時空の魔女と猫の蓼科別荘ライフ ~追放されたので魔道具作って生計立ててたら、元の世界で女神扱いされてる件~

じごくのおさかな

文字の大きさ
上 下
74 / 138
第三章 運命のカウントダウン

第74話 戦場のトレジャーハンター

しおりを挟む


 日向が帰った日の深夜。

 音の消えたリビングで、エスティは明かりも灯さず、庵の魔石の前にいた。


 暗がりの中、エスティは考える。

 あの場では平静を装ったが、上手く誤魔化せたかは分からない。少し慌ててしまったため、ロゼあたりは何かを察しただろうか。

 種というものが素材として必要だという事実。今まで《高度な追加機能》で必要だった素材から察するに、種も希少な素材だろう。その辺の植物の種でない事は間違いない。


 ……事実から逃げるのはよそう。
 この種は、きっと称号の『種』だ。

 《時空間化》の実装に必要なのは自分。
 馬鹿らしい。

(……はぁ)


 種という称号は特別なんだろう。最初にこの称号に気が付いたのは《魔女の庵》の発動後だ。時空魔法使いとなった時か庵を作った時か、どちらが切っ掛けで付けられたのかは、今となっては判断が付かない。

 ガラング達や黒装束の魔族たちの言っていた種。それは、自分自身の事で間違いない。種という言葉自体が時空魔法使いの呼称なのかと安易に考えていた。

 もしかすると、自分以外にも時空魔法使いがどこかに存在していて、同じ称号が付いているのかもしれない。それならば、《時空間化》の素材として自分が死ぬとその庵が崩壊してしまう、という矛盾も解決する。やるわけは無いが。


 ガラング達は情報を開示するとは言ったが、未だに隠し続けている。というか、秘匿されている情報が多すぎてどう動けばいいのか分からなくなる。

(……まったく)


 ひとまず、《時空間化》は諦めよう。
 見なかった事にする。

 エスティは考えを止め、自室に戻った。


 そして、机の上に置かれた布袋を見た。

 マチコデが置いていった、ネクロマリアに魔力を根付かせるための植物の種。研究者達が長い間夢見てきた、魔力の尽きない世界。

 この蓼科が、その世界かもしれない。
 最近はそう思うようになった。


「……目と口を閉じ耳を塞ぐ、でしたか」

 何かのアニメで聞いた言葉だ。

 逃げる事は簡単だ。何も考えずに美味しいご飯を食べて温泉に浸かり、ミア達と遊び惚けたい。この世界には楽しそうな娯楽がいくらでもあるのだ。

 だが、後ろ髪を引かれたまま、蓼科の生活を満喫する事は出来ない。この場所で植物の研究を進め、どうにかしてネクロマリアに魔力を根付かせなければ。


 エスティは隠れるようにベッドに潜り込む。
 庵の崩壊まで、あと232日だ。


◆ ◆ ◆


 オリヴィエント城、バックスの個室。

 ムラカは両手を上げて目を閉じ、無抵抗を表すポーズをとっていた。


「――私は一介のトレジャーハンター、ムラカだ。趣味は登山で、最近は釣りも始めた。決して怪しい者ではない」


 腕を組んでムラカの正面に立っているのは、マチコデの妻ドロシー姫だ。普段は儚げで落ち着いた彼女が、鬼の形相でムラカを睨んでいる。

「……ではムラカ様。なぜわたくしの旦那様、マチコデ様に飛び付いたのです?」
「ちょっと手が滑って」
「白々しい、涎を垂らしていたではありませんか! 貴女様は仮にも騎士でしょう、騎士としての誇りはどこに行ったのですか!?」
「それは……それをこれから探しに行く」
「この人面倒くさっ! バックス!!」


 バックスも思っていた。

 この人達の板挟みの方がもっと面倒臭い。


「落ち着いて下さいドロシー様、どうどう」
「私は馬じゃありません!!」
「バックス、面白いなお前。山登るか?」
「ムラカ様!!」


 この言い合いの原因はムラカだ。ムラカが転移してきてすぐに、マチコデの影武者に抱き着いたのだ。たまたまバックスに資料を渡しに来ていたドロシーにその様子を見られ、こうして怒られていた。

「しかし、本当にマチコデ様に似ているな」
「き、恐縮ですムラカ様! ファンです!」

 影武者の頬が赤く染まった。
 ムラカが近寄り、影武者と肩を組む。

「……それで、伴侶は?」
「ムラカ様、節操がなさすぎます! 貴方も早く出て行ってくださいませ!!」
「冗談だ、そんなに怒るな。どうどう」
「わあああぁあもう!!!」

 ドロシーは自分の頭をわしゃわしゃとしだした。整えた髪型が崩れていく。目がウルッとして泣きそうな顔をしている。


 バックスはムラカを見た。

「ムラカ様、程々に。ドロシー様も心労で疲れております」
「悪い。頭で分かってはいるんだが、どうしても嫉妬してしまうんだ。ドロシー様、申し訳なかった」
「はぁ……。私は戻ります……」

 ドロシーは立ち上がり、よれよれと疲れた様子で部屋を出て行った。
 バタンと扉が閉められる。


「……それでムラカ様、トレジャーハンターというのはどういう事です?」
「あぁ、エスティから頼まれてな」

 ムラカはバックスに事情を説明した。

「――という事で、今回は宝探しなんだ。何せ、聞いた事の無い素材だからな」
骨の砂水オスオー……どこかで聞いたような……」
「何、本当か!?」
「…………嘘ですよ、嘘! ははは、言ってみたかった台詞が言えました!」
「おいバックス」
「す、すみませんつい」


 バックスは慌てて資料棚へと向かう。

 ここは、ガラングから特別に与えられたバックスの個室だ。本来も王城の研究書庫として使われていた場所で、広さもそれなりにあるが、部屋の8割が本棚になっている。

 現在も名目上は研究室とされているが、扉番は常に2人おり、防魔法の陣も壁一面に張り巡らされている。敵の侵入を妨げる要塞でもあるが、脱出不可能な牢屋でもあった。


 という状況ではあるが、バックスもアメリアもこの生活を楽しんでいた。外に出たいと言えば護衛付きで出してくれるし、何不自由なく生活できている。暗いこの書庫も、バックスの光魔法と相性が良かった。

「アメリアは元気か?」
「元気すぎるぐらいですよ。今日もオリヴィエントの子供たちと共に、ミア様が教えてくれたリンボーダンスという踊りで遊んでいます。たまにラクス料理が恋しいねと言われますが、アメリアも私も体重は増え続けていますよ」

 バックスもこの部屋が気に入っていた。元研究者として、知的好奇心をくすぐる物ばかりなのだ。珍しい資料に目を通しては王宮の食事を頂くという、まるで来賓客のような高待遇を受けていた。


「この辺りの資料でしょうな」

 バックスは、古い羊皮紙の束を手に取った。年代が分からない程に劣化している。表紙の文字はかすれて読み取れない。

「棚の内容を全て把握しているのか?」
「えぇ、管理人のような仕事ですからね」
「……大したものだ」


 バックスはふわりと微笑み、羊皮紙の束の紐を解いた。古い羊皮紙の独特の香りが漂う。

「これは古代から数百年前までの、希少とされた各地の素材を記したものです。年代順になっており、こちらが第1巻で、あと残り15巻ございます」
「おいおい……」
「研究とは砂の中から宝石を探すものですよ。ささ、お手伝い願います」


◆ ◆ ◆


「――骨の砂水オスオー、これですな」
「ん、もう見つけたのか?」
「えぇ。ですが……」

 時間がかかるだろうと予想していた骨の砂水オスオーの資料は、なんと第1巻で見つかった。これはつまり、相当古い素材だという事を意味していた。


「ベレードグレイスという渓谷の底にある、特殊な魔力溜まりに浸かった魔獣の骨と記載されておりますな」
「ベレードグレイスに、魔力溜まりか……バックス、聞いた事はあるか?」
「ありません。魔力溜まりって何ですか?」
「昔はあったんだろうな、そういう場所が」
「同年代の地図を開いてみましょう」


 バックスは古地図を広げた。

 古地図の大陸も現在のネクロマリア大陸と形は同じだが、やや地形に違和感がある。そして古さ故か、注釈が妙に細かくて分かり辛い。

 渓谷とは、谷や山に挟まれた川が流れる地形の事だ。古地図上で血管のように走っている線が川だと思われるが、渓谷を探すなら山からだ。

「ベレードグレイス……ここですね」
「お、場所はどの辺りだ?」


 バックスはムラカを見た。

「マルクールの北部。現在の戦闘地域です」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

白の魔女の世界救済譚

月乃彰
ファンタジー
 ※当作品は「小説家になろう」と「カクヨム」にも投稿されています。  白の魔女、エスト。彼女はその六百年間、『欲望』を叶えるべく過ごしていた。  しかしある日、700年前、大陸の中央部の国々を滅ぼしたとされる黒の魔女が復活した報せを聞き、エストは自らの『欲望』のため、黒の魔女を打倒することを決意した。  そしてそんな時、ウェレール王国は異世界人の召喚を行おうとしていた。黒の魔女であれば、他者の支配など簡単ということを知らずに──。

S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る

神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】 元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。 ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、 理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。 今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。 様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。 カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。 ハーレム要素多め。 ※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。 よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz 他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。 たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。 物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz 今後とも応援よろしくお願い致します。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

処理中です...