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最終章 ひとりの魔女の物語
第128話 討伐旅行気分②・【人間宇宙ロケット】
しおりを挟むマチコデ達は森を駆けていた。
通り過ぎる景色の中に、魔族は見当たらない。オーク達が上手く陽動してくれたのか、それとも最初からいなかったのか。とにかく都合は良い。視界の先、真っ直ぐとネクロ山脈へと突き進んでいた。
「ち、ちょっとムラカ! あんたのそのザック、何か凄く臭ってくるんだけど!」
ミアが前を行くムラカに声をかけた。
常にムラカの後ろを追いかけるミアは、酢とにんにくが混ざったような悪臭が鼻に刺さり続けていた。鬱陶しくて仕方ない。
「エスティから魔道具を預かっている! 名前は忘れたが、全部お前の臭いだ!」
「あの野郎ぉおお!!」
「全員、止まれ!!」
先頭のマチコデが急停止した。
後に続く4人も即座に足を止める。
「これは――」
崖だ。
目の前に、大地をえぐり取られたかのような崖が現れた。
ルカンは顎に手を当てて崖を見た。崖下は荒い岩場になっており、崩落を起こしたかのようだ。岩壁も新しく、最近に出来たものだ。斥候を送った時も、こんなものがあるという報告は受けていない。
だが、この規模。
いくらなんでも、大きすぎる。
「……ルカン」
「聞いてねぇぜ。迂回するか?」
「そうだな。降りて登ってもいいが……」
降りれそうな場所はある。だが、数多の魔族を屠ってきたマチコデからすると、罠に見えていた。当然ながら、飛び越えれる距離でもない。
「クーリ、お前ので滑空すんのはどうだ?」
「無理ですね。風が強すぎます。岩壁にしがみ付けるかも分かりません」
渓谷は風が強く吹き荒れており、クーリの風魔法でも安定しない。岩壁に衝突するか地面に叩きつけられる。
ミアはにんにくチップスを食べながら、皆にならって崖下を覗き見た。迂回先は崖がうねっていて先が見えないが、かなり遠そうだ。
「もぐもぐ……絶対に通れないタイプのマップね。敵は理不尽を理解してる奴よ。バグで通れない道とか作る、私みたいな奴ね」
「まぁ待て。こんな事もあろうかと、エスティから預かってきた便利道具がある」
ムラカはザックをゴソゴソと漁り始めた。そして魔法陣が描かれた魔獣の皮を一枚取り出し、両手で掲げた。全員がそれに注目する。
「【人間宇宙ロケット】~!」
「そのモノマネはネコえもんじゃない。あんた、そんなキャラだっけ?」
「ぐ……!」
場を和ませようと思ってボケてはみたが、思いのほかミアが辛辣な反応だった。ムラカは恥ずかしくなり、頬を赤く染めて俯いた。
「……いや待って、ネコえもんに気を取られたけど、何その物騒な名前?」
「面白そうじゃないか?」
「どう考えてもヤバいわよ!」
これはサーカスの曲芸だ。エスティと一緒に見たオンデマンドの動画を思い出した。
だが、宇宙もロケットも蓼科で生活していた人にしか分からない単語だった。マチコデとルカンは首を傾げ、その魔道具に興味を示す。
「ムラカ、ひとまず説明を読んでくれ」
「はい。えぇと……『これは使い切りの短距離転移門です。《建築魔図》のように方角と距離を入力し、そこに向かって魔方陣に乗った人を放物線状に飛ばします。スリル満点のアトラクションです』以上です」
「何かもうオチが見えるわ」
普通に転移させてくれない所がエスティらしい。落下によるダメージや細かい内容は何も記されていない。どこに地雷が仕込まれているか分からない。
「どうしますか、マチコデ様?」
「ミア、頼む。時間が惜しい」
「よしやれミア」
「どうなってもしらないわよ!」
ミアがムラカから魔方陣を受け取り、地面に設置した。そして魔力を流し込んで起動し、崖の対岸までのおおよその距離と方角を入力する。
――その時だった。
「…………グウオオオ……オオォ!」
「――全員、聞こえたな?」
「戦いが始まったか。ミア、急げ!」
「行けます、全員私にしがみついて!」
そして、ミアの体に他の4人がしがみついた。クーリとムラカ、その周りにマチコデとルカンが抱き付き、全員がギリギリ魔方陣の上に乗っている。
「……チッ、【人間宇宙ロケット】起動するわ!!」
ルカンとマチコデに抱き着いてもらおうとしていたミアの邪な行動を、ムラカはしっかりと邪魔をしていた。
「浅はかなんだよ、お前はあぁぁ!!?」
突如、地面から猛烈な魔力の押し上げがあった。ミアの体を中心に、5人はあっという間に空へと放り投げられる。
しかしそれは予想よりも遥かに高く――。
「ミア、これは大丈夫なのか!?」
「わわわ私はちゃんと入力しましたよ!」
「放物線って角度おかしいぞ!!」
マチコデとルカンは必死でしがみつき、焦っていた。5人は雲に手が届くかという高さまで打ち上がり、最高地点で一瞬だけ制止し――。
「綺麗ね……」
絶景から――――急降下を始めた。
「わああぁぁ!!」
「全員離れるなああぁぁあ!!」
「これは楽しいな」
「クウゥゥウウリ!!」
ルカンの叫び声で、クーリが魔法を唱え始めた。体をふわりと軽くして滑空させる風の魔法だ。しかし、魔法は時空魔法によって掻き消される。
「駄目です、無効化されますうぅ!!」
「ぶつかるうううぅうう!!」
あわや枯れ木に突き刺さりそうとなった瞬間――!
急激に落下速度が遅くなった。
「ぐぬおぉおおおお!!」
しがみつかれたままのミアは、クーリの怯える力で体をロックされていた。自分に回復魔法を掛け続けながら、ようやく着地した。
崩れ落ちるように地面に手を付いた。
「生きた心地がしなかったぜ……」
「結構楽しかったな」
「あんただけよ、ムラカ……」
ミアはよれよれと起き上がり、周囲を見渡した。
暗くてよく見えないが、崖を飛び越えてから少し進んだ場所のようだ。地面がクレーターのように円形になっていて開けている。
だが、このクレーターは普通の大きさでは無い。目を凝らして見ると、周囲に枯れ木や岩すらも見当たらない。最近できたのかもしれない。敵陣の手前にこれは違和感を覚える。
そして、ミアは見つけてしまった――。
「ふぅ、風が冷たいぜ。そろそろ山も近い」
「急ぐぞ、敵はもう……ミア、どうした?」
マチコデがミアの異変に気付いた。
ミアが震えながら、無言で指を差す。
暗闇の中、クレーターの中心部で巨大な何かがズルズルと蠢いている。ドタバタで聞き漏らしていたが、ズズズと胴体を引きずる音も聞こえる。
魔力ではない。
あれは、生物だ。
息を呑む。
その何かの先端が、5人の方に向いた。
「あわわ……あわわ……」
ミアは足が竦んでいた。
「――おかしいと思ったんだ。赤爪獣ってのは、せいぜいデカくてもオーク程度。それをあんなデカい洞穴や、さっきみたいな崖をそう簡単に作れる訳がねぇ」
「冗談だろう……!!」
「ありゃ変異種だ」
ルカンが杖を構えた。
防御の呪文を仕込み始める。
「……これはよくある事なのか、ルカン?」
「ねぇな、異常中の異常だ。災害だよ。しかも、こいつは穴掘り担当の災害だ」
「魔族も大変だな」
「そうなんだよ。ここで始末しねぇと俺達の領土が食われちまうし、山にも登れねぇ。ご協力を願うぜ、人族」
マチコデは剣を抜き、その姿を確認する。
見た目は顔の周りに爪の生えたワーム。
だが、その大きさは桁違いだ。
顔の直径は15メートル程度。全長は不明。
今までやり合ったことの無い巨大さだ。
その変異種の全ての爪がシャカシャカと動きながら、こちらに狙いを定めた。
「来るぞ、散れえええぇぇ!!」
「――グオオオオオオオオォォ!!!」
とてつもなく巨大な赤爪獣が咆哮を上げ、マチコデ達に突撃した。
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