ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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壱ノ章:災いを継ぐ者

第11話 正当防衛

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 家屋の上を飛び越えながら夏奈を追跡していた龍人だが、ものの数分で彼女の行動の不審さに気付いた。明らかに第三者の視線を警戒している。しきりに立ち止まっては背後や左右に首を向け、自分の事を誰かが見ているのではないかと怯えている様に確認をし、そそくさと歩き出す。そんな動きを何度も行っては、よほどの素人でもない限り間違いなく怪しまれるだろうに。

「いや、まさかな」

 怪しまれる事自体が目的なのだろうか、そんな邪推が不意に龍人の頭をよぎった。昔、闇金融からの臨時報酬欲しさに借金まみれの債務者を追いかけまわしていた時期があったが、追手から逃げようとする債務者がよく使う手法だった。わざと怯えた様子を見せ、何も知らない第三者や警察を無理やり巻き込み、そのまま助けを乞い、手を出しづらくする…自分で蒔いた種だというのに、何も知らない第三者の善意を利用して被害者面を決め込むクズのやり方であった。

 だが彼女がその類だと決めつけるのはいささか早急だろう。なぜなら歩みを止める事自体はしていない。何かあった時のために目撃者を作っておくという算段だろうか。現に上空の方へも顔を向け出しており、誰かに助けを求めている様には見えない。明確な警戒心が感じられた。

「……待てよ」

 と、ここへきて龍人は己の行動があまりにも迂闊過ぎたという事に気付く。彼女が警戒しているのが敵…つまり風巡組だと仮定した場合、相手は鴉天狗である。空を飛び、風と神通力を操るとされている妖怪である彼らが相手ならば、夏奈が空の方へ視線を向けるのも納得である。上空から自分の事を監視している可能性だって十分にあるのだから。そして、もしそうだとしたら今の自分の姿も間違いなく目撃されて…

「ッ…!!」

 行動の仕方を変えなければと判断した刹那、後方から風が吹いた。慌てて振り向くが、その風に紛れて何かが自分に飛び掛かり、首を絞めながら空へと舞い上がる。

「離せッ…この… !」

 龍人は藻掻くが、黒い翼が邪魔をして視界が遮られており、何より体をしっかり掴まれているせいで身動きが取れない。そのまま先程いた場所からかなり離れたテナントビルの屋上へと連行される。そのまま力づくで屋上へと叩き落され、小さく体がバウンドした龍人はその衝撃に呻いた。どうやら縄張りだったらしく、女性の鴉天狗ともう一人の気弱そうな鴉天狗が木箱や地べたに座ったまま休憩をしていた。

「見張りの交代はまだでしょ…ってかどうしたのそいつ ?」

 女性の鴉天狗が龍人を見ながら狼狽えるが、彼を連行したリーダー格らしい鴉天狗はそのまま龍人の首を掴み、塔屋の壁に叩きつける。そのまま首を抑えて顔を覗き込んだ。

「あのカモ候補の後を付けてやがった。生身の人間とは珍しいが…誰に頼まれた ? 」
「カモ… ?」

 リーダー格の鴉天狗が尋問をするが、龍人は答える事もせずに彼の発した言葉を訝しんだ。曲がりなりにも義賊的な組織ではなかったのか ? それとも自分が知らないだけで夏奈という少女はその様な扱いをされても仕方がないクズだったのか ? 答えを見つけようと模索する前に鴉天狗がさらに首を絞めて来る。

「な、なあ…待てよ。ちょっとマズくないか ?」

 その時、少し離れてい見ていた気弱そうな鴉天狗が言った。

「何が ?」
「最近妙な話を聞いたんだよ。玄紹院とかいう人間の女知ってるだろ ? ほら、あの嵐鳳財閥に気に入られてる便利屋だよ」
「ああ、あのババアか。そいつがどうしたんだ ?」
「何でも弟子が出来たって噂だ。若い人間の男。この辺りに人間が住む事なんてめったに無いし、俺の知ってる限りじゃ玄紹院とその弟子だけだ。だから、もしかしてかもしれないがそいつ…」

 リーダー格と気弱そうな鴉天狗がそんな話をすると、言わんとしている事が呑み込めた女性の鴉天狗が血相を変えた。

「ねえ、じゃあ私達目つけられてるって事 ? だけど――」
「ゴチャゴチャうるせえよ。つまり知らぬ存ぜぬで通せばいいって事だ」

 女性の鴉天狗が狼狽え出した所をリーダー格は抑え、やがて龍人から離れる。咳き込みながらその場に跪く龍人だが、彼らがここから無事に返してくれるなどとはハナから思っていなかった。俯いて呻き、手を隠しながら印を結んで突破口を探そうとした瞬間、リーダー格の鴉天狗が何かをこちらに向けているのが目に入る。拳銃、それも筒状の消音器が取り付けられている自動式だった。

「え――」

 反応する前にリーダー格の鴉天狗が数回引き金を引く。ベニヤの板にバットが叩きつけられるような軽い音が数度響き渡ると、龍人はぐったりとその場に伏して動かなくなった。

「お前ら二人でどっか遠くに捨てとけ。俺達はこいつの事なんか知らないし会っても無い。それで話を合わせとけ」

 銃口から伸びる煙を満足げに眺めながらリーダー格の鴉天狗が指示を出す。

「やりやがったよこいつ…」
「マジでイカれてるってホント」

 二人が口々に愚痴を言うが、リーダー格の鴉天狗は気にも留めない。ホルスターに拳銃を仕舞ってから呑気に欠伸までしていた。

「俺は”兼智”さんみてえに成り上がりてえのよ。正義だとかなんだとか綺麗事言いながら気に食わない奴ぶっ殺して、金やら巻き上げて好き放題暮らす。それが出来るから風巡組に来た。この程度でビビる事もねえだろ」

 己の野心をひけらかすリーダー格の鴉天狗を尻目に、残る二人は急いで龍人の体へと駆け寄る。どうやって体を運ぶべきかと気弱そうな方の鴉天狗が近づき、体を引っ繰り返したが妙な違和感があった。あれだけ弾丸を撃ち込まれたのに血が出ていない。直後、龍人が目を見開いた。

「ひっ !」

 気弱そうな鴉天狗が慄くが、次の瞬間には霊糸を龍人によって足に絡められてしまいそのまま引きずり倒される。滑りこけて後頭部を打った彼を見た龍人は、すぐに起き上がって体にしがみつく。そして馬乗りになって顔を殴り続けた。

「こいつ!!」

 女性の鴉天狗がすかさず背後から龍人を羽交い絞めにして無理やり引き剥がす。だが龍人は怯むことなく後ろに手を回し、彼女の頭部を触る。そして特に柔らかい上に急所となり得る箇所…眼球を手触りで探り当てると、躊躇いなく親指を突っ込んだ。先程までの強気な態度とは程遠いか弱く、痛々しい悲鳴が上がる。

 羽交い絞めにしていた手が緩んだ瞬間を見計らって抜け出すと、再び龍人は別の印を急いで結んだ。そして合掌をする。すると両手を離していく過程で霊糸が両手から現れ、やがて互いに絡み合って長尺の棒を形成した。佐那のように複雑な武器を生成するのはまだ無理だが、怯んだ相手を痛めつけて再起不能にするだけならば十分である。

「幽生繋伐流、”武装錬成”…ほーらよっ !」

 そのままバットをフルスイングするかのように棒を女性の鴉天狗の顔面に叩きつけた。塔屋の方へ吹き飛ばされた彼女は嘴の一部が割れ、目から血を流している。

「てめえ !」

 自体を飲み込めず呆然と見ていたリーダー格の鴉天狗が再び龍人へ発砲するが、ここでようやくトリックが分かった。弾丸は龍人の背中に命中するが、貫通したり肉体に食い込むことなく地面に落ちる。

「妖怪って言うから何かカッコいい術とか武器使うのかって思ったけどさ…意外とチャチなもん使ってんのな」

 開醒による肉体強化は体の頑強さにも影響を及ぼすらしい。痛みや衝撃自体を軽減させる事は出来ないため、恐ろしい苦痛を味わうが携行できるような小型の銃火器程度では死ぬことは無い。

「術とか勉強とかはまだすんごい未熟だけど、こういう暴力沙汰に関してはさ…素人ってわけじゃないのよ俺」

 にやつきながら龍人はそう言ってリーダー格の鴉天狗に近づいて行った。
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