上 下
97 / 115
十二章:コールド・ハート

第97話 科学の力

しおりを挟む
「ったく、何やってたんだ…」
「…悪いな」

 しびれを切らした様にこちらを睨むイゾウに対して、クリスは申し訳なさそうにする。墓地から無事に野営地へと辿り着いたクリスは、改めて兵士達から現在の状況を知らされた。

「子供 ?」
「はい。どうやら標的と思われる魔術師は、子供を従えているようです…それもかなりの数を。一見あどけない少年少女ではありますが、実力はかなりのもの。既に犠牲者も出ています」

 クリスが聞き返すと、指揮官は頷きながら戦力について現在分かっている全てを伝える。一瞬、クリスの顔がいつにも増して険しくなったように見えたイゾウ達だったが、すぐに話を今後の戦略へと移した。

「それで何か手立てはあるの ?」
「はい。本部から送られて来たこちらの装備を使用すれば、本拠地と思われる旧市街でも活動が容易になります。もっとも…試作品ですから限度はありますがね」

 メリッサに尋ねられた指揮官は、部下達に運ばせた何やら重厚なケースを開封する。そこにあったのは、非常に鈍い光沢を放つ素材によって作られた防護服であった。騎士団の外套よりもさらに黒が濃い色合いに仕立てられており、顔を覆うためのマスクには何やらチューブが取り付けられている。

「騎士団が開発中である対極限環境特化の防護用装甲…今回は寒冷地仕様に調整してあります。実戦でも問題なく動作するのは、既に一般兵を使って確認済み。口元に繋がっているチューブは専用のタンクから酸素を吸入するために用意しました。肺が凍りついている死体の存在もありましたから念のためです」

 技術班から出張してきたのだと思われる整備士が、装着の手順を指導しながら三人に説明をする。

「ただし気を付けてください。タンクにある酸素の残量からして、活動時間は三時間程度です。あと激しい運動や衝撃に耐えられるようには設計しているつもりですが、出来る限りは損傷をさせないでください。使える予算や材料に制限が掛かっているので」
「…ったく無茶言ってくれるぜ」

 頭部以外の全てを装備し終えた三人に整備士は注意事項を語る。これから交戦するかもしれないという自分達に対して、あまり無謀な留意点だとクリスは苦言を呈したが案の定無視された。

 最終的な作戦としては、装甲を纏った三人が先行して旧市街へ突入。辺りの危険を排除しつつ標的である魔術師を探し、他の兵士達は彼らが付けた目印を確認しつつ進軍するという形で行う事になった。防護用装甲の運用テストも兼ねた旧市街地での調査に関する報告書から、ホワイトアウトも確認された事から地図の常備と出来る限り地形を把握しておくように忠告された三人は、出発に備えて暖を取り始める。

「ねえねえ、あれって誰の墓だったの ?」

 クリスが地図に目印を付け、進みやすそうな場所や建物の多い区域を分けている時だった。紅茶が入ったカップを片手に近づいて来たメリッサは彼に聞いてくる。神妙な顔つきで墓石を眺めていた彼の事が気になっていたのだろう。

「ただの馴染みだよ。お前が生まれる遥か昔の」
「男の人 ?女の人 ?」
「…そこまで言う必要あるか ?」
「別に。ただの好奇心」

 曖昧な答えで茶を濁すクリスに対して、メリッサは少々不服そうにしながらカップを渡した。

「アンディが話してたけどさ、夜にデートするような関係持ってる相手がいたらしいけど、もしかしてその人 ?」
「…ぶっ !」

 彼女が追加で発した質問と、思っていたよりも熱かった紅茶にクリスが怯んだタイミングが重なってしまう。端から見れば質問に動揺していると捉えられても仕方がない光景であった。

「あ、図星 ?」
「違う…紅茶が熱かった」

 否定するクリスに対して絶対に嘘だと勘付く半面、彼が猫舌だった事にメリッサは少し驚いていた。あまり追及しすぎて気を悪くしてもらっても困ると判断し、メリッサは物足りなさそうな顔で彼のもとを去って行く。

「殺すな ?」
「はい。相手は仮にも子供ですから、出来る限りは控えて欲しいというお達しだそうで…」

 一方、他の兵士達から任務の詳細を確認していたイゾウだったが、とある内容に対して何やら言いたげな風であった。

「だが子供と言えど戦える力を持っている。死人が出ている以上、奴らも平等に敵であり始末すべき対象だろ。違うか ?下手に生存させれば余計な犠牲者が出かねない」
「ですが、これに関しては上が決めた事ですし…老若男女問わず全員を殺害したとあれば、騎士団の世評にも響いてきます。それに、子供たちが直接犯行に関わっているわけではないという可能性もありますので…」

 イゾウはどうも異議があるらしく、指揮官や諜報員に対して厳しい口調で申し立てていた。しかし、あくまで指示に従うだけの立場である彼らに上層部の決定を覆そうとする程の度胸は流石にない。イゾウは彼らに対して意気地なしめと理不尽な感想を心に抱き、舌打ちをしてから準備に向かう。

「随分ご立腹だな」

 彼が自分の後ろを通る瞬間、準備に勤しんでいたクリスは小馬鹿にした言い方で彼に話しかける。

「…黙ってろ」

 一度もクリスと目を合わせることなく、イゾウは一言だけ辛辣に返してから歩き去って行く。理由は分からなかったが、その態度は余裕の無さを必死に隠しているかのようだとクリスは思っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

悲恋を気取った侯爵夫人の末路

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵夫人のプリシアは、貴族令嬢と騎士の悲恋を描いた有名なロマンス小説のモデルとして持て囃されていた。 順風満帆だった彼女の人生は、ある日突然に終わりを告げる。 悲恋のヒロインを気取っていた彼女が犯した過ちとは──? カクヨムにも公開してます。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

処理中です...