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一章:魔術師だった男
第4話 記念すべき初仕事
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優雅なテーブルや装飾品の並べられている談話室では、数人程の人物達が他愛のない雑談を交えつつ休息に身を預けていた。それぞれ着こなし方や身に付けているアクセサリーなどに違いはあれど、同じような外套や制服を身に纏っている。
「さ~て、一体どうなるやら…」
ティーポットからおかわりの紅茶を注ぎながらデルシンは独り言を呟いた。
「どこまで行こうが魔術師だ。引き受けたところで裏切る危険性だって十分にある」
デルシンの向かいに座っていた鋭い目つきの男が本を読みながら意見を述べた。イゾウ・オオカミという名のその剣士は実の所、クリス・ガーランドという元魔術師が加わることを騎士たちの中でも最後まで良しとしなかった人物である。
「イゾウ、まだ拗ねてんのか?機嫌直せよ。ほら、紅茶」
「…俺は緑茶しか飲まん」
「何だよ、贅沢な奴だなオイ」
好意を無下にされた事にしょんぼりしていたデルシンの横から赤髪の女性が紅茶で満たされたカップを横取りした。片側を刈り上げたお転婆さを感じ取れる髪型をしている女性は、砂糖を入れながらため息交じりにイゾウを見た。
「あなたが魔術師を憎んでいるのは良く分かるけど、騎士団にとっても悪い話じゃない」
「シェリルの言う通りじゃないかな…?魔術師についてはよく分かって無い事も多いし…蛇の道は蛇って言葉もあるんだ。専門家の協力って大事だと思う」
赤髪の女性がイゾウを納得させようと話しかけていると、テーブルから少々離れてソファで本を読んでいた長髪の痩せ気味な男性も、理由を添えて恐る恐る彼女に賛同した。シェリル、そして長髪の男性に対してイゾウは舌打ちをして目を背けると、苛立たしげな様子で椅子の取っ手に頬杖を突いた。少しすると、入り口のドアが開いてメリッサがリラックスしたようにして入って来る。
「メリッサ!どうだったんだ?」
「協力してくれるってさ。今は制服の仕立てをして貰ってる」
「よし!そうとなれば歓迎パーティの準備だ!」
結果を聞かされたデルシンはガッツポーズを決めつつ、おもてなしをしてやろうと大声で提案する。長髪の男性やシェリルが呆れた様に苦笑いを浮かべるが、イゾウだけは何も言わずに「フン」と鼻を鳴らした。
「やめた方が良いと思う…彼はたぶんそういうの好きじゃないタイプよ。それよりさ、今から皆で行ってみない?どっちにしろ団長も皆に話があるって言ってた」
「なるほど、改めて挨拶といくか。そうだ!お前らも来いよ」
メリッサから提案を聞かされたデルシンは二つ返事でそれに答え、他の者達にも呼び掛けた。長髪の男性とシェリルはすぐに後をついて行くが、イゾウだけは重そうに腰を上げてからゆっくりと部屋を出て行った。
「これは、毎日着ていないとダメなのか?」
建物内の衣装室にて、恐ろしい速さで仕立てが終わった後に、クリスは姿鏡で自分の服装を見直してからそんな事をアルフレッドに聞いた。
「もし裏地がお気に召さないのでしたら、他の——」
「ああ…いやいや、そういう事じゃないんだ。こういうビシッとした服装ってのはあまり着慣れてなくてな。仕事の間中ずっと着なきゃならないのかと思って…着心地は素晴らしい。文句のつけようがない」
勘違いをしたらしい仕立て屋に慌てて訂正をしたクリスをアルフレドは和んだように笑った。
「街や任務に繰り出す際は、外套も含めて身に付けておいて欲しい。室内でも勤務中は出来る限り制服の着用がルールになっている。私服に戻って良いのは勤務時間外のみだ」
「なるほどね…」
アルフレッドに制服の決まりごとについて聞かされていると、外からノックが聞こえた。入って良いと許可が出ると、メリッサと共に先程まで談話室にいた者達が部屋に入って来る。
「おお、結構似合ってる!」
開口一番、メリッサは制服姿のクリスを褒めた。デルシンも納得してるようにそれに頷いている。他の三人は思っていたような人物と違ったらしく、物珍しそうに彼を見ていた。魔術師達の間で伝説として語り草になるほどの人物であるから、どれほどの豪傑もしくは恐ろしい人物なのかと想像を膨らませていた事もあってか、その正体が白髪で殆ど埋め尽くされた頭髪を持ち、どこか疲れたような顔をしている中年だったというのはあまりにも意外であった。
「お前とはさっき会ったな」
「アレが最初で最後にならなくて良かったよ。改めてよろしくな」
二人でそんなやり取りをした後、デルシンに手を差し出されるとクリスも手を握り返して握手を交わした。ついでに他のメンバーも紹介したいと言われ、クリスは残りの三人とも言葉を交わす。
「シェリル・ディキンソン、よろしくね」
特に嫌そうにすることも無く、シェリルは挨拶をしてからクリスと握手をした。
「グ、グレッグ・ピーター・オールドマン…」
「俺の顔に何かついてるか?」
「ベ、別に…!ただ思っていたイメージとかなり違っていたから…」
「美人じゃなくて残念だったな」
少し落ち着かないようにしている長髪の男性はクリスに指摘されると、率直な感想を彼に伝えた。クリスから皮肉を言い返されると「そういう意味じゃない」と心で思いながらも彼と握手をした。
「イゾウだ、イゾウ・オオカミ…握手はいらない」
非常に無愛想な挨拶だったが、クリスは特に気にすることなくそれを了承する。ここまで距離が近くなければ却ってやりやすいとさえ感じていた。
「よし、諸君。彼がエイジス騎士団に新しく加わる事になったクリス・ガーランドだ。そう、あの伝説のクリス・ガーランド。しかし兵士としてではなく、いきなり騎士の称号を与えてエージェントとして活動させる事に納得いかない者がいるかもしれん。そこで、入団試験も兼ねて早速彼には任務に就いてもらう。それにあたって彼に同伴してくれる者はいないだろうか?監視も兼ねてだ」
頃合いを見計らったアルフレッドは全員を呼んでから、早速新たな任務を言い渡した。メリッサがすぐに申し出たが、今回の仕事で危険な目にも遭った事からひとまず休むべきだと諭されてしまい、最終的にはデルシンが同行することになった。
「任務への出発は二日後だって?ブラザーフッドによるものだとされている犯行が多発し続けている集落への調査とは、いきなり大仕事だな…忘れてた、俺はポール・ジェイムソン。兵器開発部の銃器担当だ」
装備の開発を行っているという研究室で、汚れている顔をタオルで拭きながら男は答えた。髪の無い頭頂部の汗も拭きとり終わると、クリスが持っている二丁の拳銃を貸して欲しいとせがむので、仕方なくそれに応じてクリスも手渡した。
「なるほどな…この弾頭の輝き方はうちの兵士達に支給している物によく似ている。ちゃんと調べてるんだな…だが、肝心の銃は…ああ、こりゃ酷い。工業化の弊害だよ。大量生産のせいでこんなお粗末な物さえ出回ってるとは…」
「俺は問題なく使えてたぞ」
「問題なく使えるだけじゃだめだ。兵士が最高のパフォーマンスを発揮するには最高の武器があってこそ。今の技術じゃ全員が満足いくような武器なんざ作れっこないというのに…資本主義に目が眩んだ亡者どもめ…」
ポールは何やら愚痴を言いながら拳銃を解体して色々と物色していた。反論すると長々と言い返すため、クリスも途中から何も言わなくなった。
「いつもこんな調子なのか?」
「武器の事になるとな。だが実力は本物だ」
気持ち悪く思っていたクリスがデルシンに小声で尋ねると、彼は何食わぬ顔でそう返した。
「ああ、これは酷い!何だこの曲がった銃身!手入れはそれなりにやってるって事は…元からこんなザマだったのか⁉」
「見せてくれよ…これは真っすぐじゃないのか?」
「これが真っすぐに見えるんなら、君は少なくともこの分野においては三流って事が証明されたようなもんだ。こりゃ改造どころか最悪作り直しだな…」
それなりには愛着を持っていた銃に対し、ポールがあまりにも色々と文句を垂れるのでクリスは我慢ならず、特に貶された銃身について覗き込んで確認をしてみたが、彼が言う程の欠陥はないように感じた。それでも尚酷評を続ける彼に呆れかえるばかりであった。
「作り直し?二日後には出発するんだぞ?」
「それを踏まえた上で言ってるさ。俺を誰だと思ってる?さあさあ、後は俺に任せとけ」
クリスがいくら言おうとそんな調子で相手にされなくなった時、二人の後ろに若い青年が立っていた。
「悪いね、昔から融通効かないんだよあの人。俺はビリー・ケント、あっちが銃ならこっちは近接武器だ。案内するよ、こっちに来て」
青年はテンポよく自己紹介をしてから研究室を案内し始める。ふとどこかで嗅いだ忌まわしい匂いがしたかと思うと、大鍋で何かが煮詰められていた。
「ポーションか?」
「良く知ってるね!兵士達の生命線だよ。すり潰したヒルブアユリの球根に、複数の滋養強壮作用のある薬草を煮詰め、途中で粉末状にしたユニコーンの角を少々入れてさらに煮る。後は濾して冷蔵庫で冷やすと完成ってわけ。味については…改良の余地があるけどね」
ポーションの説明をした後、ビリーは机の上の試験管立てに置かれていたルビー色の液体が入っている瓶を取り、クリスたちの前に掲げた。
「そしてこれは、肉体強化剤…ワーウルフの血液を長い間研究し続けた結果、遂に彼らの細胞を人工的に再現できた。細かい調整を加えているが、早い話が一定時間のみ使用者の肉体をワーウルフに匹敵する程の強靭なものにしてくれる。おまけに五感の機能も大幅に向上するんだ。それなりに強い肉体を持ってないと耐えられないから、使用できるのは騎士の称号を持つ者だけに限られているけどね」
ひとしきり紹介が終わってからビリーは研究室のさらに奥深く、様々な武器が並べられているスペースへと迎え入れた。どれもが銀色の光を放ち、物々しい雰囲気であちこちに飾られるか置かれている。
「ここからが本題!君に合った武器を作るのが僕の仕事だ。メリッサに聞いたけど素手で魔術師達とやり合う度胸は尊敬に値するが、手練れの魔術師相手じゃそうもいかない。一度に持っていける銃弾にも限りがあるし、場合によっては防がれる可能性だってある。だから近接用の武器は必要になる筈だ。良ければ希望を——」
「ブラスナックル」
「…ええ?」
騎士の要である武器について語り、注文を受け付けたビリーだったが想定していなかった答えを前に少々唖然とした。
「もしかして作るのが難しいのか?」
「いや、難しいわけじゃないんだけど…」
困惑するビリーにクリスが尋ねていると、横からデルシンが割って入った。
「クリス、俺達が使ってる武器ってのは魔術師や魔物の肉体に入る事で効果を発揮するんだ。銀やクリナ鋼とかいう魔力に対して絶縁体としての役割を果たしてくれる金属が魔力を浄化させて弱体化させる。だから出来る限り刃物の方が——」
「じゃあブラスナックルに突起物か何かつけてくれ。そうすれば殺傷力も高くなるだろ」
流石に武器についての解説をすれば意見を変えてくれるだろうと、デルシンは武器について教えてみたが、クリスはそれならばとブラスナックルに機能を付けて欲しいと要望を追加する。これにはデルシンも当惑せざるを得なかった。
「いや、そこまでこだわる理由は何なんだよ…?」
「好きなんだ昔から」
単純明快な答えであった。こうして強引に通された本人の要求通りにビリーは装備を作ることになり、クリスは銃も含めた自身の装備の完成を出発まで待ち続けた。
――――二日後の朝、クリスとデルシンはエイジス騎士団の本部から少々冷え込む薄暗い街へと躍り出た。街からはるか遠くの離れた場所にある山脈の陰から橙色の日が昇り始める光景を尻目に、二人はトランクを馬車に積んでからそそくさと乗り込んだ。
「ホントにそんな装備で大丈夫か?」
「銃もあるんだ。どうとでも出来る」
「だと良いけどな。まあいいか、初仕事なんだ。気合入れていこうぜ」
最後まで心配してくれるデルシンに、クリスは彼の性分なのであろう面倒見の良さを垣間見た。問題ないと彼に告げてから業者に場所を走らせるように頼むと、気合を入れようとするデルシンに付き合いながら最初の仕事へと繰り出していった。
「さ~て、一体どうなるやら…」
ティーポットからおかわりの紅茶を注ぎながらデルシンは独り言を呟いた。
「どこまで行こうが魔術師だ。引き受けたところで裏切る危険性だって十分にある」
デルシンの向かいに座っていた鋭い目つきの男が本を読みながら意見を述べた。イゾウ・オオカミという名のその剣士は実の所、クリス・ガーランドという元魔術師が加わることを騎士たちの中でも最後まで良しとしなかった人物である。
「イゾウ、まだ拗ねてんのか?機嫌直せよ。ほら、紅茶」
「…俺は緑茶しか飲まん」
「何だよ、贅沢な奴だなオイ」
好意を無下にされた事にしょんぼりしていたデルシンの横から赤髪の女性が紅茶で満たされたカップを横取りした。片側を刈り上げたお転婆さを感じ取れる髪型をしている女性は、砂糖を入れながらため息交じりにイゾウを見た。
「あなたが魔術師を憎んでいるのは良く分かるけど、騎士団にとっても悪い話じゃない」
「シェリルの言う通りじゃないかな…?魔術師についてはよく分かって無い事も多いし…蛇の道は蛇って言葉もあるんだ。専門家の協力って大事だと思う」
赤髪の女性がイゾウを納得させようと話しかけていると、テーブルから少々離れてソファで本を読んでいた長髪の痩せ気味な男性も、理由を添えて恐る恐る彼女に賛同した。シェリル、そして長髪の男性に対してイゾウは舌打ちをして目を背けると、苛立たしげな様子で椅子の取っ手に頬杖を突いた。少しすると、入り口のドアが開いてメリッサがリラックスしたようにして入って来る。
「メリッサ!どうだったんだ?」
「協力してくれるってさ。今は制服の仕立てをして貰ってる」
「よし!そうとなれば歓迎パーティの準備だ!」
結果を聞かされたデルシンはガッツポーズを決めつつ、おもてなしをしてやろうと大声で提案する。長髪の男性やシェリルが呆れた様に苦笑いを浮かべるが、イゾウだけは何も言わずに「フン」と鼻を鳴らした。
「やめた方が良いと思う…彼はたぶんそういうの好きじゃないタイプよ。それよりさ、今から皆で行ってみない?どっちにしろ団長も皆に話があるって言ってた」
「なるほど、改めて挨拶といくか。そうだ!お前らも来いよ」
メリッサから提案を聞かされたデルシンは二つ返事でそれに答え、他の者達にも呼び掛けた。長髪の男性とシェリルはすぐに後をついて行くが、イゾウだけは重そうに腰を上げてからゆっくりと部屋を出て行った。
「これは、毎日着ていないとダメなのか?」
建物内の衣装室にて、恐ろしい速さで仕立てが終わった後に、クリスは姿鏡で自分の服装を見直してからそんな事をアルフレッドに聞いた。
「もし裏地がお気に召さないのでしたら、他の——」
「ああ…いやいや、そういう事じゃないんだ。こういうビシッとした服装ってのはあまり着慣れてなくてな。仕事の間中ずっと着なきゃならないのかと思って…着心地は素晴らしい。文句のつけようがない」
勘違いをしたらしい仕立て屋に慌てて訂正をしたクリスをアルフレドは和んだように笑った。
「街や任務に繰り出す際は、外套も含めて身に付けておいて欲しい。室内でも勤務中は出来る限り制服の着用がルールになっている。私服に戻って良いのは勤務時間外のみだ」
「なるほどね…」
アルフレッドに制服の決まりごとについて聞かされていると、外からノックが聞こえた。入って良いと許可が出ると、メリッサと共に先程まで談話室にいた者達が部屋に入って来る。
「おお、結構似合ってる!」
開口一番、メリッサは制服姿のクリスを褒めた。デルシンも納得してるようにそれに頷いている。他の三人は思っていたような人物と違ったらしく、物珍しそうに彼を見ていた。魔術師達の間で伝説として語り草になるほどの人物であるから、どれほどの豪傑もしくは恐ろしい人物なのかと想像を膨らませていた事もあってか、その正体が白髪で殆ど埋め尽くされた頭髪を持ち、どこか疲れたような顔をしている中年だったというのはあまりにも意外であった。
「お前とはさっき会ったな」
「アレが最初で最後にならなくて良かったよ。改めてよろしくな」
二人でそんなやり取りをした後、デルシンに手を差し出されるとクリスも手を握り返して握手を交わした。ついでに他のメンバーも紹介したいと言われ、クリスは残りの三人とも言葉を交わす。
「シェリル・ディキンソン、よろしくね」
特に嫌そうにすることも無く、シェリルは挨拶をしてからクリスと握手をした。
「グ、グレッグ・ピーター・オールドマン…」
「俺の顔に何かついてるか?」
「ベ、別に…!ただ思っていたイメージとかなり違っていたから…」
「美人じゃなくて残念だったな」
少し落ち着かないようにしている長髪の男性はクリスに指摘されると、率直な感想を彼に伝えた。クリスから皮肉を言い返されると「そういう意味じゃない」と心で思いながらも彼と握手をした。
「イゾウだ、イゾウ・オオカミ…握手はいらない」
非常に無愛想な挨拶だったが、クリスは特に気にすることなくそれを了承する。ここまで距離が近くなければ却ってやりやすいとさえ感じていた。
「よし、諸君。彼がエイジス騎士団に新しく加わる事になったクリス・ガーランドだ。そう、あの伝説のクリス・ガーランド。しかし兵士としてではなく、いきなり騎士の称号を与えてエージェントとして活動させる事に納得いかない者がいるかもしれん。そこで、入団試験も兼ねて早速彼には任務に就いてもらう。それにあたって彼に同伴してくれる者はいないだろうか?監視も兼ねてだ」
頃合いを見計らったアルフレッドは全員を呼んでから、早速新たな任務を言い渡した。メリッサがすぐに申し出たが、今回の仕事で危険な目にも遭った事からひとまず休むべきだと諭されてしまい、最終的にはデルシンが同行することになった。
「任務への出発は二日後だって?ブラザーフッドによるものだとされている犯行が多発し続けている集落への調査とは、いきなり大仕事だな…忘れてた、俺はポール・ジェイムソン。兵器開発部の銃器担当だ」
装備の開発を行っているという研究室で、汚れている顔をタオルで拭きながら男は答えた。髪の無い頭頂部の汗も拭きとり終わると、クリスが持っている二丁の拳銃を貸して欲しいとせがむので、仕方なくそれに応じてクリスも手渡した。
「なるほどな…この弾頭の輝き方はうちの兵士達に支給している物によく似ている。ちゃんと調べてるんだな…だが、肝心の銃は…ああ、こりゃ酷い。工業化の弊害だよ。大量生産のせいでこんなお粗末な物さえ出回ってるとは…」
「俺は問題なく使えてたぞ」
「問題なく使えるだけじゃだめだ。兵士が最高のパフォーマンスを発揮するには最高の武器があってこそ。今の技術じゃ全員が満足いくような武器なんざ作れっこないというのに…資本主義に目が眩んだ亡者どもめ…」
ポールは何やら愚痴を言いながら拳銃を解体して色々と物色していた。反論すると長々と言い返すため、クリスも途中から何も言わなくなった。
「いつもこんな調子なのか?」
「武器の事になるとな。だが実力は本物だ」
気持ち悪く思っていたクリスがデルシンに小声で尋ねると、彼は何食わぬ顔でそう返した。
「ああ、これは酷い!何だこの曲がった銃身!手入れはそれなりにやってるって事は…元からこんなザマだったのか⁉」
「見せてくれよ…これは真っすぐじゃないのか?」
「これが真っすぐに見えるんなら、君は少なくともこの分野においては三流って事が証明されたようなもんだ。こりゃ改造どころか最悪作り直しだな…」
それなりには愛着を持っていた銃に対し、ポールがあまりにも色々と文句を垂れるのでクリスは我慢ならず、特に貶された銃身について覗き込んで確認をしてみたが、彼が言う程の欠陥はないように感じた。それでも尚酷評を続ける彼に呆れかえるばかりであった。
「作り直し?二日後には出発するんだぞ?」
「それを踏まえた上で言ってるさ。俺を誰だと思ってる?さあさあ、後は俺に任せとけ」
クリスがいくら言おうとそんな調子で相手にされなくなった時、二人の後ろに若い青年が立っていた。
「悪いね、昔から融通効かないんだよあの人。俺はビリー・ケント、あっちが銃ならこっちは近接武器だ。案内するよ、こっちに来て」
青年はテンポよく自己紹介をしてから研究室を案内し始める。ふとどこかで嗅いだ忌まわしい匂いがしたかと思うと、大鍋で何かが煮詰められていた。
「ポーションか?」
「良く知ってるね!兵士達の生命線だよ。すり潰したヒルブアユリの球根に、複数の滋養強壮作用のある薬草を煮詰め、途中で粉末状にしたユニコーンの角を少々入れてさらに煮る。後は濾して冷蔵庫で冷やすと完成ってわけ。味については…改良の余地があるけどね」
ポーションの説明をした後、ビリーは机の上の試験管立てに置かれていたルビー色の液体が入っている瓶を取り、クリスたちの前に掲げた。
「そしてこれは、肉体強化剤…ワーウルフの血液を長い間研究し続けた結果、遂に彼らの細胞を人工的に再現できた。細かい調整を加えているが、早い話が一定時間のみ使用者の肉体をワーウルフに匹敵する程の強靭なものにしてくれる。おまけに五感の機能も大幅に向上するんだ。それなりに強い肉体を持ってないと耐えられないから、使用できるのは騎士の称号を持つ者だけに限られているけどね」
ひとしきり紹介が終わってからビリーは研究室のさらに奥深く、様々な武器が並べられているスペースへと迎え入れた。どれもが銀色の光を放ち、物々しい雰囲気であちこちに飾られるか置かれている。
「ここからが本題!君に合った武器を作るのが僕の仕事だ。メリッサに聞いたけど素手で魔術師達とやり合う度胸は尊敬に値するが、手練れの魔術師相手じゃそうもいかない。一度に持っていける銃弾にも限りがあるし、場合によっては防がれる可能性だってある。だから近接用の武器は必要になる筈だ。良ければ希望を——」
「ブラスナックル」
「…ええ?」
騎士の要である武器について語り、注文を受け付けたビリーだったが想定していなかった答えを前に少々唖然とした。
「もしかして作るのが難しいのか?」
「いや、難しいわけじゃないんだけど…」
困惑するビリーにクリスが尋ねていると、横からデルシンが割って入った。
「クリス、俺達が使ってる武器ってのは魔術師や魔物の肉体に入る事で効果を発揮するんだ。銀やクリナ鋼とかいう魔力に対して絶縁体としての役割を果たしてくれる金属が魔力を浄化させて弱体化させる。だから出来る限り刃物の方が——」
「じゃあブラスナックルに突起物か何かつけてくれ。そうすれば殺傷力も高くなるだろ」
流石に武器についての解説をすれば意見を変えてくれるだろうと、デルシンは武器について教えてみたが、クリスはそれならばとブラスナックルに機能を付けて欲しいと要望を追加する。これにはデルシンも当惑せざるを得なかった。
「いや、そこまでこだわる理由は何なんだよ…?」
「好きなんだ昔から」
単純明快な答えであった。こうして強引に通された本人の要求通りにビリーは装備を作ることになり、クリスは銃も含めた自身の装備の完成を出発まで待ち続けた。
――――二日後の朝、クリスとデルシンはエイジス騎士団の本部から少々冷え込む薄暗い街へと躍り出た。街からはるか遠くの離れた場所にある山脈の陰から橙色の日が昇り始める光景を尻目に、二人はトランクを馬車に積んでからそそくさと乗り込んだ。
「ホントにそんな装備で大丈夫か?」
「銃もあるんだ。どうとでも出来る」
「だと良いけどな。まあいいか、初仕事なんだ。気合入れていこうぜ」
最後まで心配してくれるデルシンに、クリスは彼の性分なのであろう面倒見の良さを垣間見た。問題ないと彼に告げてから業者に場所を走らせるように頼むと、気合を入れようとするデルシンに付き合いながら最初の仕事へと繰り出していった。
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