ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

文字の大きさ
上 下
2 / 75
壱ノ章:災いを継ぐ者

第2話 リセット

しおりを挟む
「こっちよ」

 壁を乗り越えてきた先程とは違って急ぐ必要が無いのか、佐那はレインコートに打ち付けられる雨を拭いながら龍人を案内する。刑務所の外に出た時には何とも言えない清々しさを感じ、刑期を終えて釈放される気分を再び味わえた。これからどう行動すればいいのか分からない不安と、もう自分を睨みを利かせる者がいない解放感の両方が脳を蝕む。

「早くしなさい。体が冷える」

 佐那が急かした。刑務所の前には彼女の愛車らしい白い車が止まっている。かなり大きめであり、特徴的なグリルとLの字に似たエンブレムがあるセダンだった。レインコートを脱ぎ、それをトランクに入れてから佐那は運転席に乗り込む。

「ふう…どうしたの ? 助手席に乗って」
「いや、あの…」

 エンジンを付けながら彼女は窓を開けて龍人に言うが中々躊躇われる誘いである。自分が身に着けているのは囚人服、それも濡れてるどころか地べたにへたり込んでいたお陰で汚れも酷い。そんな自分が今から乗り込もうとする車にはあまりにも酷な仕打ちだと感じたのだ。

「大丈夫、汚れは気にしないで」
「でも、この車確か高いやつ――」
「いいから。乗りなさい」

 確か最低価格でも一千万円はする代物だとうんちくを垂れそうになったが、佐那は優しい口調で遮った。あまり強気に出たくはないというどこかこちらの出方を窺うような態度である。渋々龍人はドアを開け、罪悪感を抱きながら皮製の座席に腰を下ろす。シートベルトを締めたのを確認した佐那はそのままアクセルを踏んで車を走らせた。

「何か、すんません色々…でも俺の事は警察に任せた方がいいですよ」

 話題に困った結果、龍人の口から出たのは謝罪だった。命を助けてもらったどころか脱獄までさせてもらう羽目になるとは思わなかったのだ。

「いいの。どの道あなたとは明日の朝には会う手筈だった。勿論、出所して私の車に乗せるのも含めて予定に入れてる…車を掃除したばかりなのにまた汚れたのは想定外だったけど」
「それってどういう…てか、汚れたのめっちゃ根に持ってるじゃないすか…」
「今のは冗談よ。笑ってちょうだい」
「じゃあ真顔で言うのやめてくださいよ」

 佐那から興味深い話題を振られたが、なぜか突っ込みたくなったのは彼女の冗談なのか本気で怒ってるのか分からない言動だった。恐らく冗談を言ったり、馬鹿話をするのに慣れてるタイプではない。恐らくお堅いタイプなのだろうと、彼女の正されたワイシャツの襟や手入れの行き届いた髪、そして余計な物を置いていない清潔感のある車内から龍人は推察する。あまり褒められたものではない生活環境と来歴のせいか、まずは物色する事から入る悪い癖が彼にはあった。

「お腹は空いた ?」

 暫く無言で沿岸沿いを走っていた時、佐那が尋ねてきた。

「いや、別に…」
「私は空いた。どの道この後人と会う予定になってる…待合場所に決めてる店で食事にしましょう。質問だけどあなた小麦粉にアレルギーは ?」
「好き嫌いが無いのだけが取り柄です」
「いい心掛けね。気が向いたらあなたも何か頼めばいいわ」

 今後の予定と自分の好き嫌いについて聞かれるとなぜか褒めてくれた。正直好き嫌いが無いというよりはそんな事言ってられる様な場合ではなかったというのが正しいかもしれない。物心ついた頃から、雑草の根だろうが残飯だろうが貪らなければならなかったのだ。その辺に関して言えば正直刑務所は有り難かった。

 やがて道沿いにうどん屋が見えて来ると、佐那はそこで車の速度を落として店の敷地に入る。「大盛 ! 特盛 ! 値段据え置き !」という絶妙に韻を踏んだキャッコピーが店の看板に書かれている。

「おい見てんあれ、あんな車持ってる人が”とるなうどん”入っとうやん」
「車に金使い過ぎて金ないんやろ。馬鹿やん」

 どこか遠くで訛りの強い口調で酔っ払いたちが店の名前を呼んでそんな会話をしていたが、佐那は意に介さず店に入って行った。龍人も後に続くが、どうやら貸し切りになっているらしく調理をしている店員以外には人気が無い。

「おーい、こっちこっち」

 中年太りをしたずんぐりむっくりな男が手を振っていた。座敷で胡坐をかいてごぼ天うどんを貪っている。恐らく特盛、それも稲荷や握り飯まで付けている。

「吉田さん…あなたの食い意地のためだけにうどん屋を貸し切ってまで落ち合う羽目になる私の気持ちも考えて欲しいわね」

 佐那が男に対して言った。

「呼びつけた上に一仕事させたの君なんだからいいじゃないか。それに、俺は九州に来たら必ず一回はこので食うって決めてんのよ。特盛頼んでも値段変わらないって凄くない ? これでチェーン店だろ ?」
「最近値上がりするって言ってたわよ」
「え、何それ残念…う~ん…まあ味も好きだからいいけど」

 自分の正面に龍人を連れて座って来る彼女に吉田は熱弁をするが衝撃の事実を知らされて少し落ち込むように項垂れる。そして気を取り直して龍人を見た。

「初めましてだね。吉田千秋だ。これでも防衛省に務める国家公務員…”超常現象対策部調整班班長”って肩書」

 吉田は龍人にそう言ってから、がっしりと手を掴んで握手をしてきた。かなりの逞しさを感じる。格闘技でもやっていたのだろうか。

「その肩書随分気に入っているのね」
「ああ。閑職で絶対人目に付かない仕事だけど、給料少し増えたからね。最近とうとう甥っ子も対策部の調査員になっちゃったんだぜ。俺が上司だって知って驚いてたよ」
「あら、それはおめでとう。生き残れると良いけど」
「縁起でもない事言うなよ…」

 世間話に花を咲かせた佐那と吉田だが、気を取り直して龍人の方を見た。

「さて…もういいや、単刀直入に行こう。はい、これ上げる」

 そう言うと彼はパスポートや保険証を取り出す。だが名前も生年月日も自分とは違っていた。

「これって…」

 目の前に置かれたという事は自分に渡してくれたのだろう。だが、龍人にはその意図が分からなかった。そんな戸惑う彼に、吉田は陽気そうな態度を消して静かに語り掛け始める。

こっち・・・の世界での話だが、今日付けで霧島龍人という人物には死んでもらう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...