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第一章 蓼科で生活環境をつくる魔女
第04話 魔女、蓼科を気に入り《魔女の庵》を欲する
しおりを挟む「――つまり秘宝とは、かの時空魔法を封じたものだったのか?」
エスティは日向にしこたま怒られた後、夕食を頂いて日向の部屋でだべっていた。笠島家にお世話になるようになってから、エスティとロゼはこうして日向の部屋で寝泊まりしている。
寝間着に着替えた二人とロゼは、布団の上で会話を続ける。
「いえ、多分呼び起こすものだったのでしょう。例えば王子様が窮地に陥った時、王子様の記憶をたどって安全な場所へと強制的に飛ばす、とか」
「それは……とんでもない代物じゃないか」
そもそも時空魔法など、存在すら怪しまれていたのだ。それをエスティは証拠隠滅のために躊躇することなく使用した。
「というか、エスの馬鹿っぷりに驚く」
「何を言うんですかロゼ。あなたはそんな馬鹿から生まれた、可哀想な使い魔ですよ?」
「そうだった……」
エスティは誇らしげに話す。
「だが、エス。急に時空魔法を使えるようになったのは何故なんだ?」
「それが分からないんですよね。でも最近、妙な感じがしていたんですよ。普通に空間魔法を使ったつもりが時空魔法になってたりとか」
「ふむ」
ロゼの言語能力の継承と同じく、エスティにも何らかの影響があった。ロゼはひとまずそう考える事にした。
「しかし、本当に時空魔法などあったのだな……。だが、これでようやくネクロマリアに帰れる」
ロゼがそう言うと、日向は不安気にエスティを見た。
「エスティちゃん、帰っちゃうの?」
「いえ、帰りませんよ」
「「……え?」」
まさかの返答に、ロゼも日向も目を丸くした。
「――帰りません。温泉に魔力に文明に食べ物、全てにおいてとても満足しています。私はこの蓼科に《魔女の庵》を作って移住します」
◆ ◆ ◆
《魔女の庵》。
そもそも魔法とは先天的なものだ。使えるか使えないかは、生まれた時に決まる。使える者は大抵ひ弱で、使えない者は魔力を筋肉などに変えているため屈強だ。
そして魔法を使える女性は魔女と呼ばれ、男性とは違って特殊な魔法を使う事が出来る。
そのうちの一つが、《魔女の庵》と呼ばれるものだ。
これはただ家を作る魔法という訳では無い。自分の心臓を家に落とし込み、家と一体となる事で産み出される魔女の秘術のようなものだった。
魔女の庵を作る最も大きなメリットは、与え続ける魔力の量によって魔女の寿命が延びるという点だ。容姿は庵を作った段階で固定され、寿命は倍になるのが通例だった。
そして庵自体も魔力を使って自由に改築できる。与える素材によっては不可視化や浮遊化、外部障壁などの特殊な魔法も施すことが出来るのだ。
だがその一方で、デメリットもあった。
魔力がある者は、自身の魔力を貯めておく『魔力の器』と呼ばれるものを保有する。器は10歳頃まで広がり続け、以後はその大きさで固定される。
そして一度『魔女の庵』を作ってしまうと、作った魔女の魔力の器がほぼ消失する。それは家が壊れても減ったままだ。心臓を落とし込むと呼ばれる所以はここにある。
更にもう一つ。
庵を作ってしまうと、その魔女は子供が産めなくなるのだ。
こちらのデメリットによって、昨今は庵を作る事自体が避けられていた。ただでさえ魔族との闘いがある中、弱体化して出産もできず、ただ寿命を延ばすだけなのだ。幸せな家庭を築きたがる魔女も多く、庵を作る者は少なかった。
だが、生涯独身を貫く魔女や、婿をとるつもりの魔女には《魔女の庵》は有用だった。
「私、一生独身でもいいんですよ」
「そうでは無い! ネクロマリアはどうするのだ! 魔力の器が減ればもう戻れなくなるのだぞ!?」
ロゼは怒っていた。
「落ち着いて下さいロゼ。帰れないというわけではないのです」
「どういう事だ……!?」
エスティはロゼを抱き抱えた。
「――実は時空魔法を使った時、私の魔力はほとんど使っていなかったのです」
「は?」
「私の念じた魔法に、この蓼科に満ちる魔力をちょっとだけ流したら、ブワっと穴が空いちゃったんですよ」
ロゼは口を開いたまま、もう一度「は?」と呟いた。
「へー! もしかして、私でも使えるかもしれないって事?」
「んーどうでしょうね。魔法は先天的なものですから、今の時点で日向が使えないなら多分無理でしょう」
エスティは固まったままのロゼを日向に渡し、布団に寝そべった。そして指で床に絵を描きながら、日向に説明を始める。
エスティが描いたのは、魔力で光る林檎の絵だ。魔法で色も付けていた。
「日向、これが見えますか?」
「見えません。何かあるの?」
「林檎です。魔力を操作して描きました。これが見える人は、魔法使いの才能があると言われています」
そう告げると、日向は残念そうに苦笑いした。
「そりゃそっかー」
「まぁネクロマリアでも半分ぐらいの人は使えませんでしたから」
「でも憧れるなぁ。魔法少女って格好いいじゃん」
「お、そうでしょう。ふふ」
容姿以外で褒められる事の少ないエスティは、褒められるとすぐに浮かれる。鼻を高くしてでーんと構えた。日向はそんなエスティが微笑ましくて好きだった。
「だが、本当にいいのか? 庵を作った時点で魔力の器は大幅に減るのだぞ?」
「それなんですけど、別にこの地で魔力は必要ないでしょう? そもそも蓼科に住んでいるだけで妙に魔力が溢れているので、何だか怖いんですよね。そのうち体がボーンといっちゃわないかと」
「あぁ……なるほど、その感覚は我にも分かる」
魔力が多すぎて爆発するといった事例は聞いたことは無いが、魔力の器が常に満杯以上という、何とも不気味な感覚を味わっていた。
「庵を作った後も、影響は無いはずです」
「そうだな。逆に庵に流して利用するのもいいだろう」
「庵の拡張も楽しめますしね」
エスティとロゼは、頭の中で設計図を描き始めた。
「問題は場所ですね。日向、この辺で誰も使っていなくて人目の付かない土地はありますか?」
そう問われると、日向は少し考えて口を開いた。
庵というからには、家だと予想はつく。
「んー。そもそもね、この国はどこでも勝手に家を建てていい訳じゃないんだよ。どこも誰かの所有地か、国の所有地になっているの。でも、そうだなぁ……」
日向がパソコンの画面で地図を開いた。道情報を中心に作られたものだ。画面をズームしていくと、なんと蓼科のこの家が現れた。
「こ、これは凄いですね……!」
「これがうちね。分かる?」
「はい」
笠島家はログハウス風のパン屋だ。1階には販売スペースとイートインコーナーがあり、1階の奥と2階が笠島家の住居区画となる。
「この道をずっと行ったところが、エスティちゃん達と初めて出会った場所」
「おおおおぉぉ!?」
画面が動いた。エスティは日向の言葉よりも、このマップの技術に驚いていた。
「ヤーツーベみたいです」
「動画ね、ふふ。えーと、確かこの森の獣道を進んだ先にうちの土地があるの。遊休地で、誰も使ってない所」
日向が指を差したその場所を上空からの画像で切り替えて見ると、完全に森の中だった。目を凝らして見ると、小屋らしき建物が見える。
――ここは、エスティ達が最初に降り立った場所だ。
「明日、お父さんにお願いしてみるね」
「あ、ありがとうございます、日向!」
「わわっ!」
エスティは嬉しさのあまり、日向に抱き着いた。普段はじとーっとしているエスティだが、感情は豊かだ。日向にスリスリしながら、嬉しそうに笑っていた。
◆ ◆ ◆
「本当にいいのか、成典殿?」
「全然構わないよ。アクセスが悪くて買い手もいなかったし、むしろ管理しなきゃ不味い状況だったから願ったりだよ。でも、本当にこんな荒れ地で大丈夫なのかい?」
パン屋の定休日。日向と父親の成典と共に、エスティ達はその場所へとやって来た。道路に車を路駐し、獣道と化した幅1mほどの道を20分歩き進んだ。
「もちろんだ。何から何まですまない」
「いえいえ。では説明するよ。昔の開拓工事の名残か、一応電線は走っているんだよね。でも老朽化してるし、盤もやり替えなきゃいけないだろう。あと、あの小屋は基礎はあるけどぼろぼろで……」
ロゼと成典が話し込んでいる中、エスティと日向は周囲を散策していた。
ここに辿り着くまでは獣道だった。道の終点には小屋があり、更に小屋の前にはそこそこの広さの広場がある。広場には鬱蒼とした植物が生い茂っていた。高い白樺の木々によって日差しが遮られ、日中なのに薄暗い。
日当たりは悪いが、開けている。
そんな土地だ。
「お父さん、これもしかして温泉!?」
「あぁ。そうらしい。でも汚いし生温いだろう?」
ぬかるんだ地面から湯気が出ている。
エスティが鼻を近づけると、硫黄の独特の香りがした。
「お? 結構暖かいですよこれ。湯舟って勝手に作ってもいいんですか?」
「どうだったかなぁ。蓼科じゃ、私有地で掘るのも制限があったっけ……ちょっと調べてみるよ」
「ありがとうございます、成典さん」
エスティの頭の中の設計図に、温泉と書き加えられた。
「夢が膨らむね、エスティちゃん」
日向の言う通りエスティは楽しんでいた。
「庭にはプールが必要ですね」
「虫めっちゃ湧きそう。スパも作ろうよ」
「スパ? 何か分かりませんがいいですよ。闇の賭博場も必要ですね。ぐへへ」
ロゼは、呆れた様子でそれを眺めていた。
「――ところでエス、《魔女の庵》の素材はどこにあるのだ?」
「…………あ」
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