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壱ノ章:災いを継ぐ者
第4話 初交流
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仁豪町の町の一角、複雑に入り組んだ薄汚い路地の中に煤けたランプで彩られたバーがあった。”ストランド”と名前が付いたそのバーの中ではカウンターで泣き崩れる小鬼の少女と彼女のを取り囲むように従業員らしき妖怪たちがたむろしている。
「ひっく…ひっく…うぇぇぇん」
閑散とした店内に小鬼の声が響いた。
「もう、泣きすぎよ泣きすぎ。ママ、早くなだめてあげないと」
「はーいはい…」
泣いている少女の背中を擦りながら、ガタイのいい大柄な男が妙に優しい声で落ち着かせようとする。大入道と呼ばれる妖怪であった。そんな彼の声に応えた店主らしき人物がカウンター越しに小鬼の少女へグラスを渡す。ウイスキーを濃い目に入れたハイボールである。
「うっ…うっ…んぐ…んぐ……うわああああああん」
小鬼の少女はグラスの半分ほどまで酒を呷るが、一息入れた直後に再び泣き出す。
「手ごわいな~これは…」
袖を捲ったワイシャツから青白い腕をのぞかせ、ブロンドの髪を軽く搔きながら店主はボヤく。低く透き通る様な声だった。そして華奢な体をカウンターに寄り掛からせ、小鬼の方をじっと見る。愛玩動物でも眺めているかのような微笑ましい視線を送っていた。
「つーかさ、もうそんなビッチ忘れちゃえばいいんじゃね ?また探そう的な ?」
大入道とは反対側の席から小鬼を宥める一つ目の妖怪もいた。随分と軽い口調で励まそうとするがはやはり少女はグラスを握ったまま項垂れている。
「でも…無理だって忘れるの…やっと、私の事分かってくれる相手がいたと思ったのに…結局男の方がいいって…子供まで作ってさあ…!!」
「自称レズビアンなんてそんなもんよ。レズビアンと付き合ってるって肩書が欲しかっただけきっと。良かったじゃない、そんなクソ女と早めに縁切れて」
「うう…でも…」
大入道が小鬼を前向きにさせようとするがやはり未練があるのか吹っ切れずにいる。あっという間に空になったグラスを店主は拝借し、新しいグラスに別の酒を注いだ。梅のサワーである。
「その子には…あなたに対する恋はあっても愛は無かったのかもね」
「え ?」
「私のね、好きな人が昔言ってた。”恋は感情、愛は覚悟”って。恋心を向けるのは簡単だけど、その恋心を一生維持しながら相手に尽くして添い遂げようとする決意…それが愛なんだって。その子は弱くて、君の全てを受け止める覚悟が無かったのかも。でも私が見る限りだと、あなたは一途で心が強い子なんだと思う。捨てられたのにこうやってまだ相手の事を思い続けて、好きでいようと頑張れるんだから」
店主は教訓をぼやき、サービス品の小皿に盛ったイカの塩辛を差し出した。
「そういう強くて優しい子にはもっといい相手が待っていると思うんだ。特に君みたいな上玉にはさ…何度も転びながら起き上がり続ける恋物語もありだと思うよ ? あ、因みにこれは願掛けのサービス。最近作ってみた」
そして店主が口元の長い牙を見せながら微笑みかけて来ると、小鬼も少し落ち着きを取り戻してきたのか、泣くのをやめて少しだけ黙った。
「私が…強い… ?」
「ほら~、ね ? ママのが正論っしょ ? 忘れちゃえ忘れちゃえ。何ならウチも手伝うし理想の彼女探し」
「そうよそうよ ! たかが一回裏切られたぐらい何よ!世界にはね、何度も仲間や大事な人たちに裏切られて捨てられて踏んだり蹴ったりな毎日送ってる人だっているんだから。もっとタフに行きましょタフに !」
「もっと…タフに… !」
「そうそうタフに…ってあら ?」
励ましのおかげで段々と生気を取り戻してきた小鬼を、一つ目妖怪と大入道が更にあおっていた時だった。バーの扉が開き、佐那がレジ袋を携えて入って来る。大入道は目を丸くして立ち上がり、彼女の方へかけて行った。
「ちょっと老師 ! 久しぶりじゃな~い。いつ以来 ?」
「二ヶ月ぶりね。暫く来れなくて悪かったわ…はいこれ」
はしゃぐ大入道は佐那と抱擁を交わし、佐那も嫌な顔一つする事なく笑っていた。やがて互いに離れた後で彼女はレジ袋を渡した。
「あら、これコンビニスイーツ ? 今回はどこの ?」
「ラーソン・ストアよ」
「あら良いわね、ラーソンはホントにクリーム系が美味いのよクリーム系が…ってあらら、愛くるしいキューティ・ボーイがいるじゃない !」
スイーツにはしゃいだ大入道が次に目を付けたのは、恐る恐る店に入って来た龍人だった。
「クセ強いなこの店」
店に入った龍人は思わず口走る。
「それよく言われる~」
「まっそれが強みですけどー!」
「アハハハハハハ!」
店主と一つ目妖怪はその言葉に反応し、やがて全員で笑い出した。佐那も一瞬ではあったが、鼻を鳴らして小さく愛想笑いをしていた。
「さあさあ座って…改めまして、私大入道のコウジです」
「一つ目小僧のルミで~す。付き合うなら年収五千万からじゃないとやだよ~」
そして龍人をカウンターに座らせ、妖怪たちは互いに自己紹介をする。距離感が近く馴れ馴れしい。こうやって油断をさせて隙あらば金を毟り取るつもりなのだろうか。昔日雇いで働いていたぼったくりバーの事を龍人はふと思い出した。
「店長兼吸血鬼のアンディです。よろしくね少年…何飲む ?」
やがて店長がカウンター越しに前に立ってにこやかに話しかけて来る。
「…えっと…ウーロン茶あります ?」
「おーいー少年ノリ悪くねー ? 遠慮せず飲め飲めー」
「いや俺未成年なんで…」
迷った末に無難な答えを出そうとした龍人をルミが非難しだすが、龍人からすればどうしようもない。だが何が何でも飲ませたいのかコウジとルミは執拗に龍人へ絡みだす。
「何が未成年よ。因みにいくつ ?」
「十九です」
「じゃああれじゃん、”ししゃごにゅー”みたいなのすればほぼ大人だからセーフっしょ」
「いやでも…」
「いいのいいの、仁豪町じゃ法律なんて無いんだから ! さあ飲めおら !」
「あ、そうだ。そこの小鬼のお姉ちゃん今失恋中らしいんだけど、慰めるのに少年抱いてやってくんね ?」
「は ?」
「いや、私男の人はちょっと…」
なぜか小鬼まで巻き込んで四人で騒ぎ出す羽目になっていたが、そんな彼らを遠巻きに老師は椅子に座って見ていた。
「アレが探していたお弟子さん候補 ?」
彼女のお気に入りの酒を氷付きでグラスに入れてからアンディは差し出す。
「ええ。ようやく」
「少しは心の穴も埋められそう ?」
グラスを受け取った佐那だが、そんな彼女にアンディは悪戯っぽく笑ってから尋ねた。少し彼女の眉間に皺が寄ったが、やがてすぐに収まってアンディの方を見る。
「そういうのが目的じゃない。ただの罪滅ぼしよ」
「そっか…ただこれからが大変じゃないかな~ ? 今の段階で、彼は相当目を付けられているかも」
「覚悟の上よ」
陰のある表情で、佐那は周りに振り回されっぱなしな龍人を眺める。我が子を心配する母親のような表情だった。アンディはそんな彼女を不安げに見ていたが、やがてこれ以上は言っても無駄と悟り、気分を高揚させるために一口だけ自分も酒を呷る。
「ま、悔いが無いならよろしい…所で話変わるけど」
「ええ」
「彼ってノンケ ?」
「手を出したら私があなたを殺す」
「おお~怖っ」
冗談交じりの筈だが、どこかピリついた空気を孕みながら二人は駄弁る。その根底には確かに感じていた共通の認識…この町に火種を持ち込んでしまった事への胸騒ぎがあった。
「ひっく…ひっく…うぇぇぇん」
閑散とした店内に小鬼の声が響いた。
「もう、泣きすぎよ泣きすぎ。ママ、早くなだめてあげないと」
「はーいはい…」
泣いている少女の背中を擦りながら、ガタイのいい大柄な男が妙に優しい声で落ち着かせようとする。大入道と呼ばれる妖怪であった。そんな彼の声に応えた店主らしき人物がカウンター越しに小鬼の少女へグラスを渡す。ウイスキーを濃い目に入れたハイボールである。
「うっ…うっ…んぐ…んぐ……うわああああああん」
小鬼の少女はグラスの半分ほどまで酒を呷るが、一息入れた直後に再び泣き出す。
「手ごわいな~これは…」
袖を捲ったワイシャツから青白い腕をのぞかせ、ブロンドの髪を軽く搔きながら店主はボヤく。低く透き通る様な声だった。そして華奢な体をカウンターに寄り掛からせ、小鬼の方をじっと見る。愛玩動物でも眺めているかのような微笑ましい視線を送っていた。
「つーかさ、もうそんなビッチ忘れちゃえばいいんじゃね ?また探そう的な ?」
大入道とは反対側の席から小鬼を宥める一つ目の妖怪もいた。随分と軽い口調で励まそうとするがはやはり少女はグラスを握ったまま項垂れている。
「でも…無理だって忘れるの…やっと、私の事分かってくれる相手がいたと思ったのに…結局男の方がいいって…子供まで作ってさあ…!!」
「自称レズビアンなんてそんなもんよ。レズビアンと付き合ってるって肩書が欲しかっただけきっと。良かったじゃない、そんなクソ女と早めに縁切れて」
「うう…でも…」
大入道が小鬼を前向きにさせようとするがやはり未練があるのか吹っ切れずにいる。あっという間に空になったグラスを店主は拝借し、新しいグラスに別の酒を注いだ。梅のサワーである。
「その子には…あなたに対する恋はあっても愛は無かったのかもね」
「え ?」
「私のね、好きな人が昔言ってた。”恋は感情、愛は覚悟”って。恋心を向けるのは簡単だけど、その恋心を一生維持しながら相手に尽くして添い遂げようとする決意…それが愛なんだって。その子は弱くて、君の全てを受け止める覚悟が無かったのかも。でも私が見る限りだと、あなたは一途で心が強い子なんだと思う。捨てられたのにこうやってまだ相手の事を思い続けて、好きでいようと頑張れるんだから」
店主は教訓をぼやき、サービス品の小皿に盛ったイカの塩辛を差し出した。
「そういう強くて優しい子にはもっといい相手が待っていると思うんだ。特に君みたいな上玉にはさ…何度も転びながら起き上がり続ける恋物語もありだと思うよ ? あ、因みにこれは願掛けのサービス。最近作ってみた」
そして店主が口元の長い牙を見せながら微笑みかけて来ると、小鬼も少し落ち着きを取り戻してきたのか、泣くのをやめて少しだけ黙った。
「私が…強い… ?」
「ほら~、ね ? ママのが正論っしょ ? 忘れちゃえ忘れちゃえ。何ならウチも手伝うし理想の彼女探し」
「そうよそうよ ! たかが一回裏切られたぐらい何よ!世界にはね、何度も仲間や大事な人たちに裏切られて捨てられて踏んだり蹴ったりな毎日送ってる人だっているんだから。もっとタフに行きましょタフに !」
「もっと…タフに… !」
「そうそうタフに…ってあら ?」
励ましのおかげで段々と生気を取り戻してきた小鬼を、一つ目妖怪と大入道が更にあおっていた時だった。バーの扉が開き、佐那がレジ袋を携えて入って来る。大入道は目を丸くして立ち上がり、彼女の方へかけて行った。
「ちょっと老師 ! 久しぶりじゃな~い。いつ以来 ?」
「二ヶ月ぶりね。暫く来れなくて悪かったわ…はいこれ」
はしゃぐ大入道は佐那と抱擁を交わし、佐那も嫌な顔一つする事なく笑っていた。やがて互いに離れた後で彼女はレジ袋を渡した。
「あら、これコンビニスイーツ ? 今回はどこの ?」
「ラーソン・ストアよ」
「あら良いわね、ラーソンはホントにクリーム系が美味いのよクリーム系が…ってあらら、愛くるしいキューティ・ボーイがいるじゃない !」
スイーツにはしゃいだ大入道が次に目を付けたのは、恐る恐る店に入って来た龍人だった。
「クセ強いなこの店」
店に入った龍人は思わず口走る。
「それよく言われる~」
「まっそれが強みですけどー!」
「アハハハハハハ!」
店主と一つ目妖怪はその言葉に反応し、やがて全員で笑い出した。佐那も一瞬ではあったが、鼻を鳴らして小さく愛想笑いをしていた。
「さあさあ座って…改めまして、私大入道のコウジです」
「一つ目小僧のルミで~す。付き合うなら年収五千万からじゃないとやだよ~」
そして龍人をカウンターに座らせ、妖怪たちは互いに自己紹介をする。距離感が近く馴れ馴れしい。こうやって油断をさせて隙あらば金を毟り取るつもりなのだろうか。昔日雇いで働いていたぼったくりバーの事を龍人はふと思い出した。
「店長兼吸血鬼のアンディです。よろしくね少年…何飲む ?」
やがて店長がカウンター越しに前に立ってにこやかに話しかけて来る。
「…えっと…ウーロン茶あります ?」
「おーいー少年ノリ悪くねー ? 遠慮せず飲め飲めー」
「いや俺未成年なんで…」
迷った末に無難な答えを出そうとした龍人をルミが非難しだすが、龍人からすればどうしようもない。だが何が何でも飲ませたいのかコウジとルミは執拗に龍人へ絡みだす。
「何が未成年よ。因みにいくつ ?」
「十九です」
「じゃああれじゃん、”ししゃごにゅー”みたいなのすればほぼ大人だからセーフっしょ」
「いやでも…」
「いいのいいの、仁豪町じゃ法律なんて無いんだから ! さあ飲めおら !」
「あ、そうだ。そこの小鬼のお姉ちゃん今失恋中らしいんだけど、慰めるのに少年抱いてやってくんね ?」
「は ?」
「いや、私男の人はちょっと…」
なぜか小鬼まで巻き込んで四人で騒ぎ出す羽目になっていたが、そんな彼らを遠巻きに老師は椅子に座って見ていた。
「アレが探していたお弟子さん候補 ?」
彼女のお気に入りの酒を氷付きでグラスに入れてからアンディは差し出す。
「ええ。ようやく」
「少しは心の穴も埋められそう ?」
グラスを受け取った佐那だが、そんな彼女にアンディは悪戯っぽく笑ってから尋ねた。少し彼女の眉間に皺が寄ったが、やがてすぐに収まってアンディの方を見る。
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「そっか…ただこれからが大変じゃないかな~ ? 今の段階で、彼は相当目を付けられているかも」
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「ま、悔いが無いならよろしい…所で話変わるけど」
「ええ」
「彼ってノンケ ?」
「手を出したら私があなたを殺す」
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冗談交じりの筈だが、どこかピリついた空気を孕みながら二人は駄弁る。その根底には確かに感じていた共通の認識…この町に火種を持ち込んでしまった事への胸騒ぎがあった。
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