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第一章 蓼科で生活環境をつくる魔女
第02話 魔女と猫、見知らぬ場所に降り立つ
しおりを挟む――――森だ。
高い木々と緑に囲まれている。
ホーホケキョという、奇妙な鳴き声が響く。
空気は爽やかで、乾燥しているようだ。
上を見ると、木々の隙間からは真っ青な空が見えた。
そして目の前にはボロボロの小屋と、辺り一面には腰高ほどの名も知らぬ植物。それに、湯気が立っている水たまりもある。
「ぁえ~?」
魔族との闘いによって荒廃した土地だらけのネクロマリアでは、このような美しい森林は見た事が無い。どこかの秘境か、それとも酔っ払って夢を見ているのか。
酒場で飲んでいた記憶はある。だが周囲にはマタタビによってぐでーっと倒れているロゼしかいない。
「ロゼ、ロゼ。起きて下さい」
エスティはぺちぺちとロゼを叩くと、灰猫が「ニャ?」と言って動き出した。起き上がったロゼは辺りを見渡した後、エスティに視線を戻す。
「――おいエス、どうなってる?」
「酔って夢を見てるんですよ」
「我はもう酔っちゃいない。エス、秘宝を使ったな?」
そういえば、とエスティは思い出した。手に持っていた魔石が自分から膨大な量の魔力を吸い取り、光輝いて砕け散った事を。
今、その手には何も持っていない。
「使う気は無かったんです……」
「嘘つけ!! 証拠隠滅とか聞こえたぞ。あの秘宝は一体何だったのだ?」
「よく分かりません。『これはヤバい』と王子様がこっそり言っていたのを聞いていただけです」
「無鉄砲にも程があるぞ! 爆発物だったらどうする気だ!?」
王子様が持ち歩いている時点でそれは無いとは思っていた。
「まったく。そもそもエスよ、お前もあの王子のように奪い取る側になってはだめだ。ましてエスが使ったのは国の秘宝。ちゃんと謝罪をすべきだ」
「そうですね」
「いくら苦手な王子様だからといっても、奴が秘宝をどれだけ大事に扱っているか知っていたのだろう? 一人前の魔女なら礼儀をあーマタタビにゃー!!」
ロゼは空間からヌっと出て来たマタタビに飛びついた。話が長くなりそうだったからとエスティが出したものだ。
「……魔法は問題なく使えるようですね」
空間距離も1m程度、いつもと変わらない。両手をにぎにぎとして、エスティは感覚を確かめる。
酔いが冷めてきた。
ぱっぱと服を叩いて立ち上がり、周囲を見渡す。
目の前にある小屋は、ベッドが2つ入る程の大きさだ。外から見た感じでも、かなり年季が入っているのが分かる。小屋の近くには獣道もある。
「しかし……このとんでもない魔力は何なのでしょう?」
地面や木々から感じる、恐ろしい程の魔力。こんな膨大な魔力が生まれる場所なら、各国がこぞって奪い合いをするはずだ。
そう考えると、ここはまだ知られていない魔力溜まりか、どこかの国で秘匿されている聖地か……。
争いの気配も血の匂いも、この強すぎる魔力のせいでよく分からない。エスティはマタタビにやられているロゼをひょいと掴み、ローブのフードに入れて歩き出した。
進みながら周りを見ると、エスティはある事に気が付いた。
木々が剪定されている。
雑草の茎にも切られた形跡があり、地面には腐葉土のように落ち葉が敷き詰められていた。この森が何者かの手によって管理されている証拠だ。
ここでの自分は部外者で、いつ襲われるかも分からない。
エスティは身構えながら進んた。
そして暫く歩くと、エスティ達の目の前に灰色の長い地面が現れた。
「……ロゼ、ロゼ。起きてくだい」
「にゃにゃ~……はっ! おいエス!!」
「これは、何でしょうか?」
見た事の無い、まっ平に整備された美しい地面。森を蛇行するかのように、うねうねと先の方まで続いている。ロゼは地面に肉球をぷにぷにと当て、その感触を確かめた。
「石畳……では無いな。たかが森に随分と手の込んだ道を作っている」
「たかが森、では無いですよ。あちこちから物凄い魔力を感じませんか?」
そう言うと、ロゼは目を閉じた。
「こ、これは……」
――その瞬間だった。
ププー!!
「エス、下がれ!!」
ロゼの咄嗟の掛け声で、エスティは瞬時に後ろに飛んだ。そしてさっきまで自分たちがいた場所を、物凄い速さの物体が音を鳴らして通り抜けていった。
その物体の後ろ姿を、エスティとロゼが茫然と眺める。
魔物では無い。
箱の中に人間がいる。
「――おいエス、ここはどこだ?」
◆ ◆ ◆
「いやぁ、まさか喋る猫ちゃんだってねぇ」
「そうニャ~。珍しいのニャ?」
「そりゃそうだよ。どっかの研究室で実験台にされるレベルだね!」
エスティとロゼは、自走する馬車の中に乗っていた。
御者席には成人男性、その隣には成人女性、後ろに彼らの娘らしき人物とエスティとロゼが座っていた。
驚いたことに、この馬車は勝手に動くのだ。御者席で座る成人男性が魔法で操作しているのだろうか。
「ところで、我々はこれから殺されるのかニャ?」
何語かは分からないが、流暢に話しているロゼが怯えながら問うている。
使い魔というのは、本来は魔法使いの補佐として戦闘か研究のどちらかに秀でた生物が選ばれる事が多い。だがエスティの使い魔である灰猫ロゼはそのどちらでもなく、知能に特化しただけの猫であった。
孤児だったエスティが使い魔の契約で欲したのは、自分と会話が出来る存在だ。そのためロゼは戦闘も魔法も全く使えないが、あらゆる言語をすぐに会得できるという、奇妙な能力を持って生まれてきていた。
「ははは、まさか。二人とも迷子なんだろう? ひとまず、警察に連絡するよ」
「警察?」
ロゼは一瞬、考えた。
『警察』という言葉が、自分の知っている言葉に変換できない。
自分たちが生きて来た場所とは、全く様式の違うこの状況。警察という理解不能なものに連絡されるよりも、まず自分でこの場所を把握する事こそが、使い魔として正しい方向にエスティを導けるハズだと。
エスティは先程からじーっと固まったままだ。言葉が理解できないのもあるが、そもそも現状に頭が追い付いていないようだ。
家の形も景色も、何もかも見た事が無い。
感動というよりも、怯えているのだ。
「警察は大丈夫ニャ。それよりも、もう少しこの場所について聞きたいニャ」
「大丈夫って……おうちの方が心配するわよ?」
「おうちの方はいないニャ。我たちはただお散歩してたら迷い込んだだけなのニャ。ここはどこなのニャ?」
少なくとも、彼らから敵意は感じない。それに、これほどまでに高度な技術を有するのならば、それなりの倫理観があるはずだ。
ロゼは、この家族から情報収集をする事に決めた。
「――ここは、蓼科高原よ」
再び現れた理解のできない言葉に、ロゼはニャーと頭を抱えた。
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