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第二章 堕落し始めた女神

第54話 冬の朝の炬燵談義②・【堕落者の土偶】【仮面の女神】

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 茅野市の歴史は非常に深い。
 それはなんと、縄文時代にまで遡る。


「ほんでのぉ、その国宝ってのがのぉ、えらい可愛いんじゃ」
「ほう、どう可愛いのですか?」
「それがのぉ…………分からへんねん」
「なるほど……」


 エスティは日帰り温泉で出会ったお婆ちゃんからその話を聞いて、早速考古学博物館へと出向いた。家からシニアカーですぐの距離にある場所だ。

 縄文土器が発見された茅野市の尖石とがりいし遺跡は国の特別史跡、いわゆる遺跡の国宝に指定されており、『縄文のビーナス』と『仮面の女神』という二つの土偶も、これまた国宝に指定されていた。


「そんな素晴らしい土偶を参考に作りました。その名も【堕落者の土偶】です」


 2人と1匹は、今朝も炬燵にやられていた。

 炬燵は大きい6人用サイズの物を新たに購入し、わざわざそれを置けるようにするために工房自体も広げた。そのおかげで、全員が炬燵に入ってだらける事が出来ている。

 炬燵机の上にどんと置かれたその土偶は、エスティが魔力粘土を使ってコネコネと成型したものだ。顔はハニワのように簡素で、体は寸胴、足も太ましい。


「何これ……お尻デカくない?」
「『縄文のビーナス』と蓼科の聖女ミアを合わせたイメージで作成しましたので、どうしても脂肪が増えてしまいグェッ!」
「早く作り直せ――うわっ!!」

 ミアは【堕落者の偶像】を握ろうとした。だが指先が触れた瞬間、恐ろしい寒気に襲われた。

「ななな、何よこれ!?」
「はぁはぁ……【堕落者の土偶】ですよ」
「そうじゃなくて、触っただけですんごい寒気がしたんだけど……!」

 エスティは手袋をしたまま、土偶を持つ。


 一見するとただの粘土の人形。だが、青と黒の小さな魔石が胴体に埋め込んであるのだ。それは外から見る事は出来ない。

「触れた物の温度を奪う魔道具です」
「へぇー、それってどう使うの?」
「お湯に沈めれば、水に変わります」
「……なるほどね、そっかぁ」

 エスティの返答を聞いたミアは、パタンと横になってタブレットを起動し始めた。一気に興味を失ったのだ。


「……いやぁ、兄弟子に頼んでマチコデ様に贈ろうと思っていたのに残念ですよ。『ミアがお尻がデカいと罵った土偶ですがどうぞ』と言うしかないですね。あー、残念です」
「待てやめろ。というか、そんな物騒な物をマチコデ様に贈らないで」

 自分の魔道具をマチコデが使ってくれているので、エスティはそのお礼として特別なプレゼントをと考えていた。この魔道具の使い道は、頭の良いバックスが考えてくれる。多分、暑い場所などで需要があるはずだ。


「あ、閃きました。ミアの血液を入れたら、マチコデ様に対する愛の重さで効果が増しませんかね?」
「逆に呪われるのではないか?」
「……ほう? ロゼ、私はこれでも聖女なのよ。私の清らかな血を入れたら、それはそれは美しく輝く土偶になるに決まってるわ」
「やってみますか?」

 エスティがそう言うと、ミアはなんの躊躇いもなく取り出した紙で指先を切った。じわりと出て来た血を、エスティは魔石で受け止める。

「ぐへへ……新たな研究材料です」
「エス、笑顔が汚い」

 エスティはロゼを無視して工房の椅子に座り、魔法陣を書き始めた。


「……自分の血が入った物を贈るのって、何かの恋愛漫画で見た記憶があるわね。確か、ヤンデレと言うらしいわよ」
「ほう。またミアの称号が増えたな」
「あまり嬉しい称号じゃなかったような……それよりもエスティ、『仮面の女神』とやらの魔道具も作りなさいよ。まんまエスティの事じゃない」
「作りましたよ」

 すると、エスティは引出しから何かを取り出した。アニメの魔女っ子のフィギュアが、白い紙の仮面を被らされているものだ。仮面はセロテープで張られていた。

「はいこれ、『仮面の女神』」
「雑すぎるわよ!!」
「こっちにも私の血を混ぜてやりましょう……ぐへへ、楽しい」


◆ ◆ ◆


 『尽きる事の無い魔力』
 『その姿を見ると、体が重くなる』
 『誰にも分からない時空魔法の術式で、迷宮の一つをいとも簡単に滅ぼす』


 エスティの知らないところで、オリヴィエントの重鎮達は女神についての情報を搔き集めていた。

 本人に聞くのが最も早い。
 だがそれも難しい状況になってきた。


 ガラングが下手を打ち、今もエスティには疑われている。それに、魔族の妙手によってエスティがネクロマリアに戻りにくくなってしまった。バックスの周りにいる人間の誰が魔族の統率者なのか、その区別がまったくつかないのだ。

 何よりも、女神エスティは気分屋だ。頼めば助けてはくれるだろうが、本人に英雄願望などはまったく無く、むしろ穏やかな日常を過ごしたがっている。

 そんな本人の想いとは別に、オリヴィエントの国民はエスティを勝手に祀り上げるまでになり、ミスを犯したガラングよりも信頼され始めていた。特に、その姿を見た者は狂信的な程だ。


 ガラングはエスティの意思をネクロマリアに向けたかった。
 だが、上手くいかないのだ。


「何なのだ、一体……」

 ガラングは眉間に皺を寄せた。知れば知るほど、エスティの異常性が明らかになっていく。


 元は孤児だというが、その出自はまったく辿れない。捨てられていた所を拾われただけで親族は不明。あの髪色も、ラクスでは他に類を見ない。

 魔力操作も異常なまでに優れている。魔道具を見る限り、自分の容量をはるかに超えている魔力も動かしているはず。アリが象を操るのと同じような事をしているのだ。不気味以外の何物でもない。


「オリヴィエント王。女神から王への献上品だそうです」

 転移してきたミラール王から手渡されたのは、そんなエスティが作った魔道具【仮面の女神】。精巧に作られた人形で、服を脱がせる事ができる優れものだ。


「バックス、王に説明を」

 ミラール王がそう言うと、バックスは跪いたまま手紙を取り出した。

「承知しました。『この【仮面の女神】は、煩悩を忘れないようにするための魔道具です。私の血と【魔力移動陣】が組み込んであり、スカートの中から微弱な魔力が飛んでいます。ガラング様がどうしても気になってしまうように調整してみました』」
「…………」
「『それだけではただの面白道具なので、スカートの中をチラッと覗いた人に魔力を与えるようにしました。魔力の時間は止まっており、ストックされている総量はおよそ1万です』」
「い、1万だと!!?」

 桁違いの量だ。魔法軍が前線でスカートの中を覗けば、劣勢の状況でも逆転が可能かもしれない。


「『発せられる魔力の影響で魔族を吸い寄せる可能性があるので、なるべく安全な場所で覗いてください』以上です」
「儂への嫌がらせの道具かと思ったぞ」
「彼女は優秀ですが、毎回こういった余計な機能を追加するのです」

 何でもいいからとりあえず一泡吹かせてやりたいという、エスティの習性みたいなものだった。

「ふん、まぁよい。会議に移るぞ。バックスも座って話を聞け」
「はっ!」


 これから、魔族の状況についての説明が始まる。
 重い話になるはずだ。
 だが、ガラングは先程からチラチラと【仮面の女神】を見ている。スカートの中が気になって仕方がないようだ。

「妹弟子……」
「どうしたバックス?」
「い、いえ! 失礼しました!」
「まったく、気が抜けておるぞ……しかし、なんと素敵なスカートだ……」


 バックスとミラール王は気付いた。

 これは、ガラング王の周りにいる人間への嫌がらせの魔道具だ。どんな魔法を込めたのかは分からないが悪質だ。エスティのニヤリと笑う顔が目に浮かぶ。

「パンツ……っぐ、なんだこの魔道具!!」

 真剣な表情のガラングとは正反対に、二人は笑いをこらえ始めた。
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