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第四章

6 お届け物からはじまる……猫様騒動 その3

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 お届け物が届いた四日後、闇の神霊が猫を連れて現れた。

 会うのは呪いの魔法陣の件以来だから雰囲気変わっていてもおかしくないが、その原因はほぼ猫なので非常に反応に困る。

「久しぶり。治癒魔術使えない?」

「使えません。とりあえず猫神霊様を遠ざけた方がいいのでは?」

 闇の神霊は顔も腕もひっかき傷だらけで、服もぼろぼろで、足下の猫は毛を逆立てて威嚇体勢だった。
 道中ずっと威嚇し続けていたのか、疲れたような息づかいをしている。

「あぁ。こいつ、臆病なんだけど、あんまりにも強い敵が現れると決死の攻撃と言わんばかりに攻撃的になるからさぁ……。服はニクス君に頼んで繕ってもらえるかな」

「できると思いますけど……。猫用の箱って、ないんですか」

「あったけど壊された。普通の猫想定で作られたものだったから。首輪も紐もぼろぼろにされた。逃げられなかったことを褒め称えてほしい」

「うちの隊長のためにありがとうございます。お疲れさまでした」

 人間だったら確実に流血沙汰な傷だらけの顔を見ると、ねぎらわずにいられなくなる。

 闇の神霊は本当にお疲れの様子で、シシャルに猫の紐を渡すと小屋の中の一番暗い場所で横たわってしまった。

「猫さま……。私のことも嫌い?」

 うー、うー、っと、シシャルを見上げながらうなる猫。
 紐を限界まで引っ張って遠ざかろうとしつつ、だ。
 ちょっとでも距離を縮めようとしたら飛びかかられる予感がした。

『嫌いじゃなくて怖いだね。君とはちょっと相性悪すぎるかなー……。お互いのためにも、早く隊長さんに渡そうか』

「同居大丈夫なの……?」

 不安になりながらも、実家奪還会議中の隊長を呼び出す。
 会議中は防音の魔術を使っているため、外に音は漏れないが外の音も把握しづらくなっている。

 しかし術を使っているのはシシャルなので、少し設定をいじれば扉を叩く音を聞かせるくらいは簡単だ。

「なんですか、シシャルちゃん。わたしたち真剣な話し合い中で」

 隊長はちょっとむくれながら扉を開けた。
 目が眠たげだ。
 昼寝の時間帯なので、寝ていたのかもしれない。
 防音魔術はお昼寝にも使える。

「闇の神霊様が猫の神霊様を連れてきてくれたんだけど、私のこと怖がっててまともな状態じゃないから、後はよろしく。ふわふわ様もとりあえず預けるね」

「え、あ、はい……。似顔絵と全然違いますね……」

 これだけ毛を逆立てて周囲をにらんでいれば、似顔絵と別猫状態でも仕方あるまい。

 隊長は紐を受け取ると恐る恐る引っ張り、猫はシシャルから逃げるように部屋の中に飛び込んでいった。

 ぱたんと扉が閉められたところで、倉庫の保管庫に向かう。

 闇の神霊用に、精霊仕様の傷薬を引っ張り出して持っていく。
 魔族のお兄さんフルトが試供品として置いていったものだ。

「神霊様。精霊用の傷薬なんだけど、使う?」

「属性問題なければ使える。ありがたく受けとろ――、これ傷薬?」

 透明な小瓶に入っているのは、濃い緑色の液体。
 きらきら細かい粒子が光の反射できらきらするのは、魔力結晶が砕いて入れられているためだ。

「効果はニクスが使って実感済みだから。傷に塗ってね」

「あ、塗り薬か。だ、だよな。あー……よかった」

「怪我に飲み薬って、そんなにないと思う」

「そうなのか。えー、神霊界にはな、飲むだけでちょっとした傷ならたちまち癒す薬があったからさ。アレも低級はすっげー色しててまずいんだわ。アレの地上版かと、つい」

 闇の神霊は、まずさを思い出したのかひどい表情をしていた。

「私は外で料理してるから……暗くなるまでごゆっくり」

「そうさせてもらうー……」



 猫は隊長と副隊長が部屋で飼うことになった。

 シシャルにはとんでもない威嚇をするが兄妹には無条件になついたのだそうで。

「それじゃ、邪霊除けになるか調べるためにも私は今夜は野営地に行くから」

「ええっ。で、でも。あぁ、たしかに邪霊除け能力を知るにはシシャルちゃんいると都合は悪いですけど、でもぉ……。一晩帰ってこないのはひどいです」

 隊長は早くも不安できょろきょろし始めた。

 しっぽのように揺れる三つ編みに、猫神霊が思い切り狩猟本能を刺激されている。
 シシャルがいなかったらたぶん飛びかかっている。
 神霊は食事しないはずだが狩りの概念あるんだろうか。

「正確に把握しないと、後々困るでしょ。真夜中が一番邪霊活発になるんだし」

「カユ。神霊様を信じて一晩シシャル無しで過ごそうな」

「朝になったらすぐに帰ってきてくださいね!」

「善処します。それじゃ、行こっか」

 ニクスと闇の神霊と一緒に小屋を出て森に向かう。

「あの猫様、神聖持ちだけどそんな強くねえよ? 寝室から排除……も、できるかなぁ」

 道中、手紙の内容とちょっと異なることを闇の神霊に言われた。

「でも私がいると効果不明なのは事実だし。あと、隊長さんの寝返り被害にあの猫様が耐えられるかも確認しないと、ね……」

「あの大きさで人間の体重に暴力を加えた謎破壊力に耐えられるのかな」

「攻撃が当たる前に逃げるだろ。たぶん。警戒心強いから殺気にはすぐに気付――、いや待て。殺気、あるのか? 寝返りに?」

「ないね。敵意も害意もない。あくまでも寝返りであって追いかけるわけじゃなく、通り道にある障害物を破壊して進んでいるだけ……」

「それ寝返りに対する評じゃねえよなっ?」

「……猫様にマスターのお守り持たせとく?」

「いや、あの猫様、強い魔力秘めてたら物だろうが人だろうが怯えるから、無理」

「何事もなく朝を迎えられますように。無理だったら姫様叩き起こす。傷薬じゃ骨折も内臓損傷も治せないし」

「神霊の治療って普通の治療魔術でもまあ効果はあるけども、効率はどうだか」

 三人は、しばし沈黙の中で歩き続けた。
 森の中に入り、枝を避け、虫を手で追い払い、野営地を目指して進んでいく。

(何事も起こりませんように……っ)

 三人の心は、そんな祈りに支配されていた。
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