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第四章

1 月日は流れ、居場所がバレた? その1

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 小屋を増築してからは、季節以外に大きな変化のない日々が続いた。

 町の人たちが闇属性を疎んじているのも、時々過激なことをする輩が現れるのも、今まで通り。
 うっとうしいと思いはしても実害は出ていないため、またか程度で流している。

 借家追い出しの頃に頻発していた特異種出現はぱったりと途絶え、あれは結局なんだったんだろうと首を傾げられ、いつしか過去のことと忘れられていた。

 増築の数ヶ月後から敷地の周りをぐるぐる回る謎な行動をする人間が現れ始めたが、敷地内に入るわけではないし、特に被害はないし陰謀もなさそうなので放置している。

 副隊長は休日になると三回に一回は一人で出かけている。
 どうやら隊長の実家の件を調べているらしい。

 隊長は隊長で別口から調べているようだが、勇者と姫と隊長好きな一部貴族におねだりして彼らの帰省のたびに調べてもらうのがやっとのようだ。

 月日の流れの中でシシャルは身長が伸びたが、極端に変化があったわけではない。

 ニクスの成長ははっきりしているが、人間基準だとごくごく普通の速度だ。
 精神面は前世の記憶とやらが戻ったあたりからほとんど変わっていない。

 隊長と副隊長の容姿は服装以外の変化がほとんどない。

 貯金はゆっくりとだが着実に増え続けているが、さすがに隊長の望む立派な家を建てられる額には届いていなかった。





 そして、シシャル十五歳、冬の終わり近く。

 慣れた日常に変化が訪れた。

「シシャルちゃん。わたしの家の事情は知っていますよね? ……あの女に、居場所がバレたかもしれません」

 非常に深刻そうに切り出された話ではある、が。

 庭のかまど前で昼食の後片付け中だったシシャルは、いまいちその深刻さを共有できなかった。
 なので、隊長好きのみなさんに作ってもらった流し台で洗い物を続ける。

「あの女、って、隊長さんのお父さんの再婚相手だっけ?」

「そうです。もしかして忘れていました?」

「忘れてはいないけど……」

 他人事ではある。
 関心もない。
 隊長が実家から逃げ出して何年だったかは知らないが、見つかるまでずいぶんかかったなと思う程度だった。

 この国は平野部に広がっているから、交通の便は悪くない。
 この町は一番聖都から遠く、最辺境扱いではあるが、陸の孤島ではない。
 貴族がまったくいない土地でもないのだ。

 カユシィーが偽名なのも、元はかなり高位の貴族だったことも、隊長好きの間では広く知られている。
 本名は知られていないとしても、いくつかの情報を組み合わせてもしやと考える人はいるだろう。

「今のところは大丈夫です。でもいずれは危なくなる可能性があるので、みんなで相談をしたいのです。夕食後にわたしの部屋に来てください」

 それだけ告げると、隊長は「では貴族教養の勉強があるので」と小屋に戻っていった。





 夜、いまさらだけど燃料節約のために昼間のうちに相談する方が良かったんじゃないかと思いながらも、隊長の部屋でランタンを真ん中に置いての相談が始まる。

 が、その前に手を挙げる人が一人。

「大前提の情報共有をしてから話し合いにしてほしいんだけど、いいかな」

 成長して十代前半くらいの容姿になったニクスは、見た目からも聡明さがにじんでいる。
 それでいて、耳としっぽのふわふわもふもふは増している。

「僕もマスターも、だいたい知っているつもりでいるけど、一部聞きそびれていたり忘れていたりするかもしれないから」

 この四人の中で一番年少なはずのニクスが一番しっかりしている。

「……一理あるか。可能な限り時系列順に話そう」

 副隊長は隊長に目配せし、隊長はしぶしぶといった面持ちで説明を始めた。

「本名は明かせませんが、わたしは名門神聖貴族の長子として産まれました。今助けたいと願っている父親と、最近連絡を取っている母親との子供です」

 小屋を増築してから届くようになった小包は、兄妹の母親からの差し入れだ。
 中身はだいたいお高めの日用品と日持ちする高級食品で、たまにお小遣いが挟まれている。

「当時のわたしの立場は、後継の最有力候補ではあるけれど、跡継ぎになるか聖女や神官を目指すかは未定でした」

「補足すると、貴族はまず家の存続を第一に考える。そのため、当主の子供で最も優秀な者を後継候補として手元に残し、他の子供を権力強化のために外に出す。優秀さ度外視の長子相続で火種を抱えまいとした時代もあるが、愚かな長子が相続した際に家門の運営が悪化したり没落や取り潰しの寸前になったり、下の子が長子を暗殺して家督を奪おうとしたり、分家を作って実家の利権を奪い取ったり、いろいろあったそうなんだ。実力主義もそれなりに火種を抱えるが、愚かな子に継がせるよりは兄弟で争いをさせておく方がマシと判断したらしい」

「わたしは長子で優秀だったので、お父様から期待されていたのです」

 隊長が胸を張っている。自信満々な顔をしている。

「けれど、わたしが成長する前に、母は神殿に呼び戻され、離婚して去っていきました。父が『あの女』と再婚したのは、そのすぐ後です」

 先ほどの自信満々は消え去り、苦い顔になっている。
 握られた拳が震え始めた。

「そして、『あの女』が、父に毒だか禁術だか使って操り人形にしてしまったんです」

 当時のことを思い出したのか隊長は涙目になって唇を噛みしめる。

 が、シシャルとニクスは釈然としない顔で顔を見合わせ、ニクスが手を挙げた。

「人間の貴族って、基本的に政略結婚だよね? なのに怪しい人間と結婚したの?」

「それはわたしもずうっと疑問です。ドレ、実際のところは?」

「君には説明したはずだが。素性に怪しい点はない。結婚以前から素行に問題のある人物でもなかった。実家も問題は抱えていない。政略結婚である以上は念入りに調べられているはずだし、俺が行った調査でも裏付けは取れている」

「ですが、あの女に父をおかしくされ、家を乗っ取られたのは事実です。いまだに動機は分かっていないのが、不安ではありますが」

「財産目当てとか前に言ってなかった?」

 シシャルは以前聞いた話を思い出して尋ね、隊長は力なく首を振った。

「以前は、それが一番の動機だと思っていました。でも、そういう側面はあるとしてももっと大きな陰謀があるはずと、ドレに言われました」

「この辺りから、今回の相談内容に絡んでくるが。あの女とカユは初めて会った瞬間から折り合いが悪かった」

「先に言っておきますけど、父の再婚に思うところがあったわけじゃありませんからね。母が父を愛していないのは幼心に分かっていましたし、政略的な結婚も離婚も再婚もよくあることと教えられていましたから」

 家族を知らないシシャルはふーん程度で流すが、ニクスの顔は若干ひきつっていた。

「カユは敵意を見せられたから怯えたんだ。……こんなに可愛い子を会う前から嫌っていた理由はいまだに分からないが、母との因縁ではなさそうだ。恋敵の娘という線は絶対にはない。なので、財産目当ての結婚だから後継者となりうる娘が邪魔だった、とするのが以前は無難な推測だった。しかし、それなら洗脳を娘にも使えばいいはずだ」

「わたし、別に洗脳耐性あるわけじゃないみたいなんです」

「にもかかわらず、そうはならなかった。カユは屋敷内だけでも何度か危ない目に遭っていた。当時の俺は、カユが命を狙われていると本気で思った」

 副隊長は一息つくようにお茶を飲み、隊長の頭をなでた。

「この子を守らなければと、必要最低限の荷物だけまとめさせて二人で逃げ出した。もう少し大きくなっていたら、専属執事と駆け落ちなんて噂を流されていただろうが、当時はまだ五歳だったから、ただの家出扱いだ。いや、五歳で家出も無理があるんだが、親の再婚相手との折り合いが悪すぎて家を家と思えず飛び出したとすればまだ理解できる」

「そういうものなの?」

「ああ。……母親のいる神殿を目指すも門前払いになり、家に帰ることもできず、そのまま下野したとすれば、問題はなくもないが目をつぶれる程度になる」

 貴族限定なのか平民でも当てはまるのか、謎だ。

「ともかく、だ。ろくな追っ手がかからなかったところから察するに、命の危険をちらつかせることで自発的に家を出ていくよう仕向けたかったのだろう。素直に考えれば、居場所がバレても捨て置かれると思う。だが、な」

「わたしは、お父様を救い出したいのです。正気に戻ったお父様に会いたいのです。そして実家を立て直したいんです」

 隊長は真剣そのもので、シシャルとニクスを交互に見つめた。

 産みの親はいても家族としての親は知らないシシャルに、親への思慕は分からない。
 だからといって軽く考えることもない。

 親子とは全然違うだろうが、大切で大好きな大人という意味ならばシシャルにだって心当たりはある。
 行方知れずでまた会えるかも分からない、けれど会いたい人はいる。

「父親を助けるための行動が『あの女』にとって邪魔で、今度は本当に命を狙われるかもしれない、ってことで合ってる?」

 シシャルがなんとか情報を整理して言葉にすると、隊長と副隊長はうなずいた。

「そうだな。どのような形で接触を試みられてもおかしくない。いきなり暗殺に動かれることはないと思いたいが、念のため、警戒度を上げてもらいたい」

「それは良いけど……」

 すでにたいていの攻撃は無傷で済む防御は設置しているが、念を入れる余裕はある。
 そこは問題ないが、何か引っかかった。
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