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第四章 問題解決リアリティーショー
第100話 ショーの出演者・【激クサにおい玉】
しおりを挟む春らしい晴れた空に、冷えきった空気。
蓼科高原はまだ肌寒い。
しかし、小鳥は空を見て春の訪れと勘違いしたのか、外の薪置き場の窓辺に居着いて、広場に温かな鳴き声を届けていた。
そんな中、ルカンの話を聞いたエスティは、新しい魔道具作りに励んでいた。
ルカンいわく、人族では強硬派には到底勝てないという。ただでさえ低級魔族にも勝てない人族だらけなのに、それ以上の強敵が山脈中から群れを成して南下してくるのだ。
更に共食いで回復しながら進む魔族は、倒しても倒してもきりがない。ミアはゾンビアタックと言っていた。そんな魔族を抑え込んだとしても、所詮は時間稼ぎにしかならない。戦いが長引くだけだ。
それでも、時間稼ぎは必要だ。
少しでも多くの人を逃がすために。
(……火薬が足りませんね)
結局は、ネクロマリアに魔力を根付かせる事が一番の解決策だった。そして、ラクリマスは唯一それをやってのけた。
それなのに、何故かその技術を継承せず、群島トルロスに家を構えて漁業を発展させていた。当事の記録が無いのも理由が分からない。
しかし、成し遂げた人がいる。エスティにとってはそれだけで心強かった。
「……火薬を買いに行きますか」
「おいエス、なんだこの匂いは……!?」
春らしからぬ激臭に鼻を刺され、ロゼが顔を歪めて起きてきた。
「ちょっとエスティ、ぐざい!!」
「あ、すみません」
いつの間にかリビングにも匂いが充満していたようだ。ミアが鼻を押さえて、工房にやって来た。
「酷い臭いだ……エス、何を作っている?」
「対魔族の魔道具ですよ。麻痺毒ととんでもない悪臭で、敵の動きを止めます」
「相変わらずね。麻痺だけでいいじゃない」
エスティの手には、団子のような魔道具が数個あった。そのそれぞれから、強烈な匂いが発せられている。
「お酢を茹でたみたいね。涙がでるわこれ」
「お、ミアは流石ですね。これはミアの蒸れた靴下をお酢に漬けてグェッ!」
「おいほら嗅げよ」
「や、やめろお!! ぐざいでず!!」
エスティは咄嗟に全てを空間に収納した。
「はぁ……はぁ……こ、これはれっきとした武器ですよ。この魔道具が人を救う事だってあるんですからね!」
「ムラカの腋の匂いにしなさい」
「くさいんですか?」
「牛乳を湿らせた雑巾の香りね」
「ミア、それはお前の腋のグォッ!!」
「お前ら、朝飯に行くわよ」
ミアはぐったりとしたエスティとロゼを両手に抱え、リビングに戻って来た。
ムラカとルカンは家にはいない。
昨日の朝に情報共有を行った後、ルカンは【時空のビーコン】でダークエルフの里へと戻って行った。ムラカもルカンに付き添い、魔族の情報収集を行う予定だった。
エスティはテレビを点けた。
映し出された天気予報では、早くも桜の開花予測が報道されている。世間が春を迎えたと報道しても、この蓼科の森では冬の気分のままだ。
エスティ達は炬燵に潜り、空間から取り出したパンを頬張る。炬燵が温まってきたところで、ミアが口を開いた。
「魔王って悪い奴じゃなかったわね」
「親近感が湧きましたね。しかし湧きって言うと腋の臭いを思い出しああぁ!?」
エスティの足がミアにくすぐられる。
「言うな。まぁ思ったんだけどさ、どんな組織のトップでも働くのは疲れるのよ。遊んで暮らせる選択肢があるだけ、私達みたいな平民は恵まれてるわね」
「私は働いていますけどね!」
「我もな」
ロゼは翻訳の力が働いている。
ひもはミアだけだった。
「……ところで、リアリティーショーってあるじゃない?」
「またいきなりの話題ですね」
「掘り下げられるのを避けたな」
ミアは最近、海外のリアリティー番組にハマっていた。特にマジックや歌唱力で新たなスターを生む番組と、ひとつ屋根の下に男女が集まる恋愛番組を好んで見ている。
「今の私達の状況、リアリティーショーと捉える事が出来るのよ」
「へぇ……ロゼ、ジャム取ってください」
「分かった」
「全く興味無いって感じね。まぁ聞きなさい」
ミアは立ち上がりポーズをとった。
プレーヤーは7人と3匹!
人助けの勇者マチコデ様!
トルロスのイケメン、ハルシウル!
中間管理職っぽい魔王ルカン!
オリヴィエント王ガラング!
時空魔法使いの女神エスティ!
足の速い女騎士ムラカ28歳独身!
猫! 猫! 影!
「そしてこの私、元聖女で自宅警備員のミア・ノリス! 役者は揃ったわ。このイカれたメンバーで、ネクロマリアの問題をクリアするのよ。まずは全員を集めてシュマブラ大会を開催しましょう」
「シュマブラは置いといて、確かに主要人物が出揃った感はありますね」
「足りないのは統率者の頭か」
「えぇ」
ルカンは見当もつかないと言っていたが、エスティとロゼはそう思えなかった。オリヴィエントで襲ってきた連中は、聖属性を操るカンドロールと弓士のエルフ、もといダークエルフのリヨン。種族が違うのに協力し合っていたのだ。
まとめ役は、どこかに存在する。
そんな気がしていたのだ。
「統率者の頭も出演して欲しいわね。そしてエスティ達が交渉ショーで世界を治めようとする中、私一人だけ恋愛リアリティーショーをやるの」
「それは鬱陶しいですね」
「マチコデ様とハルシウルを抱えたいわね。ムラカは猫2匹でいいわ、ぐへへ」
ミアが嬉しそうに、いつもの変顔を始めた。
◆ ◆ ◆
「……何という事だ」
ガラングはバックスの読み上げた手紙の内容を聞いて、落胆していた。
最も恐ろしいのは残り時間だ。100日もしないうちに、ネクロ山脈からか魔族が雪崩れ込んでくる。そしてその情報源は、まさかの魔王なのだ。
「ガラング様、これは――」
「……待て、マチコデ」
話の展開が早すぎる。
ガラングは頭の中で情報を整理する。
まず、そんな短い期間で戦闘の準備が整うわけが無い。こちらは復興中で、何なら外交中なのだ。ようやくトルロスとの交渉に入れると意気込んでいた所だった。
そして肝心の群島トルロスは、避難所として使う事を未だに良しとしていない。それどころか、向こうはオリヴィエントを敵国のように思っているのだ。
攻と出るか、守と出るか……。
このままでは全滅だ。動くのは必須。
勝ち目のない戦いでは、親玉撃破の一点突破で賭けに出るしか方法は無い。
「――マチコデ、外交は一旦中断とする。お前は女神とムラカを支援し、敵の首を獲って来い。儂はトルロスへと向かい、頭を下げる」
「承知しました。防衛はどうしますか?」
「……それは儂が聞きたい。この情報は開示する方が混乱を生む。情報源が魔王などと誰が信じるものか。目を瞑って、勇敢な者達の死を弔うしか思い浮かばぬ」
ネクロマリアはようやく落ち着いたばかり。
そこに来てこれだ。
精神的にも肉体的にも、すべての民が冷静に対応しきれるとは思えない。
「……陛下。女神から、魔道具とその説明に関する手紙を一通預かっております」
「読み上げろ、バックス」
「はい。『これは【激クサにおい玉】といいます。半径500メートルの範囲に対して時間差で麻痺と混乱効果をばら撒き、同時に激クサの霧を吹き放ちます。死に至らないので使用者も安心です。なお、決して聖女ミア・ノリスの靴下の臭いではありません』以上です」
バックスは手紙を閉じ、魔道具を取り出した。
団子のような玉に、魔法陣が描かれている。
それを見たガラングは驚いた。
時空魔法というのは理解不能だ。こんな小さな物に混乱と麻痺の重複効果など、どんな魔法陣と靴下を組み込んだのか想像が出来ない。というかそんな靴下があるならば、聖女は自分の毒で常に麻痺状態ではないのか。
「マチコデよ、聖女の足は凄いのか?」
「……嗅いだことは無いです」
「ご安心ください殿下、ここにサンプルが!」
バックスは笑顔でサンプルを取り出した。
「よぉしバックス、お前は鼻で死刑」
「ちょっ、やめっ…………んがっ!! オゥエッ!!」
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