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九章:瓦解
第65話 邪悪な客人
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クリスが金庫扉の向こうへ消えていった頃、他の兵士達も付近の捜索を開始する。荒らされた受付の内側を調べてみると、銃弾を撃たれて倒れている職員の姿があった。金庫扉の前の死体といい、やはり片っ端から口封じのために殺されていったのかと身震いして貸金庫室へと向かってみる。いくつもの部屋が鉄格子によって閉じられていたため、死体から手に入れた鍵で開けて侵入していく。所狭しと設置されている無数の金庫は、大小問わず開けられていた。
「これだけの数を開けるとは…この手の仕事には慣れてるみたいだな」
一人が呟く。基本的に札束がそのままにされていた事から、恐らく目当ては宝石や金品などの相場の変動によって値打ちが変わる物であった可能性が高かった。
「少尉、こちらもそれらしい痕跡はありませんでした」
部下の一人がそう言いながら戻って来る。残りの者達も同じようにもぬけの殻だったことを彼に伝えた。
「念のためだ…待合室と会計室に向かおう。ついて来てくれ」
部下達に背中を預けながら、少尉は指示を出して次の現場へ向かう。客達の談笑に使われる待合室を警戒しながら通り過ぎ、やがて会計室へと辿り着く。事業や株式の会計に使われているであろう並べられた机が落雷に照らされ、時折白く輝いた。
「上の通路を頼む」
少尉は二人の兵士に、付近の梯子を使って本棚や窓が並ぶ上方の通路の調査をするように言った。二人は頷いてから慎重に昇っていき、固めのカーペットを踏みつけながら周辺を睨んでいく。その時、下の階にいる少尉たちから緊迫した大声で呼ばれる声がした。
「二人とも大至急来るんだ !」
その声に反応してすぐに向かおうとしたが、後方にいた一人は唐突に感じた違和感に誘われて背後をもう一度見返す。突き当りの窓が開けられ、風になびきながらカーテンがずぶ濡れになっていた。
「ちょっと先に行っててくれ…ったく、何であそこだけ ?」
不自然と思いながらも、兵士が窓へ近づいて吹き込んでくる雨風にウンザリしていたその時だった。背中に何かで突かれたような衝撃が走り、口の中が込みあがってくる何かでむせ返った。直後、溢れんばかりの血が口からこぼれ出していく。胸元を見ると何か光る刃物のような物が貫いていた。思わず声を上げようとした頃には、首を絞められて一気に頸椎《けいつい》を折られてしまう。
「何かあったんですか ?」
一足先に戻っていたもう一人の兵士は、隣の部屋にいる少尉たちに声をかける。彼らが深刻そうな表情と共に体をどかすと、その先には無数の死体が転がっていた。切り刻まれるか、銃弾によって始末されたらしく、辺りには彼らが持ち込んだらしいバッグやずだ袋から盗品と思われる品々が散らばっていた。
「これは… !」
兵士は思わず声を上げた。
「殺されたんだろう。だが問題は犯人の動機だ」
「そりゃあ、分け前が原因での仲間割れ…でも、あれ ?」
「分かるか ?古代遺跡で宝探しでもしてるんなら、分け前を求めて殺し合いくらいするだろう。だがここは銀行だ…金目のモノなら腐るほどあるっていうのに、わざわざ殺す必要があるか ?何より殺した仲間のブツを置きっぱなしにして逃げる筈がない」
「じゃあ、犯人の目的は金以外の何かっ…!?」
少尉と彼の部下達は、付近に残された奇妙な手掛かりから、強盗達を殺した犯人を割り出そうと頭を働かせる。すると他の者達もさらに不審な点に気づいた。
「そういえば、これで全員なのかは分かりませんが…これだけの人数がこの場でまとめて殺されてるってのもおかしな話ですね…抵抗したような跡もない」
「となると一瞬のうちに殺された…不意打ちって事になる…ちょっと待て。お前、トーマスはどうした ?一緒に上の階へ行っただろ」
少尉に指摘された部下は、窓の方へ向かった同僚の事をようやく思い出した。確認をするだけにしてはあまりにも遅すぎる。
「行くぞ !何かが変だ」
すぐに確認に向かうと少尉は言い放ち、部下達もそれに続く。先程の梯子を軋ませながら急いで登り、通路の端に目をやると変わり果てたトーマスの姿があった。
「そんな… !くそっ」
「う、嘘だ !殺人犯が隠れてやがるのかよ!!」
「どこだ !姿を見せろ !」
すでに息絶えている部下の死体の前で、少尉は自身の判断ミスを恨むように項垂れた。他の部下達は一気に張り詰めた空気の中で、未知の敵に対して狂乱気味に警告をしながら辺りを見回す。
「ヒィッ!!」
一人が叫ぶや否や、引き金を引いたが何を捕らえる事も無く壁に命中した。
「何をやっている!?」
「い、今確かに見たんです !天井の近くに何かが…」
「はあ ?薬でもキメてるのかお前 ?」
思わず発砲してしまった兵士は、怯えながら不審な影を見たと語るが信じては貰えなかった。
「やむを得ん、ひとまず他の仲間達と合流しよう。背後と…頭上に気を配っておけ」
少尉によって次の指示が出されると、そのまま全員で銃を構えたまま慎重に梯子まで向かう。列の最後にいた兵士は震える手で銃身を握りしめていた。ただの制圧だけで済むはずだったのに、なぜこのような事態になっているのか…なぜ引き受けてしまったのかと後悔をしていたのである。
次の瞬間、彼が歩いていた通路の床に衝撃が発生し、大きな穴が開いた。そして何かに強く足を掴まれている事を悟った兵士は、そのまま成す術もなく引き摺り込まれて落下してしまう。慌てて他の者達が見下ろした時、既に彼は死んでいた。喉笛が切り裂かれている事から、落下が死因では無い事だけが辛うじて分かった。
「全員急げ !」
何か只ならぬ異常を察知した少尉が叫んだ。梯子を滑り降りて周囲の安全を確かめてから一気に走っていく。少尉は後ろを振り返る気にはならなかった。足を止めれば最後、次に死体となるのは自分なのかもしれないという恐怖感がひたすらに体を動かさせる。突然、何かが破壊される音と共に背後から悲鳴が上がった。もうこうなっては部下の安否などを悠長に考えている場合ではなく、ただこの場を生き延びて何が起きたかを伝えるのが自分の役目だと、必死に言い聞かせながらエントランスホールへと駆けて行った。
――――特に何か感情を出すわけでも無く、怪しむようにクリスは金庫扉をくぐってエントランスへ戻って来た。扉の先を進んで地下まで探索した結果、あったのは強盗と思われる者達の死体と山積みにされた金のインゴットのみであった。
「この広さは少しきついかもしれんが…仕方ないか」
クリスは神経を研ぎ澄まして、辺りの音や気配を探り始める。中々の広さであったが、次第に数人程の集団が行動しているらしい足音や、彼らの近くにいる別の気配までもが感じ取れた。そしてこちらへ近づく者の気配も判明したが、一人だけという点がどうも引っかかる。
「メリッサ、聞こえるか ?」
本部に要請して互いの通信を繋いでおいたクリスは、すぐさま装置に話しかけた。
「どうしたの ?」
「お前がいる階に怪しい動きがある。そこから二つ隣の部屋だ。気を付け――」
メリッサに警戒を促そうとした時、エントランスホールの右側、待合室や会計室へと繋がっている筈のドアが開いた。眼帯を付けた女性がこちらを見ながら出て来たのである。彼女の手や服が血に濡れているのを見た瞬間、クリスは躊躇せずに拳銃を抜いて発砲を開始する。
「ねえ、ちょっと!?」
装置から困惑する様な声が上がったが、クリスは装置のダイヤルを回して通信を切断した。そのまま彼女が隠れているであろう柱などへ向けて次々と弾丸を叩きこんでいく。
「何なんだコイツ…」
クリスと対峙した眼帯の女こと、リュドミーラは弱音を漏らした。遮蔽物に使えそうな物陰に隠れてはいたが、彼の放つ弾丸は恐ろしい威力で全てを貫通してくる。こちらからも拳銃で応戦をするが、もちろん無駄な徒労だった。すぐに察知されて隠れられてしまうか、意にも介さず反撃されてしまう。それでも接近戦でならば勝機はあると判断した彼女は、彼と対峙する決意を改めて固める。全ては同胞の無念のためであった。
「これだけの数を開けるとは…この手の仕事には慣れてるみたいだな」
一人が呟く。基本的に札束がそのままにされていた事から、恐らく目当ては宝石や金品などの相場の変動によって値打ちが変わる物であった可能性が高かった。
「少尉、こちらもそれらしい痕跡はありませんでした」
部下の一人がそう言いながら戻って来る。残りの者達も同じようにもぬけの殻だったことを彼に伝えた。
「念のためだ…待合室と会計室に向かおう。ついて来てくれ」
部下達に背中を預けながら、少尉は指示を出して次の現場へ向かう。客達の談笑に使われる待合室を警戒しながら通り過ぎ、やがて会計室へと辿り着く。事業や株式の会計に使われているであろう並べられた机が落雷に照らされ、時折白く輝いた。
「上の通路を頼む」
少尉は二人の兵士に、付近の梯子を使って本棚や窓が並ぶ上方の通路の調査をするように言った。二人は頷いてから慎重に昇っていき、固めのカーペットを踏みつけながら周辺を睨んでいく。その時、下の階にいる少尉たちから緊迫した大声で呼ばれる声がした。
「二人とも大至急来るんだ !」
その声に反応してすぐに向かおうとしたが、後方にいた一人は唐突に感じた違和感に誘われて背後をもう一度見返す。突き当りの窓が開けられ、風になびきながらカーテンがずぶ濡れになっていた。
「ちょっと先に行っててくれ…ったく、何であそこだけ ?」
不自然と思いながらも、兵士が窓へ近づいて吹き込んでくる雨風にウンザリしていたその時だった。背中に何かで突かれたような衝撃が走り、口の中が込みあがってくる何かでむせ返った。直後、溢れんばかりの血が口からこぼれ出していく。胸元を見ると何か光る刃物のような物が貫いていた。思わず声を上げようとした頃には、首を絞められて一気に頸椎《けいつい》を折られてしまう。
「何かあったんですか ?」
一足先に戻っていたもう一人の兵士は、隣の部屋にいる少尉たちに声をかける。彼らが深刻そうな表情と共に体をどかすと、その先には無数の死体が転がっていた。切り刻まれるか、銃弾によって始末されたらしく、辺りには彼らが持ち込んだらしいバッグやずだ袋から盗品と思われる品々が散らばっていた。
「これは… !」
兵士は思わず声を上げた。
「殺されたんだろう。だが問題は犯人の動機だ」
「そりゃあ、分け前が原因での仲間割れ…でも、あれ ?」
「分かるか ?古代遺跡で宝探しでもしてるんなら、分け前を求めて殺し合いくらいするだろう。だがここは銀行だ…金目のモノなら腐るほどあるっていうのに、わざわざ殺す必要があるか ?何より殺した仲間のブツを置きっぱなしにして逃げる筈がない」
「じゃあ、犯人の目的は金以外の何かっ…!?」
少尉と彼の部下達は、付近に残された奇妙な手掛かりから、強盗達を殺した犯人を割り出そうと頭を働かせる。すると他の者達もさらに不審な点に気づいた。
「そういえば、これで全員なのかは分かりませんが…これだけの人数がこの場でまとめて殺されてるってのもおかしな話ですね…抵抗したような跡もない」
「となると一瞬のうちに殺された…不意打ちって事になる…ちょっと待て。お前、トーマスはどうした ?一緒に上の階へ行っただろ」
少尉に指摘された部下は、窓の方へ向かった同僚の事をようやく思い出した。確認をするだけにしてはあまりにも遅すぎる。
「行くぞ !何かが変だ」
すぐに確認に向かうと少尉は言い放ち、部下達もそれに続く。先程の梯子を軋ませながら急いで登り、通路の端に目をやると変わり果てたトーマスの姿があった。
「そんな… !くそっ」
「う、嘘だ !殺人犯が隠れてやがるのかよ!!」
「どこだ !姿を見せろ !」
すでに息絶えている部下の死体の前で、少尉は自身の判断ミスを恨むように項垂れた。他の部下達は一気に張り詰めた空気の中で、未知の敵に対して狂乱気味に警告をしながら辺りを見回す。
「ヒィッ!!」
一人が叫ぶや否や、引き金を引いたが何を捕らえる事も無く壁に命中した。
「何をやっている!?」
「い、今確かに見たんです !天井の近くに何かが…」
「はあ ?薬でもキメてるのかお前 ?」
思わず発砲してしまった兵士は、怯えながら不審な影を見たと語るが信じては貰えなかった。
「やむを得ん、ひとまず他の仲間達と合流しよう。背後と…頭上に気を配っておけ」
少尉によって次の指示が出されると、そのまま全員で銃を構えたまま慎重に梯子まで向かう。列の最後にいた兵士は震える手で銃身を握りしめていた。ただの制圧だけで済むはずだったのに、なぜこのような事態になっているのか…なぜ引き受けてしまったのかと後悔をしていたのである。
次の瞬間、彼が歩いていた通路の床に衝撃が発生し、大きな穴が開いた。そして何かに強く足を掴まれている事を悟った兵士は、そのまま成す術もなく引き摺り込まれて落下してしまう。慌てて他の者達が見下ろした時、既に彼は死んでいた。喉笛が切り裂かれている事から、落下が死因では無い事だけが辛うじて分かった。
「全員急げ !」
何か只ならぬ異常を察知した少尉が叫んだ。梯子を滑り降りて周囲の安全を確かめてから一気に走っていく。少尉は後ろを振り返る気にはならなかった。足を止めれば最後、次に死体となるのは自分なのかもしれないという恐怖感がひたすらに体を動かさせる。突然、何かが破壊される音と共に背後から悲鳴が上がった。もうこうなっては部下の安否などを悠長に考えている場合ではなく、ただこの場を生き延びて何が起きたかを伝えるのが自分の役目だと、必死に言い聞かせながらエントランスホールへと駆けて行った。
――――特に何か感情を出すわけでも無く、怪しむようにクリスは金庫扉をくぐってエントランスへ戻って来た。扉の先を進んで地下まで探索した結果、あったのは強盗と思われる者達の死体と山積みにされた金のインゴットのみであった。
「この広さは少しきついかもしれんが…仕方ないか」
クリスは神経を研ぎ澄まして、辺りの音や気配を探り始める。中々の広さであったが、次第に数人程の集団が行動しているらしい足音や、彼らの近くにいる別の気配までもが感じ取れた。そしてこちらへ近づく者の気配も判明したが、一人だけという点がどうも引っかかる。
「メリッサ、聞こえるか ?」
本部に要請して互いの通信を繋いでおいたクリスは、すぐさま装置に話しかけた。
「どうしたの ?」
「お前がいる階に怪しい動きがある。そこから二つ隣の部屋だ。気を付け――」
メリッサに警戒を促そうとした時、エントランスホールの右側、待合室や会計室へと繋がっている筈のドアが開いた。眼帯を付けた女性がこちらを見ながら出て来たのである。彼女の手や服が血に濡れているのを見た瞬間、クリスは躊躇せずに拳銃を抜いて発砲を開始する。
「ねえ、ちょっと!?」
装置から困惑する様な声が上がったが、クリスは装置のダイヤルを回して通信を切断した。そのまま彼女が隠れているであろう柱などへ向けて次々と弾丸を叩きこんでいく。
「何なんだコイツ…」
クリスと対峙した眼帯の女こと、リュドミーラは弱音を漏らした。遮蔽物に使えそうな物陰に隠れてはいたが、彼の放つ弾丸は恐ろしい威力で全てを貫通してくる。こちらからも拳銃で応戦をするが、もちろん無駄な徒労だった。すぐに察知されて隠れられてしまうか、意にも介さず反撃されてしまう。それでも接近戦でならば勝機はあると判断した彼女は、彼と対峙する決意を改めて固める。全ては同胞の無念のためであった。
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