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第四章 問題解決リアリティーショー
第115話 ネクロマリア大洞穴・ちくわ毛布
しおりを挟むダークエルフの里の南西部。
枯れた森を進んだ先に、洞窟が現れた。
「……ルカン、状況はどうだ?」
「周囲に魔族はいねぇな」
「よし、進むぞ」
ルカンとムラカは秘薬の素材採取のついでに、赤爪獣の群れを追って、彼らの掘った洞窟に訪れていた。
ネクロマリア大陸中央を建てに掘ったこの洞窟は、『ネクロマリア大洞穴』と名付けられた。
ムラカは大洞穴を懐中電灯で照らし、辺りを見渡した。天井も高く、幅も広い。トロールが通れるようにわざと大きくしたのだろう。赤爪獣の体液によって、岩盤も強固に補強されている。
「赤爪獣は一体いつから増えていたんだ」
「さぁな。この規模と長さだと、相当昔から計画してたはずだ。明かりさえあれば魔族だけじゃなく人族も住めるぜ、こりゃ」
入口だけでもかなりの大きさだ。
今まで報告が無かったのが信じられない。
先に進めば進むほど、その歪な形に驚く。メインとなる中央の洞窟は広いが、枝葉のように分かれている横穴はそうでもない。蛇行している穴もあれば、人一人分しか通れないような狭い穴もある。
「こっちは天井が低いな」
「多分、種族で分けてるんだろう。ご丁寧なこった。ムラカ、こっちに来てくれ」
ルカンは地図を出して現在位置を確認する。入口は複数存在し、その付近はわざと複雑に作ってあるようだ。今立っているのは、その中でもダークエルフの里に最も近い場所にある入口だ。
これから穏健派の魔族の統率者がここを通って進み、強硬派に紛れて爆弾を設置していく。爆弾はいくつもあり、それを一定間隔で設置して同時に爆破する。
この作戦の肝となるのは、潜入する魔族だ。ルートには必ず強硬派が当然待ち受けている。その彼らに対して仲間であるかのように振舞い、何食わぬ顔で爆弾を設置する。設置した後に逃げ切れるかどうかは、その統率者次第だ。
「むしろ、この規模を爆破できるとは……」
「ムラカはそんな爆弾を作るやつと一緒に暮らしてたんだろ、やべぇよ」
正直、知らないままの方が良かった。
今となっては良い思い出だ。
「それにしても、不気味なほど静かだ」
「ここは捨てられてんだろうな。俺達だって、里の近くにこんなもんがあるなんて知らなかったぜ」
「そうだとしても、普通は埋めないか?」
ムラカの言葉で、ルカンが天井を見上げた。
「……どうだろうなぁ」
自分の愚かさを見て、去って行った部下達の顔が浮かんだ。全てが謀反という訳ではなく、お前も来いと誘われた事だってあった。門はいつでも開いて待っている、という意図があるように思えてならないのだ。
そんな彼らの潜む場所に、自分は爆弾を仕掛けようとしていた。同族の命よりも、人族を救う事を選んでしまった。同族殺しはよくある話だが、規模が違う。
何が正解かは分からない。別の道は、いつの間にか途絶えていた。親の偉大さに、今頃になって気が付いたほどだ。
「俺、甘ちゃんなんだわ。こんなナリしてるけどよ、正直誰も殺したくねぇの」
「……すまないな」
「いや、ムラカ達が間違ってんじゃなくて、あいつらが間違ってんのは分かる。それでも俺はどこかで、親父がやったように話し合えるんじゃねぇかと願ってんだ。あ、上位魔族の話だぜ?」
増えすぎた下級魔族はどうしようもない。しかし、彼らを率いている強硬派の統率者達には、種を守るという強い意思がある。
魔族は弱肉強食で、時には魔族同士で魔力を求めて食い合う。そんな世界でも、残酷な事に統率者同士での会話が出来てしまうのだ。
「……そうだな……ん」
ムラカが静かに長剣を構えた。
ルカンも杖を握る。
――足音だ。ペタペタと、魔族の群れが近づいて来る足音が洞窟で反響する。
数は10程度、地響きは無い。
統率力の無い群れ。
ルカンの顔が強張る。
「――――下級だな」
「ルカン、やり過ごすのは」
「出来ねぇな。出入口からだ。ムラカが良い匂いを発してるのが原因だぜ?」
「悪いな、私は華の29歳なんだ。いくぞ」
「おう」
◆ ◆ ◆
広場ではロゼとシロミィが遊んでいる。
露天風呂ではミアが何やら陽気に歌っている。ミアは台詞付きの歌が好みらしく、台詞の部分で熱唱する声が工房まで聴こえてくる。
そんな庵の住人達を他所に、エスティは工房で一人行き詰まっていた。
(根本的に何かが違うのでしょうか……)
魔力ドロドロのゴニック草の種をバックスに送って数日、いまだに発芽は無いという。カシエコルヌからも『これはそのまま食った方がいい』と言われてしまった。
そういう訳で、エスティは自身の空間の中で片っ端から種を生成していた。
この作業、実は凄く楽だ。今もベッドで横になったまま、空間で種を育てている。それを繰り返しているだけだ。全てが空間内で完結し、しかも目を瞑って作業が出来るので、いつの間にか寝ている事もあった。
「――あんた、まだ寝る気なの?」
ミアがホカホカの状態でやって来た。
「……空間で種を作ってるんですよ。行き詰ってて、目を閉じて考えています」
「どう見ても寝てるわよ」
エスティは今日も寝間着のまま、ベッドで横になっている。
「ずーっと寝間着ね」
「ミアもお風呂に入ったのに、一日中寝間着のままじゃないですか」
「私もお布団の中で仕事するのよ。そうするとね、一瞬で深く眠れるわけ」
「参考になりますよ……ふぁ……」
大きな欠伸が出る。
季節の変わり目はいつも眠い。
人間にも発情期みたいに睡眠期があるんだよと、日向が話していた。だが、気温の変化で暖かいと眠くなるだけだよとも、成典が話していた。
どちらにせよ、皆が眠い季節なのだ。
「……私、満員電車の人達は毛布にくるまって通勤したらいいと思うのよ」
「急に何の話ですか」
「いやね。テレビ見てるとさ、あの通勤って拷問と同じじゃない。拷問受けて仕事して帰って来るの。あれが全員毛布だったら、モフモフで苦痛じゃなくなるわよ」
エスティは目を閉じたまま妄想した。
満員電車がモフモフとしている。大きなちくわに人が入ったみたいなのが、電車の中で沢山立っている。両手をちくわに封じられて吊革は握れない。そして乗車人数は減るが、痴漢は起きない。悪くない提案だ。
そう思っていたら、ホームに着いた瞬間ちくわがドミノ倒しになり、階段の下までモフモフと大変な事になった。更に、顔の近いおじさん同士が『うちのちくわがスミマセン』と謝罪をして、頬を赤く染め合い……。
「……駄目だ、眠すぎて訳の分からない妄想が捗りますね」
「仕事中でしょ、あんた」
「ね、寝る気は無いですよ」
ミアがベッドに腰掛けた。
「言い争ってる大統領も、極上の毛布でくるんでみなさい。突然優しくなるわ」
「どんだけ毛布を信仰してるんですか」
毛布の話をしていてミアも布団に入りたくなったのか、エスティのベッドにもぞもぞと潜り込んでくる。露天風呂の硫黄の香りが漂う。
「これは最高のお昼寝タイムね……」
「一緒に寝ましょう」
「やっぱり寝る気満々じゃない!!」
「冗談ですよ。寝る気も遊ぶ気も――」
無いと言いかけた時、電話が鳴った。
エスティは慌てて受話器を取りに行く。
「もしもし」
「エスティちゃん、明日遊びに行かない?」
「行きます!!」
「あんた……」
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