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七章:狂宴の始まり

第51話 地獄絵図

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「ぎゃあああああ!!」

 刻々と過ぎる時の中で増していく雨と、時折迸る雷を打ち消すほどの叫び声や銃声が轟き続ける。クリスは掴みかかる者の腕を破壊し、顎を砕き、持っていた得物を奪って殴り返していく。終わりの見えない人の波が押し寄せ、それを退ける度に僅かな達成感が自身を勇気づけてくれた。

 背後から銃口で狙いを付ける者がいれば、すぐさま移動して首根っこを捕まえる。そして引き金を無理やり引かせて周りにいる者達へ鉛玉をプレゼントしてやった。弾が切れれば銃を奪って持ち主を殴りつけ、他の標的を探す。自分の拳銃を使う気にはならなかった。弾切れだけでなく、手が塞がってしまった場合の不便性を考えた結果である。

「今だ、やれ !」

 背後から誰かに羽交い絞めにされた。目の前を見れば斧を持った女がこちらへ迫って来ているのが目に入った。頭を割るのか首を飛ばすのかは分からないが、少なくとも体を再生させるまでに大きな隙が生まれてしまう。

 クリスは咄嗟に自身を背後から捕まえる者の頭を手探りで掴み、そのまま眼球がどこにあるかを探し当てる。柔らかい感触に出会った瞬間、全力で指を突っ込んだ。あまり聞き慣れない裏返った様な悲鳴が上がる。力が緩んだのを見計らって肘打ちと共に脱すると、振りかぶって来た斧が目に入った。潰された目を抑えて苦しむ男を盾にして難を逃れたが、残念ながら男の頭はザクロのように綺麗な赤黒い内部を覗かせる。

 クリスが動揺した女をラリアットで殴り倒すと、男に食い込んだままの斧から彼女の手が離れた。すぐさまそれを引っこ抜き、「やめて」と言いかけた女の頭めがけて振り下ろす。血しぶきが顔に飛び散り、雨で滲むそれを拭ってからクリスは再び周りに睨みを利かせた。先程に比べれば勢いが落ち着いているが、それでも血気が衰える事は無い。左方から走り出した暴徒の一人に向かって斧をぶん投げると、彼の胸に斧の刃が食い込んだ。そのまま近づいて飛び蹴りを入れ、後ろで群がる仲間達の方向へ吹き飛ばす。

「たかが一人だぞ !何やって――」

 遅れてやって来たらしい男が叫びながら掻き分けて向かって来ていた。呑気なものである。辿り着いた矢先、死体が沈む血の海となっている辺りの光景に絶句し、手を出す機会を窺い続ける臆病者たちの仲間入りを果たしてしまった。

 その間にも、クリスのもとには一攫千金と栄光を夢見て猛者たちが挑んでは、物理的に砕けて散っていった。自分以上の巨体を押し倒し、顔の骨格そのものを変えんとする勢いでクリスが殴っていた時、背後から気配を感じて振り返る。しかし一足遅く、釘を大量に打ち込まれたバットが頬を捉えた。頬肉が抉られ、破けた様に口の中が露になった。眼球にまで被害は及び、クリスは思わず片目を閉じてしまう。

 殴った張本人である青年は束の間ではあったが、手応えに驚いた。そして希望を見出したが、すぐに首を掴まれた後に徐々に再生していくクリスの顔面を目撃する。しまいには首を折られ、力なく地面に倒れた青年を尻目にクリスは再び周りを見た。明らかに密度がまばらになっている。手に負えないと逃げ出した者達の姿が容易に想像できた。

 必死に牽制するように構えだけ取っていた暴徒達も、今思えば怪しむべきだったと後悔の念を抱き始める。生け捕りよりも殺害した場合の賞金が倍に定められているなど、冷静に考えれば裏がある事は火を見るよりも明らかだったが、何百億という賞金をチラつかされては、まともな思考が出来る筈もなかった。

「こんな奴を、どうやれば殺せるんだ」

 そのような思いが、彼らにとっての共通認識として気が付かない内に出来上がっていた。

 待機していた兵士達も、誰一人としてこちらへ向かって来る者がいないという異常さに気づいた。最初こそ、自分達には狙われる理由が無い上に、せっかく見つけた賞金首を逃がすまいと全員で動きを封じているのかと思っていたが、それは大きな間違いであった。何か怪しい行動を取れば真っ先に標的にされるという事を、彼らは本能で理解して立ち竦んでいたのである。

 追撃が来ない事が分かったクリスは、比較的人の多そうな集団のもとへ静かに歩き出した。抵抗する意思があるかのように強張る暴徒達だったが、よりにもよってなぜ自分達の方へ来るのかという絶望感は隠せておらず、ジワジワと後ろへ下がり続ける。

 その時、後方から銃声が聞こえたかと思うとクリスの後頭部に衝撃が走る。やるならば今しかないと魔が差した一人が、ライフル銃を構えていた。弾丸が頭を貫き、眼窩が砕けた。眼球が抉られて思わず前のめりになったクリスだったが、すんでの所で踏ん張る。

 静かに背筋を伸ばして姿勢を正した瞬間、すぐさま拳銃をホルスターから抜いて、銃弾の飛んできた方向へ撃ち返した。頭が破裂したのかと思うほどの血が飛び散り、流れ弾によって傷ついたらしい者が痛みを訴える。真正面から喰らってしまった暴徒は倒れ、額に生じた風穴と弾丸の衝撃によって破壊された頭部から脳や血を垂れ流していた。

「まだ続けるか ?」

 再び向き直ってから、クリスがそう言った頃には蜘蛛の子を散らすように暴徒が逃げ始めていた。逃げ遅れた一人をすぐに追いかけて捕まえると、そのまま襟首を掴んで顔を近づける。

「ここに来るよう指示したのは ?」
「わ…分からない。スーツを着た男…いや、男なのかな、あれ… ?とにかくそいつに言われてここに…それ以外は何も知らない」
「どうも」

 大人しく質問に答えてくれた男に対して、情けを込めて頭突きで気絶させた後にクリスは額を擦ってから辺りを見回す。

「どうすっかな、これ…」

 そんな事を呟きながら死屍累々な大通りの中央で立ち尽くす彼を、アンディは建物陰に寄りかかりながら見ていた。

「いつ以来でしょうか…こんな気分になったのは」

 アンディは凄惨な地獄絵図を作り上げた一人の戦士を眺めながら、興奮冷めやらぬ震えた声で言った後に強烈な好奇心を抑えつつその場から立ち去った。
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