時空の魔女と猫の蓼科別荘ライフ ~追放されたので魔道具作って生計立ててたら、元の世界で女神扱いされてる件~

じごくのおさかな

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第一章 蓼科で生活環境をつくる魔女

第11話 庵は出来たけど、足りない物が多い

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 ネクロマリアの辺境、ラクス王国。

 その王都ラクス城にある会議室。


 重苦しい雰囲気の中、会議が終了した。

 緊急で集められた有力者達が散り散りに去っていく中、じっと座ったままの勇者がいた。


「ミラールの半分以上だと……」

 勇者マチコデは王子として、そして王都の守護者として会議に参加していた。そこで聞かされたのは驚愕の内容であった。

 ラクス王国の北東にある、隣国ミラールの半分以上の領土が、既に魔族に飲み込まれていたのだ。


 ここ最近の魔族の増加は著しい。ネクロマリア全土で起きている魔力の枯渇が何かしら影響を与えているのだろうが、因果関係は掴めていない。

「軍勢は増えてる。駆除しても、それ以上に増加する速度が早く追いつかん」

 一時は地位の失墜したマチコデも、今やそんな場合では無くなった。魔族と戦える兵士として、ひたすらに領地を回り続けているのだ。

「俺が死ぬとラクス王国が傾く、か」

 それが事実だとしても、随分と身勝手な会議だった。散々自分を批難しておいた有力者達が、くるりと掌を返してきたのだ。安全地帯から動かない者達が何を言うのか。

 美しき魔女エスティへの恨みなど、もはやどうでもいい。ネクロマリアの人族の領土は飲み込まれ始めている。マチコデに足を止める事など許されない。


「……準備が出来たら出立する。次も大物だ。漏らすなよ?」
「ふふ、何を言う。子供じゃあるまい」
「いつでも行けるわ」

 マチコデの呼びかけに、ムラカとミアが軽口を叩く。リヨンはもういない。この二人の冷静さだけが、戦場で生き残るための状況判断に繋がるのだ。

「その意気だ。行くぞ!!」


◆ ◆ ◆


 外は霧雨が降っていた。
 森の香りが、庵の中にもほんのりと漂う。

 そんな天気でもホーホケキョと鳴いているこの鳥は、ウグイスと呼ぶらしい。


 エスティは木の床に寝そべり、バゲットを食べながらだらけていた。

「ロゼ。私は致命的なミスに気が付いたんですよ」

 ふーーっと伸びをしたロゼが、座り直してエスティに振り向いた。

「む、何だ?」
「この家トイレがありません」
「…………」
「というか、水道もありません」

 ロゼは動かない。

「風呂はまぁ、後日でもいいでしょう。でもトイレは欲しい。ウォシュレット付きのやつです」
「……エス。お前は昨晩、酔っ払ってトイレ行くと言い、高笑いしながら転移門の部屋に入って行ったな」


 ロゼの言葉で、エスティの目が泳いだ。


「――さぁて、買い物でも行きましょうか」
「おいエス! それは駄目だろう!」
「掘り起こさないでくださいよ! わわわ私だってなぜか途中までトイレだと思ったんですよ!!」

 エスティは赤くなり、両手を頬にあてた。
 足もパタパタとさせている。

「途中で気付いたのなら止めろ!! あぁ、我は一体どこで教育を間違えたのだ……!」
「ひえー、私は何という恥ずかしい事を……もう泣きそうです」
「泣きたいのはバックスだろう……」

 時空魔法による転移門の先はバックスの背中だ。バックスは、21歳にして背中からお漏らしをしているはずだ。

「……ま、終わった事にくよくよしても仕方がありませんね」

 そう言って、エスティは何事も無かったかのように再びバゲットをかじった。

「その気持ちの切り替えようがエスらしくて呆れるな」
「でも、さすがに兄弟子に迷惑を掛け過ぎていますね。《魔女の庵》や《設計魔図》も安くなかったはずです」

 エスティは座ったまま、壁に付いている庵の魔石を見た。


 昨日は空っぽだった自分の魔力は、既に満杯だ。器自体が小さくなったのもあるが、やはり左目が周囲から取り込んでいる分が大きい。

 そして、器の広がる速度も恐ろしく早い。勢いは幼少期以上で、このまま増え続ければ器は以前の大きさをも超えるかもしれない。


「――実は私、働きたくないんですよね」
「おいエス」
「でも、やりたい事はたくさんあるんです。まずは住環境を整えたいですね」
「蓼科でもネクロマリアでも資金が無いだろう。どうする気だ?」
「やっぱり人間働かなきゃだめですね」
「はぁ……」
「では、優先順位を付けましょう」


 やりたい事を成すため。

 ①一定額の資金調達
 ②水回りの改築(資材と魔道具集め)
 ③兄弟子への返済と、笠島家への謝礼
 ④家具の設置
 ⑤電気を通して家電を購入
 ⑥ネット回線開通
 ⑦温泉の整備


「第一段階はこんな感じでしょうか」
「やはり、必要なのは資金か」
「魔道具を作れたら足しになるかもしれませんが、素材にもお金がかかるんですよね」

 成典なら、時空魔法をこの地で有効に使う手立てを知っているかもしれない。だが、それは最終手段にしたい。ここ蓼科には、日常に魔法が無い世界なのだ。


「転移門を開くには、どれぐらい魔力を使うのだ?」
「以前は魔力の器の半分ぐらいでしたね。というか、ネクロマリアに戻ったら今の小さな魔力の器では転移門を開けないでしょう」
「……となると、行くと戻れなくなるか」
「も、物の移動ならできますけど」

 エスティは目を逸らした。昨晩やらかした時に行ったように、こちらから門を開くのには自分の魔力を使わなくて済む。

「では、バックスに相談の手紙を出すか。あの研究者が蓼科で調査したい事もあるはずだ」
「そうしましょうか」


 そして、エスティは自分の要望と相談事項を手紙にしたためた。つらつらとやりたい事を書いていったら、かなり我儘な内容の手紙になってしまった。


 転移門の部屋へと向かう。

「そういえば、バックスが寝てたらどうなるんだ。転移門は開くのか?」
「一応開きます。でも、門は兄弟子の背中にひっついているようなので、寝てたらベッドが邪魔で抜けれないでしょう。蓼科とネクロマリアで時間感覚が同じなのは不思議ですが、都合はいいですね」
「まぁ今は布団でも洗っているだろう」
「ロゼ、意地悪ですね」


 エスティは手をかざして転移門を開いた。

 門の向こうの景色はこちら側からは見えず、青い水面ような境界面がゆらゆらと揺れているだけだ。

 そこに書いた手紙を放り投げる。そして手紙が門の中に吸い込まれてすぐに、転移門は音も無く閉じた。

「跳ね返されなかったと言うことは、向こうも起きているのでしょう」
「そして、突然背中から手紙が現れるわけか。気の毒に」
「兄弟子は私の突飛な行動には慣れていますよ。さて、次は庵を調べてみましょう」


 ロゼはどうかとは思いつつも、何も言わずにエスティに着いて行く。今度はリビングの魔石の前にやって来た。エスティは早速、庵を本格的にいじってみる事にしたのだ。

「では早速試してみましょうか、ぐへへ……」

 エスティは両手を合わせてスリスリした。

 魔石に手をかざすと、目の前に《魔女の庵》の状態情報が現れた。

 《魔女エスティの庵》

 【庵の主】 エスティ
 【家屋】  木造平屋
 【術式】  《魔女の庵》《設計魔図》
 【追加機能】《改築》《整備》《解体》
       《高度な追加機能》
 【周辺環境】
  ・
  ・


「おー、これは色々と遊べそうです!」

 情報は細かい。

 気温や湿度、周囲に漂う魔力や建築資材の劣化具合、温泉の成分、ここに存在する虫の種類。それに、庵の改築方法や必要資材の数量、有用なオプションについての説明書きまであるようだ。

 エスティはワクワクしていた。魔法適性は空間しか無いが、魔法と付くものは昔から何でも好きだった。庵の魔法がこれ程までに高度に作られているとは予想外だった。


「エス、寿命はどれぐらい伸びたんだ?」

 ロゼの問いかけを、魔石で覗いて確認する。自分の名前に触れると、今度は自分の情報画面に切り替わった。


 【名前】 エスティ
 【身長】 149.6
 【体重】 40.5
 【魔力】 502/502
 【庵の崩壊】 
  ・
  ・

「……空白になっていますね」

 この【庵の崩壊】という所で死期が分かるはずだが、押しても何も出てこない。

「それよりも、身長が……」

 だがそんな事よりも、身長がまったく変わっていない。この容姿で固定されてしまったエスティは、軽くショックを受けていた。


 そして、更に情報を読み取っていく。エスティの称号は『時空の魔女』『蓼科の魔女』『種』。

「あ、称号が変わってますね。ロゼ、『種』って何か分かりますか?」
「種? 聞いたことがないな。日頃の行いで思い当たる事はないのか?」
「んー、種ですか。トウモロコシぐらいでしょうかね。甘すぎてアホほど食べましたよ」

 あのトウモロコシは甘すぎた。
 エスティのお腹がぐーっと鳴った。

「そろそろトウモ……日向に会いに行きましょうか。温泉にも行かなければ」
「もはや気の赴くままだな。これから長い寿命を、こうして堕落しながら暮らすのか……」
「ふふ。今だけですよ、今だけ」


 エスティはロゼを抱え、庵を後にした。


◆ ◆ ◆


 ネクロマリア、バックスの研究室。

 魔族の増加に伴い、数十日後にはこの研究所が軍に引き渡される事が告げられた。これにより、バックスも王都の守護に駆り出される可能性が高まってしまった。

 そんな悪魔の知らせで陰鬱な気分となっていたバックスは、研究室にて今後の身の振り方を考えていた。


「まったく。ただ光るだけの魔法で一体どうやって戦えとおおおおおおおおお!!?」

 突如、背筋に強烈な魔力を感じた。

「おおお妹弟子よ……今度は何を」


 すると、背中から小包がポイッと落ちてきた。バックスはその小包を拾い上げ、中を開いた。手紙とホカホカのパンが雑な状態で入っている。

 手紙の封を開き、内容を確認する。

「――はは、元気そうで何よりだよ」

 やりたいことしか書いていないような、要領を得ない手紙だった。妹弟子らしすぎて肩の力が抜けていく。

 向こうは危機感がないどころか「パンの感想を聞かせて」ときたものだ。妹弟子は昔から良い意味で自由だった。


 バックスはパンを一口かじる。
 ほんのり魔力があるようだ。

「ほう、美味い」

 パンに魔法がかけられていたわけではない。だがなぜか気が軽くなり、そして開き直った。こうなったら、自分も妹弟子のようにやりたい事をやってやる。


 急いで手紙を準備し、書き始める。

「まず、おしっこはトイレでやる事」

 バックスはそう書きながら、昔を思い出して笑ってしまった。
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