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十三章:無知と罪

第105話 空と陸

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「…補給を!!」

 ガトリングの弾が尽きた頃、弾倉を入れ替える指示を射手が命じた時であった。自分の頭部に強風が当たった後にそのまま地面へと吹き抜ける。辺りの砂埃を軽く舞い上げ、雑草を揺らした。

「おいおい、何だったんだ今の ?」

 弾倉を替え終わった兵士が疑問を口に出す。

「まあいい、終わったぞ !…おいどうした ?ボサっと突っ立ってる場合じゃないだろ !」

 補給が終わった事を告げて見たが、射手は立ちどまったまま微動だにしない。焦る気持ちと共に彼へ呼びかけながら近づいて行ったその時だった。崖下で起きた振動にが自分達のもとに伝わり、思わず身構えてしまった兵士は射手がなぜ動けなかったのかをようやく理解する。

「え ?」

 こんな状況ですら声一つ上げようとしない射手へ目をやった時、兵士が目撃したのは頭から真っ二つに別れ、そのまま地面に崩れ落ちる彼の死体だった。その瞬間に兵士を襲った感情は恐怖ではなく、混乱であった。

 奇襲か ?どこから ?いつ ?遠距離 ?銃も使わずにどうやって ?心当たりは ?…さっきだ。あの時の強風。あれしかない。上からの風 ? マズくないか ?次に狙われるのは―――

「嘘、何これ…!?」

 少ししてから異変に気付いたらしく、バラバラにされた二人の兵士の元に駆け寄ったシェリルは思わず戦慄していた。そんな最中にもあちこちで悲鳴や何かが倒れる音が聞こえる。上空を見れば、点のようにも見える小さな影が浮遊していた。

「まだ生きていたか !」

 その声に反応して思わず振り返ると、レグルが周囲の状況を窺いながら駆け寄って来る。

「来い !狙撃手が必要だ !」

 あまり説明の猶予は無いのか、彼はそう言いながらシェリルを引っ張る様にして林の中へ身を隠させる。なるべく呼吸を荒くするなと彼女に伝えてから、何やら紙を取り出した。

”上空に魔術師が一人、風の流派だ。そいつが遠距離から狙って来ている。今から出す指示のとおりに動いてくれ”

 レグルからの伝言を見せられたシェリルは一瞬だけ躊躇ったが、こんな状態では動かなければどの道死んでしまうだろうと腹を括る。そしてなるようになってしまえの精神と共に、「何をすればいい ?」と小声で尋ねた。



 ――――その頃、神殿の前で派手に暴れ回っていたクリスは、銃声が先ほどよりも静かになっている事を不思議に思いながら、立ちはだかる魔術師や魔物を皆殺しにしていた。

「どういう事だ… ?崖にいた連中は何やってる… ?」

 不思議に思っていた時、遠方からこちらへ近づく巨大な影を見つけたクリスは舌打ちをしてしまう。大地の流派の魔法でも特に厄介な装甲の形成だが、あそこまでの大きさの物を作れるのは並大抵の相手ではない。

「ふん…やつがガーランドか…」

 コールソンは呟くや否や、拳を握りしめて地面を勢いよく殴った。辺りに振動が走ったかと思った直後、クリスが通信装置で報せる前に背後で大きな音がする。大量に地中から突き出た剣山によって、兵士や設置していたガトリング砲などが串刺しにされていた。

 これはマズいと判断したデルシンは、兵士達に撤退を命じて現場から避難させる。ここから先は騎士と、魔術師達で受け持つという意思の表れであった。

「あいつは ?」
「確かネロの弟子だ…コールソン」
「よし…俺達が奴の相手と周りの雑魚を引き受けてやる。クリス、お前は先に進め。そして親玉を叩きのめしてやるんだ…神殿の内部は、俺達じゃ良く分からんからな」

 近づいたクリスから経歴を聞いたデルシンは、彼に役割を分担しようと提案する。クリス自身にとっても断る理由が無かった。

「死ぬなよ」
「勿論だとも…総員、戦闘態勢 !」

 クリスの呼びかけに笑って応じたデルシンだったが、すぐに顔つきを変えて大声で指示を出す。他の者達も武器を抜くなどしていつでも戦える準備に入ったのを見計らってから、クリスは神殿の入り口を目指し始めた。瞬間移動を駆使しつつ神殿の前へ辿り着いた後に、入口の鎧戸を力づくで押し上げてから転がり込み、そのまま最奥部にあるギルガルドの玉座へ向かって走り出して行った。

 すぐに引き返そうとしたコールソンだったが、銃声と共に後頭部へ何かが当たったような衝撃を食らう。振り返った先には、銃口から煙が上がっている散弾銃を構えたデルシンがこちらを見ていた。彼に引き連れられた他の騎士や魔術師、退くわけには行かないという覚悟の下で残った幾らかの兵士達もいる。

「邪魔立てするか」

 コールソンが問いかけてみるも返事はない。だが返答代わりにデルシンは引き金を引いて二発目を放った。それが開始の合図となり、コールソンが激しい振動と共に駆け出す。魔術師達も後に続いた。

 騎士団側も迫りくる彼らに怖気づくことなく、雄たけびと共に走り出す。存亡を賭けた戦いはここからが本番だと、その場にいる誰もが直感で理解していた。



 ――――その頃、ハンは上空から気まぐれに魔法を使って攻撃を続けていた。一般的な魔術師と比較して異常とも言えるサイネージの範囲の広さと、巧みに操る風の魔法によって遠距離から鎌鼬を発生させて相手を斬殺するという戦法を彼は取る事が出来る。卑怯ではあるが、合理的なやり方だった。辺り一帯を暴風に包むという方法もあったが、不必要な巻き込みがあっては後々大変だという面倒くさがりな性格も一因となっていた。

「ん ?」

 油断をしていた矢先、矢の形をした炎がこちらへ向かって来た。明らかに狙いからずれており、勢いも衰えているその攻撃を難なく風で打ち消したハンは、逆に放った相手を特定してからお返しに風の魔法を見舞う。

「無駄なあがきを…」

 ほくそ笑んでいたハンだったが、その間にも自分を狙う狩人の存在がいる事など気づく由も無かった。
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