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七章:狂宴の始まり

第50話 悪夢開幕

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 本部に戻った頃には、あちこちで火が付いたように大騒ぎであった。なぜか騎士団の兵士達だけでなく、荷物を抱えた民間人たちがチラホラ紛れており、庭や運動場に怯えながら居座っている。まずは仕事が先だと二人は会議室へ向かったが、既に他の者達も集まっていた。

「ああ、二人ともご苦労だった」

 欠伸をした直後に、気の抜けた声でアルフレッドが言った。

「看守や所長も殺され、恐らく囚人の大半は既に脱走済みだ。監獄の暴動は俺達を引き付けるための囮だったんだ」
「なるほどな、街も既に大パニックだ。放火、強盗、殺人…全く手に負えん。民間人は騎士団が管理している施設に避難させているが、全員を収容するのは無理だろう。何より犯罪者の鎮圧と施設の防衛を同時に行う必要がある。人員が足りるかどうか…ひとまず監獄をどうにか出来たのは幸いだった」

 クリスの手短な報告に対して、アルフレッドはレングート全体がどうなっているのかを伝える。笑ってはいるものの、決して楽観的に思っているわけではないという事が資料や地図を見つめる彼の眼差しで分かった。

「グレッグは ?」
「さっき連れてこられた暴動の主犯だって奴を尋問してるぜ」

 彼がいない事に気づいたシェリルが尋ねると、デルシンがすかさず彼女に言った。その時、駆け足が聞こえたかと思うと尋問を追えたらしいグレッグが、扉を勢いよく開けて入って来る。あまり良い報せは持ってなさそうだった。

「あ、二人とも戻って来てたんだ…それより、街で暴れてる犯罪者の目的が分かった」
「どうだったの ?」
「それが…」

 一瞬だけクリスを見て固まったグレッグだったが、すぐに取り調べの結果について語り出す。

「彼らの目的は…クリス、君だ」
「え ?」
「ブラザーフッドだけじゃない。シャドウ・スローンも君に目を付けたらしいんだ。理由は目的は分からないが、今の君の首には…莫大な額の賞金と、シャドウ・スローンのボスになる権利が懸けられている。今の時点で街にいる犯罪者は、たぶん騎士団や君を出張らせるためにわざと暴れてるんだよ」

 グレッグが聞き出した情報がその場で告げられると、束の間の静寂が一同を襲った。ここからどうすべきなのかを考える者や、またコイツが原因なのかと押し黙る者達によって暗く、重々しい雰囲気が次第に充満していく。当の本人を除いては。

「成程…それなら、俺に良い考えがある」

 本当に状況を分かっているのかどうか聞いてみたくなるほどに、余裕を持ちながらクリスは言い出した。

「お前が原因と分かったんだ。落とし前を付けてくれるっていうんなら何でも構わん」

 真っ先にイゾウが口を開く。明らかに苛立ちが籠っていたが、自身の反対を押し切られてまで仲間となった男が次々と災難を生み出しているとあれば、怒らない理由も無かった。それ見たことかという呆れも当然ながら感じていた。

「ねえ…まあいいや。それで、どうするの ?」

 確かに悪くないとは言いきれないまでも、少しばかり辛辣すぎないかとイゾウに申し立てたかったメリッサだったが、ここで揉め事を続けてもしょうがないと割り切ってクリスの考えがどのようなものかを尋ねた。

「あいつらの目的が俺だっていうなら、逆にこっちから出向いてやるのさ。俺が現れたとなれば、火事場泥棒や民間人にカツアゲしてる場合じゃなくなるだろ。確実に俺がいる方に流れてくる」
「その間に他の俺達で犯罪の調査や民間人の防衛に当たるってわけか。だが、そんな事すれば―――」
「街中の犯罪者たち全員を一人で相手にする事になる…だろ ?問題ないさ」

 感心した様に頷いたデルシンだったが、そうなった場合のクリスの無事を心配しているらしかった。自分は平気だと言いながら、準備万端なのをアピールするようにクリスはストレッチをして体の関節をほぐす。

「やむを得ん…そのアイデアを使わせてもらおう。他の者達はこれから伝える情報を基に、各自で犯罪の調査を行ってくれ。そしてガーランド、このような囮作戦など聞いたこと無いが…任せても良いかね ?」
「勿論だ」

 少し考えていたアルフレッドだったが、被害を抑えつつ人的資源が他の場所に回せるならとそれを承諾したらしい。現在、街で起きているという不可解な事件の調査を他の騎士達に任せ、クリスには囮を引き受けてもらう事を改めて指示した。クリスが即答してから部屋を出ようとした時、ビリーにポール、そしてマーシェが荷物を抱えて雪崩れ込んできた。

「研究開発部の主力達が一体どうしたんだ ?」
「新しい装備の開発が終わったんだ。騎士専用の戦闘服がね…それともう一つあるけど、実戦で試すにはいい機会だから」

 そうやって厳重そうな箱から取り出した服を、これからすぐに出るというクリスに早速着替えて欲しいと頼んでくる。仕方なく別室へ向かい、大急ぎで着替えた後にその姿を披露する。一見、これまでの物から色が変わっているだけかと思ったが、クリスはその違いにすぐさま気づいた。

「動きに影響は出なさそうだが、全体的に少し重くなったか」
「ああ、服の裏側…ちょうど急所や狙われやすい部位を守れるように防弾を兼ねた装甲を仕込んでいる。ベヒーモスの亜種から調達したものだよ。本当は全身を守れるようにしたかったけど、可動域を狭めてしまうかもしれないし、コストの問題もあるからやめた。ただ服やグローブ、ブーツの素材にこれまでの竜の皮に加えて複数の樹脂で作った人工の繊維を採用している。限界はあるけど、多少の刃物や打撃を和らげてくれる筈さ」

 ビリーの説明を聞いてから胸元を軽く小突いてみると、確かに頑丈そうな素材が使われているらしく固い感触が指に伝わった。

「心配だろうが、ちゃんと実験はやっているから安心しろ。少なくとも拳銃程度なら何の問題も無い。それ以外は距離や弾頭の種類によるがな」

 いきなり実戦で試すという事に不安を抱えるだろうというのを危惧してか、ポールは安全性に不備は無い事を強調する。その後ろから箱を抱えたマーシェが皆をどかし、重そうにしながらそれをテーブルに置いた。

「そしてこれは私からのプレゼントよ。ほら、肩に付けられるようになってるからさ」

 マーシェが取り出したのは、何やら怪しげな装置であった。黒く、丸みを帯びた長方形にダイヤルが取り付けられている。肩と胸部の中間に備えられているベルトに装着をする。怪しげに黄色く光る装置を見ながら、マーシェは満足げに頷いた

「これは何だ ?」
「それがあれば色んな場所で連絡が取れるようになる。試作段階だけど、丁度それの実地試験をしたかったところなの」
「電信…みたいなものか ?」
「それどころじゃないわね。まあ、どういう事かは後で分かるわ。赤く光った時にダイヤルを回して頂戴」

 どんな場所でも連絡が取れるようになるという言葉の意味にやきもきしていると、再び会議室の扉が開く。入って来たのは息を切らし、雨に濡れたままの兵士であった。

「この部屋も今日は随分と賑やかだな」

 急いで駆け込んだ兵士を見た後に、イゾウが不意に言った。

「失礼しました。武装した暴徒の集団が本部に目掛けて進行しているとの報告があります。かなりの規模です」

 報告を受けたクリスはようやく仕事だと、首を鳴らしてから部屋を出ていこうとする。

「クリス、俺達も行くぜ !」
「俺は一人で大丈夫…他の仕事もあるんだ。体力は温存しとくべきだろ ?」

 流石に放ってはおけないと立ち上がるデルシンだったが、クリスは俺に任せろと説得してから部屋を出ていく。その頃、騎士団本部の正門前には物騒な得物を手にした暴徒達が怒号や雄たけびと共にジワジワと詰め寄って来ていた。中にはどこで手にしたのか分からない銃火器を空に向けて威嚇代わりに撃つ者さえいた。

「お、俺達が戦うべきか ?」
「じゃなきゃ誰が守るんだよ !」

 既に門は閉じられており、バリケードや遮蔽物代わりに積まれている土嚢や頑丈そうな木箱の近くで兵士達がやり取りをしていた時、雨に混じって背後から靴の音と兵士達の騒ぎ声が聞こえる。振り返ってみれば門を開けて、クリスがそのまま外へと出て来た。

「俺がやる。ケリがつくまで戻って待機するんだ」
「…お、お言葉ですが !我々も戦います」
「ええと…そうです !指を咥えて見てるわけにいきません。このために訓練してきたんですから」

 味方に騎士が現れた事で心に余裕が生まれたのか、兵士達は口々に言った。

「じゃあ、ここに居ろ。本部の敷地を跨ごうとするやつがいれば、片っ端から撃ち込んでやれ」
「はいっ!!」

 兵士たに改めて指示を出し、彼らからの返事を聞き終えたクリスは再び暴徒達に向かって歩み始める。やはり自分が目当てだという点は当たっているらしく、本人の登場にざわついている様子だった。

「おい見ろよ !主賓のご到着だぜ!」

 一人の悪い意味で勇敢な男がバットを握りしめて叫んだ。そのままクリスの前に歩み出ると、薄汚い笑みで出迎える。

「何人連れて来た ?」
「最後に数えたのは千人目だよ。あんたは何人連れて来たんだ ?」
「連れてくるまでも無いからな」

 笑みを浮かべた男の話にクリスが挑発の意を込めた相槌を打つと、顔つきが微かに変わった。

「ほお…聞けば、魔術師の癖して魔法も使えねえ体になったそうじゃねえか。そんな状態で何をするんだ ?手品でも見せてくれるのか ?」
「…地獄で良ければいくらでも見せてやる」

 やはり魔法が使えないという事以外については、詳しく知らないらしい。暴徒達にとって今のクリス・ガーランドという人物は牙の抜けた獣であり、全員で掛かれば何とかなるかもしれないという希望が持てる対象と成り果てていたのである。ブラザーフッドやシャドウ・スローンもつくづく意地の悪い連中だとクリスが思っていた瞬間、笑みを浮かべていた男が、肩に担いでいたバットを自身の顔面へ目掛けて振り下ろしてきた。

 ガントレットで受け止め、そのまま彼の腕を掴んだクリスは反対方向にへし曲げる。骨折による苦痛で悲鳴を上げた男の顔を殴って地面に叩きつけると、トドメに固い靴底で頭部を踏みつける。何かが砕ける音と共に、靴底が踏みつけた男の顔面に少し沈んだのが心地の悪さで分かった。足をどけてみると、痙攣をして辺りに血やあまり想像したくない何かを撒き散らしている男の無惨な姿があった。

 先程までは祭り気分ではしゃいでいた他の暴徒達も、変わり果てた同志の姿が目に留まった直後に沈黙した。クリスは戦慄する彼らのもとへ再び血の足跡を残して歩み寄り、気が付けば彼を中心に円を描くように暴徒達が取り囲んでいた。一方で出来れば近寄りたくないと、かなりの距離を置いている。

「続けるか ?」

 そんなクリスの言葉が引き金となったのか、一人の暴徒が吹っ切れ、雨の音を掻き消すような声を上げて襲い掛かる。それを皮切りに他の者達も後に続いて狩りに参加していった。
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