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第三章 運命のカウントダウン
第85話 変化する時空魔法で信州の肉を焼く・【宝箱】
しおりを挟む2月14日午前4時。
外は、深い闇の中。
エスティはカレンダーを眺めた。
庵の崩壊まではあと214日。
何の因果か、数字が一致している。
エスティは昨日今日とトルロスの調査へ向かおうと考えたが、魔力の回復のために中止していた。今だに魔力の器は広がり続けており、転移門を1日で何度も開けるまでになっていた。しかし、念のためだ。
そんな訳で、エスティは温かいココアを飲みながら工房で作業をしていた。
工房は静かで、耳に届くのは自分の作業音のみ。この深夜の寝静まった時間がエスティは好きだった。世界に自分一人しかいない気がして、不思議と集中できる。
今作っているのは、贈答用の魔道具だ。バレンタインデーとは、お世話になった人に感謝の気持ちを届ける日。日向にそう教わったエスティは、バックスへのささやかなプレゼントを準備していた。
「3つのうちの1つがハズレです……と」
「――エス、ちゃんと寝ておけ」
「うわっ!!」
いつの間にか、机の上にロゼがいた。
「ま、毎回びっくりしますよ!」
「早く寝るのだ。倒れられては困る」
「大丈夫ですよ……それよりもロゼ、いつも助けてくれてありがとうございます」
「む、何だ急に?」
すると、エスティはおもむろに空間からにゃおちゅ~るを取り出した。
「――ほれ、欲しいですか?」
「ほ、欲しい!」
「今日はバレンタインデーです。お世話になった人に感謝する日らしいですよ」
「エス、いつも感謝するぞ!」
「よく出来ました……はい、あ~げた!」
エスティがにゃおちゅ~るを上にあげた。
ロゼはエスティが何をやったのか一瞬で理解し、急に真顔になった。
肩を落とし、机から下りる。
「寝る」
「じ、冗談ですよ。後でちゃんとあげますから。今日は全員にプレゼントを用意しています。さぁさぁ、準備に取り掛かりましょう」
◆ ◆ ◆
長野県は林檎の名産地だ。
その生産量は日本で2番目を誇り、秋映やシナノゴールド、シナノスイートなどの独自ブランドも人気だ。水が豊富で、なおかつ昼夜の温度差が大きい事が果物の甘みを増していた。
「そんな信州の美味しいリンゴを食べて育ったのが、こちらの牛肉です」
リビングテーブルに置かれたのは、信州産の豪華な牛肉の塊だ。
「ぐへへ、霜降ってるわねぇ!」
「今日はバレンタインデーです。チョコレートよりも肉が好きな皆さんに、私から感謝の気持ちを届けたいと思います。という訳で、ステーキにしましょう」
「おいエスティ、まだ朝の8時だぞ?」
「まずはムラカに感謝」
エスティは目を瞑り、両手を合わせる。
「ミアにも感謝、ロゼにも感謝」
「ヒップホップみたいね」
「ミアは肉抜き」
「冗談よ、冗談に感謝」
エスティは拝むのを止め、空間に肉を収納した。そして今度は、焼いたステーキ肉を取り出して皿に盛り始めた。
「たった今、私の時空間で焼きました」
「ぐへへ、豪華な朝食ねぇ!」
「……待てエス、今何と言った? この肉は、エスの空間の中で焼いたのか?」
「えぇ。焼いたり切ったり出来ますよ」
ロゼはその異常性に、引っ掛かった。
空間魔法の空間は時間が進む。それはネクロマリアの空間魔法使い共通の事象だ。それとは対照的に、時空魔法の空間は時間が止まる。エスティの空間は後者なので、時間経過は無いはずだ。
「……エス、いつからそうなった?」
「トルロスへの転移門を開いてからです。空間の中で物を操ったり、時間を進めたりする事が出来ると気付いたんですよ」
「進めるって、空間魔法と同じって事?」
「いえ。倍速とか、10倍速とか」
「……はぁ!?」
エスティにとっては、これぞ時空魔法という感覚だった。
だが、ロゼ達は驚きを隠せない。
空間内の時間を進めるという事。
エスティは、時間を操り始めたのだ。
「エスティ、お前はどんどん人間離れしていくな」
「私、ちょっと怖いと思っちゃった。そのうち時間を巻き戻すんじゃないの……エスティ、改めて聞くけど、何で急に出来るようになるの?」
以前エスティは言っていた。時空魔法についてはよく理解が出来ないが、何故か出来てしまう。出来てからその過程を探るのだと。
「……さぁ、何ででしょうかね?」
「…………」
理由はエスティにも分からない。
妙な沈黙が覆った。
「まぁまぁ、食べましょうよ」
「……そうね。美味しいお肉が冷めちゃうわ。はいビールと枝豆ともろきゅう」
「おい、朝8時だと言ってるだろう。というか、ツマミと酒は持ち歩いてるのか」
3人は姦しく会話しながら、豪華なステーキを食べ始めた。
ロゼはその様子をじーっと眺めながら、不安を感じていた。
時空魔法が変化しているのは、今に始まった事ではない。それはいいにしても、最近のエスティは何かがおかしい。時折見せる主の有無を言わせない笑顔が、より疑わしい。
エスティは成長し、もう自分を頼っていた頃の子供では無い。だが、選んだ道の先がどこに繋がっているのか、エスティ自身も分かっていないように思えた。
「――まぁ待てって、ここは私に任せろ」
「駄目よムラカ、炬燵で休んでて!」
「これでも肉を焼くのだけは得意なんだ。頼むから、私の個性を奪わないでくれ」
ムラカがミアから生肉を奪い取り、キッチンで焼き始めた。
そんな2人の様子を、エスティは幸せそうに眺めていた。陽だまりのような穏やかな微笑みで、まるで2人を見守っているかのように。
その表情を見て、ロゼは急に胸が苦しくなった。エスティだけが視界から静かに消え去りそうな、そんな気がしたのだ。
「――おいエス」
「うわっ! 真っ黒焦げじゃない!!」
「ちょっとこれは許されませんよムラカ。畜産農家に謝罪ですね!」
「ぐっ……!」
エスティは怒っている。
それでも、嬉しそうだった。
◆ ◆ ◆
オリヴィエント、マチコデの事務室。
「――そういえば殿下。女神から殿下への献上品が届いておりますよ」
「な、何だとっ!!?」
バックスは3つの箱を取り出した。片手に乗る大きさだが、どれからも禍々しい魔力を感じる。【地中貫通爆弾の陣】と同等の魔力が込められているようだ。
マチコデは思わず立ち上がり、机に置かれたその謎の物体から後ずさりした。
「えぇと『これは【宝箱】です。日頃の感謝を込めたお礼の品となっております。蓼科の美味しい爆弾が入っておりますので、皆さんでお楽しみ下さい。なお、3つのうち1つはハズレです』」
「美味しい爆弾……?」
「多分、書き間違えたんですよ。流石のエスティでも、そんなまさかですよ」
バックスは説明書きを仕舞い、笑顔のまま3つの箱から離れた。
「……バックスよ。お前の育った環境では、感謝の印に爆弾を混ぜるのか?」
「ははは! 私とエスティを一緒にしないで下さいよ! ささ殿下、全部どうぞ」
「はっはっは! バックスからの贈答品という事で、ガラング様に献上しよう」
「またまたご冗談を!! そんな事したら死んでしまいますよ、主に私が!」
「「はっはっは!!」」
「――おい、何をしておる」
「!!?」
威圧感のある低い声。
いつの間にか、部屋の中にガラングがいた。
「が、ガラング様!」
マチコデとバックスは跪いた。
「これは何だ?」
「女神の新たな魔道具で、バックスからガラング様のプレゼントです。日頃の感謝が込められているそうですが、決して開けてはなりません」
「で、殿下! 私は化けて出ますよ!!」
「そうか。よい手土産になるな」
「はっ! ……は?」
ガラングは【宝箱】を1つ手に取った。
これからマチコデはガラングと共に出立する。ネクロマリア大陸をぐるりと巡行して、各国首脳と会談を行うのだ。最終目的地は、海の向こうにある海洋都市トルロス。長い旅となる。
魔族の進行が何故か落ち着いたため、各地では戦線の立て直しと移住の準備が進んでいた。そこにガラングが顔を出して、自分の権威を誇示する。『我が国はあの時空魔法の女神を抱えているのだ』と。
そんな仕事にもってこいの新製品。
「しかし、開けるなと言われると――」
「が、ガラング様ああぁ!!」
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