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第四章

8 お芋が食べたいのです

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 召喚術を使うために魔物討伐がんばって小遣い稼ぎといきたい、が。

 最近、隊長のやる気が乏しい。
 厳密には、気が散りすぎている上に落ち込みがち。

 いつもそわそわしていて、町中で猫っぽい生き物を見るたびに目が追いかけている。
 猫じゃなければ落胆し、猫だったら泣きそうな顔になる。

 森の中に猫はいないが、猫と似た大きさの小動物はいる。
 そして彼らを猫と見間違えて変な隙が生まれてはひやっとする場面がしばしば。

 本日も、予定数の装甲トカゲを討伐する前に副隊長判断で帰還してきた。



 換金は二人に任せて家に帰る。
 おすそ分け用の箱を開ける。

(おすそわけに、お芋が来ない……っ)

 近所の畑は芋類の収穫期なのに、芋が入っていることは滅多にない。

 規格外でも日持ちするからある程度自家消費できてしまうため、腐らせるよりはと持ってきてもらえることがないのだ。

(節約しなきゃだから、買ってきてとは言いづらい。規格外寸前だったり訳あり品だったりするのに普通の芋の倍額払うのは、やっぱり家計的にきつい)

 土地代の月々の支払いとか、隊長の立派な家建てたい願望のための貯金とか、隊長の実家の件の調査費用とか、食事以外の生活必需品購入費用とか、隊長のお小遣いとか、稼いだ金の大半が目的別に分けられた後で、残った一部が食費に回ってくる。

 おすそ分けだけでも生活していけるようになってしまった功罪というべきか、最近の隊長副隊長は食費をとにかくケチっている。
 屋台唐揚げも買ってきてくれなくなった。

 唐揚げ食べたくなったら認識阻害術駆使して妖精さん業で唐揚げくれそうな人の周りをうろちょろしては手助けして唐揚げせびるという、せこい真似しかできないのがつらい。

「おかえり、マスター。今日も早かったね」

 ニクスは庭の料理場のかまどで大鍋をかき混ぜていた。
 身長が伸びたといっても十歳相当では大鍋の上まで見づらいらしく、台の上に乗って作業している。

 大鍋の中身は、なんか緑っぽいどろどろした液体だ。
 時々木片や葉っぱらしき何かが浮かんでくる。
 たぶん染料作り中。

「うん……。ねえ、ニクス。私ね、唐揚げが一番好きで鶏料理大好きでモツ煮も大好きだけど、お芋料理も大好きなの」

「え、うん。知ってるけど、急にどうしたの」

「お芋たっぷりのモツ煮とか、鶏料理にお芋添えるとか、唐揚げのお供に蒸かし芋とか……っ。お芋、思う存分使いたいの」

 なぜ、芋よりも高価な鶏の方がおすそ分けに入ってる率高いんだろう。

 いや、一般庶民がよく食べるもも肉とかむね肉とかは入っていないが。
 丸鶏に近い見た目だけどももむねを取り分けた後の残りとか、皮だけとか内臓だけとか、丸ごとではあるし大振りでもあるが卵を産めなくなった親鶏とかだが。

 食べたい料理作るにはちょっと足りなかったり、方向性違ったりすることもしばしば。

 たしかにこの町は養鶏が盛んで、芋畑よりも養鶏場面積のが広いのでは疑惑があるくらいだが。
 それでもお肉は野菜より高いものなのだ。
 本来ならば。

「お安くお芋食べる方法ないかなぁ」

 本日のおすそ分けを調理場に持って行き、今朝までのおすそ分け野菜と組み合わせて夕食を考える。

 井戸水を汲んできて巨大桶に水を張り、規格外野菜やヒトガタ野菜を洗いつつ下処理をしていく。

 自分用モツ煮を作りつつ、隊長副隊長用の牛すね煮込みも作っていく。

「お芋くれる都合のいい人いないかなぁ」

 都合よく窮地に陥っているところを助けたい、とは思わない。
 闇属性のせいでこんな目にと一瞬でも思われる事態は避けないと後が怖い。

 理想は、何かが起こる前に接触してお守り売りつけて、何かあった後でこれのおかげで助かったと感謝されることだが、これはこれで疑惑が生まれかねないので乱用もできない。
 たしかにこのお守りは優れた防御発揮するが危険な魔物呼び寄せる力もあるんじゃと思われたらいろいろ困るのだ。

「マスター。これだけ広い土地あるんだし、少しくらい家庭菜園にしてお芋作っても罰は当たらないんじゃないかな」

 大鍋を火から下ろしたニクス、「冷めるまで向こうは放置」と歩いてきた。

 手際よく、虫食いひどすぎて変色した葉っぱをむしり取りはじめる。

「畑って作っていいの?」

 この家の周りは畑ばかりだ。
 芋畑もある。
 芋が畑で作られることも知っている。
 だが、自分で畑を作る発想にならなかったのは、そのせいだった。

「え……。人間の法律だとどうなんだろ。調べてもらってからの方が安全かな」

 シシャルとニクスは、完璧に放置されている一角に視線を向けた。
 名前の分からない雑草が鬱蒼と茂っている。
 暗黒の森の植物のように黒くはないのに、なんか不気味だ。

「でも畑作る許可さえあれば……。あれだけツルとか雑草とか生えてるなら、お芋くらい簡単に作れるよね。イノシシに掘り起こされさえしなければ芋作るのは簡単だって農家のおっちゃん言ってたし」

「どうかなー……。雑草の生命力は野菜と別格だから……」

 提案したのはニクスなのに、なんか後ろ向きになってきている。

「唐揚げ食べ放題も魅力だけど、お芋食べ放題も良いよね」

「マスターはどっちも同時に食べ放題したいんじゃないの?」

「あ、たしかにそうかも。唐揚げ食べて蒸かし芋食べて唐揚げ食べて揚げ芋食べて……」

「機会が巡ってきたら、前後の日は野菜尽くしで栄養面調整しよっか」

 そんな会話をした三日後、購入した敷地の中であれば特定作物以外は自由に作って良いと判明した。
 特定作物は花粉を風で飛ばす植物のうちいくつか、だそうな。





 よく晴れた朝、シシャルは作業着姿で空き地状態な敷地の端に立っていた。

「お芋食べ放題のためにも畑を作るぞーっ」

 瓦礫も雑草もすでに片づけてあるので、後は土を耕して種芋を植えるだけだ。

「マスター。気合い入れるのは良いけど、種芋はどうやって手に入れたの」

「イノシシ被害に困っている農家を助けた見返りにもらった」

「……イノシシ放ったのお前なのではとかいちゃもんつけられなかった?」

「隊長さん好きでいつもおすそ分けしてくれる農家狙ったから大丈夫。別にイノシシ誘導なんかしてないからねっ?」

「分かってる。マスターにそんな能力ないからね。でも、時々したたかだよね」

 ニクスが関心半分あきれ半分の顔になっていたが、いつものことなので気にしない。

 シャベルを使い、ここからここまで畑にするとおおざっぱな枠を書いていく。

「これくらいの広さで一年分になる?」

「よほど豊作でも難しいんじゃないかな」

「じゃあもっと広くしよう。種芋埋めるときも間隔広く取った方がいいって聞いたし」

 がりがりと音を立てながら枠を拡張する。

「マスター。いくら切れ味強化使うにしても、これだけ固い地面掘るのは大変だよ? 石とかレンガとかも混ざってるみたいだし。……あとさ、今思い出したけど、ここ、古代は墓地だったんだよね。だから畑にしてもいいよって言われたのかなーって。マスター、その辺大丈夫?」

「千年以上前の話だし、死体埋まってるわけでもないんでしょ? 呪いの魔法陣の呪いが野菜に移ることもないってふわふわ様からお墨付きももらってるよ」

「そっかぁ。マスターが良いならいいや」

 ニクスは無理矢理納得した様子でシャベルを手に取った。



 畑を耕す、というよりは、畑を作るために土を砕いて石をどける作業で、一日が終わった。
 シシャルの使う切れ味強化は万能なわけではなく、シャベルの切れ味を強化したところで石やレンガを切れるようになるわけではない。
 たとえ切れたとしても撤去は必須だ。

 気がついたら、空が真っ赤に染まっている。

「シシャルちゃん。畑を作るのでしたらふわふわ白パンを作れる特別な小麦も」

 本日は実家調査の定期報告を聞きに行っていた隊長、帰宅すると期待に満ちた目をした。

「却下。小麦栽培は禁止だったから」

「そうなのですか。じゃ、じゃあ、霜降り牛肉を作るために向いているとされる牛さん用のお豆などはどうでしょう?」

 なぜそんな知識を隊長が知っているかは謎だが、追求しないでおく。

「却下。いわく付きの土地で作った豆で牛を育ててくれるところはないでしょ」

「ずるいですようっ。シシャルちゃんによるシシャルちゃんのためだけの畑なんてぇっ」

「お芋できたら隊長さんにも食べさせてあげるからね」

 だからシシャル以外の利益にもなると言ったつもりだったのに、そっぽを向かれた。

「お芋なんて、たっぷりのバターとクリームなしじゃぱっさぱさでおいしくないです」

「ほーう? ソレは宣戦布告と受け取っていいのかな、隊長さん」

 生まれついての貴族だからなのか、幼少期の食事の問題なのか、隊長の食の好みは時々シシャルどころか町の庶民とも壊滅的に合わない。

 町は酪農もそこそこしているから、バターもクリームも高価ではあれど稀少ではないのだが、芋に混ぜるってなんだと心底思う。

 たしかに、芋と油はよく合うわけだが。
 蒸かし芋にたっぷりバターのっけて塩ふったのは非常においしいわけだが。
 貴族飯、油分多すぎないかとも思う。

「マスター。不毛な言い合いしないで切り上げてお風呂入ろっか。もう暗くなるし」

 ちなみに、本日の夕食は副隊長担当だが、屋台で調達してきたようだ。
 精神的疲労が節約思考に勝ったらしい。
 どんな話をしてきたのだろうか。

 しかし、唐揚げも半身揚げもなければ、鶏料理自体ない。
 豚肉料理も鶏以外の揚げ物も好きだが、なんか不満になる品ぞろえだった。
 芋もなかった。

「……ねえニクス。屋台飯一人分で、お芋一袋くらい買えない?」

「全員分で一袋くらいじゃない? 屋台飯は定価販売率高いから」

「そっかぁー……」

 シシャルは、言いたいことをいろいろ呑み込んで片づけを始めた。





 それからさらに数日かかって、ようやく畑は完成した。

 近所の畑ほど広大ではないが、ちゃんと耕した土で、しっかりと畝もある。

「種芋を半分に切って、切り口にこの特製灰をまぶすんだって」

 特性灰は種芋と一緒にもらった。

「切り口からの腐敗防止かな? 乾かすだけじゃないんだ」

「乾かすだけのところもあるけど、この種芋くれた農家は灰まぶす派だった」

「ところで、マスター。畑に肥料はまかなくていいの?」

 芋を切っては灰をつける作業をしつつ、ニクスが畑を見た。

 見た目は、ちゃんと畝を作って目印もつけて植え付け準備万端の畑だ。

「肥料……。お芋はやせた土地でも育つっていうけど」

「限度があるんじゃないかなぁ」

「だ、大丈夫でしょ。雑草生えてたし、ちゃんと耕して畑の見た目になってるんだしっ」

 そんな見切り発車が後の悲劇を生むことを、シシャルは想像できていなかった。
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