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十二章:コールド・ハート
第99話 アンストッパブル
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それはイゾウが騎士団へ加入する前の事であった。レングートの暗部で用心棒として活動していた彼は、その報酬として得た財を使って妻子を養っていたのである。腐れ縁であった彼女との間に成り行きでこさえてしまった子ではあったが、いざ共に暮らしてみると不思議な事に見捨てておけず、気が付けばイゾウは二人を愛していた。
自分の商売道具を保管している部屋に忍び込んでは悪戯をし、時には技術を教えて欲しいとせがむ息子に対して、イゾウは厳しく突き放した。せめてこの子だけは黒に染まる事無く、真っ当な道を歩んで欲しいという彼なりの希望によるものである。
この頃、イゾウは後継者がいない事を理由に足を洗いたいと関係を持つ者達に話を通そうとしていたが、当然の事ながら彼らは許さなかった。与えられた仕事に文句を言う事無く期待以上にこなしてくれるイゾウの存在は、多くの犯罪者達にとって最高の手駒であり、易々と引退を祝ってくれるような相手では無かったのである。
最後の仕事にするつもりだった取引の立会人として、とある廃工場へと向かった矢先の事であった。武器の密輸に関する取り決めをいつ行うのかとイゾウが待っていた時、何者かが背後からこちらを狙っている事に気づく。その場にいた他の者達も自分へ一斉に武器を向け始めた。やがて一緒に組んでいたトンプソンという武器商人によって、勝手に足を洗うと言い出した自分に対して雇い主たちが激怒しているという事を知らされる。
すぐにでも考え直せばこの件はなかった事にすると言い張るトンプソンだったが、イゾウは裏社会の住人達の恐ろしさをよく理解していた。彼らはたとえそれが未遂であろうと、決して裏切り者を許さない。遅かれ早かれ自分が始末されることをイゾウは悟り、激昂しながらその場にいた者達を殺害した。だがトンプソンだけは殺さずに放っておいた。長い間を共にしたビジネスパートナーとして、せめてものよしみである。
すぐにでも逃亡しなければならないと、イゾウは人目を忍びながら必死に自宅へと帰還する。そんな彼を更なる悲劇が襲った。ようやくたどり着いた彼を出迎えたのは全てが氷漬けにされ、さながら吹雪が去った後の様になっていた我が家と、その居間にて椅子に縛られた状態で嬲り殺しにされていた妻子であった。向かい合わせに座らせられた二人の様子からイゾウは何が起こったのかを悟り、ただ一人怒りと悲痛さを体中に込めて叫んだ。こうなることを見越したのか、何者かによって既に手が回されていたのである。
体にあった多くの傷だけではない。急所を外して長く苦しめられるように刺されている無数の氷柱もあった。何より二人とも瞼が切り取られており、首も完全に固定されている。彼らは目を閉じる事も出来ない地獄の様な状況下で互いが苦しみに喘ぎ、泣き、絶命していくまでの過程を見せつけられていた。
その出来事からしばらくした後、裏社会のシノギに関わっていたとされる指名手配犯やその配下と思われる者達の死体が国の各地で発見される事案が急増し、やがて「氷を操る魔術師を殺したい」と語る一人の剣士が騎士団本部へと訪れた。彼の佇まいや風貌によって連続殺人の犯人に目星がついた騎士団側だったが、戦力を整えたかった彼らにとっては最早不都合な事件としてうやむやに処理されてしまった。
――――こちらへ刀を向けるイゾウの事はあまり気に留めてないらしいヴァーシは、背後の開けっ放しになっている扉へ向けて手をかざす。指先を少し動かすと、空気中の水分を凍らせて大きな氷塊を作り、それによって出入り口を塞いだ。
「風が吹き込むからドアぐらい閉めて欲しいわね。読書の時に気が散る」
愚痴を言ってから背伸びをする彼女には、妙な余裕があった。戦うつもりなどない、敵とすら思ってない見下したような態度と喋り方である。
「安心しろ。すぐに読む必要もなくなる…俺のガキと女に地獄で詫びてもらうぜ」
「さっきから聞きたかったけど…どちら様 ?ガキと女っていうのも意味が分からない…誰の事を言ってるの ?」
イゾウが語り掛けるも、ヴァ―シは態度を崩さずに事情を説明してくれと尋ね始める。
「今から七年前、郊外の民家が水の魔法を使う魔術師によって襲われ、氷漬けにされた建物から無惨に殺された母子が発見された。そこまで言ってまだ分からないか ?」「ああ…命令に従った。それだけの事よ…あなたも昔はそうだったでしょう ?金のためにどんな汚れ仕事だろうと引き受ける…それとも、自分がするのは構わないけど他人されるのは嫌だなんて情けない事言ったりはしないわよね ?そんな生半可な覚悟で足を踏み入れてはいけない世界なの。あなただって知ってる筈よ」
イゾウが彼女に心当たりがあるだろうと、妻子が殺された事件の概要を伝える。すぐにヴァーシは白状を始めたが、そこに反省など無かった。ただ覚悟をしておかない方が悪いという理不尽な反論をされてしまい、イゾウは間髪入れずに踏み出して斬りかかる。死んだ二人への謝罪すらなかった事がとにかく許せなかった。
「…困った事があれば武力行使…彼といい、類は友を呼ぶって本当ね」
ヴァーシは大量の氷柱を頭上から降らして距離を取らせる。弾丸を彷彿とさせる尋常ではない速度で降り注いだ氷柱は、地面や椅子などあらゆる箇所に突き刺さる。恐ろしい硬度であった。
「…全て終わらせてやる」
イゾウは再び構えてから一言だけ決意を見せる。どんな手段であろうと、どんな結末を迎えようと彼女を殺せれば今の彼にとっては本望であった。
自分の商売道具を保管している部屋に忍び込んでは悪戯をし、時には技術を教えて欲しいとせがむ息子に対して、イゾウは厳しく突き放した。せめてこの子だけは黒に染まる事無く、真っ当な道を歩んで欲しいという彼なりの希望によるものである。
この頃、イゾウは後継者がいない事を理由に足を洗いたいと関係を持つ者達に話を通そうとしていたが、当然の事ながら彼らは許さなかった。与えられた仕事に文句を言う事無く期待以上にこなしてくれるイゾウの存在は、多くの犯罪者達にとって最高の手駒であり、易々と引退を祝ってくれるような相手では無かったのである。
最後の仕事にするつもりだった取引の立会人として、とある廃工場へと向かった矢先の事であった。武器の密輸に関する取り決めをいつ行うのかとイゾウが待っていた時、何者かが背後からこちらを狙っている事に気づく。その場にいた他の者達も自分へ一斉に武器を向け始めた。やがて一緒に組んでいたトンプソンという武器商人によって、勝手に足を洗うと言い出した自分に対して雇い主たちが激怒しているという事を知らされる。
すぐにでも考え直せばこの件はなかった事にすると言い張るトンプソンだったが、イゾウは裏社会の住人達の恐ろしさをよく理解していた。彼らはたとえそれが未遂であろうと、決して裏切り者を許さない。遅かれ早かれ自分が始末されることをイゾウは悟り、激昂しながらその場にいた者達を殺害した。だがトンプソンだけは殺さずに放っておいた。長い間を共にしたビジネスパートナーとして、せめてものよしみである。
すぐにでも逃亡しなければならないと、イゾウは人目を忍びながら必死に自宅へと帰還する。そんな彼を更なる悲劇が襲った。ようやくたどり着いた彼を出迎えたのは全てが氷漬けにされ、さながら吹雪が去った後の様になっていた我が家と、その居間にて椅子に縛られた状態で嬲り殺しにされていた妻子であった。向かい合わせに座らせられた二人の様子からイゾウは何が起こったのかを悟り、ただ一人怒りと悲痛さを体中に込めて叫んだ。こうなることを見越したのか、何者かによって既に手が回されていたのである。
体にあった多くの傷だけではない。急所を外して長く苦しめられるように刺されている無数の氷柱もあった。何より二人とも瞼が切り取られており、首も完全に固定されている。彼らは目を閉じる事も出来ない地獄の様な状況下で互いが苦しみに喘ぎ、泣き、絶命していくまでの過程を見せつけられていた。
その出来事からしばらくした後、裏社会のシノギに関わっていたとされる指名手配犯やその配下と思われる者達の死体が国の各地で発見される事案が急増し、やがて「氷を操る魔術師を殺したい」と語る一人の剣士が騎士団本部へと訪れた。彼の佇まいや風貌によって連続殺人の犯人に目星がついた騎士団側だったが、戦力を整えたかった彼らにとっては最早不都合な事件としてうやむやに処理されてしまった。
――――こちらへ刀を向けるイゾウの事はあまり気に留めてないらしいヴァーシは、背後の開けっ放しになっている扉へ向けて手をかざす。指先を少し動かすと、空気中の水分を凍らせて大きな氷塊を作り、それによって出入り口を塞いだ。
「風が吹き込むからドアぐらい閉めて欲しいわね。読書の時に気が散る」
愚痴を言ってから背伸びをする彼女には、妙な余裕があった。戦うつもりなどない、敵とすら思ってない見下したような態度と喋り方である。
「安心しろ。すぐに読む必要もなくなる…俺のガキと女に地獄で詫びてもらうぜ」
「さっきから聞きたかったけど…どちら様 ?ガキと女っていうのも意味が分からない…誰の事を言ってるの ?」
イゾウが語り掛けるも、ヴァ―シは態度を崩さずに事情を説明してくれと尋ね始める。
「今から七年前、郊外の民家が水の魔法を使う魔術師によって襲われ、氷漬けにされた建物から無惨に殺された母子が発見された。そこまで言ってまだ分からないか ?」「ああ…命令に従った。それだけの事よ…あなたも昔はそうだったでしょう ?金のためにどんな汚れ仕事だろうと引き受ける…それとも、自分がするのは構わないけど他人されるのは嫌だなんて情けない事言ったりはしないわよね ?そんな生半可な覚悟で足を踏み入れてはいけない世界なの。あなただって知ってる筈よ」
イゾウが彼女に心当たりがあるだろうと、妻子が殺された事件の概要を伝える。すぐにヴァーシは白状を始めたが、そこに反省など無かった。ただ覚悟をしておかない方が悪いという理不尽な反論をされてしまい、イゾウは間髪入れずに踏み出して斬りかかる。死んだ二人への謝罪すらなかった事がとにかく許せなかった。
「…困った事があれば武力行使…彼といい、類は友を呼ぶって本当ね」
ヴァーシは大量の氷柱を頭上から降らして距離を取らせる。弾丸を彷彿とさせる尋常ではない速度で降り注いだ氷柱は、地面や椅子などあらゆる箇所に突き刺さる。恐ろしい硬度であった。
「…全て終わらせてやる」
イゾウは再び構えてから一言だけ決意を見せる。どんな手段であろうと、どんな結末を迎えようと彼女を殺せれば今の彼にとっては本望であった。
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