ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

文字の大きさ
上 下
29 / 76
弐ノ章:生きる意味

第29話 実力不足

しおりを挟む
「何だ、思ってたよりいい家じゃん」

 二日後、佐那達が住むマンションの前に車を停めてから颯真は車外へ降り立った。どうという事は無い。龍人とストランドで酒盛りをしたついでに住所を教えてもらっただけである。そうべらべらと個人情報を喋るのはどうかと思ったが、あの二人が住んでいるとなればわざわざちょっかいを掛ける必要も無いだろう。

 自動ドアと思わしき扉が備えられている玄関の左側には、青い炎に包まれた目玉が宙を浮いていた。颯真の動きを追っており、クリクリとした瞳を彼に向け続けている。

「1101号室を頼む」

 颯真の頼みが聞こえた直後、目玉の背後にある壁の鏡が歪んだ。反射によって見えていた鏡の中の光景が暗転し、吸い込まれそうな程に暗い空間のみが映し出される。やがてその中から声が聞こえた。

「どなた様ですか ?」

 佐那の声である。静かな物言いだった。

「老師様、俺だよ俺。颯真。龍人に会いたいんだけどいる ?」
「……静かに来て頂戴」

 佐那の忠告の意味はよく分からないが、間もなく玄関のドアが開いた。大理石の床にブーツの擦れる音を響かせてエレベーターに滑り込んだ颯真は、少しの間だけ暇を持て余す。やがて目的の階層に到達したエレベーターから出ると、通路の右奥の部屋へ向かう。が、そのドアの前に佐那が立っていた。腕を組んでいた彼女だが、颯真に気付くと小さく手を振ってくれた。Tシャツにスキニージーンズという組み合わせであり、歳の割に若々しくがっしりとした体躯をしている事が、衣服の薄さのお陰でほんのりと分かる。

「ごめんなさいね」
「もしかして来るの早すぎた ?」
「いえ、済ませられる用事は早めに片付けておいた方がいいもの。ただ、龍人が今トレーニングに集中してて。邪魔をしたくない」

 邪魔をしたくないとはいえ、ここまで慎重になる必要がどうしてあるのか。恐ろしくゆっくりとドアを開け、音を立てないように忍び足で彼女と部屋に入った事でその理由をようやく理解できた。部屋の奥にある和室。そこに龍人が座っていたのだ。周りに大量のトランプや赤い糸で作った輪っか、しわくちゃな折り鶴や折り紙の手裏剣が散乱している。そして当の本人は、和室の中央に置いているちゃぶ台の上でトランプタワーを作っていた。ちょうど五段目辺りにまで到達しかけている。

 両手から放たれていた二本の霊糸が畳を這いずり、散らばっているトランプを一枚ずつ絡め取る。霊糸はそのまま蛇のように立ち上がり、タワーの頂上の右端へと向かった。小さく呼吸をしていた龍人は、やがて下唇を軽く噛んで息を止める。そして二枚のトランプで新たに三角形を作った。タワーはまだ倒れていない。

「っよし…」

 龍人が掠れたような声で小さく達成感を露にし、和室の奥に座っていたムジナにサムズアップをした。お座りをしたまま喜んでいるムジナだったが、彼女の手にはその小さい手に合わせて作られた物らしい団扇を握っている。よく見ると「がんばれ龍人☆」と団扇に書かれていた。まるでアイドルの追っかけである。

「あの団扇…手作り ?」

 小声と共に佐那を見た颯真だが、彼女は彼から目を背けた。

「……ムジナが欲しがったから、仕方なく」

 彼女の返答に吹き出しかけるが、気を取り直して再び成り行きを見守る。だが龍人がまたトランプを二枚掴み、再び乗せようとしたその時に災難は起きた。颯真の携帯が震え、直後に大音量のギターとドラム、そしてデスボイスが響き渡り出す。着信音であった。

「やべっ」

 マナーモードにすることを忘れていた颯真が慌てて着信を止める頃には手遅れだった。取り乱した龍人は手元が狂い、霊糸で掴んでいた二枚のカードが倒れたのを皮切りにタワーが雪崩の如く崩れ落ちる。辺りに散乱したカードを龍人とムジナは一瞥し、ほんの僅かな苛立ちを纏ったまま颯真と目を合わせた。

「お前マジか」

  久々という程でもない二人の再会の挨拶は呆れに満ち溢れたものであった。

「あ~、悪い。だけどその…あれだ。こういう事やってるって知らなかったし。集中力乱したお前の実力不足って事にしといてくれない ?」
「…何つーか、お前が友達いない理由がよく分かるわ」

 言い訳を捲し立てていた颯真は間合いに入るのを避けるように距離を開けつつ、やがてリビングにあるテーブルへと足早に向かって席に着いた。しょんぼりするムジナを抱きかかえ上げた龍人も近づき、やがて卓上にあったプラスチックのボトルに入っている味付け海苔を拝借して貪る。ついでにムジナにも一枚上げた。

「それはさておき、あれも訓練の一種 ?」
「まあな。霊糸の扱いに慣れるためにやってた。意外と細かいコントロールが必要なんだよ。霊糸を使う時は」
「じゃあその辺に散らばっている糸の輪っかとか、下手糞な折り紙は ?」
「悪かったな下手糞で…ただの遊び。どっちも指先の細かい動きを練習するためだけどな」
「ふ~ん、てっきりもっと根性万歳みたいな特訓ばっかしてると思ってたが…」
「まあ、それはそれでやってるけどよ。こないだだって―――」

 二人が話をしている間、佐那は茶を淹れていた。深い緑をした茶葉を急須の中に放り、あまり熱すぎない温度のお湯を注ぐ。少ししてから湯呑に均等に茶を分けると、盆に乗せて二人の方へ持って行った。

「体作りと体術の稽古はともかく、印結びを行う際の動きや霊糸の扱いに関しては苦痛なんて邪魔になるだけだもの」

 デカい文字で鮨と書かれた灰色の湯呑を掴んだ佐那は、向かい合っている二人とは別の席に座った。

「目標のある遊びで覚える方が上達も早いし、何よりモチベーションも持続するわ。持論だけど」
「良識ある人で良かったな。師匠ガチャ大当たりだぞ龍人」

 佐那に対して颯真が一定の評価を下しながら茶を啜る。そして茶と一緒に運ばれた小皿から甘納豆をつまんだ。

「そうか ? 昨日組手とか言って殺されかけたぞ俺」
「あなたが高度な武装錬成を習得したいって言うから教えただけでしょ。お仕置きも兼ねてだけど」
「ほら聞いたか颯真。虐待だ虐待」
「生活費を勝手に持ち出して財布を空にしたのは誰だったかしらね」
「それは…その…」

 颯真と別れた後、武装錬成で強力な武器の生成方法を教えて欲しいと龍人は頼んだが、生活費を無断で使いこんだのがバレたのもあって、ひたすら組手と試合によって佐那からしごきを受けていた。一応教えてもらえはしたものの、休みも無く朝から晩までぶちのめされたせいで体中が痛くて仕方がない。途中で夏奈を介抱していた医者から連絡が無かったら、更にこっ酷い目に遭っていただろう。

「それに、徒手空拳の様な基礎すら出来ないようじゃ武器を生成しても意味が無い。武器を使うのはあくまで集団、それか素手を使える間合いにまで接近するのが難しい場合だけ。幽生繋伐流は肉体の中にある霊力を解放し、相手に放つ事を得意とする…だから手で直接肉体を殴るか、脚で蹴った方が妖怪や暗逢者相手には効く」
「でもさ…かっけぇじゃん、武器。刀とか、それと初めて会った時に老師が使ってた槍 ! 槍が花みたいにぶわって開いて、ぐさぐさ刺しまくるアレ。俺もあんなカッコいい事したいんだけど」
「そう……じゃあ…いつか、教えるわ。早く出かけましょう。お見舞いに行くんでしょ」

 少し照れくさそうにした佐那は、飲み終えた湯呑をそそくさと流しへ持って行く。

「あの人つんけんしてるけど、褒めると結構甘やかしてくれるんだよ」
「お前割とセコいな龍人」

 聞こえない様に囁く龍人に颯真は少しだけ引いていた。



※急遽予定が入ってしまったため、更新日を延期させていただきます。大変申し訳ありません。
※次回の更新は十二月二十三日予定です。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

処理中です...