時空の魔女と猫の蓼科別荘ライフ ~追放されたので魔道具作って生計立ててたら、元の世界で女神扱いされてる件~

じごくのおさかな

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第一章 蓼科で生活環境をつくる魔女

第20話 魔女は大鍋で枝豆を茹でる

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「ちょっとロゼ、食べすぎですよ」
「我は毒見をしているのだ」
「毒の入った枝豆なんて、あるわけがないでしょう」


 バックスから銀インゴットが届いた日の翌日。

 エスティは庭先に大鍋を置いて、大量の枝豆をぐつぐつと茹でていた。魔女らしく長い棒で鍋をかき混ぜているが、何かを調合しているわけでは無い。


「これは大事な商品なんですからね……もぐもぐ……!」
「おいエス、お前もさっきからずっと食べているではないか」
「いやこれ、なぜか止まらないんですよ」
「よく分かる」


 銀インゴットの山は、成典経由で貴金属買取業者に引き渡した。見た事も無いような銀がこんなに大量に出る事に怪しまれはしたが、「他より優先するから長い付き合いを」と頼んだら快く受け取ってくれた。質も良かったらしい。

 そして笠島家にはパンの代金と謝礼を支払った。謝礼はいらないと言われたが、ロゼが無理やり押し付けたら受け取ってくれた。成典もロゼには弱いようだ。


 そしてまたパンを焼いてほしいとお願いしたが、なんと断られた。成典の休暇が終わり、しばらくは店のパンを焼くだけで精一杯となったためだ。

 なので、今回は代わりとして蓼科の枝豆を大量に箱買いした。これを【弁当箱】に詰めて、ネクロマリアで転売するのだ。


「美味しいから、きっと枝豆も売れますよ」
「そうだな……もぐもぐ……」
「ああああぁもう、それ私の分!」

 茹でたそばから無くなっていく。

 枝豆は無限に食べれる。


 今朝バックスへ送った手紙には、7日後には全て用意して送れると書いた。商会で弁当箱を売るならば、製作者は『エスティ化学』にしろとも伝えた。

 弁当箱を作る事自体はそこまで複雑ではない。時空魔法を魔石に焼き付けるため、魔力と時間がかかるだけだ。

 むしろ、この枝豆の方が大変だ。

「今のでどれだけ茹でましたか?」
「ざっと4分の1だろう」
「うへぇ……」


 日が暮れ始めた頃には、エスティの腕はパンパンだった。


 工房に戻って机にぐったりと突っ伏しながら、今度はその手で【弁当箱】に魔力を集め続ける。

「私の悠々自適な生活は、こうして枝豆を茹でる事ではないのです」
「何にせよ、働かねばならぬという事だ。おかげで資金はかなり貯まったのだろう?」

 ロゼの言う通り、銀インゴットは予想以上に高値で引き取ってくれた。しかも査定次第では、今後の買取に上乗せも考えてくれるという。机の上には、受け取ったばかりの札束が無造作に置かれていた。


「そうですね。ようやくこの世界でも自立ができますよ」
「まだ世話になりっぱなしだと思うがな」

 エスティはいまだに毎日、笠島家に通っている。風呂、食事、衣類は全て笠島家に頼りっきりだった。

 そろそろ日向の学校も始まるらしいので、買い物や移動方法なども覚えなければならない。字が読めないので、家電の使い方も聞いておきたい。読み書きが出来ないというのは中々に不便だった。

 だが、会話が出来るだけでも全然違う。
 ロゼがいて本当に助かった。


 そのロゼは、隣でラクス新聞を読んでいた。
 気になる記事を見つけたようだ。

「……どうやら、隣国のミラールがよくない状況らしい。町も閉鎖的で息苦しいと書いてある」
「みたいですね。でも、兄弟子の手紙には平気だって書いてありましたよ?」
「新聞は危機感を煽って読者数を稼ぐからな。多少は誇張してるのかもしれぬ」

 エスティはロゼと話しながらも【弁当箱】を一つ創り上げた。空間から茹でたての枝豆を取り出し、ザーッと入れていく。

「兄弟子は戦えませんが、世渡り上手ですからね。きっと商会も上手くやるでしょう」

 光魔法しかない兄弟子は、自分に足りない分を知識で補ってきた。自分とは違う本物の努力家だとエスティは思っていた。


 エスティは新しい魔石を手に取り、再び魔力を流し始めた。

「それに、いざとなれば私は庵を閉じて帰りますよ」
「……我はエスの決定に従おう」


◆ ◆ ◆


 翌日。


 日向と二人でバスに乗り、家電量販店へと訪れた。

 日向は夏休みの課題の追い込みに追われていたが、庵の荷を揃えるためにわざわざ買い物に付き合ってくれたのだ。ロゼは店内に入れないので家で留守番だ。


 時間も惜しいので、目星を付けていた家電を現金で一気に購入する。

「後日でよければ配送致しますが、どうしましょうか?」

 金額は7桁を超え、かなりの量になった。全て日向に任せたため、エスティはよく分からないままだ。

「ここに置いておいてください。後で親が取りに来ますのでー!」
「こ、ここにですか? 畏まりました」

 ピロティ式の駐車場の隅に、買ったばかりの家電がズラリと並べられる。どれも大型家電ばかりで、異様な光景だ。

「これで全部です。よろしいですか?」
「はい、ありがとうございましたー」

 店員が去って行くのを確認した後、エスティはパクっと空間に収納する。


 ……だが、ちょっとが早かった。

 店員が急に振り返った。

「お客様。領収書を……ってあれ!!?」
「あ……」

 ほんの十数秒前まであった家電の山が、一瞬にして消え去っている。


「「……」」


 エスティは無表情で固まったまま、だらだらと汗を流し始めた。

「マジックですよマジック、あははっ!」
「ま、マジックですか、はは。じゃ、領収書です」

 日向が苦しいフォローを入れた。店員は何も見なかったことにしたようだ。

「エスティちゃん、ちょっと!」
「ご、ごめんなさい」

 危なかった。


 そのまま徒歩圏内にあるファストファッションの店で服を大量に購入し、ホームセンターで小物類をまとめ買いし、ドラッグストアで生活消耗品を大人買いし、スーパーで当面の食糧を買った。


 しかし、大好きなお酒は買えなかった。

「じ、18歳です」
「君は子供でしょ。警察呼ぶよ」

 エスティは泣きそうになった。
 今度、成典に頼むことにする。


 そうして、全てを買い終えたのは夕方。日向も久しぶりに歩き回ったせいか、家に到着する頃にはヘトヘトになっていた。


「また随分と買ったわねぇ……」

 陽子が領収書の束を見て、驚いていた。
 一日の買い物では見たこともない金額だ。

「日向が付き添ってくれたおかげです。片付けるのには何日かかかると思います」
「手ぶらで運べるだけでも楽ちんだよ」

 今日は行きも帰りも同じ格好だ。
 買った物は全て空間の中に収納してある。


「エス、もう暗い。早く帰らないと」

 笠島家で留守番をしていたロゼが、エスティの膝にひょいっと飛び乗った。

「今からだと危ないよ?」
「でも……」
「エスティちゃん、今日は泊まっていきなさい。お父さんも夕飯の後、温泉に連れて行ってくれるって言ってたし」

 エスティは後ろめたさを感じていた。日向も含めて皆が忙しそうなのに、一番暇な自分が迷惑を掛けている。


 だが同時に、笠島家の温かさが嬉しかった。
 この家族が大好きだ。

 もっと好きになりたい。

「――ありがとうございます、お母さん!」
「ぐふぅっ!」
「えぇ!? お母さんって!?」

 日向は初耳だった。

「はぁはぁ……たまんないわぁ、もっと言ってちょうだい」
「お母さん、お母さん!」
「おいエス……」
「エスティちゃん、落ち着いて!」


 そして、タイミング良く成典が帰ってきた。

「ただいま。ってどうしたんだい?」

 エスティがトトトっと成典に近付き、言い放った。

「おかえりなさい――お父さん!」
「ぐはぁっ!」
「まったく……」
「ロゼも恥ずかしがらずにほら」
「言えるか!」
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