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第四章

3 表向きは平穏な日々、姫様の情報

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 あれから数日、今までより防犯に力を入れるようになった以上の変化はない。

「シシャルさん。カユシィーちゃんはご在宅かしら?」

 遊びに来た姫様は、相変わらず隊長を可愛い妹分として可愛がっている。

 この人、出会った時点で見た目だけは大人のお姉さんだったためか、容姿の変化はほぼない。
 たまに髪型が変わったり小物が増えたり減ったりする程度だ。

 そして、昔も今も頼りがいのある雰囲気を出そうとして失敗し続けている。

「隊長さんは副隊長さんと一緒に買い出しに行っていますが、お昼までには戻るそうなのでそろそろ帰ってくるかと。そちらに座ってお待ちください」

 彼女は隊長の実家がどこなのかすでに知っているらしいが、実家は実家でカユシィーちゃんはカユシィーちゃんなのだそうで。
 たとえ実家同士が政治的に敵対していても関係なく味方すると断言していた。

(毎度のことだけど、私のが隊長さんより年上と思われてるのはどうなんだろ)

 彼女とそこそこ関わるようになった時にはシシャルの方が若干背が高かったし、シシャルの方が少しだけ大人びた顔立ちだったが、それは単に隊長が小柄で童顔なだけであって、こちらの成長が早かったわけではないし特別大人びていたわけでもない。

「帰ってくるまで待ってもいいかしら? ……あなたと少しお話ししたいこともあるし」

「かまいませんけど、一国の姫君が闇属性と仲良く話をして大丈夫なのですか?」

 認識阻害魔術使って妖精さん状態ではちょくちょく話しているし、人目を避けての取引もしているが、隊長なし勇者もなしで堂々と会ったのは数えるほどだ。

「や、やだぁ、一国の姫君だなんて。照れちゃう……」

 いや、なぜそこで頬に手を当てて身体をくねらせるのか。

 ある種の線引きとして当たり前のことを言っただけなんだが。

 この姫、完全に俗世に染まっているが、聖王の実の娘だ。
 つまり王女だ。
 そして、聖王はこの国の国家元首だ。
 たとえ国が神殿に牛耳られていようと、聖王の顔を知っている人なんて聖都でも少数派だろうと、公的にはそうなのだ。

「姫様。いつもどんな扱いされているんですか」

 ちょっと声音が冷たすぎたか。
 姫は一瞬で硬直し、ばつが悪そうな顔をした。

「他の冒険者と十把一絡げですわよ……っ。もはや姫はあだ名としか思われていないのですわ。おかげさまで、面倒な貴族関係の付き合いはしないで済むのだけれど。まともな出会いがないのも善し悪しですわ」

 そういえば、この姫様、隊長よりも年上だ。

 シシャルが十五で、隊長ははっきりした年齢こそ知らないが何歳か年上。
 なのでさらに年上の彼女はたぶん二十歳以上のはず。

「結婚願望はありませんし、家庭でおとなしく良妻賢母なんて想像もできませんけれど、期待がまったくないのもそれはそれで悔しいといいますか……っ」

 名門貴族は遅くとも十八までに婚約者を決めて二十歳までには結婚するらしい。
 そろそろ相手選びしないと貴族に戻った後で困ると隊長副隊長が話す姿も目撃している。

「姫様。こちら、紅茶になります」

 悩みながらも、最近副隊長が集め始めた茶葉で紅茶を入れて差し出す。

「あら、ありがとう。……いつの間に紅茶の入れ方なんて覚えたの?」

「隊長さんの貴族復帰訓練に付き合わされておりまして」

 副隊長だけでは手が回らない部分もあるそうで、屋台飯何か買ってくるのを交換条件に使用人役を引き受けている。

「姫様。本日はどのようなご用件でしょう?」

「カユシィーちゃんの似顔絵、新作があったら買いたいのだけど」

 隊長の実家関係の深刻な話をシシャルにこっそりしてから本人に話して大丈夫か探るつもりなのでは、なんて想像は吹き飛んだ。

 姫様の表情はそれはそれは真剣だったが、思い切り肩すかしだった。

「えっと……、まぁ、すぐにご用意はできますけど」

 隊長の姿を魔術で記録して紙に写すと、精巧な似顔絵として高く売れる。

 ふわふわ様いわく、『この魔術は写真技術の応用だから、厳密には似顔絵じゃなくて魔導式写真と言うべきなんだけど、ほら、写真なんて名前自体ほぼ知られていないから、特殊な似顔絵って表現でもたぶん大丈夫』とのこと。

「本人に知られたら嫌われるかもと言いつつ、月に一回くらい来てません?」

 前は妖精さんを手伝うとカユシィーちゃんの似顔絵をもらえると協力してくれていたが、いつの間にか妖精さんのくれる似顔絵の出所がシシャルと知られ、お金出すから売ってくれと言われるようになってしまった。

 なのになぜいまだに妖精さんとシシャルが結びつかないのかは、謎である。

「わたくしにとって、権力皆無な末っ子王女でも姉様姉様と頼ってくれるカユシィーちゃんだけが生きがいなのよ。いくら貢いでも惜しくないわ」

 優雅に紅茶を飲む風を装っても、遅すぎる。

「似顔絵にお金かけても隊長さんにはお金入りませんけど」

「シシャルさんにお金が入れば間接的にカユシィーちゃんの利益になるからいいのよ。あなたはカユシィーちゃんの生命線なのよ?」

 隊長の実家の件の調査と平行して邪霊除けの方法探しも継続している。
 が、これといった成果は出ていない。
 厳密には、成果がないわけじゃないがシシャルを側に置いておくのと同等かそれ以上の費用対効果を生み出せる何かは見つかっていない。

「姫様が良いならいいですけど」

 ささっと似顔絵を作成して差し出す。

「まぁっ。かわいいわ! お菓子とカユシィーちゃんの組み合わせもすっごく良いわ」

 副隊長がこっそりと隊長にだけ買ってきた丸いお菓子を口に運ぼうとする瞬間だ。
 そのお菓子はシシャルの口には入らなかったので、名前も不明なので、どんな食感でどんな味なのかもおいくらなのかも不明である。

「喜んでいただけたなら幸いです」

 シシャルは唐揚げはじめ鶏料理をこよなく愛するが、甘いお菓子も好きだ。
 しかし、貴族向けの高級菓子まで食べたがることはない。
 隊長だけ高級菓子でも、あからさまに見せびらかされなければ見て見ぬ振りくらいできる。
 そもそも住む世界が違うと割り切れる。

 それはそれとして、なんか釈然としないのも事実ではあるのだが。



 姫がうっとりと似顔絵を眺めていると、隊長と副隊長が帰ってきた。

 ものすごい早業で隠したあたり、後ろめたい気持ちはあるようだ。

 隊長と姫が和やかに言葉を交わし始めるのを見てから、シシャルは副隊長と二人がかりで荷物を小屋に運び入れる。

「毎度のことだけど、すごい量だね。買いだめの方がいいの?」

「ああ。その方が費用を抑えられるんだよ」

「町の人、隊長さん好き多いんだからそろそろ適正価格で販売しても大丈夫なのでは?」

「無理だ。闇属性嫌いの過激派はいなくならない」

 定価で売ってくれるショウガ焼き屋台、何度か襲撃されているのを思い出した。
 店主が無駄にたくましいので被害はなかったらしいが。

「とりあえずカユシィーちゃんと叫んでおけば大丈夫なのでは」

「町外れではな。だが、買い物は町中だ。事情が違う」

「そういうものなの?」

「そういうものなんだ。うちのカユの可愛さは、万能ではないんだ」

 副隊長は日用品を棚にしまっていく。
 シシャルは食料品を保管庫に入れていく。

 片付けが終わって外に出ると、隊長は野外仕様の食卓に突っ伏していた。

「あ、えっと、これはですわねっ、調査していた件の報告の結果で」

「分かっております、姫様。良くない報告だったのですね」

「え、ええ。……例の女性が貯金を使い尽くして家財を売り始めたそうです。聖王家で確保しようにも高額なものが多くて、散逸してしまいそうですわ」

 姫は申し訳なさそうに肩をすぼめていた。

「そこまで行ったか。……それに対する神殿の動きはつかめていないか?」

「動きがつかめないのか、動いていないから情報がないのかも、分かりませんわ。神殿内部の権力闘争は内部の者でも把握しきれないそうですし……。以前は聖王派の方々が情報を仕入れてくれていたそうですけど、それも昔の話ですものね」

 愁いを帯びた顔でため息をつく様は絵になる。
 なのに、背伸び感が拭えないのはなぜだろう。
 いつもの言動のせいなんだろうか。

「聖王派、か。そういえば、現在の最高聖女の実家も聖王派と聞くが」

「十五年ほど前までは、たしかにそうでしたわ。けれど、彼女の伯父に当たる方が神殿派重鎮の手で投獄されたことで、完全に聖王派とも聖王家とも袂を分かちましたのよ。その方が獄中で死亡してからは新年の挨拶状のやりとりさえなくなってしまったと、父も兄たちも嘆いておりましたわ」

 姫は隊長の頭をなでながら目を伏せた。

「なので、元聖王派で現在は中立とするのが正確ですわね。……聖王家は聖王派の方々を通してしか神殿内部の情報を入手できませんのに、その一件で離反者が続出し、すでに虫の息。お役に立てなくて申し訳ないわ」

 その後、姫によるなでなでは昼食準備が整うまで続いた。



「ふわふわ様。ふわふわ様の本体って、神殿ではどの派閥の扱いなの?」

 姫が帰り、昼食も終わり、後片付けも終わった後の庭の片隅で、シシャルはふわふわ様を手に乗せていた。

『私も妻も派閥には属さないよ。君の母親も派閥とは無縁だね。そもそも、権力闘争という意味での派閥争いをするのはほぼ男性神官だから。最高神官になれるのも男性だけ。女性神官や聖女関係者の中でも派閥争いはあるけど、別物なんだよ』

「……そうなんだ。あのさ、私の産まれた家も、どっかの派閥に入ってるの?」

 シシャルは自分の両親がどこの誰かも実家がどこなのかも興味がない。
 むしろ、知ったところで誰も救われないからと、知るのを避けてきた。

 それでも、確認しておかないと落ち着かないことはある。

『歴史がある家だからね、神殿に関わり派閥に所属していた時期はある。断言はできないけど、隊長さんの実家の件に一枚噛んでいる可能性は相当低いと思うよ』

「そっか。……身の回りの悪いこと全部私のせいなんて、ありえないよね」

『ありえないね。むしろ君はいるだけで御利益あるからね。邪霊除けとか解呪とか』

「その御利益、私は自覚できないし邪霊除けなんか隊長さん以外認識できないんだけど」

『もっともっと信仰集めれば自覚できるくらいいろんな御利益発生するからがんばろう』

「……いや、なにそれ。私ただの人間なんだけど」

 ふわふわ様は何年経ってもいまいち信用しがたかった。
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