時空の魔女と猫の蓼科別荘ライフ ~追放されたので魔道具作って生計立ててたら、元の世界で女神扱いされてる件~

じごくのおさかな

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第四章 問題解決リアリティーショー

第118話 ハワイに行けると気が付いた魔女

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 マチコデはゆっくりと風呂に浸かり、休息をとった。

 そして、その日の夜。


「牛フィレです」

 お任せコースの一本目が置かれる。

「んま」
「……うむ、うまいなこれは」

 エスティとミアはマチコデを連れて、串揚げお嬢に来ていた。久しぶりに食した牛フィレは、自然と笑顔になるほど美味しい。


 そして酩酊状態のミアが1杯目を飲み干し、マチコデ様の肩を組んだ。

「……ねぇ、マチコデ様。ラクス王家の財宝で、富の再配分をしてほしいの」
「随分と砕けましたね、ミア……」
「よいよい、この距離感で構わない」

 ミアはあの後、既婚者のマチコデと一緒に入浴する事が出来ず、あげく猫夫婦のイチャイチャを見せつけられた。すっかり荒んでしまった、やけくそになってお酒を飲んでずっと眠っていた。

 更に目が覚めた後も酔いが残っていたらしく、なんとマチコデと肩を組んでフランクに話し始めた。しかしマチコデは不敬に怒るどころか、むしろ素のミアの横暴な態度に喜んだ。

 つまり、ミアは今日ずっと酔っている。


「しかし、質問の内容は謎だな」
「何の話でしょうね、いきなり……」
「富の二極化の解決についてよ、この世界でも起きてるじゃない! ネクロマリアが平和になってトルロスが経済の派遣を握っちゃったら、私達は搾取される側に回るのよ?」

 最近は経済に興味を持ったようだ。
 エスティは野菜をポリポリと摘まむ。

「もぐもぐ……マチコデ様、この生ネギ新鮮で美味しいですよ」
「頂こう」
「聞いてよぉ~! さみしぃよぉ~!!」
「わ、分かったから、抱き着くな!!」

 マチコデには見えていないが、抱き着いたミアはニヤリと笑った悪人顔だ。エスティは何気ない仕草で、それを写真に収める。


「ふぅ……ミアよ。富というのはいつの時代でも、どうあっても偏るものだ。王族が行うべきは、可能な限り均等に機会を与える事だと俺は考えている」
「労働者が貴族になれる機会ですか?」
「少し違うな。そう難しい話ではない」

 マチコデの考える機会。

 現在のネクロマリア大陸では、貴族と平民の間で大きな教育格差が生まれていた。大国オリヴィエントでも貴族に生まれると優先的に教育機会を与えられ、農民に生まれると若くして農業従事者という人生が確定する。

 ラクスではその不平等を減らそうと、孤児であるエスティにも教育の機会が与えられていた。ムラカもこのおかげで、貴族ではないが騎士となる事が出来たのだ。


「簡単に言うとな、『金を稼ぎたいものは稼げ、それ以外の者には価値を生み出すための最低限の生活をラクスは保障する』という事だ」
「流石マチコデ様ね。才女と称えられた私でもさっぱり理解できないわ」

 ミアが2杯目のジョッキを空にし、店長に向かって掲げた。それだけで注文の意思が伝わっている。もうすっかり常連だ。


「つまり、私達みたいにぐうたら遊んでいる人でも、最低限度の生活環境は与えられるって事です。この日本のシステムに近いですね。そうなると、大事なのは資本主義と社会のバランスです」
「ほう。この世界はどうなのだ?」

 エスティは生ネギをじっと見つめた。

「――資本に偏っていますね。低所得者も生活費がかかりますし、インフラや社会保障にもお金が必要です。『格差が拡大しているにも関わらず、生きるのが大変で価値創出の機会も減りだした』。その原因は一部の富が優先された社会、私はそう感じました」


 ミアとマチコデは、目を丸くした。

 まるで18歳とは思えない程の洞察力だ。
 一体、どんな教育を受けたのだろうか。

 だがマチコデは、同時に祖国を誇らしく思った。これは教育の賜物だ。


「それって、個人の努力は関係する?」
「そりゃしますけど、人は生まれながら不平等ですからね。向き不向きがあって当然ですし、そもそも価値を生むのも才能です。私は初級魔法しか使えませんが、大ヒット魔道具メーカーですもん……ぐびぐび……」
「自分で言うのがあんたらしいわ」

 エスティも1杯目を飲み干した。
 3月7日の巻き戻りを経験して禁酒していたので、これが久しぶりのビールだ。良い感じに酔っ払ってきて気持ちが良い。


「……人って必ずと言っていいほど、利己的な心が生まれます。あんなに紳士的なハルシウルさんが、トルロスの事ばかりを考えているように」
「なんだっけそれ、執着心?」
「えぇ」

 それは、やむを得ないものだ。

 全ての人が自分優先になると、どこかで必ず意見が衝突する。それはオリヴィエントとトルロスのように、国家規模でも同じだ。

 この『自分の周りだけは安心安全に』という感覚は、いわゆる生存本能だ。そのため大抵の生き物は利己的になりがちで、結果的に争いが起きる。更にそれは危機的な状況ほど強くなる。それこそ、魔族と人族が生きようと戦っているように。


「世界中の生物が利他的になれば争いはなくなるでしょう。この心をどうにかしない限り争いは起き続けます。でも、そんなの想像ができませんね。生存本能が無いのと同じですもん。ガラング様がオリヴィエントを守り、私がこの家を守るように……」

 マチコデとミアは、ネクロマリアを思い出していた。魔族との争いはどちらかが滅ぶまで終わらない、滅んでも人同士で争う、そう忠告されている気がしてならない。


「敵は相手ではなく、自分の心か……」
「あんた、どこでそんな話を知ったの?」
「昔、フラクトルロスでそんな世界を目指した優秀な国王がいて、それで知りました。結局その人も、利己的な人々に呑まれましたが」


「アスパラです」

 揚げたてのアスパラが目の前に置かれた。エスティは熱々のそれを手に取り、かじり付いた。巻いてあるベーコンの塩味がマッチしていて美味しい。

 何より、ビールと最高に合う。
 早くも2杯目を飲み干した。


 嬉しそうにビールを飲むエスティを他所に、ミアは返ってきた答えを聞いて疑問を感じた。
 それは、ふと思っただけだ。



「――――ねぇ、今あんたフラクトルロスって言った……? それって、かなり昔のトルロスの事よね? 何でそんな事を知ってんの?」



「? ビールが美味しいからですよぉ?」
「……こいつ完全に酔ってんな!!」
「えへへ……最高に幸せです……」

 エスティの顔はとろけていた。


「ミアの言う通り、昔の呼び名だな。歴史教育が進んでいるようで誇らしいぞ、エスティも良く学んでいる」

 マチコデのその褒め言葉は、エスティに聞こえなかった。酔いすぎていて、もう自分が気になった事以外が頭に入ってこない。


「……やば。たった今、トルロスの話してたら神託が降りました」
「ふぅん、どしたの?」
「私、ハワイに行きたいんですよ……ヒック」
「いや、もうあんたもうベロベロじゃん。私も眠くて吐きそう……うぇっぷ」

 2人はカウンターに突っ伏した。
 挟まれたマチコデは溜息を吐いた。

 エスティはミアの方向に頭を向ける。


「ほら、私の想像だけでトルロスへの転移門を開けたじゃ無いですか。同じ要領でハワイに行くんですよ。5次元の魔女に不可能はありません、ロゼの言いつけだって、バレないように破りますから」

 エスティはミアを誘惑する。


「さぁミア。瞳を閉じて、私と一緒に妄想しましょう。今、ムキムキのサーファーに取り囲まれています。ミアはムキムキの抱擁を受ける変態です……ぐぅ……」
「そう、私はムキムキの変態……ぐぅ……」
「おい2人とも、寝るな……」


◆ ◆ ◆


 マチコデは、眠ったままのミアとエスティを担いで帰って庵に来た。
 2人を玄関に座らせる。

「おい、もう家だぞ。起きろ!!」

 大きな呼び声に、2人は目を覚ました。

「よぉし、ハワイへの門を開く!」
「うふふ……行くわよオロロロロ!!」
「おい灰猫! 助けてくれ灰猫ぉーっ!!」

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