを着たアンディが小さめのクーラーボックスを携えて現れた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン…なんてね。弓田先生はまだ来ていないのかな ?」
「…後ろにいるぞ」
部屋を見回しながらアンディは入室したが、間もなく彼の背後から白衣を身に纏った狐が現れた。妖狐ではあるが尻尾は二つ程度にしか別れておらず、毛並はあまりきれいでは無かった。かなりずぼらな性格だというのが窺える。
「急患だとか言って診療所開けさせるからこっちは貴重な休暇が全部パァだ。まさかとは思うがタダ働きじゃないよな」
「慌てない慌てない。あ、そうだ昼御飯いる ? 好きでしょこれ」
アンディがクーラーボックスから取り出したのは弁当であった。稲荷ずしがギッシリと詰められている。赤酢を混ぜ込んだ酢飯を甘く煮つけた油揚げで包んでおり、色合いを良くするためか黒ゴマを振って綺麗に盛り付けていた。別のタッパにガリまで用意しているというおまけ付きである。
「昼御飯って…まさかとは思うがこれで手打ちにする気じゃないだろうな」
「え~、ダメなの ? じゃあ体で払うとか無理 ?」
「うわっ、勘弁してくれ。俺にそっちの趣味は無い…まあとりあえず、昼飯だけはもらっとく。ちゃんと早めに用意しろよ金を」
「まいど~」
渋々ながら弁当を受け取った弓田だが、背を向けたと思いきやなぜかまた振り返って来た。用事があった事を思い出したのだ。
「そうだ忘れていたよ。夏奈さん、あなたのご両親を名乗る方が受付に来ているんだが、通しても大丈夫かね ?」
「えっ」
弓田の言葉を聞いた夏奈が強張り、僅かに怯えるかの如く顔の筋肉をひきつらせた。だが、そんな彼女の返答を聞くより前に足音が廊下から響いてくる。やがて二人組の河童が姿を現した。男女ではあるが、どちらも少々老け込んでいる。気の強そう…というよりは態度がデカいメスの河童と気弱そうなオスの河童の二人組であった。
「な…夏奈。無事だったか」
「父さん…それに母さんも」
オスの河童は安堵していた様だが、夏奈は狼狽えていた。一方でメスの河童は夏奈に近づき、暫し無言を貫いた後に溜息を吐く。
「どこまで手を掛けさせるの ?」
その声調は、我が子との再会とは思えない程に威圧に満ちていた。遅れてやって来て彼らを止められなかった事を謝ろうとした受付担当の看護師も、その異様な空気を前に押し黙ってしまう。
「えっと…」
「えっとじゃないでしょ。私にまず言う事は ?」
「…ご、ごめんなさい」
「…あなたに使った金と時間を返して欲しい気分」
夏奈は完全に委縮していた。父親の方はというと、娘を睨みつけている母親の隣でたじろぐばかりで止めに入ろうともしない。典型的な尻に敷かれているタイプである。
「自分の娘相手にえらく冷たいわねえ」
「それな~言い方にトゲある感じ~」
見かねたコウジとルミが横槍を入れるが、そんな彼らにも夏奈の母親は不愉快そうな視線を送った。会話に割り込まれる事そのものは決して褒められた行為ではないが、娘をねちっこく責める自分の醜悪な姿を客観的に見ようとしていない証拠でもある。
「外野は黙ってて頂戴」
「ところが奥様、そうも行きません。彼女は怪我人です。療養をしなければならない立場である以上、過度にストレスを与えようとするあなたの言動は――」
「いつあなたの意見を聞いたのかしら。医者なら黙って治療を続けなさい」
「つまり奥様が、その分の治療費と入院費をお支払いになる…という事でよろしいですかな」
患者の健康に害を及ぼす様なら止めさせなければ。医者としての最低限のプライドは持っているのか、弓田もすかさず夏奈の母親を宥めにかかる。だが彼女は高飛車且つ傲慢な性根を隠そうともしない。そんな険悪の雰囲気を扉の陰から見守っていた看護師だが、その背後には龍人と颯真、そして佐那が立っていた。受付に誰もいないので勝手に入ってしまったのだ。
「あの~…」
「ひゃっ !」
「うおっ、すんません驚かせて…あの、夏奈ちゃんって子、病室どこか知りませんか ? 今日会いに行くって約束したんで」
「えっと…ここですけど、今は入らない方が…って、ああ ! ちょっと !」
居場所を聞き出した龍人は問答無用で病室に突っ込んでいく。看護師はまたもや止められなかった。
「夏奈ちゃん、やっほ~…ってあらら」
だが入るや否や、怯えている彼女の姿とそんな彼女に詰め寄っている母親の姿が目に入る。そして困っているかのようにこちらへ顔を向ける一同の姿があった。ちゃんと忠告を聞き入れておくべきだったと、龍人は少しだけ後悔した。
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