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第三章 運命のカウントダウン

第76話 【衝撃音の鍬】・雪の広場を耕す二人

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 雪が降り続く、2月上旬のある日。


「――ねぇ、本当に爆発しない?」
「しないしない。ほら、見て下さい」

 エスティが鍬を下ろすと、広場にズンっという音が広がった。しかしそれだけで、何も起きない。鍬はその重さだけで地面に突き刺さっている。

「私では無理なんです。大好きなパワー系聖女の力を借りないと、私一人では何も出来ません」
「……よし、どんと来い」

 意気込んだミアは、鍬を担いで畑の予定場所へと歩いて行った。


 今日は雪融けの季節に向けて、畑を準備する日。ムラカが戻ってきたらいつでも野菜を育てれるように、広場の一角を耕しておくのだ。


 エスティ達は《浮遊》の効果により、暖かい空間が身体の周りに維持されたまま外での作業を始めていた。雨が降ろうが雪が降ろうが、この便利な効果のおかげで外作業も快適だ。

「いよいよスローライフって感じが出てきました。気分が上がりますね、ロゼ」
「耕しているのはミアだがな」
「よぉし、行くわよー!」

 ミアが鍬を大きく掲げ、勢いよく振り下ろされた。
 そして鍬が地面に触れた瞬間――。


 周囲にけたたましい爆発音が鳴り響いた。

「わあああぁぁああ!!!」


 ミアは驚いて身を伏せた。

 エスティは両耳をふさいだまま、その様子を冷静に眺めていた。爆発は起きていない。大きな音が鳴っただけだ。

「お、おいエス!! 何だ今のは!?」
「ミアの持っているのは【衝撃音の鍬】と名付けた魔道具です。爆破効果を外した代わりに、衝撃の大きさによって轟音が鳴る魔石を付与してみました。ふふ、格好良いでしょう?」

 ロゼはドヤ顔のエスティを見たまま、口を開けてポカーンとしていた。

 ミアが駆けて戻って来た。

「ちょっとエスティ! 早く外せ!!」
「でも農作業が盛り上がってグェッ!!」
「盛り上げてどうすんのよ、鼓膜が死ぬわ」
「じ、冗談ですよ」

 エスティは鍬から魔石を取り外した。

 そしてミアは再び畑へと戻り、鍬を振り下ろし始めた。ザクッ、ザクッと地味な音が鳴り、少しずつ地面が掘り返されていく。


 ミアは心を無にして、耕し続けた。


 半分ほど耕した所で、急に冷静になった。

「私は一体、何をしているのかしら……」

 何故わざわざこんな雪の中、鍬を振り下ろしているのか。別に今日じゃなくても……というか、ムラカが帰って来てからでもいいんじゃないのか。

「まずい、ミアが疑問を抱き始めました」
「いや……実際何をしているのだ?」

 雪はしんしんと降り続いており、耕したそばから雪が積もっていく。こんな天気で広場を耕す意味があるのだろうかと、ロゼにも疑問が湧いていた。


 ミアの頭には白い雪が積もっている。
 それでも、静かに鍬を振り続けていた。

「……何だか、囚人みたいですね」
「我は修験者のようだと思った」
「いや、あの顔は脱獄を図っていますよ。最初に暴動を起こすタイプですね。牢屋を通り過ぎる看守にニヤリと笑って言うんですよ。『脱獄方法を知っているわ。私、漫画で見たもの』」
「やめろエス、笑う」
「聞こえてるわよ!!」

 エスティ達によって集中力の途切れたミアが振り返った。

「ってちょっと、なんであんたら風呂にはいってんのよ!!」

 エスティとロゼは、露天風呂に浸かってミアを眺めていた。畑の予定地は広場の西側で、露天風呂の湯舟からよく見える。逆に言えば、外から丸見えだ。

「いえ、特にやる事も無くて……」
「交代よ、交代!」


 ミアの《浮遊》が解除され、シャワーで泥を流して慌ただしく露天風呂に入ってきた。それと入れ替わるかようにエスティが湯舟から出て、裸のままで鍬を持った。

「おいエス、ちゃんと服を着ろ!」
「《浮遊》でお風呂に浸かっている感覚を維持しているので寒くないんですよ」
「そうではない! あぁもう……」


 ロゼの忠告を聞く事も無く、エスティはミアの耕した土に触れた。

 ネクロマリアで植物の種を根付かせるためには、いくつかの実験が必要だろう。まずは、沢山の魔力を含んだ種を作る事から始めたい。

「農業の知識、からっきしなんですよね。確か、酸性の土壌には石灰を混ぜて土を作るとか、腐った葉っぱを混ぜ込んで栄養を与えるとか……」
「葉っぱなんてその辺の森にあるじゃない。取ってきなさいよ、裸で」
「その必要はありません。じゃーん!」

 エスティは空間から腐葉土を取り出した。
 ホームセンターで買ったものだ。

「日向に教えてもらいました。といっても、ここの土は元々黒々としていて栄養も豊富らしいので、野菜は良い感じに育つそうなのですが」

 腐葉土をポイポイと取り出した。結構な量を購入しており、土嚢どのうのようにどんどんと積み上げられていく。そして袋を一つ一つ破きながら、薄っすらと雪の積もった畑に撒いていく。

 これが正しい土づくりなのかはエスティには分からない。説明書きも読まずに、全部何となくでやっていた。


「うわ、裸に雪が積もってるわよ。華奢なだけに、悲惨な少女って感じよね」
「子供のままだ、まったく……」
「ロゼはエスティの父親でしょ。ちゃんと女の子らしくなるように教育しなさい」
「父親ではない、使い魔だ」

 エスティは土いじりが楽しいのか、鼻歌交じりで腐葉土を混ぜ込み始めた。2つのスコップに《浮遊》効果を付与し、手品のように器用に操っている。どう見ても女の子らしいとは言えない。


「女の子らしく、か……。ミア、実は悲しい知らせがある」
「何よロゼ。エスティにも言えない事?」
「そうだ。絶対に笑うなよ?」
「大丈夫よ、笑うわけが無いじゃない」

 湯舟に浸かったロゼが、深刻な表情でミアを見た。
 そして意を決して、口を開いた。


「――――シロミィちゃんに振られた」


「ブフーッ!! ひーっひっひっ!!!」

 ミアは腹を抱えて笑い出した。

「おいエス! この囚人は終身刑だ!!」
「ん、どうしたんです?」
「……何でもない。囚人に猫心を弄ばれた。こやつめ、呪いをかけてやる」
「ひぇっひぇっ! どうぞどうぞ!!」
「ニャー!!」
「聖女とは思えない笑い方ですね」

 ロゼが湯舟で暴れ始めた。
 まるで子供のようだ。

「ふふ、まだまだ子猫ですか」

 エスティはじゃれ合っている猫と聖女を放っておいて、畑に目をやった。
 そして、今後について考え始める。


 まずは種を集めたい。その辺の植物の種と、あとはホームセンターで購入する。そして何らかの方法で魔力の強い実を育てて、そこから更に種を取る。収穫された種の魔力が濃ければ第一段階は成功。その後、どの種がネクロマリアに根付くかの検証をしていく。

 魔石のように種に魔力を流し込むのか、魔石を一緒に埋めてみるのか。この畑で試してみたい事は多い。そして、副次的に収穫される野菜や果物は、皆で美味しく頂くのだ。

「優れた野菜を育てるためには、生産者の愛が必要です。愛を育むのですよ」
「そう、愛を……愛を育……ブフーッ!」
「ニャー!!」

 ロゼが暴れてバシャバシャと白濁の温泉が舞い上がる。

 エスティはその様子が気になり始めたので、畑仕事をやめてシャワーを浴びる事にした。


「はぁー、笑った。スッキリしたわ」
「悪趣味な聖女め!!」
「まぁまぁ。そういえば、この世界にはストレス発散と懺悔を兼ねた素晴らしい施設があるわよ。そこでロゼの荒んだ心をリセットしましょう。私も前々から行ってみたいと思っていたのよね」

 泥を流し終えたエスティが、露天風呂へと戻ってくる。

「ふぅ……さっきから何の話ですか?」
「ロゼが行きたい場所があるって話よ」
「ほう、どこです?」

 ミアはニヤリと笑い、エスティを見た。

KARAOKEカラオケよ」
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