ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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壱ノ章:災いを継ぐ者

第27話 妙案

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 黒く艶のある円卓を囲み、佐那と秀盟は向かい合っていた。二人の間に置かれているのは豪華絢爛な食事、品目からして中華料理であった。

「竹鶴、二十五年だ」

 秀盟がウイスキーを自身のグラスに注ぎ、隣に立っていたウエイターに渡して佐那のグラスにも注がせようとする。だが佐那は一礼し、柔らかい表情でそれを断った。

「烏龍茶を頂けないでしょうか」
「何だ、とうとう肝臓の具合が気になりだしたか」
「車で来てるのよ。今日は」
「ふん、この町じゃ飲酒運転しようが、一匹や二匹庶民を撥ねようが気にせんというのに。そういう所だけは堅物さが抜けんな」

 長い付き合いを経ている友との晩酌が出来ない事を秀盟は不満げにしていたが、佐那は特に何も言う事なく小皿にカシューナッツ炒めと北京ダックをよそい始める。ムジナに一枚だけ鴨の皮を渡すと、彼女は喜んで貪った。

「あなたはいつ見ても豪遊三昧ね。智明さんも誘ってあげればよかったのに」
「誘ったさ。だが断られてな。明日の会合に向けて忙しいんだと。子供ってのは歳を取ると、どうも家族に冷たくなってくる」
「巣立ちの時期が近いわよ。寝首を掻かれないように気を付けるべきね」
「自分の身内にそこまで恨まれてる覚えはないぞ…誰かさんと違ってな」

 秀盟がそこまで言うと、箸で料理を口に運んでいた佐那の手が止まり、若干朗らかになっていた彼女の気配が鋭く、凶悪な物に一瞬だけ変わった。だがすぐにそれが引っ込むと、一度だけ短くため息をつく。

「あなたぐらいよ、私にそれ言って無事で済むの」
「俺だからこそ言うんだ。何年の付き合いだと思ってる。ましてや…俺にとって名付け親の龍明さんと、”優璃ゆりちゃん”の事だぞ。理由はどうあれ、”覇劫大戦”の最中にあの二人を失ってから、お前は随分大人しくなったからな。あのじゃじゃ馬だったお前が」
「あなたと…弥助がいなかったらどうなってたか分からない」
「だろうな。そして今はあの若造もいる。残った身内ぐらいはちゃんと大事にしてやれ。そういえば弥助は元気か ?」
「ええ、最近連絡を取った。今はニューヨークにいる」
「ケッ、それは何ともハイカラな事で」

 弥助の事を聞いた秀盟は嫌味ったらしくせせら笑った。その時、彼の使いと思わしき鴉天狗が早歩きで近づき、秀盟に何やら耳打ちをしだす。

「…そうか、早めに清掃・・をしておけ」

 秀盟も険しい面持ちで告げると、改めて佐那の方を見る。

「うちの悪ガキとお前の所の悪ガキがやらかしたぞ。飯屋で派手に暴れて負傷者と屍の山だ。身元もすでに割っている。恐らく風巡組が差し向けたゴロツキどもだろう…全く、恐ろしい才能だな。幽生繋伐流の鍛錬を始めて、半年も経ってないんだろう ?」
「ええ…そうね」

 報告を聞いた秀盟はある種の感嘆とも言える反応を示してくれるが、佐那は何か考え込んでいる様だった。改めて龍人の才覚に驚いたのは事実である。だが、同時に疑念が渦巻いていた。その才覚とやらが、果たして本当に龍明から受け継がれた物なのかという点である。

 無意識に開醒を使えていた点、更にそれを用いた格闘戦や武装錬成の体得の早さを見た彼女にすれば、学習速度が速いというのも少し違っている様に感じたのだ。学んでいるというよりは、思い出している・・・・・・・と言った方がいいかもしれない。それほどに龍人は容易く自分の教えを理解し、すぐに実行に移す。その慣れの早さは、果たして偶然才能に恵まれたからで片づけられるものだろうか。秀盟も自分も含め、龍人に興味を示している者達の誰もが、重大な何か…可能性を見落としているような気がしてならなかった。



 ――――ストランドにて、だいぶ仕上がっている颯真の隣に座り、龍人はちびちびと濃い目に入れられた麦焼酎のサワーを頂いていた。

「いやぁ、ここはいい ! 酒とつまみが美味いし、美人なママさんもいるし ! 穴場見つけちゃった穴場 !」

 メンマの麻辣漬けを肴に大喜びする颯真と、褒め言葉に照れているアンディの二人は和気藹々としていたが、その傍らで龍人は夏奈たちがいない事に気付く。随分と落ち込んでいる様子の翔希を除いて。

「アンディさん、皆は ?」
「ひとまず急いで医者を呼んで、そのまま病院に運んでもらっちゃった。店の子達は付き添い」
「おい龍人~!!お前なんだそのしけたグラスは ! この程度じゃ満足できませんってか ? 店に失礼だと思わねえのか、あ~ん ?」

 自分が助けた相手の安否という割と真剣な話をしていたというのに、颯真が空になっていたグラスに焼酎を注ぎ出した。

「別にいいだろグラスが空で…ああ、おいやめろ ! ったく…お前もいつまで落ち込んでんだよ。こっち来い」

 颯真は酔うと面倒くさい絡み方をするタイプだと覚えた龍人は、なみなみと注がれた麦焼酎を少し呷ってから翔希に呼びかける。

「で、でも…」
「でもじゃねえ。早く来い。てか何で哀れな被害者ですって面ができんだよ。どちらかっつーと加害者だぞお前」

 龍人に強めに唆された翔希は、渋々小さめのビールグラスを持ったまま彼の隣に座る。ちゃっかり飲んでいるのが少し腹立たしかった。

「息抜きはここまで。お前に少し聞きたいんだが、兼智ってヤツは割りと嫌いな相手に執着するタイプか ? さっき襲われたんだ」
「ああ…俺が入った頃からだよ。昔はそうでも無かったらしいんだが、最近は特に。目を付けられたらどこまでも追い詰めて来る」

 昔はそうでも無かった。その言葉が出た際、一瞬酒を飲んでいた颯真の手が鈍くなる。だが、龍人はそれに気づかないまま項垂れ始める。

「…か~…そういえば言ってたなお前ぇ、追われ続けてたら準備できないって。考えあんの ?」

 箸を置いてグラスに残っていた日本酒を颯真は飲み干し、気を取り直して龍人の意見に耳を傾ける。アンディはすかさず彼のグラスに再び酒を注いでいた。

「いや、どこまでもこっちを追い続けるってんなら、それが出来ないような事態に追い込めばいいんじゃねえかと思ってさ。例えばほら…自分の縄張りが荒らされまくるとか」
「荒らすとして誰がやるんだよ。俺達がやるんなら意味ねえだろ」
「バーカ、俺達がやるんじゃない。やらせるんだよ。この町じゃ、利益絡みで三つの勢力が睨み合いしてるんだろ ? それなら猶更、風巡組がやっている暗逢者の横流しとか、あいつらが監視してカツアゲに使っている縄張りが欲しいってヤツもきっといる。そういうヤツらを誘い込んで、バチバチに戦わせて、消耗した所をまとめて俺達で一網打尽  ! どうよ ?」

 龍人の誘いに対する颯真の反応は何とも言い難かった。頷きながら黙った様子からするに悪くない考えと思ってはいそうだが、すぐに乗らない辺り名案と感じているわけでもないらしい。或いは、酔いのせいでまともに頭が回っていない。

「龍人君。事情は詳しくないけど、そもそもの話…どうやってそんな都合の良い勢力とやらを見つけるの ?」

 グラスを拭いていたアンディが颯真の代わりに口を開く。颯真は言ってくれてありがとうと言わんばかりに大きく頷き、アンディを指さしていた。

「誰でもいいんじゃないか ? そこそこ腕っぷしがありそうで、簡単に会ってくれそうで、そういう話に乗ってくれそうな連中…あ、苦羅雲とかどうよ ?」

 だが龍人が思い当たる組織の名前を口にした途端、呆気にとられた翔希は持っていたグラスを落としかけ、アンディは龍人を凝視し、颯真は飲んでいた酒をゆっくりと口から離した。

「……あいつらは、マジでやめとけ。気は確かかお前 ?」

 酔いが一気に冷めた颯真が呆然とする姿を見た龍人は、苦羅雲という組織に対する不安と期待の双方を膨らませる。危険な賭けなのかもしれないが、少なくとも弱くはないという事が分かっただけでも儲けものであった。
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