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十三章:無知と罪

第104話 開戦

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 乗合の馬車の中ですし詰め状態になっている兵士達に挟まれ、クリスは到着を待っていた。ブラザーフッドの拠点は国の最北端にある危険区域の中、危険な動植物が潜む森を進んでいく必要がある。先に出兵した第一陣は同盟を結んでいる魔術師達と共にそれらの危険を退けて滞在用の野営を設置している手筈らしく、無事に終わっている事を願いながらクリスは周囲を警戒し続ける。

 時折魔物達に襲われながらも、やがて到着した場所には簡易的な前線基地が設けられていた。時刻は明朝でありここで体力を整え次第、ブラザーフッドへ総攻撃をかけるという手筈になっている。諜報班の報告によって、相手側も迎撃が出来るようにと警備を固めている事が分かっていた。騎士団における精鋭が数百名、クリスを始めとした騎士達、そして同盟であるホワイトレイヴンと守り人達もいる。見立て通りだとするなら数では圧倒的に有利だった。

「正直な話さ」

 物資補給用のテントにて、最後の装備確認をしているとメリッサが隣で話しかけて来た。

「もっと早いうちに裏切ったり、辞めたりするんじゃないかって思ってた」
「…出来れば胸に秘めていおいて欲しかったぜ。その本音」

 中々辛辣な予想をされていた事に、少しショックを受けていたクリスだったがすぐに笑いながら気を取り直す。彼女も冗談のつもりだった事をアピールするためか抑えめに声を出して笑った。

「でも、何だかんだでついて来てくれた…最後まで付き合ってくれるよね ?」
「今更な質問だ。この場で嫌だと言って帰ろうとしても許してくれるのか ?」
「ぜっったい許さない」
「はは…だろうな」

 彼女に対して、もう裏切るつもりは無い事をクリスは示す。そして準備を終えると、彼女の肩を軽く叩いてからテントを出て行った。



 ――――切り開かれた森の中央には、いつの時代からあったのかさえ把握できない神殿が存在していた。辺りを円状に囲む断崖絶壁に半ば埋もれるような形をしているそれは、太古の魔術師達によって作られた物である。

 正面から攻撃を仕掛ける一方で、崖の上から援護射撃を行わせるために別動隊を動かす。そしてある程度まで頭数を減らせた後に神殿内部へ突入するという方法で攻め入る事が決定し、間もなく騎士団は敵との交戦に備え始めた。

 一方で神殿の前では、魔物達を従えた魔術師達が待ち構え続けていた。しかし、その大半は本気で勝てるなどとは思っておらず、自分達の宿命を受け入れつつあった。それと同時にヤケクソじみた覚悟の下、一人でも多く道連れにしてやろうと考える者も少なくない。

「…何か音がしないか ?」

 一人の魔術師が発言したのを皮切りに、全員が耳を澄ませてみれば足音や装備の擦れ合う音が聞こえる。刻一刻と破滅が近づいて来ているの報せていた。それと同時に、周りを囲む崖の上から銃声らしき破裂音が響く。続いて爆発音までもが轟いた。

 その頃、射殺された魔術師達の遺体を蹴ってどかしながら、シェリルは崖の上で指示を出す。間もなく兵士達が重そうに押して、車輪付きのガトリング砲を配備し始めた。たちまち崖の上は占領され、様子を見に行くか異変を察知して近づこうとした風の流派の使い手たちは、狙撃手たちによって撃ち落とされる。

 一方で、辺りに存在する森の中へ潜むことに成功した騎士団の兵士達は、ホワイトレイヴンや守り人達の陣営に合図を送る。植物と大地を操れる者達が辺りにある物質を操作し、やがて巨大な防壁を各地に生み出した。兵士達はすぐさま防壁に身を隠して、攻撃の合図を待つ。

「兵士達には銃撃を怠らせるな。弾薬が尽きるか…マズいと思ったらすぐに撤退させろ。そこから後は俺達と魔術師連中の出番だ」
「分かってるさ。そんじゃ、頼むぜ…切り込み隊長さん」

 クリスが改めて今後の戦略について語ると、デルシンはそれを了解して彼の背中を叩いた。気合を入れ直したクリスは、たった一人で魔術師達の軍勢の前へ躍り出ると、両手に拳銃を握りしめる。

「始めるか…」

 そうして一息ついた直後に駆け出し、向こうが攻撃の態勢を取ろうとしたタイミングを見計らって瞬間移動をする。不意に消えた敵影を魔術師達が追いかけようとしたその時、頭上に現れたクリスに脳天へとかかと落としを打ち込まれて早速犠牲者が生まれた。

 そのまま周りに拳銃を発砲しながら暴れ出すクリスが作り出す騒音が合図となる。間もなく崖上からのガトリング砲や狙撃手、後方で控えている騎士団達による一斉射撃が開始された。四方八方から迫りくる弾丸に体中を貫かれ、細切れにされていく中で生き残ろうとする者達もクリスによって狩られていく。とにかく最大限に兵力を減らすため、騎士団は自分達に出来る戦い方でブラザーフッドを叩きのめそうとしていた。

「…これはまたド派手にやってるな」
「…」

 その様子を神殿の入り口から覗いていた二人の魔術師がいた。苦虫をかみつぶしたような顔で口を開く青年と、その隣で無言のまま戦況を眺める屈強な体格を持つ中年の二人組である。

「さて…パパパッと終わらせて師匠の所に帰りますか。だろ ?コールソン」
「油断するなハン。お前の悪い癖が出ている…ひとまず先に向かわせてもらうぞ」

 軽いノリで語り掛けるハンという青年に対して、中年の男性は警告をしてから外へと歩いていく。体をすぐさま岩によって覆い、やがて見上げてしまうほどの巨体へと変貌させながら戦場へと赴いた。

「ホントせっかちだな…まあいっか」

 そう言って呆れたハンは目にも止まらない速さで空中へと舞い上がり、やがて辺り一帯を見回せるほどの高度にまで到達する。銃の射程距離からも十分に離れていた。

「どこまで逃げきれるか…楽しみだねえ」

 サイネージを発動して崖の辺りで蠢く敵影を確認したハンは、指先をそっと構えながら不敵に言った。
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