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壱ノ章:災いを継ぐ者
第20話 ブルジョワ
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ひとまず家に帰った龍人たちは服を着替え、鴉天狗を引いたおかげで傷物になった車を乗り換えた。橙色のSUVであり、いつも通り佐那が運転席に乗ってガレージから飛び出していく。
「…で、何でお前も来たわけ ?」
スカジャンと迷彩柄のジーンズに着替えた龍人は、助手席に座った自分の膝上で丸くなっているムジナを見た。
「留守番ばかりさせるのも可哀そうでしょ」
窓の外の景色に目を配りながら佐那はムジナを連れてきた理由を語る。ここ最近散歩に連れて行ってあげられなかった事を思い出したのだ。やがていつもの見慣れた商店や飲み屋街からは大きく離れ、葦が丘地区の中心地であるビル群へと二人と一匹を載せた車は辿り着く。通行人の割合としては鴉天狗たちが圧倒的に多く、心なしか服装や佇まいにも気品があった。佐那はまだしも、自分は明らかに場違いな存在だという事を龍人は思い知らされる。
「武術ばっかりじゃなくて、コーディネートとかテーブルマナーについても教えて欲しかったね」
「じゃあ第一歩を教えてあげる。委縮せず堂々としていなさい」
「……いしゅくって何だ…?」
聞き慣れない単語に龍人は悶々としつつ、やがてコインパーキングへ駐車されたのを見計らって車から降りる。日本円の貨幣が平然と使われている事にも驚きだが、建築物や街灯といった公共物も含め、近代もしくは現代の人間社会に近い水準の物を使っているのがどうにも受け止められない。
勿論街灯に入っているのは電気ではなく火の球だったり、空から警備服らしい物を身に纏った鴉天狗の群れがパトロールをしていたりと、探せば違いは山ほどあるがハッキリ言って生活に不便をする事は無い。尤も、平和に暮らせるだけの度胸と人脈と腕力があればの話だが。
「妖怪ってもっと辛気臭いっつーか田舎者みたいな生活してると思ったんだけどな。今更だけど」
「人間と同じように感情があるのよ ? ナウでヤングな暮らしの一つもしたくなるわ」
「それ死語だよ老師…」
二人と一匹が歩道を歩いている時、彼らに気付いた子供連れの鴉天狗のカップルが手を振って来た。淡い紺色のスーツを着た男と、深緑のドレスを身に纏った女。そしていかにも甘やかされたボンボンらしいサスペンダー付きの短パンと白いシャツ姿の子供。絵に描いたようなブルジョワのお散歩である。
「老師殿、いやはやここでお会いするとは、世界というものは狭いですな」
「お久しぶりです。昨日ニュースで拝見しましたよ。とうとう嵐鳳財閥の警備部門お抱えになったとか」
「いえいえ、これも全て老師様のご指導あっての―――」
かしこまったビジネストークに花を咲かせている側で、龍人はムジナを見た。お座りをしてはいるがやはり退屈しているらしく、顔をそっぽ向けて欠伸をしている。
「―――是非お弟子さんと共に、また我が社にいらしてください。ここ最近になって暗逢者の動きが活発化しているというのに、平和が続きすぎたせいで社員たちはすっかり腑抜けだらけになってしまいましてな。そろそろ根性を叩き直してやる必要があるのです」
「ええ。機会があれば是非」
「感謝しますよ。それではこれで…霧島龍人さん。またお会いしましょう」
「あ、はい」
金持ちそうな鴉天狗と龍人たちは挨拶をしてから別れるが、彼らの姿が見えなくなったタイミングで龍人は肩の力を抜いて溜息を吐いた。あの手の上品ぶった輩が龍人はとにかく嫌いだった。断じて嫉妬ではない。あの手の連中は自分の様な格下相手だろうと丁寧な態度をしてこその勝ち組というしょうもない固定観念を持ってるという偏見。それが内心では自分の事を見下してるに違いないという卑屈につながっていた。
そんな龍人に呆れたような視線と苦笑いを差し向ける佐那だが、やがて辿り着いたのは一面を強固な鉄の防壁に囲まれた巨大な施設だった。摩天楼、不夜城、要塞…そんな荘厳な物言いを全部詰め込んだかのようなビルが数棟、防壁内の敷地に構えられている。悪の親玉が住んでいると言われたら恐らく納得してしまうだろう。
”嵐鳳財閥”と書かれた門をくぐった先では、待ち構えていたかのように鴉天狗たちが銃器を構えて正面の大通りの両脇で敬礼をしている。おまけに自分達が通るための道には、赤い絨毯まで敷かれていた。なぜここまでする必要があるかは知らないが、威風堂々と歩く佐那の後ろを遠慮気味に進んでいくと、奥の方から若い女の鴉天狗に手を貸してもらいながら一人の鴉天狗が向かって来る。年寄りらしく、杖をついて歩くのもやっとな姿だった。
「その老体でわざわざ出迎えに ?」
佐那が鼻で笑った。
「幽生繋伐流の使い手が羨ましい。全然老け込まんのだから…久しいな、玄紹院の一人娘よ」
熱い抱擁を交わす二人を余所に、歩き疲れたのでさっさと休ませて欲しいと言った具合に龍人は首を鳴らして足首を回してストレッチを行う。
「龍人、紹介するわ。嵐鳳財閥の総帥、鷹宮秀盟。そして彼の孫娘にして事業を取り仕切っている代表取締役の鷹宮智明」
「智明です。以降お見知りおきを」
その折に、佐那から紹介を受けた女の鴉天狗が龍人に名刺を渡してきた。金色の刺繡が美しい着物を纏っており、本人の顔立ちや振る舞いにも服に見劣りしない程洗練されている。まつ毛が長く、妖艶な目付きをした彼女と目が合った際に龍人は若干緊張した。鳥の顔を見てここまでドギマギしたのは初めてかもしれない。
「霧島龍人よ…待っていたぞ。中々の問題児だと聞いている。まあ細かい話は後にして、まずは私の築き上げてきたこの財閥を自慢させてくれ。どの道後でお前さんに会わせたい奴がいる」
さあついてこいと秀盟と智明は歩き出し、龍人たちは渋々後に続いた。
「あそこまでドヤ顔されると清々しいな」
「でしょうね。昔からあんな感じ」
自惚れ屋な点を指摘した龍人だが、佐那の反応からするに今に始まった事ではないようだった。
「…で、何でお前も来たわけ ?」
スカジャンと迷彩柄のジーンズに着替えた龍人は、助手席に座った自分の膝上で丸くなっているムジナを見た。
「留守番ばかりさせるのも可哀そうでしょ」
窓の外の景色に目を配りながら佐那はムジナを連れてきた理由を語る。ここ最近散歩に連れて行ってあげられなかった事を思い出したのだ。やがていつもの見慣れた商店や飲み屋街からは大きく離れ、葦が丘地区の中心地であるビル群へと二人と一匹を載せた車は辿り着く。通行人の割合としては鴉天狗たちが圧倒的に多く、心なしか服装や佇まいにも気品があった。佐那はまだしも、自分は明らかに場違いな存在だという事を龍人は思い知らされる。
「武術ばっかりじゃなくて、コーディネートとかテーブルマナーについても教えて欲しかったね」
「じゃあ第一歩を教えてあげる。委縮せず堂々としていなさい」
「……いしゅくって何だ…?」
聞き慣れない単語に龍人は悶々としつつ、やがてコインパーキングへ駐車されたのを見計らって車から降りる。日本円の貨幣が平然と使われている事にも驚きだが、建築物や街灯といった公共物も含め、近代もしくは現代の人間社会に近い水準の物を使っているのがどうにも受け止められない。
勿論街灯に入っているのは電気ではなく火の球だったり、空から警備服らしい物を身に纏った鴉天狗の群れがパトロールをしていたりと、探せば違いは山ほどあるがハッキリ言って生活に不便をする事は無い。尤も、平和に暮らせるだけの度胸と人脈と腕力があればの話だが。
「妖怪ってもっと辛気臭いっつーか田舎者みたいな生活してると思ったんだけどな。今更だけど」
「人間と同じように感情があるのよ ? ナウでヤングな暮らしの一つもしたくなるわ」
「それ死語だよ老師…」
二人と一匹が歩道を歩いている時、彼らに気付いた子供連れの鴉天狗のカップルが手を振って来た。淡い紺色のスーツを着た男と、深緑のドレスを身に纏った女。そしていかにも甘やかされたボンボンらしいサスペンダー付きの短パンと白いシャツ姿の子供。絵に描いたようなブルジョワのお散歩である。
「老師殿、いやはやここでお会いするとは、世界というものは狭いですな」
「お久しぶりです。昨日ニュースで拝見しましたよ。とうとう嵐鳳財閥の警備部門お抱えになったとか」
「いえいえ、これも全て老師様のご指導あっての―――」
かしこまったビジネストークに花を咲かせている側で、龍人はムジナを見た。お座りをしてはいるがやはり退屈しているらしく、顔をそっぽ向けて欠伸をしている。
「―――是非お弟子さんと共に、また我が社にいらしてください。ここ最近になって暗逢者の動きが活発化しているというのに、平和が続きすぎたせいで社員たちはすっかり腑抜けだらけになってしまいましてな。そろそろ根性を叩き直してやる必要があるのです」
「ええ。機会があれば是非」
「感謝しますよ。それではこれで…霧島龍人さん。またお会いしましょう」
「あ、はい」
金持ちそうな鴉天狗と龍人たちは挨拶をしてから別れるが、彼らの姿が見えなくなったタイミングで龍人は肩の力を抜いて溜息を吐いた。あの手の上品ぶった輩が龍人はとにかく嫌いだった。断じて嫉妬ではない。あの手の連中は自分の様な格下相手だろうと丁寧な態度をしてこその勝ち組というしょうもない固定観念を持ってるという偏見。それが内心では自分の事を見下してるに違いないという卑屈につながっていた。
そんな龍人に呆れたような視線と苦笑いを差し向ける佐那だが、やがて辿り着いたのは一面を強固な鉄の防壁に囲まれた巨大な施設だった。摩天楼、不夜城、要塞…そんな荘厳な物言いを全部詰め込んだかのようなビルが数棟、防壁内の敷地に構えられている。悪の親玉が住んでいると言われたら恐らく納得してしまうだろう。
”嵐鳳財閥”と書かれた門をくぐった先では、待ち構えていたかのように鴉天狗たちが銃器を構えて正面の大通りの両脇で敬礼をしている。おまけに自分達が通るための道には、赤い絨毯まで敷かれていた。なぜここまでする必要があるかは知らないが、威風堂々と歩く佐那の後ろを遠慮気味に進んでいくと、奥の方から若い女の鴉天狗に手を貸してもらいながら一人の鴉天狗が向かって来る。年寄りらしく、杖をついて歩くのもやっとな姿だった。
「その老体でわざわざ出迎えに ?」
佐那が鼻で笑った。
「幽生繋伐流の使い手が羨ましい。全然老け込まんのだから…久しいな、玄紹院の一人娘よ」
熱い抱擁を交わす二人を余所に、歩き疲れたのでさっさと休ませて欲しいと言った具合に龍人は首を鳴らして足首を回してストレッチを行う。
「龍人、紹介するわ。嵐鳳財閥の総帥、鷹宮秀盟。そして彼の孫娘にして事業を取り仕切っている代表取締役の鷹宮智明」
「智明です。以降お見知りおきを」
その折に、佐那から紹介を受けた女の鴉天狗が龍人に名刺を渡してきた。金色の刺繡が美しい着物を纏っており、本人の顔立ちや振る舞いにも服に見劣りしない程洗練されている。まつ毛が長く、妖艶な目付きをした彼女と目が合った際に龍人は若干緊張した。鳥の顔を見てここまでドギマギしたのは初めてかもしれない。
「霧島龍人よ…待っていたぞ。中々の問題児だと聞いている。まあ細かい話は後にして、まずは私の築き上げてきたこの財閥を自慢させてくれ。どの道後でお前さんに会わせたい奴がいる」
さあついてこいと秀盟と智明は歩き出し、龍人たちは渋々後に続いた。
「あそこまでドヤ顔されると清々しいな」
「でしょうね。昔からあんな感じ」
自惚れ屋な点を指摘した龍人だが、佐那の反応からするに今に始まった事ではないようだった。
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