9 / 138
第一章 蓼科で生活環境をつくる魔女
第09話 便利な力でアルバイトする魔女
しおりを挟む早朝の蓼科高原。
まだ朝日は昇っておらず、山々は薄明に照らされている。
「うへぇ、すんごい肩が凝ってる」
起き掛けに、日向が呟いた。
「昨日もバイト頑張ったからなぁ」
「いえ、日向は操り人形みたいな格好で寝てましたよ。面白くて、思わず写真を撮ってしまいました」
「えぇ、何してるの!?」
いつものエスティなら寝ている時間だが、今日は違う。
「もう……じゃ、少し早いけど行こっか」
「お願いしますね、日向先輩」
「はーいまかせ……ってその写真に話しかけないでよ! 私の携帯!」
「ぷぷっ!」
日向はエスティの手から自分の携帯を取り返した。
二人が厨房に入ると、既に成典と陽子が仕込みを始めていた。朝のパンの半分以上が焼き上がっているようだ。
厨房スタッフは全員で4名。皆が慌ただしく働いており、エスティは少し緊張していた。
「二人とも、おはよう」
「おはようございます、成典さん」
「おはよ、お父さん」
「助かるよエスティちゃん。朝一のはいつでもいける?」
「はい」
ロゼの提案により、エスティは繁忙期の間だけ、自分に出来る方法でパン屋の手伝いをする事にした。
といっても焼いたりするわけでは無いし、売り場の人手も足りている。
使うのは、時空魔法だ。
時空魔法によって空間の性質が変化し、中にある物の時間経過がなくなった。それを利用して、事前に焼いておいた焼き立てのパンをストックする。
「「おおおぉ!!」」
「俺、はじめて魔法を見ましたよ!」
「ちゃんとアツアツですねぇ」
従業員も驚いていた。喋る猫や魔女エスティの存在を知るのは、笠島一家と信頼できる従業員数名のみ。エスティは別にばれても問題無いと思っていたが、笠島家としては面倒事を避けるためにも可能な限り秘密にしておきたかった。
「じゃあ次。並べ方ね」
エスティの業務は、厨房で空間からこっそりパンを取り出し、それを店内に運んで並べる事。それに加えて、ちょっとした接客業務も与えられた。
これが蓼科での初めての仕事。
エスティは楽しんでいた。
「ふふ、この地でパン屋の看板娘になってやりますよ!」
◆ ◆ ◆
それから、数日が経過した。
この店にやって来るお客さんは、品が良くて謙虚な人物が多い。まるで善良なネクロマリア貴族を相手にしているかのようだ。
日向は蓼科が別荘地だと言っていたが、別荘を所有する層は懐だけではなく心も豊からしい。
「あら、新しい子かしら? 可愛いわねぇ。あなた中学生?」
「ちゅう……がく……?」
ローポニーテールに三角巾を付けたエスティは、家庭科の調理実習をする中学生のように見られていた。
「よく分かりませんが、このバゲットは焼き立てでおすすめです」
「ふふふ、じゃあ頂くわ。2cm間隔で斜めに切ってもらえるかしら?」
「畏まりました」
そう言って微笑むと、お年寄りたちは孫を見るかのようにメロメロになる。エスティはここ数日で、店のマスコットになりつつあった。
冒険者時代の血生臭い仕事も好きだったが、こうして穏やかに人と触れ合うというのも悪くない。
そんな感じで時は流れ、あっという間に繁忙期が過ぎ去って行った――。
店頭の看板が、『閉店』にひっくり返る。
これから1週間の夏休みに入るのだ。
「――ふぅ。お疲れ様、エスティちゃん」
「楽しかったです、陽子さん」
陽子がエスティの頭を撫でる。
エスティはこれが気持ち良くて好きだった。もしお母さんがいたら、こんな感覚なんだろうか。
「もう、すっかりお店の看板娘ね。目立つのはちょっと不安だけど、エスティちゃんの事が食ばログに載ってたわ。見切りも調整できたし、エスティちゃんのおかげで利益が凄く伸びたのよ」
食ばログとは、飲食店を口コミで紹介するサイトだ。『愛嬌のある可愛らしい店員がいる』と書かれていたらしく、それを聞いたエスティはニヘッと喜んだ。
だが、陽子はそれ以上に笑っていた。
「だって昨対比で1.5倍、1.5倍よ!! これでようやく新しい登山道具が買える、うひょひょ……!」
頭を撫でる手つきが、徐々にいやらしくなる。笑い方も気持ち悪い。お金を見ると興奮する、闇の陽子だ。帳簿の管理をしているのは陽子で、どこにお金が使われるかは陽子しか把握していない。
「ほ、程々にしてくださいね」
「ふふ、エスティちゃん。今度一緒に山登りしましょうね。山の上から見える下界の景色は最高ですよ」
この人の前世は魔王か何かだったんだろうか。下界と言うからには、山の上が本当の住み家なのかもしれない。
そして、その日の夕方。
ロゼがヘロヘロになって帰って来た。
エスティはロゼと共に笠島家の湯船に浸かる。仕事終わりにのんびりと風呂に入る猫の姿は滑稽で可愛い。
「ふふ、お疲れ様です」
「何とか終わったぞ。まったく、この炎天下で猫にハードワークをさせすぎだ」
「使い魔ですから、使わないと」
ロゼには、草むしりを頼んでいたのだ。
「エスの方はどうだ。勉強になったか?」
「えぇ。楽しかったですよ」
ロゼを撫でながら思い出す。
忙しかったが、穏やかな日常だった。
「《設計魔図》の方はどうだ?」
「完成です。《魔女の庵》も発動の準備はできました。ロゼに愚弄された配置図の修正は、日向に頼んでみました」
「日向に?」
風呂上がりに、日向の部屋へと向かう。
「やほ、エスティちゃん。位置的にはこんな感じ?」
日向はポチポチとコントローラーを操作しながらゲームをしている。
「ほお、凄いなこれは。これは日向が操っているのか?」
「うん。この立方体で建物作ったり、洞窟探検したりするゲームなんだよ」
画面に映っているのは、日向の作ったゲームの世界。これを利用して日向とエスティは現地のシミュレーションをしていた。
広場には家や温泉を模倣した池がある。
「これが広場、これが今の小屋だね。この辺に建てるんでしょ?」
「えぇ、そうです」
庵の場所は小屋の位置を上書きするように作る。そこから温泉まではやや距離があるが、エスティは後からどうにかするつもりだった。
材料は揃った。
いよいよ明日、《魔女の庵》を執り行う。
「我の部屋も欲しい」
「お、何ですかロゼ。何をするんですか?」
すると、ロゼは目を逸らした。
そして逃げようとした。
だが、がしっとエスティに捕獲され、掴まれたままで日向の目の前に連れて来られる。
「最近ずっと私に何か隠していますね。ちゃんと教えてください」
「――その……我は今、メス猫にあてられて発情している」
エスティは固まり、ロゼを落とした。
発情……だと……。
この猫、モテようとしていた。
「あぁ、もしかしてニャーレム!? ふふ!」
「自分の使い魔ながら、ドン引きです……」
「こ、これは動物的本能だ!!」
「あはははっ!」
0
お気に入りに追加
179
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!
文野さと@ぷんにゃご
ファンタジー
一人ぼっちの魔女、ザザは、森の中で暮らしていた。
ある日、泉で溺れかけていた少女を助けようとして、思いがけず魔力を使ったことで自身が危険な状態に陥ってしまう。
ザザを助けたのは灰色の髪をした男だった。彼はこの国の王女を守る騎士、ギディオン。
命を助けられたザザは、ギディオンを仕えるべき主(あるじ)と心に決める。しかし、彼の大切な存在は第三王女フェリア。
ザザはそんな彼の役に立とうと一生懸命だが、その想いはどんどん広がって……。
──あなたと共にありたい。
この想いの名はなんと言うのだろう?
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる