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十四章:運命

最終話 果てしない旅路

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 メリッサは書斎にて一通りの報告書をまとめ終わると、背伸びをしながら外の景色に目を向けた。クリスと別れてから既に三ヶ月が経過しようとしている。立て続けに起こっていた騒動によって疲弊していた街と人々であったが、次第に余裕を取り戻した彼らは再び次の段階に向けて動き出していた。

「…よし、と」

 提出する分の報告書を整理したメリッサは、それをしまった封筒を片手に部屋を出る。騎士団本部へ向かい、受付嬢にそれを渡した後に暇を持て余していた事もあってか建物の中を散策し始める。

 外では相変わらず新兵達をしごき代わりに罵るデルシンの姿があり、どうでも良さげにそれを眺めるイゾウと彼にも絵を描かせようとねだるジョンによる問答が見える。教室では義手を軋ませるグレッグが兵士達へ熱心に指導を行っていた。

 本部の敷地から少々離れた射撃場へ向かってみれば椅子に座りながら彼らの監督を務めるシェリルの姿がある。近づくメリッサに気づいたのか、彼女は立ち上がって歩き出そうとする。片足を微かに引き摺りながらこちらへ来る彼女を気遣い、メリッサは駆け寄ってから椅子に座るよう促した。

「どう ?」
「ホント…ちょー楽。書類仕事も無いし、列車に揺られて遠出する必要も無い。退屈ではあるけど、これでいいと思う」

 新しい勤務先について感想を伺うメリッサに対して、笑いながらシェリルは答える。ブラザーフッドへの作戦が終わった後、現場での仕事は不可能だと判断された彼女だったが、こうして監督官という立場で兵士への教育に携わり始めていた。

「…クリス、まだ見つからないって ?」
「ああ、うん」

 暫く兵士達を観察していた二人だったが、シェリルが唐突に呟いた。少し残念そうに頷くメリッサだったが、どこか迷いのある回答だった。

「頭悪そうな人だったけど、案外自分なりに考える人だからさ…あんまり心配しなくて良いかもよ」

 あの日、クリスと目が合ったメリッサは寂し気な顔をする彼の事を思い浮かべていたが、シェリルからの言葉によって我に返る。その時、射撃場の入り口から声が聞こえて来た。見れば手を振っているアンディが何か封筒を携えてこちらへ向かっている。

「どうも」
「あれ、てっきり辞めてたかと…」
「休暇を取っていました。まあ、最初は辞職する予定だったんですがね。”彼”に礼も言わずにいなくなるのもどうかと思いまして…騎士団になら戻って来るかもしれないでしょう ?それに、私も行く当てがありませんし」

 ネロが死んだ事で目的は済んだと彼が語っていたのもあってか、辞職をしていたと勘違いしていた二人へアンディは経緯を語った。

「アンディはさ、どう思う ?」
「何がです ?」
「私と一緒に見てたでしょ ?あの時のクリス…何考えてたんだろうって」

 メリッサはあの現場にいたアンディに対して質問をしてみる。少し考えるように顎を触る彼であったが、やがて微笑んでから口を開き始めた。

「寂しそうだとは思いました」
「やっぱりか…もう会えないのかな」

 アンディが気を遣う様な口調で言うと、メリッサも頷きながら反応した。短い間の事だったとはいえ、自分と共に仕事を続けた中である。どこにいるかも分からず、何をしているのかも知らないという事実がそれなりにではあるが、不安を募らせていた。すると、片手に携えていた新聞をアンディが不意に手渡してくる。

「一面、見てください」

 そんな彼の顔はどこか嬉しげであった。手に取った後に一面に書かれている記事を読みだしたメリッサは、ハッとしたような顔でアンディを見返し、そして驚きの混じった様な顔で笑う。

 新聞に書かれていたのは、海の向こうで発生している未知の生命体による襲撃事件とその渦中で人々を救い、救世主と称される怪人が目撃されているという記事であった。



 ――――海を越えた遥か先にある大陸。とある街の酒場では昼間から飲んだくれる荒くれ者達でごった返していた。そんな彼らの憩いの場へドアを開けて入り込んだ男は、周囲からの視線に耐えながらカウンターへ座る。長い事休んでいないのか、服はすっかりと薄汚れており、無精髭がみすぼらしく生えていた。

「エールビールを」
「悪いがウチには置いてなくてね…ラガーならあるが、それでも良いか ?」
「…じゃあそれで」

 注文通りの品が無い事を店主は詫びながら違う酒を進めて来る。前に住んでいた地ではあり得なかった品揃えの悪さに対して、クソ田舎めと不満を抱えながらクリスはそれに応じる。少々雑に置かれたビールをジョッキの半分まで飲んだ頃、再びドアを開けて数人の武装した男たちが入り込んでくる。その地域を占領下に置いていた軍の兵士達であった。

「全員動くな !」

 兵士の怒鳴り声に思わず全員が竦み上がってしまう。面倒くさそうにビールを飲み続ける一人を除いては全員が同じような反応をしていた。

「この近辺に逃亡中の不法入国者がいると報せを聞いた。心当たりがある者…或いは当事者がいるのであれば名乗り出ろ」

 当然、誰一人として喋り出す事は無かった。やがてビールを飲み終わった男は溜息交じりに料金をカウンターへ置いてから席を立つ。

「案外優秀なんだな」

 酒を体に入れた事で少し気分が良くなったのか、男はせせら笑ってから兵士達の方を見る。その言葉に兵士達は銃を構えた。

「スパイとしての疑いもあるんでな。貴様を連行させてもらう。名前を言え」
「ガーランドとでも呼んでくれ。まあ、仲良くしよう」

 手錠を掛けてくる兵士達に身分を尋ねられた男が答える。そのまま背中をどつかれながら外に出た時、突如辺りに警報が鳴り響いた。妙に気味の悪い音を奏でている。

「なんだ ?」
「クソッ…こんな時に… !」

 男が不思議そうにしているものの、お構いなしに兵士達は狼狽え始める。そのまま男を無理やり引っ張って建物の中に隠れさせた。

「なあ、何が起こってるかだけでも教えてくれよ」
「…どこだったか…まあ、ある国で最初に発見された生物らしいが、その国で”悪魔”と呼ばれていた化け物どもが現れた時に使われる警報だ…俺達が何とかするまでの間、逃げようとするなよ ?」

 再び酒場へ戻った兵士は、男の無知さに飽きれながらも大まかに説明した。そして釘を刺してから他の兵士に彼を預けようとした直後、どこかから鳴き声と何かが壊れる音、そして悲鳴が上がり始めた。装填された弾薬を確認しながらも、隊長と思われる兵士は少し震えながら銃身を握っている。

「…おい」
「な、なんだよ」
「話に乗る気はあるか ?」

 男はいきなり彼に近づいてから取引を持ち掛けて来る。

「話だと ?」
「ああ…もし見逃してくれるのなら、アイツらを何とかしてやる」

 男の話を聞くだけ聞いてみようと兵士は興味を示すが、男はこれまた胡散臭い提案をしてくる。どんな言葉を返してやろうかと考えた時、男が手錠を引きちぎった。そして手が突如発火し、顔全体に痣が浮かび上がるのを兵士は目撃する。瞬間、ここ最近の報告で聞いていた痣を持つ怪人の存在を思い出す。

「まさか、お前は… !」
「この場を俺に任せるか、それとも悪魔をそっちのけで俺の相手をするか…好きに選べ」
「…分かった」

 そうして隊長らしき兵士から許可をもらった男は、得意げな顔で笑ってから酒場を出ていく。外へ出て背伸びをしている内に、周りの建物の陰や屋根の上でこちらを待ち構えている不気味な目を持つ異形達の姿が見えた。獲物が自分から出て来たと勘違いした化け物達は一斉に襲い掛かろうとするが、間もなく男が発した業火で焼き尽くされる。

「…ふう。ここ最近は数が増えてるな」

 男がそう言いながら焼死体を眺めていると、事態が収束したと思ったらしい人々が顔を出す。兵士達も追う気にすらならないのか、呆然と見つめていた。そんな彼らを尻目に、男は首にぶら下げていたお守りを手に取って眺める。やがてそれを仕舞ってから再び歩き出した。その行く先は誰にも分からず、本人でさえ知る由も無い。しかし、この旅が終わる事は永遠に無いだろうという覚悟を彼は確かに持っていた。
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