小さなベイビー、大きな野望

春子

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祖母の杖

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翌日になっても、やはり、当たり前だが、目は見えなかった。リーサは、両端にいるマッキーやオルドーを呼んだ。二人はここにいると、安心するように手を握った。
二人は、声を出しながら、いつものように、朝の支度をする。
声で判断してるので、いつもより、判断が遅く、顔がそっぽ向いてるときもある。
双子は、唇を噛み締めた。
やり返してやると憤る二人を無理矢理、抑えたのは、兄たちだ。
「気持ちはいたいほど、わかる。わかるが、お前たちがあいつに、やり返しても、何にもならない。父さんたちがあいつらに落とし前をつける。」
「だけど…!!」
悔しい。リーサは何もしてない。無抵抗で襲われ、目の光を奪われた。反省の色もなく、いまは自宅待機中。
思わなかった。あいつが自分たちを気に入らないことは知っていたが、まさか、弱点を狙いに来るなんて、想像しなかった。何で、もっと、注意しなかったんだ。どろどろした葛藤が胸中を燻る。
「安心しろ。父さんたちがただで済ませると思うか?あいつらは、ハルベルもロッシュヴォークも敵に回したんだ。その意味、わかるな?」
わかっている。わかっているんだよ。でも、気持ちが収まらないんだ。
「お前たちは、リーサの援護しろ。目が見えなくて不安なのは、他でもない。リーサだ。」
二人は頷いた。

リーサは、しばらくの間は、休学することが決まり、医者からの判断で、治療と兎に角、リハビリ。
具体的打開策が見つかるまで。
一人では食事もままならず、本来出来る筈のことが、急に出来なくなり、リーサは、ごめんねと言う。その度にいいんだと告げ、時折、リーサは泣いた。出来たことが出来なくなったストレスは、小さい体を蝕んだ。発疹が出来て、むずかり出すと、出された処方箋で、治した。ツェリは、痛々しい娘のその様に、ますます、言い様のない怒りが、相手に向かう。
リーサは友達に会いたいと駄々をこね、誰かしらは、来てくれた。オフィーリアにジオルク。フランとノア、アルミンたち。
いまは、リーサたちの学級は、学級閉鎖になったらしい。元々、リーサの学年は、保護者による過保護が多く、今回の件に関して、そのような乱暴な生徒がまだ処分も決まっていない中、通学させられないと、休ませてるそうだ。
「ゴットリー先生が怒っていたよ!校長先生たちも。」
「あんなにひどいことをしたのに!悪びれないもんね!」
「あのねあのね。内緒のお話なんだけどね!父様のお話ではね!エドウィンは、今回の件を揉み消すって。揉み消すってなんだろうって、にいさまたちに聞いたらね。無かったことにする事だって!」
「えー!」
「きっと、悪いことを知ってるから、隠したいんだよ!ひどいよ!」
プンプンするノア。フランは目を丸くする。そんなことってある!?とばかりに。
「マルクスおじちゃんがきっと、怒るから大丈夫だよ!それよりも古狸が来るかも知れないって!」
「古狸?!」
リーサはアルミンの話にピクッ。
「そうだよ!パパとサラトガおじちゃんが魔法省に行ってるの!でもきっと、古狸が出てくるよ!」
古狸とは、各界に影響を持つ隠居した狸のような腹黒の爺さん。デヴィット・ウラノス。ハルベルと何かと因縁がある相手。
「どうしよう。パパがいじめられちゃう!」
「リーサちゃん。落ち着いて、デヴィットが出てきても、サラトガおじさんなら負けたりしない。」
「でも…。」
オフィーリアが嗜める。ジオルクも力強く、頷く。
大方、マルクスの制裁に、あちらが痺れてるのだ。だから、デヴィットに話をつけてもらおうと、出てきたのだ。
「エドウィンは、少なくとも、ハルベルもロッシュヴォークも敵に回したんだよ。もし、こちらに不利があるような真似をしてごらんよ。ここにいるみんなの家が敵に回る。魔法省だって、それはわかってるし、デヴィットも理解してるよ。」
エドウィンがどれだけ旧い一家で名家とはいえ、ロッシュヴォーク家やハルベル家とて、劣らない。ここにいる家の子たちも影響力がある。
「エドウィンの影に隠れてやっていた取り巻き連中の家だって、対抗出来ない。」
うちは関係ありませんみたいなスタンスで許されると思うな。




ダグラス・ロッシュヴォーク。
ロッシュヴォーク家の前当主であり、いまは隠居。
自然豊かな土地の別荘で、息子からの手紙に、怒りで、殺気がただ漏れ。
「カール。」
ダグラス付き、執事で身の回りの世話を一任してる白髪に白ひげの佇まいが、スマートなおじいさん。
「はい。旦那様。如何なさいました。」
「矮小の小童に私の孫娘が危険に晒された。死に値すると思わないか?」
「左様で御座いますね。」
元々深い彫りをしてる顔立ちで立派な髭を蓄えており、重厚な椅子に背凭れに持たれながら、飼い犬の頭を撫でる様なのに、畏怖を与える。
にこにこする執事。ロッシュヴォーク家の代々執事として仕える一家で育つ彼は、ダグラスにとっては、盟友。
「目が見えなくなったようだ。サラトガの見解では、禁術だと思われると書いてあるな…エルシアの杖をリーサに渡す。準備を。」
「畏まりました。」
禁術の解読をやっているが、成果は見られないそうだ。歯噛みする。忌々しい小童が。




ダグラスからの贈り物が届いた。
魔方陣がつけられた立派な杖で、所々に、魔石が嵌め込まれている。
「母さんの杖だよ。これは素晴らしいもので、巨匠ビーダス・コルディアが作った杖だ。母さんの両親が母さんのために、誂えた逸品だよ。」
エルシアは生来、目が見えなかった。かわいい愛娘のために、大金を払い、錬金術師、ビーダス・コルディアに頼み込んで、作らせたものだ。
これには、魔力を込めれば、魔法を使えるし、歩くときの補助もバッチリで、行く先を示してくれる。微弱な魔力が方向を示すのだ。エルシアレベルになると、この杖でよく走れるらしい。
「母さんは生まれつき、目が見えなかったんだけど、この杖で練習したら、自分で歩けるようになったし、走ることも出来たよ。」
「ほんと?」
「うん。練習してみようか。」
サラトガが付き添い、ゆっくり、ゆっくり、やってみる。いきなりは無理だ。少しずつ。

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