時空の魔女と猫の蓼科別荘ライフ ~追放されたので魔道具作って生計立ててたら、元の世界で女神扱いされてる件~

じごくのおさかな

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第四章 問題解決リアリティーショー

第119話 春の広場・【時空間バイブレーション】

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 目を開くと、そこはリビングだった。


 エスティは体を起こし、周囲を見回す。

 隣には、うつ伏せで死んだように眠っているミアがいた。フローリングの冷たい床の上だ。起きたら多分、頬に床のラインが刻まれているだろう。

 マチコデは……見当たらない。


「いやー……記憶がすっからかんですね」
「――何度目だ、エス?」

 ロゼが膝に飛び乗ってきた。
 何もかもを、朧げにしか覚えていない。

 記憶――――巻き戻り――――。


 ここでミアが寝ているという事は、日付は進んでいるはず。それでもエスティは心配になり、慌てて起き上がって庵の魔石に触れた。


 【名前】 エスティ
 【身長】 149.6
 【体重】 40.5
 【魔力】 175,862/175,862
 【庵の崩壊】 44日
 【称号】『時空の女神』『蓼科の魔女』『種』
  ・
  ・

 庵の崩壊まで、残り44日。
 今日は4月21日。ちゃんと進んでいる。


「ふぅ……」
「そんなに心配になるなら、飲むな」
「すみません、羽目を外しました。ロゼ、マチコデ様はもうムラカ達の元へ?」
「あぁ、朝早くにな。手紙で謝っておけ」

 記憶に無いという事は、相当迷惑を掛けたはずだ。よく見ると、ミアの服の襟元にもビールの聖水っぽい痕跡が残っている。そして、ほんのりと悪臭が漂う。


 エスティは家の空気を入れ替えるために、リビングの窓を開いた。工房と廊下の窓、それに玄関の扉も開くと、家の中を春風が通り抜けるようになる。

 外は快晴。
 絶好の実験日和だ。

 エスティは工房へと戻り、床に隠しておいた禍々しい魔力が溢れている魔道具を取り出した。そしてロゼの方に振り返り、笑顔で話しかけた。


「ロゼ、実験をしましょう!」
「嫌だ」
「シロミィちゃんはどこにいます?」
「おいやめろエス!! 我がやる!!」

 シロミィを犠牲にする訳にはいかない。
 ロゼは爆発を覚悟した。

「ふふ。大丈夫ですよ。信じて下さい」
「……エスの大丈夫と、自分を信じろという言葉ほど信用できないものは無い」

 ロゼはエスティの後を追い、渋々広場へと移動した。


 広場には柔らかな春の光が差し込んでいた。とはいえ、蓼科の森にはまだ寒さが残っている。夜も長袖で布団を被らなければ、簡単に風邪を引いてしまうほどだ。

 それでもあと10日もするとゴールデンウィークが始まり、目覚めた蓼科に観光客が押し寄せる。シーズンの到来に向けて焼き菓子を焼くのだと、日向は意気込んで準備をしていた。


「良い天気ですねぇ。先にご飯にしましょう」

 エスティとロゼはベンチに座り、空間から出来立てのカップラーメンとロゼのレタスを取り出した。

「……おはよぉエスティ、コーヒー頂戴」
「おや? おはようございます」

 エスティはホットコーヒーを取り出した。
 湯気が風景に馴染んでいて風情がある。

 ミアは寒そうにそれを飲み、ふぅと息を吐いた。


「……悪夢を見たわ。マチコデ様と肩を組んで酒を飲み、ゲロを食らわせたの」
「死刑も免れない夢ですね」
「残念ながら現実だぞ」
「やっばりね……そんな気がしたの。ここが人生の落とし穴ね。せめて、死ぬ前に生娘だけは捨てておきたかったわ。欲を言えば、イケメンに挟まれて圧力で死にたかった」

 ミアは落ち込む様子も無くコーヒーを飲み始めた。話す内容もいつも通りで意味不明だ。奇行を繰り返す日常に慣れてしまったのかもしれない。


「あら、それが例の爆弾?」
「いえ、これは爆弾の一部ですね。遠隔スイッチ部分です。爆弾は時空魔法で全て繋がっているんですが、起動する時はボタン一つなんですよ。ですので、起動時の信号のタイムラグを調べておこうと思いまして」

 爆弾はいくつもあり、それらをほぼ同時に起動させる仕組みだ。そのスイッチは一つだけ。ガラングの手に委ねられる。


「嫌よねぇ、いっぱい殺しちゃう爆弾って」
「おいミア……!」
「構いませんよロゼ。私だって嫌ですもん」

 エスティは空を見上げた。

 こんな会話の似合わない、澄んだ空だ。


「……最近、どんな物語でもハッピーエンドしか見たくないんですよね。誰かが死んだり悲しんだりするお話は、基本的に疲れるんですよ」
「分かる。私も歳を取ったらそうなったわ」
「歳……?」

 何かが違う。
 だが、エスティは気にしない事にした。


「ま、あんたは損な役回りね。私が代わりに心置きなく遊んでおいてあげるわよ」
「……誰かがやってくれるとなると、人ってとことん甘えますよね」
「分かる。私の29年の人生は全部甘えよ」
「凄い開き直りですね。さて……ん~!!」

 エスティは大きく伸びをした。
 そして空間からいくつかの肥料を取り出した。


「この種の実験もしないと」
「そういえば、その件で手紙が来ていたぞ」
「お? 何て書いてありました?」

 ロゼは椅子から飛び降りてリビングへと向かい、今朝バックスから届いたばかりの手紙を咥えて戻って来た。


 『雲の件、おめぇの意見に同意。強そうな種は今一つ無し。実験には時間が掛かりそうなんだが、そいつを短くする魔道具がねぇか?』。


「庵の高度な機能《植物の生育速度調整》を調べれば出来るかもしれませんね」
「えすて~! がんばえ~!!」
「……ミア、翻訳本は出来ました?」
「水は低きに流れるのよ」

 ミアは急に真顔になり、コーヒーを飲む。
 遊びすぎていて手を付けていないのだ。


「はぁ……兄弟子に返事を書くついでに、農業関連の魔道具でも送っときますか」
「あんた、本当に色々作ってんのね」
「まぁ半分は私のお遊びですよ。さて、そろそろ実験しましょうか」


◆ ◆ ◆


 オリヴィエント城外、バックスの畑。

 バックスとカシエコルヌは、畑を耕していた。


 エスティの手紙には、天気を操る方法を考えると記されていた。カシエコルヌは神の所業かと驚いたが、同時にあの暴走エスティらしいと納得もした。

 結局、魔力とは環境に左右されてしまう。この曇天の大地がどうにかならなければ、今の環境で育つ物を選ぶしかない。トルロスに緑が残っていたのは、環境が良いからなのだ。

 カシエコルヌは鍬を置き、腰を下ろした。


「すげぇ疲れた……なぁバックス。俺ぁ、こんな人生になるとは予想してなかった。まさか、ネクロマリアを救うために畑を耕すとは」
「僕だって、背中からエスティが出て来て、魔道具でガラング様に排泄物を投げつけるだなんて予想出来ませんでしたよ」
「おめぇイカれてんな……」
「あ、イカれてるで思い出しました」

 バックスはポケットから魔石を取り出した。


「エスティから魔道具が届いたんですよ。使えば簡単に地面を耕せるらしいです」
「早く言え!! どんな魔道具だ?」

 バックスは説明書を開いた。

「えぇと、『これを地面に埋めて魔力を注ぐと、注いでる間は周囲2m四方の範囲で生命以外のが崩壊していきます。岩も簡単に砂に変える事が出来るでしょう。その名も【時空間バイブレーション】』」

 明らかにヤバそうな魔道具だ。
 だが、岩を砂に変えるのは有難い。


「おいバックス……大丈夫なのかこれ? 周囲の物質が崩壊って聞こえたぜ?」
「やってみれば分かりますよ、師匠!」
「よぉし、おめぇがやれ」

 バックスは耕していない畑へと向かい、【時空間バイブレーション】を地中に埋めた。そしてカシエコルヌを手招きする。


「師匠、一人で死ぬのは怖いです」
「駄目じゃねぇか!! まったく……!」
「……ぐ、笑いの神が……くっくっ……」

 その様子を見ていたアメリアが、早くも笑い始めた。そしてミアから貰ったタブレットを構えて、動画撮影の準備をする。


 カシエコルヌはバックスの元に近付き、肩を組んで屈んだ。そして埋められた【時空間バイブレーション】に手をかざす。


「死にゃしねぇよ。どうせ失敗作だ」
「それ死ぬやつですよ、師匠」
「行くぜ」

 カシエコルヌは魔力を注いだ。


 その瞬間――――。


「ん゛お゛お゛お゛ぉ゛お゛!!?」
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!?」

 周囲の空気と共に、バックスとカシエコルヌの身体が激しく振動し始めた。

 振動によって荒れた地面も見る見るうちに柔らかくなり、小石も砂へと変わっていく。しかし、バックスとカシエコルヌの着ていた服も何故か砂に変わっている。

 服も、全てが物質扱いだったらしい。


「師゛匠゛止゛め゛て゛え゛ぇ゛!!」
「止゛ま゛ら゛ね゛え゛え゛ぇ゛!!」
「あーっはっはっはっは!! ピコン!」

 アメリアは笑いながら、全裸で振動している2人の動画を撮影し始めた。
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