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第三章 運命のカウントダウン
第66話 ペンションの最初のお客様
しおりを挟むペンションに最初のお客様が来る日の朝。
バックスから荷物が届いた。いつものように、【弁当箱】用の魔石が木箱の大部分を占めている。他に特別な物はなさそうだ。
荷物を収納した後、エスティ達は炬燵へと潜り込み、それぞれが思い思いの行動を始める。
「ムラカ、新聞だ」
「あぁ」
ロゼとムラカは新聞を好んで読む。ネクロマリアの情勢が気になっているのだ。
「エスティ、タブレット取って」
「ミア、その前にご飯ですよ」
ミアは寝る前も起きてからも漫画とゲームで、エスティはいつもならバックスの手紙を優先する。だが、今日は朝食がまだだった。
「やば、冷蔵庫に何も入って無いわ……チーズちくわでもいい?」
「いいですけど、今日は日向が泊まりに来るんです。しっかりと料理の仕込みをお願いしますね」
「そうだった。買い物に行かなきゃ……」
寒い寒いと家から出ずにサボっていた結果だ。ミアはのそのそと炬燵から抜け出し、冷蔵庫からチーズちくわを出して炬燵の上にぼてっと落とした。そして、ささっと着替えて庵を出て行った。
「ムラカ、気になる記事はあります?」
「……ラクスでも、移動が始まるようだ」
「移動って、例の南下ですか?」
「あぁ。それに、ラクスだけではない」
ミラールの大移動の余波は、各国へと波及していた。
それは、国家が主導ではなかった。
はじめに行動を始めたのは大商人と貴族だ。地価が上がるであろう大国オリヴィエントの土地を、先に押さえてしまうという魂胆だった。
それに続いて、ミラールの情報を聞いた国民たちが移動を始めた。魔族に対する不安が募り、国家に期待しない人々を動かしていたのだ。
「これは大きなうねりになるな。各国が空洞化すると魔族に対しての兵力も落ちて脆弱になる。……こうなると、騎士でも逃げ出したいだろう」
「もぐもぐ……結構まずい状況ですね」
「そうだな」
エスティはちくわを食べながら、バックスからの手紙を開いた。
「エス、そっちは何と書いてある?」
「えぇと……『ラクリマスが時空魔法使いだという資料は見当たらない。ガラング様は最近怒っていて取り次いで貰えない』。ガラング様は大変でしょうからね」
ミラールどころか、ネクロマリア中からオリヴィエントへと人が流れてくる。しかもガラング本人は、群島へと逃げたいのだ。
だが、エスティはラクリマスの情報が欲しかった。今となっては、あまり悠長にはしていられない。ヴェンが目覚めないのがもどかしい。バックスへの返信用の手紙に、どんな情報でも構わないから送って欲しいとメモを書いた。
「また食糧と水を買う必要があるか」
「そうですね、今回も早めに動きますよ」
これは急務となるだろう。
何せ、人の命がかかっている。
「『妹弟子の為に、2日後にサプライズを用意した』ロゼ、サプライズって事前に言うものなんですか?」
「バックスは女心が分かってないな。我なら黙って薔薇の花束を用意する」
「ふふ、粋な猫ですねロゼは」
「――――ごめんくださーい!」
「お……?」
玄関がコンコンとノックされた。
エスティは炬燵から出て、扉を開いた。
「おはようございます皆さん。ごめんねエスティちゃん、早く来ちゃった」
日向だ。それに、何故か買い物に行ったはずのミアも一緒だった。
「おはようございます、日向。大丈夫ですよ、どうせ暇してましたから。ささ、部屋を案内しましょう。ようこそ、ペンション『魔女の庵』へ」
「ふふ、お邪魔しまーす。おぉ、リビングもかなり大きくなってる!」
「そうでしょう、そうでしょう! それに廊下も幅を広げまして――」
エスティは日向の持っていた荷物を空間へと収納し、日向の手を取って客間へと向かって行った。ロゼもその後をてくてくと付いて行く。
部屋に残されたミアは、悲しく放置されたままのチーズちくわを掴む。
「……日向ちゃんのお昼ご飯と夜ご飯、これで大丈夫かしらね?」
「駄目だ。さっさと買い物に行くぞ」
「だって面倒くっっぶぇっ!!」
「ああいうのは友人同士で遊ばせてやれ。私達は空気を読んでデートだ」
ムラカは逃げようとしたミアの肩を掴み、2人で買い物へと出掛けて行った。
「――――とまぁ、また成典さん達にお願いする事になりそうなんです」
エスティはネクロマリアの事情を説明しながら、日向の泊まる客間のソファに荷物を置いた。
部屋はかなり冷えていた。暖炉の熱は、この2階までは届かないようだ。昨日取り付けられたばかりのエアコンを起動し、部屋を暖め始める。
「……それにしても、何だか生で日向を見るのも久しぶりな気がしますね」
「そうだよエスティちゃん! ムラカさん以外、誰も来ないんだもん!」
「ウッ!」
エスティと日向はオンライン電話で頻繁に会話をしていた。そのせいもあってか、直接会う回数は減っていた。寒かったというのもあるが、エスティが極度の出不精だったという理由の方がより大きい。
「まぁそれはいいとして……とりあえず、先にお父さんに連絡するよ。今回もかなりの量の食糧が必要なんでしょ?」
「はい。前回の倍は欲しいです」
「倍!? わ、分かった」
ネクロマリア用の食糧確保には、笠島家が大きく関与していた。地元スーパーとのパイプがあった成典は羊羹などを大口で発注し、陽子はネットで買い付けを行ってくれた。
エスティとムラカが怪しまれない程度に買い回るのにも、限界があったのだ。ミラール国民の命を救っているのは、笠島家と言っても過言では無かった。
日向は手短に電話を終えた。
そして、ロゼが口を開いた。
「日向、本当に感謝する。エス、近いうちに成典殿にお礼をしに行くぞ」
「そうですね、行きましょう」
「いいよいいよ、私から言っとくし! あ、でもロゼちゃんの奥さんはちゃんと紹介してほしいって言ってたかも」
「ふ、分かった。紹介しに行こう」
そんな話をしていると、その噂の奥さんが一階の屋根の上に乗っているのが窓から見えた。寒そうに体を丸めている。
「……日向、悪いが我は行く」
「いいよ。ちなみに、ロゼちゃんってシロミィちゃんとどうやって意思疎通してるの? あの子は喋れないよね?」
「喋れる」
「「………………え!?」」
「ふ、嘘だ。本能のようなものだ」
ロゼは颯爽と部屋を出て行った。
「……あんな冗談を言うような猫だっけ?」
「格好をつけるのが癖になったんですかね。朝は薔薇がどうとか言ってましたよ。自分の使い魔ながら、ちょっと気色悪いですね」
「フラれないといいけど……」
「まさか! まさかフラれませんよ!!」
「面白がってるじゃん、ふふ」
◆ ◆ ◆
リビングに戻ると、炬燵の上にムラカの書置きがあった。『買い物にすら行かない、性根の腐りかけた聖女をしつけてくる』。エスティはその気遣いに甘え、日向と2人でゆっくりと過ごすことにした。
昼食には日向の作ったパンを食べ、そして露天風呂に浸かり、風呂上がりには日向が持って来たゲームで遊ぶ。お喋りも沢山した。
穏やかな一日だった。魔道具を作らなければいけないという焦りは、少しだけ緩和されている。今夜は徹夜で寝れないかもしれないが、エスティはそれでもいいと思っていた。
そして気が付けば夕方。
玄関の扉が、バンっと開かれた。
「諸君、今日の夕食は何故かシシ鍋よ!」
「あ、今シシナベって聞こえた」
「言ってますね。どこに買い物行ったんでしょうか。あの人、もの凄い速度で順応してるんですよ。特に食い意地が張りすぎていてヤバいです」
「ふふ、いいんじゃない?」
日向は嬉しそうに微笑んだ。
いつもの明るい顔だ。
それを見たエスティは、問いかけた。
「……日向。もしこの庵が無くなったら、日向は寂しいですか?」
「え!? 失くしちゃうの!!?」
日向は驚き、目を丸くした。
その反応だけで、エスティは理解した。
「――いえ、少しだけです。《浮遊》で空を旅して、またここに戻って来ますよ」
「浮遊? 何それ、ふふ!」
やっぱり、この庵を失いたくない。
エスティは、運命に抗う事を決めた。
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