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第三章 運命のカウントダウン

第77話 歌う猫と音楽

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 その週の日曜日の朝。

 エスティ達は日向と共に、茅野市の街中にやって来ていた。

 森の中よりも標高が低いとはいえ、街中の気温は大きくは変わらない。エスティ達は厚めのコートで寒さをしのぎながら、日向の案内でようやく目的地へと辿り着いた。


「ちょっとエスティ、あれ見て……!」

 ミアが指を差した先に、屋内で苦しそうに走らされているお年寄りの姿があった。しかも、一人では無く複数人だ。

「ご老人が機械の上で走らされてますね」
「ここ、きっと拷問施設よ」

 ミアは急に不安に駆られた。安易にカラオケをしたいと言ったせいで、何だか怪しい場所に連れて来られてしまった。

「日向、この拷問施設で歌うんですか?」
「拷問施設って……あぁあれ? あれはルームランナーっていう、屋内で走るための機械。ふふ、拷問じゃなくて運動だよ」
「な、なるほど。そういう事でしたか。では、ミアに買ってやりますかね」

 エスティはミアを見た。

「エスティ、日向は何って言ったの?」
「拷問器具ですって」
「ひええ……恐ろしいわ……」


 ここはフィットネスジム兼、漫画喫茶兼、カラオケだ。たまに日向が友達と遊びに来るという複合型の娯楽施設だった。

 入口の自動ドアを抜けた瞬間、エスティは周りからの視線を感じた。異国風のエスティとミアは周囲から浮いており、特にエスティはその髪色にオッドアイと一際目を引いた。浴びせられるこの眼差しは、ネクロマリアに居た頃と変わらない。


 受付を済ませた日向は、エスティ達を暗い個室へと案内した。全員が入った所で、小さな個室の扉がガチャリと閉まる。

「すみませんね日向。ロゼの傷心旅行に付き合わせてしまいまして」
「いいよー! ロゼちゃんの為だもんね。それで、ロゼちゃんは?」

 エスティは傷心の理由を既に聞いていた。

 真面目な使い魔がカラオケに行きたいという訳が無いので、エスティがミアに追及したところ、ロゼの失恋が発覚した。そのため当初は行く気が無かったが、ストレス発散ならばと、こうして種を買うついでにやって来たのだ。


 エスティは背負っていたザックを下ろし、開いた。
 中から、ロゼがひょっこりと顔を出す。

「む、着いたのか」
「着きましたよ」

 ロゼはぬいぐるみ。
 だからカラオケ同伴も大丈夫。
 そういう事にした。


 ぬいぐるみはソファに飛び乗り、丸まる。

「主賓、何を歌いますか?」
「……エス、気持ちは嬉しいがカラオケに行きたいと言ったのはミアだ」
「大丈夫ですよ。はいマイク」
「やば、もう笑いの神の気配を感じるわ」

 ロゼはマイクを受け取った。

 ロゼは二本の足で立ち、重いマイクを両方の前足で抱きかかえた。エスティは最初は可哀想だと思っていた。だが、ミアがずっと大爆笑していたせいで面白くなっていた。マイクにしがみ付く猫そのもので、その佇まいだけでも面白い。

「ブフーッ!! ひっひっひ……!」
「もういい。我は吹っ切れた。歌うぞ」
「その意気です。この極悪なアホ聖女は放っておきましょう。ささ、日向があの曲を選んでくれましたよ」

 日向が水戸黄門のテーマを入れた。
 ロゼが好きなドラマだ。

「いいか、エス。笑うなよ?」
「大切な使い魔ですから、笑いませんよ」
「よし」


 そしてイントロが流れ始めた。

「……ニャ~ニャニャ~ニャッ♪」
「だーっはっはっはっは!!!!!」

 ミアが腹を抱えて笑っている。

「ひぃっひぃっ! ニャーって!!」
「ミア、わ、笑わないで下さい、ふふ!」
「ごめんちょっとこれは……ふふっ!」

 ミアの笑いが伝染して、エスティと日向も堪えていた笑いが決壊した。

「ニャ~ニャ……ニャ~ッ♪」

 ロゼはシロミィちゃんに振られた悲しみを歌っているつもりだ。だが、ニャーという鳴き声にしか聞こえない。しかも、妙に音程が合っていて上手い。

 他の3人はお腹を抱えて爆笑している。ミアに至っては、笑いすぎて涙を流しながら床で転がっていた。


 ロゼが歌い終えた。

「はぁ、お腹痛いです」
「歌詞が読めんのだ!!」
「すみませんロゼ。どうしてもあの爆笑につられてしまいまして」

 ロゼは床で寝転びながらひぃひぃ言っているミアの上に飛び乗った。そして腹部を尻尾でペシペシと叩き、怒りをぶつける。

「ミアめ、まったくストレス解消にならぬ!」
「は~笑ったわ。カラオケって最高ね」
「全然懲りてませんね……ミアはいつか痛い目に遭いますよ。ロゼ、判決は?」
「終身刑だ!」
「ふふ、確かに少し元気が出ましたね。では、ルームランナーの刑にしましょう」


◆ ◆ ◆


 エスティ達はひとしきり歌い終えた後、ミアをジムに放り込んだ。だがミアは嫌がる様子も無く、全力で楽しそうに走っている。


「……あの人、何でも楽しめるんですね。ロゼの失恋を爆笑するという悪態を晒した後に、音程も歌詞も滅茶苦茶なのに全力で歌ってるのを見たら、何だか私まで元気になりましたよ」
「ふふ、不思議な人だね」
「人間味はありますけど、デリケートでは無いですね。相手を傷付けそうなギリギリの線を行ったり来たりするタイプですよ」

 それでも、聖女モードの時は荒れた様子をまったく素を出さない。王族や貴族の間で気を遣うなどして、ミアなりに我慢していたのだ。


「そういえば、エスティちゃん達の国では歌を歌ったりしないの?」
「しますけど、歌というよりも伝承ですね。昔の偉人や人気の英雄などを詩にして、音楽を演奏しながら語るのです。いわゆる吟遊詩人というやつですね」

 エスティは日向と共に、休憩スペースで駄弁りながらミアを見ていた。手にはぬいぐるみの入った鞄を抱きかかえている。そのぬいぐるみがモゾモゾと動いて、鞄から顔を覗かせた。

「そういえば、エスも詩になっていたぞ」
「え!? 初耳なんですが」

 これも、ガラングの仕掛けた布教活動の一種だった。音にのせた詩というのは広まり易く、同時に人々も作りたがる。何かにすがりたい気持ちと、特に物を必要としない取っつきやすさも大きく影響していた。


「ロゼちゃん、何って言われてるの?」
「確か、『女神は世界を救う、水きれい』」
「何ですかその適当な歌詞は……トイレのCMか何かじゃないんですよ」
「いつもの水不足だ、仕方あるまい」

 ネクロマリアはとにかく雨が降らない。緑が少ない理由はこれに起因していた。雨季というのも存在せず、たまに降る雨を大切に使用して生活するのだ。

「今となっては、別世界のようですね」
「そうだな」

 空には雲があるのに大地に雨は降らない。となると、魔族の領地に雨が降っているのか、海上で雨が降っているのか。その真相は、エスティ達には分からない。


「何にせよ、歌を商売にするカラオケは目の付け所が素晴らしいです。アニメとかの曲を聞いてると、私も歌いたいと思いますし」
「そうだな。楽器しかり、この音楽文化をネクロマリアに持ち帰れば相当広がるだろう。音楽は人を笑顔にする力がある」
「ふふ、高評価ですね」

 エスティとロゼは、笑いヨガはまだ早いと考えていた。あんな荒んだ世界で理解されるには時間がかかりそうなのだ。だが、音楽は直観的で心を救う。


「私、ロゼちゃんが歌えば皆が笑顔になると思うんだ」
「日向まで何を言う……」
「だって、凄く可愛いかったよ。それに音程は完璧だったじゃん。自宅でカラオケできるマイク買いなよ」
「何、そんな物が!?」

 ロゼは食い気味になった。
 音楽に興味があるのだ。

「聞いたかエス。我のストレス発散だ」
「はい、もちろん買ってあげますよ。そして披露しましょう。ネクロマリアの王族の前で……ニャーニャーと……ふっふふっ!」
「エス!!」

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