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第3章
第20話 一難去ってまた一難
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一階をセラムとレイチェルに任せた残りの三人は、二階に存在する部屋という部屋にある物を片っ端からひっくり返し、お目当ての品物の捜索を続ける。シモンは埃を手で払いのけながら軽く咳き込んだ。そして、柱や壁の劣化具合に目を向ける。
「元から年季の入った建物らしいが、少し放って置いただけでこのザマか。遅かれ早かれあっちの別荘に移るつもりだったのかもな」
そんな風に一人で勝手に結論付けながら、戸棚や引き出しを開けていく。
一方でジーナとルーサーは、客室に使われていたと思われるいくつかの部屋を順番に調べていこうとドアを開けようとしたが、鍵が掛かっているらしかった。ルーサーは鍵を貰いに行こうとしたが、先ほど見えた鍵の束を想像して面倒に感じたのかジーナがドアを蹴破ってしまった。蝶番ごと破壊されてしまったドアは転がる様に音を立てて吹き飛ばされ、ようやく部屋へと入れるようになった。
部屋中が埃まみれではあったが、泊まるには申し分のない豪勢な部屋であった。他の部屋に関しても、同じ間取りの特に変哲の無い部屋であったため、二人は早々に探索を打ち切ってシモンの元に向かう。
シモンはジーナ達とは正反対の方向にある何者かの書斎らしき部屋に入っており、本棚や机などを調べていた。ジーナとルーサーが部屋に入ると、シモンが机に付いている引きだしを引っ張ている最中だった。
「おお、ちょうどいい所に。この机の鍵だけ無くてな…触手で引っ張るから反対側を抑えててくれないか?」
シモンとジーナが二人で机を動かしてからシモンは引き出しを触手で引っ張り、ジーナは反対側の両端を掴みながらシモンとは反対の方向へ引っ張った。バキンと何かが壊れる音がしてようやく引き出しが外れると、中からは紙きれやガラクタが飛び出してくる。
上からの騒音を聞きながらレイチェルとセラムは渡り廊下を歩いていた。
「家族で暮らす割には部屋の数が多いけど、元々は宿泊施設か何かだったのかしら?」
そう言いながらレイチェルは適当に選んだ部屋のドアノブを回してみたりしたが、当然開くわけも無かった。一方でセラムは前方の床に何か大きなシミの様な物を見つける。かなり日が経っているらしいそのシミから小さい血痕がポツポツと伸びており、そのまま入口にあったものとは違う別の階段へと通じていた。そしてその乾いた血だまりのすぐ近くにある窓は見事に破壊されていた。
「全員聞こえるか。上の階に続いている痕跡を見つけた…恐らくだが血液だ。そして近くにある壁が外側から壊されている。何かが入り込んでいるかもしれない、注意してくれ」
セラムから情報が入ると、シモンとジーナは無線を仕舞った。
「もしかして、ローレンスって人が言っていた危険な生物が…?」
ルーサーは慄きながら聞いた。
「可能性はあるな。そして…何だか凄いもんが出てきてしまったぜおい」
シモンはルーサーに相槌を打ちながら書斎の机から出てきた紙切れや本に目を通した。仮面についての詳細も勿論だが、何よりも目を引いたのは机の持ち主が書き留めたと思われる記録であった。
――――8月2日
待ちに待った愛しい妻、ルーナの誕生日だ。考古学や超自然現象についての本をよく読んでいる彼女にと、古代遺跡から発見されたという仮面を彼女に見せてやった。真面目な顔でしげしげと見つめていた時はヒヤリとしたが、その後は満面の笑みとハグが私を出迎えてくれた!オークションで高い金を積んだ甲斐があったというものだ。
――――8月13日
ルーナはあれからというもの、仮面にまつわる様々な文献を取り寄せては研究に没頭しているようだ。昔から勉強熱心だったが、体には気を付けて欲しい。私やエリーにとって君の代わりはいないのだから。
最近気になったのは私の留守中に変な男が尋ねてきたとローレンスが言っていた。最近の世の中は物騒だ。気を引き締めなくては。
――――8月16日
妙な手紙が私宛に届いていたそうだ。どこから聞きつけたのかは知らないが「仮面を譲っていただけないか」だなどと書かれている。いくら金を積まれようとも、妻が私に失望する顔を見るくらいなら死んだ方がマシだな。
そういえば新しいお手伝いをローレンスが雇ったらしい。長い髪を持っており、中々気の利く優しそうな少年だ。思わず聞き入ってしまう程に綺麗な声をしていた。使い走りも嫌な顔一つせずやってくれるし、お茶を淹れるのも上手い。
――――8月22日
飼っていた二匹の犬が死んだ。妻と娘には伝えなかったが、発見してくれた庭師曰く体中のありとあらゆる生気だの血液だのを全て吸い取られてしまったかのように干からびていたらしい。何かが変だ。
――――(日付は書かれていない)
恐ろしい。記録として残して良いものかも分からないが、勇気を出して記させてもらう。昨晩、何かが動く気配に気づいて目をこすりながらベッドから起き上がろうとした時だった。ベッドの前に一人の男が立っていたのだ。一体どこから入り込んだのかも分からない。慌てて大声を出すよりも先に冷たい何かが喉元に突き立てられた。暗がりで良く見えなかったが、男の腕だった。自分でも何を書いているのか分からないが、なんというか…そうとしか言いようが無かった。恐怖や混乱や戦慄が頭の中でごちゃ混ぜになっていたせいでその後の事はよく覚えていない。ただ仮面がどうとか言っていたのだけは薄っすらと頭に残っている。
気が付けば男はいなくなっており、朝になっていた。一体アレは何だったのかは分からず、夢見心地な頭でただただボンヤリとしていた。庭で見張りをやっていた用心棒達がバラバラにされて殺されていたのを知ったのはその直後だ。
――――(日付は書かれていない)
不思議な手紙に記されていた住所宛に仮面はコッソリと送り付けた。妻はオロオロと探していたが、用心棒を殺した強盗が目に入ったから盗んだのだろうと適当に言い訳をした。彼女には申し訳なさで胸がいっぱいになるが、あの夜見た男が犯人だとすればこのままでは間違いなく我々を狙ってくるだろう。家族のためだ。それに場所を知られている以上、ここにはいられない。幸い別荘もある事だし、建物の老朽化などと理由を作って引っ越してしまおう。
それにしても妙に胸が苦しい。元々肺に病気があったが、進行しているのだろうか…引っ越しが終わってからでも医者に診てもらおう。
シモンは目を通し終わると、ルーサーのバッグにこれらの書類を入れておいて欲しいと頼んだ。ルーサーはすぐに全部をまとめてバッグにぶち込むと、しっかりとジッパーを閉じた。二人が作業をしているとき、周囲を見張っていたジーナはさらに上の階から固く、重量のある何かが倒れる音を聞いた。二人に対して確認に向かうと言い残してから静かに階段を上っていく。一段ずつ上がるに連れて、侵入者と思われる者の血痕も増えていた。
最上階となる三階はさらに部屋数も少なく、その全てがこれまでと同じく鍵が掛かっている。しかし、廊下の果てにある部屋だけは様子がおかしかった。固そうな木の扉があった事は分かるが、何かが突き破った様にポッカリと穴が開いていたのである。ジーナは静かに近寄り、壊れてしまっている扉の前に立った。部屋は真っ暗だったが、多種に渡る大きさや形の箱などから物置か何かだろうとジーナは予想した。
入ってみようかと思った直後、ジーナはようやく異様な光景を作り出した元凶を突き止めてしまい、すぐに思いとどまった。荒い息を辺りにまき散らしながら、目をつむり横たわっているその生物は眠りこけているのかジーナには気づいていない様だった。針の様な体毛を背中に生やしており、細く引き締まった手足を持っている。犬の様な顔をしてはいるものの、剥き出しにしている歯や牙が印象的な生物であった。
先行したジーナに遅れて辿り着いたルーサーが悲鳴を漏らそうとしたため、慌ててジーナは彼の口を塞いだ。その後に来たシモンにもジェスチャーをして奥で眠っている生物を指差す。
「ウォルハイプか…危険生物に登録されてる化け物がこんな所に住み着いているとはな…さっさとここを離れようぜ」
寝ている獣を見たシモンはひそひそと二人に話しかけその場を離れようとした時だった。下の階から勢いよく扉が開くの音がしたかと思えば、たちまち銃声や叫び声が聞こえ始めてくる。遂には爆発物を使ったのか分からないが、振動さえもがこちらに伝わってきた。
驚くのもつかの間、嫌な気配を感じたジーナ達は背後をゆっくりと振り返った。先程の爆発音がトドメとなってしまったのか、明らかな殺意を向けながら立っているご立腹のウォルハイプがそこにいた。その目と構えから騒音は目の前にいる三人の人間のせいだと断定し、腹いせついでに餌にするつもりなのがすぐに分かった。
「ど、どうも~…」
シモンの挨拶に応えるわけなどなかった。ウォルハイプは咆哮を上げながらすぐさま獲物に向かって駆け出し始める。
「クソっ走れ!」
シモンの号令に返事をするまでも無く全員で逃げ出したが、その途中にルーサーは足がもつれてしまい盛大にずっこけてしまった。シモンは咄嗟に銃を構えようとするが、間に合いそうにも無い。ウォルハイプが倒れてもたついている子供に狙いを定め、掴みかかろうとした直後にジーナが飛び蹴りを炸裂させて吹き飛ばした。再び塒《ねぐら》に使っていた部屋に押し戻されたウォルハイプは怒り心頭で部屋から飛び出すが、今度は待ち構えていたシモンのライフルの餌食となった。
頭部に二発、胴体に五発ほど撃ち込まれるとようやく倒れ、すぐにでも死体確認をしたいところだったが、この銃声に気づいた者達と思われる無数の足音が階下から押し寄せてきていた。シモンはジーナに耳打ちをすると、廊下の向こう側まで行き、別の階段付近の曲がり角に隠れた。
ジーナはルーサーを連れて近くの部屋のドアを破ってから押し入った。壊してしまったドアを入り口に立て掛け、部屋にあったクローゼットに隠れる様にルーサーへ催促する。
「武器は持ってる?最悪の場合はそれで身を守って」
ルーサーは首を縦に振りながら武器を持って準備をし始めた。ジーナはそれを確認すると入り口の近くに向かおうとする。
「ねえ、さっきはありがとう」
「…気にしないで」
ルーサーからのお礼に素っ気なく答えたジーナはそのままドアの隣に着くと、タイミングを伺うために待機した。
しばらくすると銃やサーベルを持った男達が五人ほど階段から上がってくると、慎重に廊下を進み始めた。シモンは彼らがこちらへ歩いてくるの曲がり角に隠れながら確認すると、銃をそこかしこに撃ち始めた。男たちも当然ながらシモンとは反対方向の曲がり角まで引き返して、身を隠しながら応戦を始める。ところがしばらくすると、シモンからの反撃が一切来なくなってしまった。不審に思った男たちは全員で確認に行こうと慎重に歩いていく。最後尾を歩いていた男が、外されたドアがなぜか入り口に立て掛けられているという奇妙な部屋の存在が気になり、調べてみようとドアを倒して中に入った瞬間の出来事だった。
部屋に入って左を向いた刹那、武器を持っていた腕を抑えられ、そのまま壁に頭を叩きつけられた。気を失わないように手加減はしていたらしかったが、後頭部を壁に強打した男は視界が歪み、チカチカと火花が目の前を飛び交っているかのような気分にさらされる。それからしばらくして激しい鈍痛が襲われると、抵抗も出来ずにそのまま引き摺られていった。
背後の異変を察知した他の者達が思わず後方を見返ると、女性と呼んでいいのか分からない恵体と禍々しい敵意を持つノイル族が、自分達の同胞を引き摺りながらこちらに向かってきているのが分かった。すぐに攻撃をしようとしたが、ノイル族の女はそんな事はお見通しと言わんばかりに捕まえた男をまるで盾の様に自分の前に突き出した。
「ま、待て!撃つな!」
慌てて攻撃を中止したが、すぐさまノイル族の女は人質を掴んでいた手を離すと人質を彼らに向けて全力で蹴り飛ばした。
砲弾のように飛んできた同胞によって全員が怯み、吹き飛ばされたが攻撃はそれだけでは終わらなかった。気が付けばノイル族の女がこちらとの間合いを詰めていたのである。反撃もままならず彼らは窓から投げ飛ばされ、背骨を折られるような勢いで壁に叩きつけられ、ある者は文字通り拳が顔にめり込む程のパンチを撃ち込まれた。
残った一人は命からがら逃げ出そうとしたが、先ほど銃撃戦を展開した男が待ち伏せをしている事に気づいた。しかし気づいた頃には男の腕から伸びた触手に絡めとられ、そのまま壁もろとも破壊する様な威力で壁にぶつけられた。
「もう出てきて大丈夫!」
ジーナからの声が聞こえると、部屋から出てきたルーサーは彼らの元へ駆けよって来た。惨たらしい殺戮現場の様になっている彼らの周囲の光景が、少し足取りに躊躇を持たせたが何とかして最終的に彼らの元へと辿り着く。
「お掃除完了だな。他の二人が気がかりだ。さっさと下に行こう」
得意気にシモンが言った後、三人は傍にある階段を駆け下りて、下の階にいると思われるセラムとレイチェルの援護に向かった。
「元から年季の入った建物らしいが、少し放って置いただけでこのザマか。遅かれ早かれあっちの別荘に移るつもりだったのかもな」
そんな風に一人で勝手に結論付けながら、戸棚や引き出しを開けていく。
一方でジーナとルーサーは、客室に使われていたと思われるいくつかの部屋を順番に調べていこうとドアを開けようとしたが、鍵が掛かっているらしかった。ルーサーは鍵を貰いに行こうとしたが、先ほど見えた鍵の束を想像して面倒に感じたのかジーナがドアを蹴破ってしまった。蝶番ごと破壊されてしまったドアは転がる様に音を立てて吹き飛ばされ、ようやく部屋へと入れるようになった。
部屋中が埃まみれではあったが、泊まるには申し分のない豪勢な部屋であった。他の部屋に関しても、同じ間取りの特に変哲の無い部屋であったため、二人は早々に探索を打ち切ってシモンの元に向かう。
シモンはジーナ達とは正反対の方向にある何者かの書斎らしき部屋に入っており、本棚や机などを調べていた。ジーナとルーサーが部屋に入ると、シモンが机に付いている引きだしを引っ張ている最中だった。
「おお、ちょうどいい所に。この机の鍵だけ無くてな…触手で引っ張るから反対側を抑えててくれないか?」
シモンとジーナが二人で机を動かしてからシモンは引き出しを触手で引っ張り、ジーナは反対側の両端を掴みながらシモンとは反対の方向へ引っ張った。バキンと何かが壊れる音がしてようやく引き出しが外れると、中からは紙きれやガラクタが飛び出してくる。
上からの騒音を聞きながらレイチェルとセラムは渡り廊下を歩いていた。
「家族で暮らす割には部屋の数が多いけど、元々は宿泊施設か何かだったのかしら?」
そう言いながらレイチェルは適当に選んだ部屋のドアノブを回してみたりしたが、当然開くわけも無かった。一方でセラムは前方の床に何か大きなシミの様な物を見つける。かなり日が経っているらしいそのシミから小さい血痕がポツポツと伸びており、そのまま入口にあったものとは違う別の階段へと通じていた。そしてその乾いた血だまりのすぐ近くにある窓は見事に破壊されていた。
「全員聞こえるか。上の階に続いている痕跡を見つけた…恐らくだが血液だ。そして近くにある壁が外側から壊されている。何かが入り込んでいるかもしれない、注意してくれ」
セラムから情報が入ると、シモンとジーナは無線を仕舞った。
「もしかして、ローレンスって人が言っていた危険な生物が…?」
ルーサーは慄きながら聞いた。
「可能性はあるな。そして…何だか凄いもんが出てきてしまったぜおい」
シモンはルーサーに相槌を打ちながら書斎の机から出てきた紙切れや本に目を通した。仮面についての詳細も勿論だが、何よりも目を引いたのは机の持ち主が書き留めたと思われる記録であった。
――――8月2日
待ちに待った愛しい妻、ルーナの誕生日だ。考古学や超自然現象についての本をよく読んでいる彼女にと、古代遺跡から発見されたという仮面を彼女に見せてやった。真面目な顔でしげしげと見つめていた時はヒヤリとしたが、その後は満面の笑みとハグが私を出迎えてくれた!オークションで高い金を積んだ甲斐があったというものだ。
――――8月13日
ルーナはあれからというもの、仮面にまつわる様々な文献を取り寄せては研究に没頭しているようだ。昔から勉強熱心だったが、体には気を付けて欲しい。私やエリーにとって君の代わりはいないのだから。
最近気になったのは私の留守中に変な男が尋ねてきたとローレンスが言っていた。最近の世の中は物騒だ。気を引き締めなくては。
――――8月16日
妙な手紙が私宛に届いていたそうだ。どこから聞きつけたのかは知らないが「仮面を譲っていただけないか」だなどと書かれている。いくら金を積まれようとも、妻が私に失望する顔を見るくらいなら死んだ方がマシだな。
そういえば新しいお手伝いをローレンスが雇ったらしい。長い髪を持っており、中々気の利く優しそうな少年だ。思わず聞き入ってしまう程に綺麗な声をしていた。使い走りも嫌な顔一つせずやってくれるし、お茶を淹れるのも上手い。
――――8月22日
飼っていた二匹の犬が死んだ。妻と娘には伝えなかったが、発見してくれた庭師曰く体中のありとあらゆる生気だの血液だのを全て吸い取られてしまったかのように干からびていたらしい。何かが変だ。
――――(日付は書かれていない)
恐ろしい。記録として残して良いものかも分からないが、勇気を出して記させてもらう。昨晩、何かが動く気配に気づいて目をこすりながらベッドから起き上がろうとした時だった。ベッドの前に一人の男が立っていたのだ。一体どこから入り込んだのかも分からない。慌てて大声を出すよりも先に冷たい何かが喉元に突き立てられた。暗がりで良く見えなかったが、男の腕だった。自分でも何を書いているのか分からないが、なんというか…そうとしか言いようが無かった。恐怖や混乱や戦慄が頭の中でごちゃ混ぜになっていたせいでその後の事はよく覚えていない。ただ仮面がどうとか言っていたのだけは薄っすらと頭に残っている。
気が付けば男はいなくなっており、朝になっていた。一体アレは何だったのかは分からず、夢見心地な頭でただただボンヤリとしていた。庭で見張りをやっていた用心棒達がバラバラにされて殺されていたのを知ったのはその直後だ。
――――(日付は書かれていない)
不思議な手紙に記されていた住所宛に仮面はコッソリと送り付けた。妻はオロオロと探していたが、用心棒を殺した強盗が目に入ったから盗んだのだろうと適当に言い訳をした。彼女には申し訳なさで胸がいっぱいになるが、あの夜見た男が犯人だとすればこのままでは間違いなく我々を狙ってくるだろう。家族のためだ。それに場所を知られている以上、ここにはいられない。幸い別荘もある事だし、建物の老朽化などと理由を作って引っ越してしまおう。
それにしても妙に胸が苦しい。元々肺に病気があったが、進行しているのだろうか…引っ越しが終わってからでも医者に診てもらおう。
シモンは目を通し終わると、ルーサーのバッグにこれらの書類を入れておいて欲しいと頼んだ。ルーサーはすぐに全部をまとめてバッグにぶち込むと、しっかりとジッパーを閉じた。二人が作業をしているとき、周囲を見張っていたジーナはさらに上の階から固く、重量のある何かが倒れる音を聞いた。二人に対して確認に向かうと言い残してから静かに階段を上っていく。一段ずつ上がるに連れて、侵入者と思われる者の血痕も増えていた。
最上階となる三階はさらに部屋数も少なく、その全てがこれまでと同じく鍵が掛かっている。しかし、廊下の果てにある部屋だけは様子がおかしかった。固そうな木の扉があった事は分かるが、何かが突き破った様にポッカリと穴が開いていたのである。ジーナは静かに近寄り、壊れてしまっている扉の前に立った。部屋は真っ暗だったが、多種に渡る大きさや形の箱などから物置か何かだろうとジーナは予想した。
入ってみようかと思った直後、ジーナはようやく異様な光景を作り出した元凶を突き止めてしまい、すぐに思いとどまった。荒い息を辺りにまき散らしながら、目をつむり横たわっているその生物は眠りこけているのかジーナには気づいていない様だった。針の様な体毛を背中に生やしており、細く引き締まった手足を持っている。犬の様な顔をしてはいるものの、剥き出しにしている歯や牙が印象的な生物であった。
先行したジーナに遅れて辿り着いたルーサーが悲鳴を漏らそうとしたため、慌ててジーナは彼の口を塞いだ。その後に来たシモンにもジェスチャーをして奥で眠っている生物を指差す。
「ウォルハイプか…危険生物に登録されてる化け物がこんな所に住み着いているとはな…さっさとここを離れようぜ」
寝ている獣を見たシモンはひそひそと二人に話しかけその場を離れようとした時だった。下の階から勢いよく扉が開くの音がしたかと思えば、たちまち銃声や叫び声が聞こえ始めてくる。遂には爆発物を使ったのか分からないが、振動さえもがこちらに伝わってきた。
驚くのもつかの間、嫌な気配を感じたジーナ達は背後をゆっくりと振り返った。先程の爆発音がトドメとなってしまったのか、明らかな殺意を向けながら立っているご立腹のウォルハイプがそこにいた。その目と構えから騒音は目の前にいる三人の人間のせいだと断定し、腹いせついでに餌にするつもりなのがすぐに分かった。
「ど、どうも~…」
シモンの挨拶に応えるわけなどなかった。ウォルハイプは咆哮を上げながらすぐさま獲物に向かって駆け出し始める。
「クソっ走れ!」
シモンの号令に返事をするまでも無く全員で逃げ出したが、その途中にルーサーは足がもつれてしまい盛大にずっこけてしまった。シモンは咄嗟に銃を構えようとするが、間に合いそうにも無い。ウォルハイプが倒れてもたついている子供に狙いを定め、掴みかかろうとした直後にジーナが飛び蹴りを炸裂させて吹き飛ばした。再び塒《ねぐら》に使っていた部屋に押し戻されたウォルハイプは怒り心頭で部屋から飛び出すが、今度は待ち構えていたシモンのライフルの餌食となった。
頭部に二発、胴体に五発ほど撃ち込まれるとようやく倒れ、すぐにでも死体確認をしたいところだったが、この銃声に気づいた者達と思われる無数の足音が階下から押し寄せてきていた。シモンはジーナに耳打ちをすると、廊下の向こう側まで行き、別の階段付近の曲がり角に隠れた。
ジーナはルーサーを連れて近くの部屋のドアを破ってから押し入った。壊してしまったドアを入り口に立て掛け、部屋にあったクローゼットに隠れる様にルーサーへ催促する。
「武器は持ってる?最悪の場合はそれで身を守って」
ルーサーは首を縦に振りながら武器を持って準備をし始めた。ジーナはそれを確認すると入り口の近くに向かおうとする。
「ねえ、さっきはありがとう」
「…気にしないで」
ルーサーからのお礼に素っ気なく答えたジーナはそのままドアの隣に着くと、タイミングを伺うために待機した。
しばらくすると銃やサーベルを持った男達が五人ほど階段から上がってくると、慎重に廊下を進み始めた。シモンは彼らがこちらへ歩いてくるの曲がり角に隠れながら確認すると、銃をそこかしこに撃ち始めた。男たちも当然ながらシモンとは反対方向の曲がり角まで引き返して、身を隠しながら応戦を始める。ところがしばらくすると、シモンからの反撃が一切来なくなってしまった。不審に思った男たちは全員で確認に行こうと慎重に歩いていく。最後尾を歩いていた男が、外されたドアがなぜか入り口に立て掛けられているという奇妙な部屋の存在が気になり、調べてみようとドアを倒して中に入った瞬間の出来事だった。
部屋に入って左を向いた刹那、武器を持っていた腕を抑えられ、そのまま壁に頭を叩きつけられた。気を失わないように手加減はしていたらしかったが、後頭部を壁に強打した男は視界が歪み、チカチカと火花が目の前を飛び交っているかのような気分にさらされる。それからしばらくして激しい鈍痛が襲われると、抵抗も出来ずにそのまま引き摺られていった。
背後の異変を察知した他の者達が思わず後方を見返ると、女性と呼んでいいのか分からない恵体と禍々しい敵意を持つノイル族が、自分達の同胞を引き摺りながらこちらに向かってきているのが分かった。すぐに攻撃をしようとしたが、ノイル族の女はそんな事はお見通しと言わんばかりに捕まえた男をまるで盾の様に自分の前に突き出した。
「ま、待て!撃つな!」
慌てて攻撃を中止したが、すぐさまノイル族の女は人質を掴んでいた手を離すと人質を彼らに向けて全力で蹴り飛ばした。
砲弾のように飛んできた同胞によって全員が怯み、吹き飛ばされたが攻撃はそれだけでは終わらなかった。気が付けばノイル族の女がこちらとの間合いを詰めていたのである。反撃もままならず彼らは窓から投げ飛ばされ、背骨を折られるような勢いで壁に叩きつけられ、ある者は文字通り拳が顔にめり込む程のパンチを撃ち込まれた。
残った一人は命からがら逃げ出そうとしたが、先ほど銃撃戦を展開した男が待ち伏せをしている事に気づいた。しかし気づいた頃には男の腕から伸びた触手に絡めとられ、そのまま壁もろとも破壊する様な威力で壁にぶつけられた。
「もう出てきて大丈夫!」
ジーナからの声が聞こえると、部屋から出てきたルーサーは彼らの元へ駆けよって来た。惨たらしい殺戮現場の様になっている彼らの周囲の光景が、少し足取りに躊躇を持たせたが何とかして最終的に彼らの元へと辿り着く。
「お掃除完了だな。他の二人が気がかりだ。さっさと下に行こう」
得意気にシモンが言った後、三人は傍にある階段を駆け下りて、下の階にいると思われるセラムとレイチェルの援護に向かった。
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そんな中グランドダイン帝国の第二皇子で勇者のハインツに公衆の面前で宣言される。
「リック⋯⋯お前は勇者パーティーから追放する」
その言葉にリックは絶望し地面に膝を着く。
「もう2度と俺達の前に現れるな」
そう言って勇者パーティーはリックの前から去っていった。
それを見ていた周囲の人達もリックに声をかけるわけでもなく、1人2人と消えていく。
そしてこの場に誰もいなくなった時リックは⋯⋯笑っていた。
「記憶が戻った今、あんなワガママ皇子には従っていられない。俺はこれからこの異世界を謳歌するぞ」
そう⋯⋯リックは以前生きていた前世の記憶があり、女神の力で異世界転生した者だった。
これは狙って勇者パーティーから追放され、前世の記憶と女神から貰った力を使って無双するリックのドタバタハーレム物語である。
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