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第五章

1 聖騎士と神聖騎士

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 冬に向かっていると肌で感じ始める頃、守護竜の動きが若干鈍くなりはじめた。
 この辺りでは滅多にないが、雪が降るほど寒いと冬眠状態に近くなるという。

 それでも、勇者は勝利条件を満たせない。
 守護竜戦に戦い方が最適化していっているのに、数歩及ばない状態が続いている。

 本日も、起き上がれなくなるまで痛めつけられて終了となった。



「この間さ、俺に、というか勇者に、神殿からの封書が届いたんだ。最高神官直々に、近況報告を求める内容だった」

 勇者が相変わらず背負われての、守護竜戦からの帰還中。

 話の脈絡もなんにもなしに、非常に深刻な声音で、そんなことを告げられた。

「使われてたのは最高神官の金銀の押印入り羊皮紙で、万一にも敵対者に奪われないように、年末の帰省の際に信頼できる部下を実家に向かわせるから直接渡せって」

「それって、守護竜の鱗がいつまで経っても手に入らないせい?」

 年内最終日まで通い続けられれば鱗の欠片を渡してくれる話になったが、それで神殿が満足するかは未知数だ。
 供物効果もいまいちだった。

「分からねえ。俺が初めて町に来てから帰省するまでに、身の回りで起こった事件事故や関わった案件、耳にした噂、普段の生活やご近所づきあいなんかも時系列順に詳細に書くように、とあった。何が知りたいのか読めねえ」

 勇者の周囲には、闇属性のシシャルがいて、闇属性の精霊ニクスがいて、実家の件の黒幕は最高神官疑惑のある隊長カユシィーがいる。
 数年前だが特異種騒動があった。
 闇属性の暮らす家の周りを三周すると呪いが解ける噂も、人助けしてくれる妖精さんの噂も、広がり続けている。

 どう書くか、そもそも書くべきか悩むことが少なくないのは、想像に難くない。

「あー、最近さ、あの子ら元気?」

 まだ森の中で、魔物討伐にいそしむ人もほぼいない地域だ。
 けれど、勇者は耳打ちするような態勢で、声を潜めてきた。

 防音の魔術はずっと使っているが、念のためいつもより強めにしておく。

「あの五人なら、肉体的には元気だよ。部屋が狭いって睡眠不足だった時期もあるけど、副隊長さんが倉庫部屋の物を売って二部屋使えるようにしてくれたから」

 売ったのは隊長の私物で、ほこりをかぶって何年も経っていたり、一度も使わずしまい込まれていたりした不要品だ。
 お気に入りの品や思い出の品まで売らせるような酷な真似はしていない。
 持ち主も存在を忘れていたものが大半だった。

 が、売却の承諾を得るまでには熾烈な攻防が十日近くも続いた。

 ちなみに、シシャルと副隊長は倉庫部屋に置くほど私物を持っていないので、「なんでわたしのものばっかり売らせるんですか。嫌がらせですか。家族なんだからみんな同じ量売りましょうよ」との主張は却下になった。

「いつもは無邪気に遊んだり勉強したりしてるの。けど、ヒマになるとちょっとね。大事な人の安否が分からないって、けっこうこたえるから」

 倉庫部屋を二つ彼ら用に空けた後のこと。
 五人揃って大事な話があると言われて副隊長と一緒に話を聞いたら、神様のための祭壇を作りたいと相談された。

 彼らの神様は『慈悲の神霊』よりも古い神だ。
 祭壇もちょっとした台に闇属性の品物を御神体として置けばいいだけとのことだった。

 中古の台を渡すと五人は涙ぐんで喜んで、それ以来、ヒマがあれば熱心に祈っている。

 闇属性の品物は調達できなかったようで、シシャルが闇属性濃いめで作った魔力結晶をとりあえずの御神体代わりにしているのだが。

「そーだよなぁ。えーっと、それでだな。いや、俺も、秘密裏にあの子らを保護するのは賛成なんだが。バレそうなほど目立つ動きもしてねえし、書かなくてもお咎めはないと思うんだけどさ……」

 とにかく歯切れが悪い。
 顔が見えていたら、泳ぎまくる目が見えていたはずだ。

「一回、確認させてくれ。村を襲った連中は、本当に、『聖騎士』や『神殿騎士』じゃなくて『神聖騎士』と名乗っていたんだな?」

 真剣で深刻な、ちゃんと考えて思い出して答えろという圧さえ感じさせる声音だった。

 いまさら何を確認しているんだろう、と思わないでもない。
 けれど、そうやって問われてみると、違和感はたしかにあった。
 けれど。

「……うん。間違いないよ」

 言った瞬間、勇者はなんとも表現しがたい複雑そうなうなり声を発した。

「え、どうしたの? 大丈夫?」

「ちょっと頭痛くなっただけ。あー、そうか。どっちも厄介だけど、よりひどい方だぁ」

「何かものすごく面倒な事態、とか……?」

 神殿と敵対する可能性は、あの子たちを保護すると決めた時から覚悟していた。
 しかし、具体的な規模は想像さえもできずにきた。

「否定できねえ。まじかー……。まじかぁ」

「私にも分かるように説明してもらえないかな」

「あぁー……。あぁ、うん。ちょい待って、下りるから」

 勇者はふらつきながらも背中から下りると、若干青ざめた顔で隣を歩き出した。
 進む速度が極端に遅くなり、魔物に捕捉されやすくなるが、顔を見て話す必要があるのだろう。

「結論から言うと、『聖騎士』が『神聖騎士』と名乗ることは絶対にありえねえ」

 勇者はちょっとうつろな目でシシャルを見た。
 そして、何かあきらめた。

「ぴんと来ないか。神殿のこと詳しくねえもんぁ。説明すっかぁ。えー、『聖』や『神聖』を冠する名称は、高位神官の許可なく使ってはいけない。『騎士』と名乗れるのは、聖王家所属か神殿所属で騎士を名乗る許可を与えられた人間だけ。いいな?」

 こくりとうなずく。
 シシャル自身の記憶力は人並みだが、音声記録魔術がある。

 何か察したらしい勇者は、この世の理不尽を恨むような目を向けてきた。
 解せない。

「神殿騎士は神殿に所属する騎士の総称。聖騎士は、強い光か神聖の魔力を持ち、武術にも魔術にも優れた神殿騎士から選ばれる役職。だから、このどっちかなら、よほど命知らずな詐欺師でもねえ限り、神殿の正式な部隊だと推測できる。……神聖騎士つう役職や称号は存在しない」

 しかし、あの子たちは「神聖騎士って言ってたよ」と答えた。
「たぶんそうだった気がする」ではなく、「間違いなくそう言っていた」と。

「聖騎士の主な任務は、対外公務時の最高神官や聖女の護衛と、神殿や聖都全体の防衛と、脅威度認定が高い敵対勢力の粛清だ。人数制限はあるが、時代によって定数はまちまちだな。今は二十五名だったはずだ」

「え、それだけ?」

「数より質を重視するんだ。神殿や聖都防衛は責任者つう立場だから、聖騎士自身が巡回するわけでもねえ」

 説明しながら平静を取り戻した勇者、水筒のお茶を飲むとため息をついた。

「でだな、聖騎士はえてして気位が高く、選ばれし者という自負が強い。一騎当千の最大戦力っていう矜持がある。あいつら、勇者より自分たちのが強いって信じてるしさ。たしかに俺より強い奴ごろごろしてるけどさぁ」

 この勇者、容姿はぱっとしないし言動もぱっとしなかったり変態っぽかったりするが、シシャルが知る中では上から二番目の強さだ。
 そして本気を出せばシシャルの防御魔術突破して真正面から勝てる実力者だ。

 ちょっとだけ冷や汗が流れた。

「奴らは、『聖騎士である自分』っつうのに酔ってんだよ。聖騎士を秘密裏に動かす必要があったとしても、その場合は名乗らないだけであって、名を偽ることはない」

 勇者はまっすぐにシシャルを見据え、理解度を確認してきた。

「えっと、つまり、あの子たちの村を襲ったのは聖騎士以外……。でもなんでそれが深刻な話になるの? 聖騎士が敵って方が大変じゃない?」

「神殿も一枚岩じゃねえからだよ。俺も年に一回か二回しか聖都行かねえから詳しくねえけどさ。今の最高神官は独裁しようとしてるんじゃねえか、って空気があるらしい。で、派閥同士でも派閥内部でも抗争が激化してるんだとよ」

 派閥がどんな集まりかもよく分からないが、抗争がどんなものかも知らないシシャル、深刻そうな勇者についていけていない。

「あー、とにかく足の引っ張り合いと蹴落とし合いがすげえの。悪いことがあったら敵対派閥のせいだって責任の擦り付け合いもすげえの」

 勇者は心底嫌そうな顔をしている。
 実際に見たことがあるようだ。

「闇属性のせいだ、って言うノリで敵対派閥のせいだって言ってるって認識でいい?」

「ノリ……。ま、まあ、そんな感じそんな感じ」

 勇者、教えるのをあきらめなかったか、今。

「それがあの子たちの村を攻撃するのとどうつながるの?」

「胸くそ悪い話になるんだがな、腐敗した権力闘争の場で上に立つあるいは立ち続ける方法は主に二つ。実績を積むことと、上位者や地位脅かす者を蹴落とすことだ。魔族を殺して実績を積もうとしたのか、相手が魔族でもやり過ぎと眉をひそめられるような所業を行った上で敵対派閥の仕業と流布して貶めようとしたか、謎だけどな」

 どちらだとしても、あの子たちの故郷は取り返しのつかないことになったのではないか。
 ずっと消せなかった最悪の想像が、現実味を帯びた気がした。

「深刻さを理解していただけたところで、問題がもう一つ」

「え、まだあるの」

 勇者はどこまでも情けない笑みを浮かべた。

「俺、実はけっこー立場が微妙なんだわ。最高神官が六年くらい前に変わったの、さすがに知ってるよな」

 隊長の実家の件を裏で糸を引いているのが最高神官かもしれない、という話の中で聞いた。
 が、人物像はまったく知らない。

「俺を任命したの、先代の最高神官なんだよ。今の最高神官が今以上に勢力を伸ばせば、上層部全員にとって不利益にならない都合のいい存在じゃなくて、最高神官の息のかかった奴が勇者になってもおかしくない」

 勇者は、聖剣の柄に触れながら神妙な顔をしていた。

「年末に帰省したら、今度こそ、勇者として戻ってこられるか分からねえ。報告書の内容云々でも左右されるだろうけど、な。徹底的に詳細にささいなことでも、なんて書いてあるってことは、何か情報を求めているが具体的に何を知りたいか悟らせたくねえ場合が多い。あんな立派な羊皮紙使っといて娯楽目的なんてありえねえからな」

「あの子たちの情報を求めてるかもしれない?」

「分からん。聖騎士ならまず間違いなく最高神官が絡んでいただろうが、神聖騎士なんて誰が動かしているか分からねえ」

 森の終わりが見えてくる。
 日の下に出ても神妙な空気は変わらなかった。
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