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第四章 問題解決リアリティーショー

第97話 女騎士の魔族領キャンプ紀行

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 ムラカが抱えたウネウネと動く物体。

 エスティは息を呑んで考える。


 世の中には、得体の知れない法則が存在する。

 それは数字で解き明かれるよりも前に『何かこれ、ルールが介在してない?』という、ちょっとした疑問から始まるものだ。いわば閃きや経験則のようなもので、未だに解き明かされていないものも多い。

 ミアが初めてこのエスティの庵に訪れた時、その姿を見た日向は『ネクロマリアでは、人間って梱包して送るものなの?』と疑問を述べていた。

「やはり、そうなんでしょうか……!」
「違うぞエス」
「ムラカ、そのヤバそうなの捨ててきてよ」
「お前らは全く変わってないな。はぁ……」

 気が抜けたムラカは、抱えていたウネウネをミアの傍にドサッと落とした。

 それは、成人男性ほどの大きさだ。
 重みで床がドンと揺れる。

「モゴッ……!!?」

 ウネウネは一瞬ビクッとして止まったが、またウネウネと動き出した。


「ふふ、活きのいいお魚さんねぇ?」
「お前、もう酔っ払っているな。それがイケメンだったらどうする気だ?」
「恋の連立方程式に当てはめるわ。あとは辞書で恋の文字を引いて、そこの説明文に名前を書くの」
「相変わらず、酔うと頭がおかしくなるな……エスティ。事情を説明したいんだが、時間は大丈夫か?」

 ムラカは荷を解きながらエスティを見た。


「私からもお伝えしたい事があります。ですが、先にお風呂行きません?」
「あ、待って待って。私も行くわ」

 状況を考えない二人にムラカは呆れ、ロゼを見た。

「……おいロゼ、こいつら悪化してるぞ」
「我では無理だ、餌付けされている」
「自分で言うなよ、まったく……」

 ムラカはぐるぐる巻きにされた荷物に目をやった。その上にどんと腰掛け、溜息を漏らした。


「モゴッ……!」
「……ムラカ、そのお尻の下ってやっばり人なんですか?」
「魔王だよ」
「へぇー」



「………………はぁ!!?」


 エスティ達は驚いて、ウネウネを見た。


 布でぐるぐる巻きにされている。この梱包のやり方は、ミアがこちらに来た時と同じ。ムラカがやったのだろう。

 ムラカのお尻の下に、梱包された魔王がいる。
 戦って倒したのだろうか。
 魔王からは何の魔力も感じない。


「――あれ、そういう話でしたっけ?」
「ちょっとエスティ、触れちゃ駄目でしょ! 私達は今、何も見ていないのよ!」
「あ、そうでした。お風呂に行きましょう」
「エスは駄目だ。ミア、一人で行け」

 ロゼはそう言って、ウネウネを見た。


 紐には魔法陣がいくつか刻まれている。
 解けない仕組みなのかもしれない。

 頭部からは肌黒い長い耳が飛び出ている。これは、ダークエルフと呼ばれる種族の特徴だ。狂暴かつ排他的な性格で、魔力を求めて低級魔族を使役して人を襲う。

 エルフと容姿は似ているが、その祖はかなり初期に分岐している。独自の魔法を操り、中には人族をも使役するものもいるという、極めて危険な種族だ。

 そんな魔族が目の前にいる。


 だが、ロゼには何だかウネウネが悲し気に訴えてきている気がした。

「モゴォ~……モゴォ~……!」
「『苦しいよぉ~』か『もっと踏んでくれぇ~』かどっちなのかしらね?」
「ムラカ、降りてやれ。話が進まぬ」

 ムラカは立ち上がり、炬燵に座った。
 エスティとミアも炬燵に戻る。


「先にエスティから頼む」
「分かりました。ムラカが行った後、時空魔法について実験したのですが――」

 エスティはループ現象について説明した。


「――とまぁ、原因は不明なんですけどね」
「聞いたことのない現象だ」
「私も記憶が無いのでさっぱりです……ふぅ」

 説明を終えたエスティは後ろのソファにもたれ掛かり、天井を眺めた。


 シーリングライトがくるくると回っている。その隣の白樺の木の枝には、シロミィが尻尾を揺らしながら見下ろしていた

 あと88日と大幅に減ったにもかかわらず、エスティの心は軽くなっていた。人に話す事で気が楽になったのか、それ以上の情報に上書きされただけなのか。


「まず、エスは禁酒だな」
「プピ~! エスティ可哀想プピ~ッ!」
「……ミアのこの馬鹿な行動を見ると、帰って来たって感じがしてきたよ」
「ふふ、嫌な懐かしさですね」

 エスティは目線だけをムラカに向けた。


「ムラカ、魔族はいましたか?」
「普通にいたな」
「……そうですか」

 これで、ネクロマリアの魔族は消失していないという事が確定した。

「というか滅茶苦茶いたぞ」
「ほう、どれぐらいです?」
「ほらテレビの……シブヤぐらいいた」
「はぁ? 何で? というかすっかり忘れてたけど、ヴェンはどこにいるの?」

 ミアの質問で、ムラカはウネウネに目をやった。
 先程から大人しくなっている。


「私の番だな。話せば長くなるんだが……」


◆ ◆ ◆


 ムラカは、アウトドア用品にハマっていた。

 登山ブームが去った訳では無い。それにプラスされる形で、アウトドア用品にハマり出したのだ。

 元々冒険者として野営の経験は豊富だったが、蓼科で入手したアウトドア用品は、野営の中でも痒い所に手が届く優れものばかりであった。チェアやカラトリーなど、エスティからのお小遣いのほとんどを高いキャンプ道具ギアに費やし、早く使いたいとうずうずしていたのだ。


 だが困った事に、キャンプの醍醐味を壊してしまう便利すぎる魔道具があった。エスティの作った人気商品、【弁当箱】だ。


 キャンプというのは、非日常の空間で不便を楽しむものだ。しかし、【弁当箱】があると、どこでも便利を味わえてしまう。

 そして、ミアはそれを旅に持参してきた。

 出される料理はどれも出来立てホカホカ。通常よりも拡張されていたミアの【弁当箱】からは、ベッドや家具はもとより、小さな小屋までもが出て来た。


 これでは、キャンプとは言えない。
 ミアは旅の趣を分かっていない。


「それで、私を追い返した訳?」
「いや、お前は足が遅い」
「バカァーーー! 何なのよその無駄な話のくだりは!?」
「まぁそれもあって、私は時間をかけてゆっくりと旅を続けたんだ」


 日中は走り続け、夜はキャンプを楽しむ。
 肉体的にも精神的にも充実した旅だった。

 そして、ヴェンの指示で魔族の地を蛇行しながら進み、魔族と遭遇する事も無いまま、ようやく魔王の住む領地へと入った。


「魔王の領地ってどんな場所だったの?」
「森だよ。鬱蒼とした死んだ森だ。木は灰色に変色し、光も少ない」

 木々はオブジェのように立っているだけで、魔力を全く感じない。だが、数だけは多かった。それに加えて妙な霧が漂っており、視界が悪すぎて中々進む事が出来なかった。

「あれは天然の迷路だったな。枝が邪魔で走る事も出来ないし、目印も意味を成さない。私は帰り道が分からなくなった。案内人であるはずのヴェンもお手上げだったよ」
「それで、どうしたんですか?」
「そこに【時空のビーコン】を仕掛けて戻ろうかと思った。だが、折角ここまで来たからと、最後に試してみる事にしたんだ」


 手元の魔道具は、エスティから預かった【時空のビーコン】と長剣。その長剣の柄にはめられた2つの魔石、魔力と水が大量に含まれた魔石を解放したのだ。


「あんた、そんな事すると……」
「呼び鈴だよ、統率者を引き寄せるための」

 だが、そこで異常が起きた。

 呼び鈴は意味を成さなかった。
 だが、水のある場所の霧が晴れていったのだ。


「ヴェンが言うには、あの霧が蓼科の魔力を含んだ水に反応していたらしい。一種の生物のようなもので、水のある場所からは霧が消滅したんだ」

 それを利用し、ムラカは水をまきながらひたすら真っ直ぐに進んだ。そして魔王の居住地らしき堅牢な外壁にぶつかった。

 そこでようやく、統率者と出会う事になる。


 ムラカはウネウネに振り向いた。

「ここからは、お前も話に加わってくれ。――聞こえているな、ルカン?」
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