30 / 138
第一章 蓼科で生活環境をつくる魔女
第30話 解放されし自宅温泉
しおりを挟むそして翌朝。
エスティは、とりあえず朝風呂に入った。
温泉があれば、とりあえず浸かる。
そしてお酒を飲みたくなる。
今飲んだら多分寝るので、夜になってしまう。夜になったら再び風呂に入ってお酒を飲まなきゃいけないから、永遠にループする。新しいタイプの魔物の出来上がりだ。
だが――。
「……考えたが、結構まずい状況なのではないか?」
ロゼにそう言われて、エスティは思い留まった。
広場の温泉はこうこうと湧き出ている。そして、庵の支柱は温泉に浸かりきっていた。
日向からは「硫黄って体の不純物が溶けたりするんだよ」と聞いていた。この庵のある広場は窪地になっているため、このままだと腐食する。
そして更に大きな問題が発覚した。排水用に作った地下ピットの空間に、温泉の湯が延々と流れ込んでいる。地下に繋がる梯子は、既に半分以上が温泉に浸かっていた。このままでは排水を汲み取りに行けない。
「困りました」
打開策を求め、庵の魔石に触れた。
「改築したら水が引かないでしょうか?」
エスティの問いかけに返事は無い。
ロゼは今、笠島家で相談しているはずだ。
取り急ぎ、庵に必要な追加機能は『防水』と『防腐』の効果だろう。
「えぇと、浸透型の防腐防水剤、油性の木部保護塗料……。これは商品名でしょうかね?」
必要なのはこの2つ。
蓼科の素材のようだ。
所持していない。
エスティはバックスから送られてきた木箱を開き、使えそうな素材がないか探し漁る。臨時で【貯水用弁当箱】を複数作ってみようかとも考えたが、この魔道具は不完全さが怖い。
「もういっその事、兄弟子の背中に繋ぎっぱなしにして、背中温泉人間に仕立て上げて……お、これは?」
かなり大きな魔石があった。
何かしら使えそうだが、今は難しい。
諦めたエスティは工房へと向かう。
棚を見上げた。
ネクロマリアで購入した素材が並ぶ。
そして机にはノートパソコン。本棚にも基礎教本と応用教本全てが揃っている。
物資は充実しているが、どうするか。
工房の窓から外を眺めた。
あの湧き出ている場所に蓋ができれば、問題は解決するはずだ。
「……現場を見に行きますか」
エスティは短いパンツに履き替え、玄関を出た。そして浅く大きな広場の湯船に足を踏み出す。歩くたびに温泉の波紋が広がる。
「ああぁ、無駄に気持ちいいです……」
絶妙な温度だ。
仰向けで浮かび、何ならお酒を飲みたい。
そんな欲望と戦いながらも、エスティは吹き出し口らしき場所を見つけた。
広場の西端で、露天風呂用に仮で作ったウッドデッキから南西に進んだ位置だ。ほぼ森の入り口に近い。
「これは……結構な量ですね」
広場に向かって流れ出ている分と、南側に流れ出ている部分とで分岐していた。どちらかといえば、南側に流れている方が多かったのだ。
手で押さえようにも、結構熱い。
「どうしたものか……」
「――おーい、エスティちゃん!」
どうやって蓋をしようか考えていた時、庵の方から成典の声がした。ロゼと作業着を着た見覚えの無いお爺さんもいる。
「成典さん、こっちですー!」
ロゼはその場で待機し、あとの二人はバシャバシャとエスティの方にやって来る。そして状況を確認した作業着のお爺さんが、急に慌てだした。
「こりゃ、やばいべや」
そう言って機材で細工を始めた。
その場をお爺さんに任せて、エスティと成典はロゼの元へと戻る。
「いやぁ、なんだこれ凄いね」
「成典さん、お仕事は大丈夫なんですか?」
「うん。今日は第1金曜日だからね、たまたま休みだったんだ。ロゼから聞いて驚いたよ」
成典はそう言って、南を指差した。
「幸いな事にあっちの川に向かって流れているようでね、被害は無いよ。あとこんな状況で言うのもなんだけど、温泉審議会から連絡があったんだ」
「お、何と言っていましたか?」
「それが、恥ずかしい話でさ。実は――」
なんと、成典の祖父が既に許可を得ていたと回答があったそうだ。将来この場所に温泉宿を作るために開拓していたところ、金銭的な理由で不可能となりそのまま放置されていた、というのが真相らしい。
そのため、自噴していた場所には既にバルブが取り付けてあった。だが今回それが何らかの理由で破損し、こうして温泉が流れ出たと。
「あちらの職人さんが若い頃に作ってくれたらしくてね、昔の図面を持っていたんだよ」
「助かります」
「だから、もういつでも温泉として使用して構わないよ」
いつでも温泉!!
もう温泉が使える。
自宅で、いつでも温泉が!
「――聞きましたか、ロゼ」
「鼻息が荒いぞ、エス」
「ありがとうございます成典さん!」
「はは、どういたしまして。むしろ、こちらからも管理を頼むよ。今みたいな事が再び起こりかねないから」
「もちろんです!」
「よし! それじゃ、まずは止めないとね」
それからは、皆で連携して作業を進めた。
破損したバルブを何とかするために、まずはエスティが温泉を【弁当箱】につめて移動した。そして、お爺さんと成典が二人で新品のバルブを付け替えた。
バルブは2ヶ所。一つはそのまま内湯へと接続し、湯量の多いもう一つは外湯として露天風呂予定地へと吐き出し口を伸ばす。
作業は丸一日かかった。
「何かあったら、また呼ぶべや」
「じゃ、僕もこれで」
「はい、ありがとうございました……べや」
これでようやく、温泉の準備が整った。
◆ ◆ ◆
その夜、日向が泊まりに来た。
明日は土曜日で学校が休み、それに明日はネットを繋げるための業者が来る。日向にも立ち会ってもらう予定だったため、急遽お泊り会となったのだ。
「本当に温泉だ、しかも白い!」
温泉を楽しみにしていた日向は、浴槽に勢いよく飛び込んではしゃいだ。
「あぁー気持ちいい。エスティちゃん、露天風呂はどんな感じで作るの?」
「大きい混浴を一つ、家族風呂を一つ作ります。成典さんと陽子さんが入りたがっていたので」
「おー、ありがとエスティちゃん!」
「あーあー、風呂場でバシャバシャするな」
ロゼに水がかかるのを気にせず、日向は喜んでエスティに抱き付いた。
その時だった。
「……ニャー…………」
「ん、何ですかロゼ。そんな可愛い声出して」
「しっ!! 我ではない、外だ!」
ロゼは慌てて窓に駆け上り、外を探す。
白いネコが森の中へと去っていく姿が見えた。
「ぐおおお、可愛い!」
「ロゼ……まだ発情してたんですか」
「これは本能なのだ」
そう言ってため息を吐き、ロゼは再び浴槽内に戻ってくる。
「ロゼ、可哀想に。実は、そんなあなたに更に残念なお知らせがあるんですよ」
「聞きたくは無いから、話さなくてもいい」
「地下ピットがまだ温泉だらけでして」
ロゼは日向を見た。
「……日向、助けてくれ」
「? 何の話?」
その後エスティは日向をも巻き添えにし、こっぴどく怒られた。
0
お気に入りに追加
179
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!
文野さと@ぷんにゃご
ファンタジー
一人ぼっちの魔女、ザザは、森の中で暮らしていた。
ある日、泉で溺れかけていた少女を助けようとして、思いがけず魔力を使ったことで自身が危険な状態に陥ってしまう。
ザザを助けたのは灰色の髪をした男だった。彼はこの国の王女を守る騎士、ギディオン。
命を助けられたザザは、ギディオンを仕えるべき主(あるじ)と心に決める。しかし、彼の大切な存在は第三王女フェリア。
ザザはそんな彼の役に立とうと一生懸命だが、その想いはどんどん広がって……。
──あなたと共にありたい。
この想いの名はなんと言うのだろう?
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。
幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』
電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。
龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。
そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。
盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。
当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。
今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。
ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。
ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ
「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」
全員の目と口が弧を描いたのが見えた。
一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。
作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌()
15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる