7 / 138
第一章 蓼科で生活環境をつくる魔女
第07話 魔女と猫、蓼科を観光する
しおりを挟む翌朝。
笠島一家とエスティ達は、高原の人造湖である白樺湖へと出発した。日向の母である陽子も助手席に座り、4人と1匹が車に揺られながら美しい道を進む。
「この道はビーナスラインといってね、いわゆる観光道路なんだよ。昔は栄えてたんだ」
「ニャ~!? なりふみぃ、あれは何と読むのかニャ~!?」
「あれは白樺ゴージャスホテルだね」
車窓から身を乗り出しながら、ロゼがニャアニャアと興奮している。エスティはロゼが風で飛んで行かないように尻尾を握っていた。
「(ロゼちゃんは急にどうしたの?)」
「(あまり乗り気じゃなかったので、朝食にマタタビを練り込んだんですよ。その時に分量を間違えました。目がイッてますね)」
ロゼは景色を目で追っているようで、一点を見つめているだけだ。
白樺湖の周囲にはホテルが点在し、道路沿いには遊園地らしき行楽施設やレストランなども多かった。
「これでも、昔は一大リゾートだったんだ」
「今は違うんですか?」
「観光客はいるよ。でも昔ほどではない。地元民としては、廃れた観光地という言葉がしっくりくるね」
「これがですか? ……信じられません」
そもそも、山の中に観光施設がある事自体にエスティは驚いていた。加えて子供が遊ぶだけの施設など、ネクロマリアの貴族の庭にすら存在しない。
いかにこの地が豊かであるか、それを目の前の光景が体現していた。
「ここも魔力が濃いですね」
「そうだニャ~! エスは可愛いニャ~!」
「……ロゼ。実は私、呼吸ができるんですよ」
「エスは天才だニャ~!!」
「この猫ちょっとうるさいですね」
「中々ひどいねエスティちゃん……」
この白樺湖もそうだが、エスティはここに至るまでの山々からも桁違いの魔力を感じていた。魔力が多い所は裕福だというのはネクロマリアでも蓼科でも同じかもしれない。
「折角だし観光案内したいところだけど、用事があるのはこっちなんだ」
白樺湖をぐるりと一周し、右折して山の中へと向かう。車がギリギリすれ違えるような、細い道だ。そこにも、家や宿らしき建物が点在していた。
「しかし、車があると坂道も楽ですね。ネクロマリアなんて馬車ですよ、馬車」
「エスティちゃんの故郷か。ちょっと見てみたいね」
「成典さん、今度行ってみますか?」
「あ、お父さんずるい! 私も行きたい!」
「あら、じゃあ私も見てみたいわ」
思いのほか、皆が食いついた。見ても面白いものなどないが、喜ぶなら連れて行きたい。
「ふふ、じゃあ皆で行きましょうか」
「我も我も~ぐえっ!」
ロゼが暴れてドアに鼻をぶつけた。
「お、見えた。あのログハウスだ」
◆ ◆ ◆
一目見て分かった。
このログハウスに、人は住んでいない。
「僕の知人が酔狂で建てた別荘。今はご覧の通りだ」
別荘とは、いわば貴族の別邸。この蓼科の地は別荘地として有名らしい。エスティはそう説明を受けていたが、目の前のこれが貴族の別邸には見えなかった。
「朽ち果てていますね」
大きさは5m四方の2階建て。側面の壁とウッドデッキ、それに天井の3分の1が崩れており、中が丸見えの状態だ。
庭らしきスペースには壁材の丸太と屋根の破片が散らばり、更にそれを植物が覆っていた。住まなくなって年数が経っている。
その雰囲気が妙に景色に溶け込んでいた。家が自然に還っていく過程のような、どこか不思議な光景だ。
「遠方にいるとね、別荘なんて年に一度来るか来ないかなんだよ。ブームだった頃にはもっと来ていたらしいんだけど、今はそんな時代じゃないからね」
「凄い世界ですね」
「はは、ほんとにね。……さて、ロゼは大丈夫?」
エスティに抱えられたまま、ロゼは眠っていた。エスティはロゼを地面に置き、ごろんと回す。
「ロゼ、ロゼ、起きてください」
これは使い魔との呪文だ。
ロゼの意識と酩酊具合がリセットされ、意識が戻る。
「――おいエス、どうなってる?」
「おはようロゼ。早速だけど説明するよ。この家の持ち主は、家を手放したがっているんだ」
土地の面積は広く、白樺湖から比較的近い別荘地のため、需要はあるそうだ。
しかしこの朽ちた家はどうしようもない。こうなると、リフォームするよりも解体した方が安く済むらしいのだ。
「エスティちゃん、壊せるかい?」
「んー。やってみないと分かりませんが、本当に壊してもいいのですか?」
「無料ならぜひと、本人からお願いされた。家の解体って結構お金がかかるんだよ。別荘の管理事務所にも話は通ってるし、この様子じゃいつ壊れるか分からないなら早くバラした方がいい。報酬は、使えそうな木材や家具全てだ」
エスティは建物を見渡した。
家具は問題ない。壁は丸太に分解すれば収納できるだろう。魔力も周りから吸い取ればほとんど消費しないはずだ。
問題は、どう分解するか。
攻撃魔法は無いに等しい。
一体となっていると、空間には詰め込めない。魔物ならばナイフで切り裂けばいいが、家となると不可能だ。
「ロゼ、解体するのに良い案はありますか?」
「そうだな……。単純に強い衝撃を与えるとか、重い物を落とすとかはどうだ?」
「重い物……」
目の前に、ほどよい大きさの丸太がある。
エスティは転がった丸太をパクっと収納し、壁に近付いた。
「よし、少し離れていてくださーい!」
そして収納した丸太を、斜め上から家の外壁に向かって斜めに開放した。現れた丸太が家に衝突し、そのままゴロンと落下する。
やはり朽ちているせいか脆かった。ぶつかった衝撃で、外壁の丸太の一本が内側にズレている。
エスティがズレた丸太に触れると、ニュルっと収納された。
「……いけそうです!」
やれる判断が出た所でロゼ達が近づき、エスティは成典とロゼの指示に従いながら解体と収納を始めた。
ログハウスは、予想以上にぼろぼろだった。
解体の順番を間違えると崩れ落ちる程だ。
虫が多くて収納に手間取ったが、成典が想定していた以上に手早く解体が終了した。
「これは壊れないですね」
「基礎は再利用できるかもしれないからいいよ。いやぁ助かったよエスティちゃん」
そして成典は管理事務所に連絡を取り、終了を報告した。
「ありがとうございます、成典さん。これで念願の庵を建てれます」
「いやいや、こちらこそ」
時刻はまだ11時。
「さて。時間もあるし、異世界出身のお二人に見せたい景色があるんだよ。陽子、悪いけど少し寄り道してもいいかい?」
「えぇ、もちろん」
◆ ◆ ◆
車は再び白樺湖に戻り、今度は禿山の方角へと進み始めた。
ぐんぐんと山を登り、雲が近くなる。
「おおぉ、これは絶景だ……!」
「ロゼ、ちゃんと座ってください」
「見ろエス、湖があんなに小さい!」
確かに、先程までいた場所がはるか下だ。
まるで空を飛んでいるみたいだ。
「ここは車山高原。良い景色だろう?」
禿山のおかげか、視界が開けている。
遠くの方には黄色い花も見えた。
いや、山全体が黄色い。
満開の花が山一面を覆っている。
見た事の無い花の絶景に、エスティは感激した。
「――凄い、凄いです!」
「ニッコウキスゲっていう花だよ」
近くの駐車場に車を停めた。
エスティとロゼは車から飛び降り、花の山に向かって走り出した。
「ふふ、娘がもう一人できたみたいね」
「そうだね」
エスティは小高い山の上で足を止めた。
辺りを見渡した。360度、辺り一面がニッコウキスゲの花畑だ。
ブルーグレーの髪が風になびく。
「綺麗ですね」
空間魔法使いとして魔物を剥ぎ取っていた頃は、こんな世界があるだなんて想像もしなかった。
「エス、来てよかったな」
「はい」
エスティは静かに目を閉じた。
鼻で息を吸い、耳で風の音を聞く。
空気も美味しい。
もし天国があるなら、こんな場所だろう。
「――私、あの人達に恩返しがしたいです」
「我もだ」
エスティは目を開き、ロゼを見て笑った。
そして、そんなエスティの美少女っぷりに観光客は足を止めた。通りすがりのカップルや家族連れも、エスティに釘付けになっていた。
人が集まり始めたところで、日向が慌ててエスティに声を掛けた。
「エスティちゃん、ちょっと目立ってる」
「ん……? あ」
日向に手を引かれて、そのまま近くの喫茶店へと入った。
山小屋を改築したかのような小さな喫茶店だ。狭くて暗く、ネクロマリアの酒場に近い雰囲気がある。
「こんな山の上で酒場とは」
「酒場じゃないよロゼちゃん。あと喋っちゃだめ」
ウッドデッキのテラス席では、成典と陽子がコーヒーを飲みながらボルシチとケーキを食べていた。そして彼らの目の前に広がるのはニッコウキスゲの山々。
「そこの美少女二人、一杯どうだい?」
成典と陽子が、したり顔でコーヒーカップを掲げた。
「ふふ、ご一緒させてください」
彼らに出会えてよかった。
エスティは、改めてそう思った。
0
お気に入りに追加
179
あなたにおすすめの小説
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
転生幼女アイリスと虹の女神
紺野たくみ
ファンタジー
地球末期。パーソナルデータとなって仮想空間で暮らす人類を管理するAI、システム・イリスは、21世紀の女子高生アイドル『月宮アリス』及びニューヨークの営業ウーマン『イリス・マクギリス』としての前世の記憶を持っていた。地球が滅びた後、彼女は『虹の女神』に異世界転生へと誘われる。
エルレーン公国首都シ・イル・リリヤに豪商ラゼル家の一人娘として生まれたアイリスは虹の女神『スゥエ』のお気に入りで『先祖還り』と呼ばれる前世の記憶持ち。優しい父母、叔父エステリオ・アウル、妖精たちに守られている。
三歳の『魔力診』で保有魔力が規格外に大きいと判明。魔導師協会の長『漆黒の魔法使いカルナック』や『深緑のコマラパ』老師に見込まれる。
異世界勇者のトラック無双。トラック運転手はトラックを得て最強へと至る(トラックが)
愛飢男
ファンタジー
最強の攻撃、それ即ち超硬度超質量の物体が超高速で激突する衝撃力である。
ってことは……大型トラックだよね。
21歳大型免許取り立ての久里井戸玲央、彼が仕事を終えて寝て起きたらそこは異世界だった。
勇者として召喚されたがファンタジーな異世界でトラック運転手は伝わらなかったようでやんわりと追放されてしまう。
追放勇者を拾ったのは隣国の聖女、これから久里井戸くんはどうなってしまうのでしょうか?
見習い動物看護師最強ビーストテイマーになる
盛平
ファンタジー
新米動物看護師の飯野あかりは、車にひかれそうになった猫を助けて死んでしまう。異世界に転生したあかりは、動物とお話ができる力を授かった。動物とお話ができる力で霊獣やドラゴンを助けてお友達になり、冒険の旅に出た。ハンサムだけど弱虫な勇者アスランと、カッコいいけどうさん臭い魔法使いグリフも仲間に加わり旅を続ける。小説家になろうさまにもあげています。
神になった私は愛され過ぎる〜神チートは自重が出来ない〜
ree
ファンタジー
古代宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教…人々の信仰により生まれる神々達に見守られる世界《地球》。そんな《地球》で信仰心を欠片も持っていなかなった主人公ー桜田凛。
沢山の深い傷を負い、表情と感情が乏しくならながらも懸命に生きていたが、ある日体調を壊し呆気なく亡くなってしまった。そんな彼女に神は新たな生を与え、異世界《エルムダルム》に転生した。
異世界《エルムダルム》は地球と違い、神の存在が当たり前の世界だった。一抹の不安を抱えながらもリーンとして生きていく中でその世界の個性豊かな人々との出会いや大きな事件を解決していく中で失いかけていた心を取り戻していくまでのお話。
新たな人生は、人生ではなく神生!?
チートな能力で愛が満ち溢れた生活!
新たな神生は素敵な物語の始まり。
小説家になろう。にも掲載しております。
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる