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第四章 問題解決リアリティーショー
第112話 使えそうな種を探す実験
しおりを挟む3月31日、晴れ。
ネクロマリアの滅びまで、約80日以内。
庵の崩壊まで、残り64日。
騒々しい会議が終わって、2週間が経過した。
「ふぅ……」
エスティは背もたれに寄りかかった。
座りっぱなしで肩が凝る。
4者から届いた定時連絡について、エスティは頭の中で整理する。
あの後、ガラングはすぐに動き出した。
街道沿いの住人たちは魔族に気付かれないよう、少しずつ移動を始めた。ミラールの移動の余波を利用して西へ西へと向かっている。急な号令に混乱を伴うかと思いきや、ミラールの人々が経験を活かして誘導に当たっているらしい。
マチコデはその先頭に立って、人々を鼓舞している。もう少しで解放出来るだろうと、ガラングからの手紙には記されていた。
バックスはというと、カシエコルヌをオリヴィエントに招待して師弟で研究を始めていた。その成果物が、エスティの目の前に山積みとなっている。未だに手を付けられていない。
(資料はありがたいのですが……)
目に入る度に、気が重くなる。
まるでカシエコルヌからの宿題だ。
そしてルカンからの手紙には、ついに強硬派の幹部の集団を確認したと書かれていた。ムラカと共に潜入準備に入っているそうだ。ルカンの嬉しそうな顔が目に浮かぶ。危機感の無さは不安だが、あれでも魔法使いとしては優秀らしい。
マチコデと合流後に討伐へと向かう計画らしいが……倒せるのだろうか。
ハルシウルはトルロスにて野営の準備を続けている。特に食糧が乏しく、エスティに非常食の注文が入っていた。今回も笠島家の協力を得て、物資の補給を行っている。
そんな中、エスティ達はいつも通りの日常を過ごしていた。
◆ ◆ ◆
エスティは工房の窓を開いた。
広場から、森の香りが吹き込んでくる。
この空気を吸うのが気分転換だ。
(……暖かくなりましたね)
蓼科もよりいっそう暖かくなり、春の訪れを感じさせる。今朝の天気予報でも、山間部にようやく春が訪れたと言っていた。道路の雪が減った影響か、車も少しずつ増えている。
「さて……」
エスティは椅子に戻り、魔法陣と睨み合う。
研究を進めるうちに気が付いた事があった。ラクリマスの魔方陣の作りが、この世界のプログラム技術とかなり似通っている。
繰り返しに条件式、関数やライブラリらしきものまで、比較するとそっくりだ。ラクリマスが独自に作り上げた文字が、魔法陣型にプログラミングされて並んでいるかのように思えた。
ミアの目ですら見抜けないこの魔法。ラクリマスも自分と同じように、異世界で学んで作ったのかもしれない。造船技術だってそうだ。そう考えると妙に納得がいく。
分析を記録したノートも束になってきた。あとは、これを解読して魔力を植える方法を見つけるのみ。
エスティは本腰を入れて調べていた。
それなのに……。
「――おぉエスティ。我らがぐうたら同盟のエスティよ。私達の人生には、心置きなく楽しめるための余暇が足りないと思わない?」
「……………………そうですね」
翻訳にやる気を出したはずのミアが、毎日工房に顔を出して邪魔をする。
「心底嫌そうな返事ね。そもそも、皆本当はやりたい事が沢山あるのに、仕事や家庭で忙しいのっておかしいわ。まともに働いていない私達だってこんな状況なのよ?」
「私は働いてますけどね!!」
ミアがやれやれと呆れる。
「だって、考えてもみなさいよ。ここはあらゆるコンテンツがネットを通して見る事が出来る世界なの。それを見た素人は『あぁ私もやりたい』と挑戦して、更にコンテンツが溢れてくるの。そんなのユーザーからすると見きれないじゃない?」
こんな調子でミアは突然部屋にやって来て、延々と喋り始めるのだ。
「……つまり、遊び足りないんですか?」
「そうなの! 私も寿命を無限にして働かずに遊びたいわ。きっと世の中の人達も皆そう思ってるはずよ。贅沢なんていいから、飽きるまで遊ばせろってね!」
エスティは真顔で考える。
きっと、こういう人がクレーマーになるタイプだ。顔に文句としか書いていない。更に、噛みついたスッポンのようなしつこさと、ゴキブリ並みの生命力を持ち合わせている。繁殖力が無くて本当に良かった。
「私はそんな世の中を変えたいのよ……SNSと掲示板への書き込みだけでね」
自分もこうなる可能性がある。
これは反面教師だ。参考になる。
「世も末ですね」
「そう。この末期的な世界を救うのは、健康で文化的な最低限度の生活だけよ」
「……ミアのそういう知識には脱帽しますよ」
「お、あんたもよく知ってるじゃない。流石は5次元の女神ね!」
日本の法律の有名な一文だ。
しかし、そろそろミアに付き合ってばかりはいられない。こうして駄弁っている間にも、時間は刻々と過ぎ去っていく。
ロゼに子守を頼もうかとも考えたが、ロゼはロゼで届いたばかりの魔石を整理してくれている。猫の方が真面目に働くとは……。
「エス、あまり余裕は無いぞ」
「分かってます、やる気はあるんですよ」
エスティが机に向かおうとした瞬間、ミアが全体重をかけてしがみついてきた。
「うごっ! や、やめろお!!」
「止めなさいエスティ、貴女はこちら側の人間よ! 仕事なんて忘れて、好きなように遊んで暮らせばいいのよ!!」
「聖女の言葉とは思えませんね!!」
「一人にしないでええぇ!!」
そんな時、電話が鳴った。
エスティは慌てて受話器を取りに行く。
「もしもし!」
「エスティちゃん、今から遊ばない?」
「遊びましょう!!」
「おいエス……」
◆ ◆ ◆
エスティは広場のテーブルの前に立った。
椅子にはミア、日向、ロゼが座っている。
エスティはテーブルに小袋を並べ、両手を広げて大げさに空を仰いだ。
「ようこそ、エスティのマジックショーへ」
「あんタ本物の魔法使いじゃなイノ」
「ミアさん日本語のツッコミ上手になってる」
エスティはミアを無視し、小袋を手に取る。カシエコルヌから送られてきたネクロマリアの種子だ。エスティが袋に指を入れて一つまみすると、赤く小さな種が現れる。
「ほう、クルーカルの種か」
「正解です。ロゼに10ポイント」
「あ、私クルーカル大好きヨ」
クルーカルはオリヴァ芋と同じく、ネクロマリアで一般的に食べられている細長い根菜だ。水の少ない過酷な環境でも育つ、畑の代表的な作物である。
「さて、ネクロマリア大陸は基本的に曇天です。それなのに、ほとんど雨が降りません。蓼科の野菜を育てるには、環境的に厳しすぎるんですね」
エスティは広場の隅に置いてあった肥料に近づき、自身の空間へと収納する。
「ですが、どうにかして蓼科の魔力を植え付ける種子を作りたい。しかも時間も足りない。そこで私は気付いたんですよ。私の空間って、時間を進める事が出来るという事に!」
「エスティちゃんの中で育てるの?」
「正解です。日向に20ポイント」
「やった、1位だ」
エスティは空間の中に、蓼科の土と水、空気、クルーカルの種を収納した。
そして、周囲の魔力を集め始めた。
日向とロゼは何も感じないが、ミアは突然の事態に背筋がぞわりと凍り付く。ミラールのフロンストン迷宮跡を滅ぼした【地中貫通爆弾の陣】と同じ規模の、とんでもない魔力量だ。
「ああああああんたちょっと!!?」
「おいミア、どうしたのだ?」
「尋常じゃない魔力よ!!」
「これぐらいは必要なんですよ……ぐへへ」
そして、フッっと魔力の流れが止まる。
「(あ、これまずいですね……)」
「はいエスティ、今何か言ったかしら?」
「……次に空間の中で焼き芋にします。はい、出来ました。取り出します」
そしてエスティの空間からニュッと出てきたのは、クルーカルの先端部分。
しかし、その大きさは……。
「これ軽トラぐらいあるよ!?」
「……それではポイント最下位のミア。目を瞑って、大きく口を開けて下さい」
「殺す気よこの女神!!」
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